勇気の加護
都市コントルマ。
資源豊富なコロト山脈の麓にあり、中でも金鉱により栄えた町だ。
とはいえ金で栄えたのは過去形であり、今では金以外の物。魔物素材の採取と加工が今では一番の特産となっている。
金をとり尽くした後寂れる金鉱街も珍しくない中、上手いこと切り替えた良い例だろう。
尊敬に値する。だがしかし、俺たちがコントルマに足を踏み入れることはもうないだろう。
――――だって、出禁喰らっちゃったんだもの。
通常、旅とは荷馬車が運よく乗せてくれれば乗るか、そうでない場合は徒歩での移動が基本だ。旅に必要な物を背負って、日中は歩き続け、夜になればその辺で干し肉を齧って眠るのだとか。
軟弱な俺には到底無理な所業なので、懐に眠っていた札束をはたいて馬車を購入することにした。
「買ってよかったろ?」
「まあ……」
隣で微妙な肯定を返したのは、全身緑の自称魔女。”黒”魔法使いのオリーブ。
「でも、こんなふかふかな御者台見たことないわ。屋根だって立派だし。いくらしたの?」
値段を告げると、素っ頓狂な悲鳴を上げた。ぎょへえって。
「ばっっっっかじゃないの!?」
「えー、寝食を共にするんだし、けちったらダメだろ」
どうせ買うなら良い物だろう。勿論、金の許す限りではあるが。いつかオプションましましの2階建て馬車を買う予定である。
「そんなの買うぐらいならもっとさあ……」
はあ、と。これ見よがしにオリーブは溜息を吐いた。
彼女の気持ちも分かる。本当は車が欲しかった。
でもないものはしょうがないだろう。
ガタンと馬車が跳ねた。分厚いクッションは衝撃を殺したが、もっと良い馬車なら振動すら感じなかったのだろうなあと思う。しかも最高グレードは魔法が掛けられているらしく、半メンテフリーで浅い川ならすいすい進めるのだとか。
景色がゆったりと流れていく。
車なら、一瞬で過ぎ去っていく光景だろうに。
(……良くない。良くない思考だぞ俺)
望郷の念に、ふとした拍子に飲み込まれそうになる。もっと気を紛らわせなければならぬ。
何時言おうかと悩んでいた事を、今こそ口にした。
「……ところでさ」
「なに?」
聞いても良いのだろうか? 今更悩む。だがもう口を開いてしまったのだ。ここで辞めるのも変な感じである。さあ勇気を持とう。
「なんでお前居るの?」
「……………………あ?」
随分と間を開けて帰ってきた返事は、答えとは到底言えないものだった。それでも相手がどう思ったかは着実に伝わったのである。
「悪い、言い方が悪かった。追放されたのは俺達であって、オリーブじゃないだろ。なのにどうして着いてきてくれたのかなって」
ほぼ主犯とはいえ、政治的な理由により彼女は無罪を勝ち取っていたのである。なにも根無し草になる理由もないだろうに。
「いや、別に無罪になったわけじゃないし。あれはあいつなりの冗談よ、冗談。それに――」
それに、と彼女は前を睨みつけ言った。
「クソ親父の骨へし折って連れ戻さなきゃいけないからね」
「そっかぁ。折るのは確定かぁ」
随分と忌々し気に彼女は宣言した。父親の不在は随分と彼女の恨みを育んでいたらしい。
(もしや、俺も恨まれたりしているのだろうか)
一応、父親なので気になった。俺は親の不在を気にしなかったが(というか周りは全員そうだった)、全ての人間が俺のように考えているわけでもあるまい。
「ほどほどにしようね」
奇妙なシンパシーを感じた俺はオリーブの父親の肩を持った。
彼女は聞き耳を持たないと言わんばかりに無視したのだった。
*********
ところで、ここはファンタジー世界なので、当たり前のように凶悪動物が居る。
俺が会ったのはケンタウロスと、キメラ。そしてこれで3体目になる。
振り切るのは面倒だと判断したセシリアの指示により馬車を止め、敵の到着を待った。
