ひとまずの休息を
「お腹痛いよぉ。頭痛いよぉ」
「俺も全身が痛いよぉ」
順とヴァーラは抱きしめあい、互いの傷を癒すように涙を流した。
それは両者にとっては美しき愛であるが、そうでもない者にとっては突如始まったこの寸劇をどう見るだろうか。
「何これ」
オリーブの胡乱な呟きが端的に述べているだろう。
*********
死闘を終えた俺は生死の境を彷徨っていたらしい。
体の傷もそれなりに酷かったようだが、原因は魔力の使い過ぎなのだとか。
命って簡単に削れるんだな。
意識が戻ってからぼんやりと思った。
「ゴローオオオオオォォォ!!!」
だが俺にはゆっくり休む暇などないのか。怒涛の勢いで飛び込んできたヴァーラのタックルを喰らってしまう。
泣きそうだった。罅の入った骨は今ので間違いなく折れた。間違いない。
「私もう無理ぃい! 領主代行なんて嫌だあ!!」
わんわんと泣き喚くヴァーラの頭を撫でながら、どうしてこうなったのか反芻する。
俺がいない間に、セシリアとオリーブは随分やりたい放題だったらしい。
文字通り消滅させた建物は4棟。通り魔じみた殺人は16件。町民を心から震え上がらせた痛ましい事件の傷跡は向こう百年は癒えまい。
当然、それを放置することなど出来ない。誰が対応するかといえば、当然偉い人な訳で。
偉い人筆頭の領主は未だ帰ってきておらず、その間の代行であったヴァーラは怨嗟のこもり切った書類の山に心をずいぶんすり減らしたらしい。
「『どうしたら良いのでしょう?』ですって!? そんなの私が分かるわけないじゃない! 町民の2割が居なくなったのに元通りなんて無理に決まってるでしょう!?」
危険を感じ街を離れた人間も居る筈。流石に死者だけで2割は考えたくない。
ヴァーラの弱音は続く。
「なんであんな乱暴したのぉ。私の身にもなってよぉ」
今度はシクシクと泣き始めた。気持ちはわかる。それにしても抱き締められた体が痛い。
「お腹痛いよぉ。頭痛いよぉ」
そうして冒頭に戻る。オリーブが部屋に入って来たのに気づいたヴァーラはぐるりと首を回した。
「オリーブちゃあん!」
「うわ! 寄るな馬鹿!」
オリーブへ標的が変わったのは幸いだった。本当に痛かったのだ。
(しかし)
いつの間にわだかまりが消えたのだろう。命の狙い狙われる関係だったと思うが。
「オリーブちゃんは領主の実子! つまり貴方がやるべき仕事なのよ変わってぇ!」
「は、ふざけ、お前あたしに何したか分かってんの!?」
「分かってますう。でももう十分な罰は受けましたあ。だから変わって下さぁい」
「罰を押し付けるつもりか……!」
消えたのは一方的なような気もするが、そこはかとなくどうでも良い。
「傷が痛むから騒がないで欲しいんだけど」
呟きが聞き届けられることはないのは分かっていたけど、言わずにはいられなかった。
*********
騒いで満足したらしいヴァーラは静かに言った。
「あなた方の行いは大変暴力的でしたが、この街の闇をきれいさっぱり跡形もなく消し飛ばして頂いたことには感謝しています」
随分と丁寧な物言いだ。思わずこちらの背筋も伸びる。でも恨みがこもってる。
「しかしあなた方の行いは大変暴力的でした。なので」
ヴァーラはふっ、と儚げに笑った。
「出て行って?」
まあ、そうなるかあ。としか思わなかった。
「元々長居する気はないわ。言われなくても出ていくわよ」
「お出かけの際は何時まで何処へ行くかも事前にご連絡お願いしますね領主代行様」
「ぶち殺すぞ」
オリーブへ向けるヴァーラの目は本気だった。
くるりと顔をこちらへ向け、今までのやり取りなんて何のそのと心配げにヴァーラは言った。
「でもゴロー。あなた怪我していたのなら言ってよ。白魔導士は呼んだから、そんな怪我すぐ治せるわ」
「まじか。それは本当にありがたい」
セシリアは勿論のことオリーブも回復魔法は使えないらしい。適正がどうとか。
(俺はどうかな?)
出来るのなら覚えたい。これから、戦う機会は増えるだろうと思うのだ。
(まあ、なるべく避ける方針ではあるけどな)
しかし、旅か。以前の世界では目的地へどう行くか。そこで何をするか。交通機関から滞在時間まで何から何まで事前に決め、スケジュール通り行っていた。
この世界でも同じようにはいくまい。
(まさか歩きなんてことはないだろうな)
ホテルも予約は難しいかもしれない。
(不安だな……)
共に行くセシリアには悪いが、そういったところでは彼女は信用できない。俺がしっかりしなければならないのだ。
(寝るか)
一応怪我で寝込んでいるのだから、真昼間から眠る権利を十分に謳歌しよう。
なんだかんだで疲れていたのか、すぐさま眠気が襲ってきた。
意識が混濁する。
*********
無骨な岩に花をささげる。
この岩はある男の墓。この街で起きた惨劇の被害者の1人だ。
だがそれを、墓だと思うものはいまい。その辺の地面を掘り起こせばそのまま出てくるような、何の加工もされていない、ただの岩。名前だって刻まれていない。
更に言うのなら、下には骨すら埋まっていないのだ。
仕方がない。死体は別の死体と混じりあい、おそらく無縁塚に収められているだろうから。死んだのに気が付いたのだって、全てが終わっても見当たらないから、「ああ、死んだのだな」と理解したくらいなのだ。
「冒険者なんてそんなものよね、ジャレッド」
男の名を呟く。ある意味では、最も冒険者らしい死に方だ。誰にも看取られることなく、誰にも気にされない、チップ1枚の命しか持たない人間たち。
冒険者などそんなものだ。だからこそ、仲間の私だけは気にしてやる。
「あなたの死を知るのは唯一の仲間である私だけ。だから名前は彫らないよ。
冒険者ってそういうものなんでしょ?」
酔った男が口にした冒険者の掟。ただの強がりだったかもしれないが、口は災いの元ということで、あの世で後悔していて欲しい。
女は立ち上がり、墓に背を向けた。
1つの事件は解決した。だがその裏に、多くの犠牲があったのも事実である。




