19 王都のカフェ
数日後。
ついに、ダブルデート決行の日がやってきた。
今日のリチャードの装いは、ウエストのところで絞られたチャコールグレーのジャケットに同色のハーフパンツ。中に着たシャツは白で、黒のリボンタイをしている。細身の黒の編み上げブーツと黒ソックス、ソックスガーターがなんとも上品な貴族のお坊ちゃまスタイルだ。
私はシックな濃紺の、ベルベット生地のひざ下丈ワンピース。襟と袖口にはアクセントで白いレースが付いている。髪はハーフアップで、ワンピースと同色の濃紺のリボンを結んでいる。足元は白いタイツに黒いストラップシューズ。
そしてマリーは、清楚な深緑色のマキシ丈のワンピース。私のと同じベルベット素材で、襟と袖口のレースもお揃いにしてある。
靴は黒の動きやすいパンプス。
いつもはアップにしている肩より少し長い栗色の髪を、私とお揃いのハーフアップにして深緑色のリボンを結んでいる。
栗色の髪に明るい緑の瞳のマリーがそういう髪型をすると、まるで春の妖精のような可憐さだった。
ちなみに、私とマリーの今日の装いは、「年の離れた姉妹風コーデ」なのだ。
私は、自分で言うのもなんだが、かなりの美少女だ。
そして、リチャードも、相当な美少年。
マリーは、そんな私達と並んでも全然見劣りすることのない美人だ。
まあ、私が大ファンだったイラストレーターが挿絵を描いていた小説、「囚われの天使」のヒロインなのだから、当然と言えば当然なのだが。
そんな街歩きコーデでばっちりキメた私達三人は、待ち合わせ場所へ向かうべく、フォークナー伯爵家の馬車に乗り込んだ。
王都の治安は他国に比べればかなり良い方なのだと言われている。
だが、子供達だけでの街歩きができるほど安全というわけではない。
なので、今まではなかなか王都のカフェに行く機会がなかったのだが。
今回はマリーとエリックという大人二人が一緒ということで、おじいさまからお許しが出た。
今回の待ち合わせ場所は、大聖堂と呼ばれる美しい教会の前にある噴水広場だ。
フォークナー家の馬車から広場の手前で降り、徒歩で噴水に向かって歩き出す。
待ち合わせの定番となっている噴水に近づくと、何やら人だかりができていた。
よく見ると、一人の男性に、複数の女性が群がって何か話しかけているようなのだが。
(うっ! あ、あれは……!)
その人だかりの中心にいたのは、今日、一緒にカフェに行く予定の、ヤンデレ伯爵こと、エリック・ボールドだった。
どうやら、あまりにも美麗な男性が所在無さげに一人で立っていたため、王都のご婦人達が思わず話しかけてしまったようだ。
前世の言葉で言うなら、逆ナンだろうか。
しかし、すごい人数だ。
こちらに、というかマリーに気づいたエリックは、頬を染め目をキラキラと輝かせ、嬉しそうに駆け寄ってきた。
無視された形になったご婦人達ですら、怒るどころか頬に手を添えて感嘆のため息を漏らすほどの、輝くばかりの笑顔。
なんだか眩しくて直視できないほどだ。
「お待たせして申し訳ありません」
マリーが言うと、エリックは目を細め、愛おしくて仕方がないと言うような表情でマリーを見つめつつ言った。
「いいえ、私も今来たばかりなのですよ」
それが嘘なのか本当なのかなんてどうでもよくなるくらい、目の前のエリックは美しかった。
ゆるく編んだ長い金髪を胸の前に下ろした彼は、深緑色のフロックコートに細身の黒のパンツ。白いシンプルなシャツに、深緑色のリボンタイを結んでいる。
斜めに流した前髪の下の、少し目尻が下がったヘーゼルブラウンの瞳と、左側の唇の斜め下にあるほくろが、なんとも色っぽい。
彼は背が高いのに、ほっそりとした身体つきで一見中性的に見えるが、話す声は伸びのある落ち着いた低音の男性らしい声なのだ。
そのギャップがなんとも魅力的だった。
それにしても。
エリックとマリーの服の色が、そっくりなのは一体どういうことだろう。なんなら素材まで同じに見える。
リチャードが横で小さな声で「ペアルック……?」と囁いているが、誰でも二人を見れば、示し合わせてこの服を選んだに違いないと思うだろう。
事前にマリーと打ち合わせしたのだろうかと思ったが、それは多分ないだろう。
何故なら、マリーがエリックの姿を見た時、目から光が消えたからだ。
「今日はよろしくお願いします」
多分、この中では精神年齢が一番年上であろう私から挨拶をしてみる。
すると、エリックは私とリチャードの方を見下ろして、それはそれは優しい笑顔で言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。貴女方のおかげで、愛しいマリーさんと一緒にデートができることになったと聞いています。可愛らしいキューピッド達に、心からの感謝を」
間近で見るエリックの笑顔は、ものすごい破壊力だった。
一瞬で、頬が熱を持った。
横を見ると、マリーも真っ赤な顔でふるふると震えている。
リチャードまで、赤い顔でぼうっとエリックを見つめていた。
(いやいやいや、これはマズい! なんなんだ、この人外並みの美貌は!)
周りをふと見ると、流れ弾をくらったご婦人達が、真っ赤な顔で胸を押さえている。
気持ちはよくわかる。
「それでは、早速カフェに行きましょうか。人気の店だと聞いておりましたので、個室を予約してあります」
それから、私達は、噴水広場の前にある、苺のタルトが美味しいと評判のカフェに入った。
エリックが名前を告げると、給仕が笑顔で個室に案内してくれた。
広すぎず狭すぎない、程良い広さの個室は、落ち着いた上品な内装だった。
ここでならリラックスしてお茶とタルトを楽しめそうだ。
そして、全員分の苺のタルトと、私とマリーとリチャードが紅茶、エリックがコーヒーを頼むと、給仕が下がっていった。
「ここの苺のタルトは有名らしいですね」
エリックがマリーに話しかける。
「はい、メイド仲間の間でも美味しいと評判なのです。私は今回が初めてなので、すごく楽しみです」
「そうですか、それは期待できそうですね」
二人は穏やかに会話している。
エリックの様子に特におかしいところがないのと、私とリチャードが隣にいるせいか、マリーも少し緊張が解けているようだ。
そして、しばらく当たり障りのない会話を楽しんでいると、ついに苺のタルトが運ばれてきた。
(これが噂の苺のタルト!!)
私は早速、フォークで切り分けたタルトを一口食べた。
さくさくとした食感のタルト生地の上に、濃厚なカスタードクリームと甘酸っぱいイチゴのコンフィチュールが重ねられ、一番上には艶やかな輝きを放つイチゴが乗ったタルトは、まるで芸術作品のような美しさだった。
フォークでさらに切り分け口に入れると、幸福感が口いっぱいに広がった。
(なんて美味しいの!)
興奮して思わず隣の席のマリーを見ると、目を閉じゆっくりと味わっているようだ。
目の前の席に座るリチャードは、反対に目をキラキラと輝かせながら、せっせと口にタルトを運んでいる。
そしてエリックはというと。
そんな風に思い思いにタルトを食べている私達三人の様子を、嬉しそうに目を細めて眺めていた。
その優しそうな表情を見た瞬間、私は確信した。
(この人、いい人だ)
あの小説「囚われの天使」に出てくる、マリーに歪んだ愛情を押し付け、拉致監禁し、最後には殺してしまう、あのヤンデレ伯爵とは違う。
目の前の彼は、優しい人に見えた。