「あれはオーク。いやゴブリングレートかな」
グレートと付くからには強いのだろう。未だ遠目だが、2mほどの巨体が結構なスピードで走り寄ってきている。ゴブリンのイメージは小鬼だったが。
「……思ってたんだけど、ここってかなり魔物のレベル高かったりする?」
「そりゃあ、魔界に近いからね。中でもケンタウロスはA級の凶悪モンスターよ」
「なるほどね」
なんか、自分が途轍もなく場違いに思えてきた。
そしてA級とやらを一撃で葬り去った少女は静かに剣を抜き放ち、モンスターの到来を待つ。
「ちなみに、ゴブリングレートさんはどのくらい?」
「C級ってとこかしら。そろそろ無駄口はやめるわよ」
真剣なオリーブには悪いが、負ける気がしなかった。
そしてオリーブの竜巻の魔法により、哀れゴブリンは四散した。
「……いや、やり過ぎでしょ」
「………………あたしも強すぎたかな」
それも実際、間違いではないのだろう。
ますます場違いである。
*********
「そんな事ないと思うよ?」
――――強くなりたい。
そんな少年漫画みたいな思いを胸に秘め、自らの無力っぷりを荷物と同化したセシリアに相談したら、否定の言葉が返ってきた。
「いや、でもさあ。俺ちょっと前に魔法覚えたばっかだし、今魔法使いはオリーブがいるし」
「確かにオリーブの黒魔法はすごいね。白魔法はどうだったの?」
「それが無理だった」
白魔法。主に回復魔法のことだ。使っているところを見たが、どうにも真似できないのだ。
「当たり前じゃない」
御者台のカーテンをめくり、オリーブが中へと入って来て言った。
「白黒両方使えるのは賢者だけ。前提からしてありえないって訳。だいたいね――」
オリーブが息を大きく吸い込んだ。
「見ただけで! 魔法が使えるわけないでしょーが!」
馬車内によく響く声だった。こだまのようにヒヒーンと鳴き声が返ってくる。
突然のマジ切れ。反応したのはセシリアだった。
「そういう人も居ると思うよ?」
まあ、実際ここに居るしな。とは勿論言わない。わざわざ虎の尾を踏みに行くほどでもない。
「あのね。魔法はあんたら剣士のスキルとは違って繊細なの。高等なの。特殊技能なの。一生懸命勉強して、丁寧に教えてもらって、何度も何度も失敗してようやく形になるものなのよ」
オリーブがそうだったのだろう。そして魔法に誇りを持っているのもよく分かった。
「まあ、ビギナーズラックって奴かもな。回復魔法は結局使えなかったし」
魔物と戦えば怪我することだってあるだろうし、旅の中で真っ当な治療ができるとも思えない。だから何としても覚えたかったのだが、現実はそう上手くいかないらしい。
「だから、あんたは黒魔導士なんだから無理なんだっての。
一応、い、ち、お、う。奇跡的に黒魔法が使えてるのは見たからね」
「それがいまいち分からないんだよな。何が違うんだろう」
「癒すのと傷つけるのじゃ正反対でしょ。クラス違いなんだから諦めなさいな」
「うーん」
どうにも腑に落ちないが、そういう物なのだろうか。
「でも、例えば火と氷じゃ正反対だろ。でもどっちも黒魔法な訳だ」
思い出すのはエグバートと名乗った術者だ。明らかに相反するであろう魔法を両方使っていた。
「ええ、そうね。だから同じ黒魔導士でも、全ての黒魔法を使える訳じゃないわ」
「は? でもあいつは実際に……」
そういえば、「リザレクション」なる魔法を使っていたことを思い出す。傷を癒す魔法は、白魔法なのでは。
「……賢者は両方使えるのか?」
「ええ、そうだけど。まさか、自分がそうだって言わないわよね?」
疑問には答えられたが、どうにも彼女は苛ついてるようだった。この話題は避けるべきか。
「オリーブは賢者目指してるの?」
おっとここでセシリアさん地雷を踏みに行ったー!
