15 王太子レオン
王太子レオン視点です。
煌びやかなシャンデリアの下、華やかに着飾った貴族達に囲まれ、王太子レオンは笑顔で談笑していた。
今宵はデビュタントの舞踏会。
その年に学院に入学する予定の貴族の令嬢達が、初めて社交界にデビューする王家主催の華やかな舞踏会だ。
デビュタントの令嬢は、この舞踏会で貴族の一員として認められることとなる。
貴族の令嬢にとっては一生に一度の晴れ舞台なのだ。
だが、レオンにとっては、王太子としての義務を全うするだけの退屈な夜会でしかなかった。
美しい令嬢達と言っても、所詮12歳の子供。
17歳のレオンでは、少々物足りない年齢だった。
しかし、この舞踏会は、身分のそれほど高くない貴族令嬢にとっては「王子とダンスを踊った」という思い出を作るための一生に一度のチャンスなのだ。
全員と踊ることはできないが、できるだけ多くの令嬢の夢を叶えてやらねばならない。
(つまらないな。特に目新しいことは何もないか)
そう考えて、ふと思い出した。
今回のデビュタントの中には、隣国ロトリアに行った弟アランのお気に入りの令嬢がいたはずだ、と。
(たしか、名前は……そう、エリザベス。エリザベス・フォークナー伯爵令嬢)
彼女の亡くなった母親と、レオンの母である王妃とは、学院時代からの親しい友人だった。
母親の死後、彼女は母の生家であるフォークナー伯爵家に引き取られた。
そのすぐ後に、父親が後妻と連れ子を家に入れたが、その連れ子が父親にそっくりな上にエリザベス嬢と同い年だったのだ。
こんな美味しい餌に、貪欲な貴族たちが飛びつかないはずがない。
弟の第二王子アランは表向きは留学という名目で隣国を訪れているが、その実は体のいい人質だ。
本人もそれは十分に承知していて、出発前は泣き暮らしていたようだ。
だが、エリザベス嬢と会ってからは周りが驚くほどしっかりとした様子になった。
彼女の励ましが、弟を自立へと導いたようだと、両親が嬉し気に言っていた。
(一体、どんな少女なのだろう。アランはかなり美しい令嬢だと言っていたが……)
つまらない舞踏会に楽しみが一つできたと、レオンは用意された席に座りながら思った。
そして、デビュタントの舞踏会が始まった。
扉が開かれ、令嬢の名前が高らかに呼ばれる。
――エリザベス・フォークナー伯爵令嬢
月の光を紡いだかのような銀の髪、冬の夜空のような澄んだ青い瞳。
その無垢で穢れの無い美しさはまるで、月の女神が地上に舞い降りたようだった。
彼女の登場に、会場全体が一瞬静まり返りかえった。
そして、次に、隣に立つ令嬢の名前が呼ばれた。
――キャサリン・バートン子爵令嬢
艶やかに輝く漆黒の髪、黒曜石のような神秘的な黒い瞳。
彼女の凛とした佇まいは、何者にも従わない意志の強さを感じさせた。
その姿はまるで、夜の女王のよう。
二人が一瞬、視線を合わせにっこりと微笑み合う。
その初々しくも愛らしい姿に、会場からは感嘆のため息がこぼれた。
そして二人はお互いに手を取りながら、国中の貴族が居並ぶ大広間を、王の座る玉座に向かって進んでいく。
その後を、色とりどりの衣装に身を包んだ令嬢達が付いていく。
先頭の二人が玉座の前で立ち止まり、しばらく後に扉が閉まる音がする。
それを合図のように、デビュタントの令嬢達が一斉に淑女の礼を取る。
全ての令嬢がその姿勢を取ると、王と王妃から、祝の言葉がかけられる。
その後は、デビュタントボール恒例の、令嬢達の「花のダンス」だ。
楽団がゆったりとしたリズムの「花のダンス」の曲を演奏し始めると、令嬢達は二人一組で踊り始める。
お互いの右手を繋ぎ、左手に持った白薔薇のブーケを頭より高い位置に掲げ、右手を中心にゆっくりと回る。
しばらくすると、繋ぐ手を左手に変え、右手に持ち替えたブーケを高く掲げ、同じように左手を中心にその場でゆっくりと回る。
その様子は、まるで春の風に花びらが舞うよう。
このダンスが「花のダンス」と言われるのはこの動き故にだった。
エリザベス嬢とキャサリン嬢は、お互いの顔を見つめ、微笑みながら踊っていた。
キャサリン嬢がからかうように何かを言い、エリザベス嬢が頬を赤らめながらそれに応える。
その様子を見て、彼女たちの仲をどうこう言うような者は、最早いないだろう。
どんなことがあってエリザベス嬢がバートン子爵家からフォークナー伯爵家に移ったにせよ、この姉妹の仲が険悪であるとは思えない。
だとすれば、他人がどうこう言う筋合いではないのだ。
貴族家など似たり寄ったりで、どこの家にでも多少の醜聞は隠されているのだから。
(随分と上手いことやったな。これで面白おかしく噂されることはないだろう。誰の考えだ? バートン子爵か? それともフォークナー伯爵か?)
レオンは王太子だ。
将来王位を継承した後で、安定した統治を行うためには、貴族の動向を把握しておくことが必要不可欠だった。
誰がやり手で誰が愚鈍か、知っておくことも。
「花のダンス」が終わり、歓声と拍手の中、令嬢達が淑女の礼を取る。
これでデビュタントの儀式は終わりだ。
令嬢達の元に、家族や親しい者が近づいていき、労いの言葉をかけている。
誰もが皆、緊張が解けた様子で、にこやかな笑顔を浮かべている。
例年だと、ここからは、レオンは俄かに忙しくなる。
「どうか一生の記念に、娘と一曲踊って頂けますでしょうか?」と頭を下げる父親と、期待に頬を染めて見上げてくる令嬢が列を成すからだ。
(その前に、ぜひ、あの令嬢達と一曲踊りたい)
視界の端に、声をかけたそうな貴族を認めると、レオンは足早にエリザベスとキャサリンの方に向かった。
だが彼女たちの元には、一足先に駆けつけた者がいたようだ。
エリザベス嬢の元には黒髪の同い年くらいの少年、キャサリン嬢の元には緋色の髪の騎士のような男性が寄り添っている。
エリザベス嬢はその少年に、無邪気な様子で一生懸命に話しかけていた。
その様子は天使のように愛らしく、周りの者が顔を赤くし胸を押さえている。
少年も顔を赤らめ、隠すように両手で顔を覆っていた。
その様子を指差しながら、キャサリン嬢が屈託なく笑う。
黙っているとその足元にひれ伏したくなるような威厳があるが、こうして笑う姿は年相応の可愛らしい少女に見える。
そんな彼女を、緋色の髪の男性がうっとりと見つめ、腰を引き寄せるようにして隣に立つ。
そんな彼女たちの様子に見とれてしまい、足を止めたのがまずかった。
レオンはあっという間に貴族達に周りを囲まれ、娘たちの夢を叶える王子様の役目を果たすこととなった。
(春からの学院生活が楽しみになったな)
にこやかに令嬢達と踊りながら、レオンはそう考えていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