「そういえば、今誰も馬見てなくね? 俺御者台行くわ」
早口に言い捨て、俺はその場を後にした。その速さこと風の如くである。
*********
「ええ、確かにあたしの目標であることは確かね」
苛つきの主原因が消えたことで、幾分か落ち着いたからか。冷静に答えることができた。
「そっか。わたしは勇者目指してます」
「知ってる。お互い、雲をつかむような話ね」
思わず苦笑する。この少女のことはいまいち理解できないが、似たような夢を見ているのだ。
「それは違うと思う。勇者も、賢者も実在してるでしょ?」
「それはそうだけど、ね」
確かに彼女の言う通りではある。
「それでもね、バケモンみたいな奴を見ると、どこまでも遠く見えてしまうものなのよ」
今、御者台へと逃げた男。出鱈目を絵にかいたような男のことだ。
初めは勿論信じなかった。再開した時、そのあまりの魔力量に驚きはしたが、それが全てではないのだ。自身も他の術者に比べれば、結構な魔力量だという自負もあった。
魔法に必要なのは魔力のコントロール。そして魔力が持つ不規則な波を詠み、1つの形へと昇華させるセンスだ。
特に後者は何となく魔力を感じる人間には到底叶わない。全ては地道なトレーニングである。魔力覚醒した直後、見ただけの魔法を実践レベルで使用したなどという戯言は信じられなかった。例え目の前で見せられてもだ。
途轍もない才能。魔道を極めるのに必要な素質はそのレベルなのだと、見せつけられるようだった。
信じるわけにはいかない。そんなものは物語の中でしか起こりえないことなのだ。
――かつて見上げた人を思い出した。
「『賢者とは目指し続ける物でなくてはならない』」
「…………え?」
『賢者とは目指し続ける物でなくてはならない』
思い描いた人、母が呟いた言葉が耳に届く。
それは幻聴ではなく、確かに今発せられた言葉だった。
その言葉を呟いた少女が再び口を開く。
「前、賢者の師匠が呟いてたよ。だからオリーブはそれで良いんじゃないかな」
「…………案外、賢者ってのはありふれているのかしらね」
しかも、同じことを言うらしい。
それにしてもひどい話だ。
目指すのは良いが、辿り着いては駄目だなんて。
あれか、それでもモチベーションを維持し続ける気合が賢者の条件とでも言うのだろうか。それならまあ、自信がなくはない。
「ところで師匠って何、剣士に賢者の賢者なんていらないでしょ」
「え? わたし剣士じゃないよ?」
言ってなかったっけ? と言わんばかりの。既知の事実でも話すように少女が言った。
「じゃあ、魔法剣士か。どおりで探知が得意な訳だ」
遠近両刀ならば、それも説明が付く。
いや、どちらも高いレベルで収めていることになるから、それはそれでバケモンじみて――そういえばこいつも規格外だったと思い出す。
だが少女は首を振り、魔法剣士を否定した。
「わたしは暗黒騎士だよ」
すごいでしょ、と少女は自慢するが。
残念ながらオリーブには暗黒騎士なるクラスの知識がなかった。
(いや、まてよ?)
と、脳内検索に一件だけ引っかかった。確か、おとぎ話にそんなクラスがあったような?
そう、実在すら危ぶまれる幻のクラスがそんな名前だった。
「…………勇者よりレアじゃないの」
ますますセシリアの謎が深まってしまったのである。当然、彼女の話が本当ならばであるが。
「なあ」
話が一括り終わり、打って変わってセシリアの持つ香水についての女子トークへと話題が移った。そこでぬう、と。お呼びでない男が声をかけてきた。
「サ、サキュラの16番だと……?」
「そうだよ。わたしはあまり使わないけど」
「あ、あの。少しだけ付けてみてもよろしいでしょうか?」
「うん、好きなだけ使っていいよ」
「本当!? 生きてて良かった……!」
「あの、俺の話も聞いてくれない?」
オリーブが感極まっている理由はどうでも良いし、今は緊急事態なのである。
「どうしたの?」
「いや、それが――」
話は少し前までさかのぼる――――必要もないだろう。
話としては単純で、倒れている人を見つけただけなのだから。
「どうも、毒にやられた人がいるらしくてな、毒消しなんてあったっけか」
「道具のことはわたしよく分からないよ。ジュンが色々買ってたでしょ?」
「ああ、俺の記憶じゃ毒消しは買ってなかった筈なんだけど、もしかしてと思って。オリーブは持ってない?」
「何の毒消しよ。いっぱい種類あるのよ。まあ、どれも持ってないけどね。そんなことよりねえねえ、あたしの匂い嗅いで見てよ。お姫様みたいでしょう?」
「いや、ああ、うん。そうだね」
そんなことではないだろう、とか。おばさんみたいとか。感想をグイっと飲み込んで適当に返事をする。彼女はそれで満足らしかった。
さて、話は戻って毒消しはないという結論が出たわけだ。
御者台へと戻り、顔面を蒼白にした旅人へと告げる。
「ないってさ。いや悪いな」
旅人は最後の望みが断たれたためか、白目をむいてその場に倒れ伏した。慌てて駆け寄る。
脈はもう止まっていた。それはもうあっさりと死んでしまったのだ。
「……流石にちょっとショック」
旅人を担いで、馬車へと戻る。せめてちゃんとした場所に埋葬してあげるべきだろう。
命の軽い異世界では、日常茶飯事であろうけど、倫理観を失ってはいけない。
――そう。死体との同居を街につくまで愚痴り続けた、ろくでなしオリーブのようになってはいけないのだ。
*********
教会へ行くのがよろしい。
事情を聞いた衛兵はそう言った。
「別に付いて来なくても良かったんだぞ」
「ううん。ジュンと一緒に行く」
街へついてすぐ、清々するぜと吐き捨ててオリーブは繁華街へと向かっていった。
セシリアにもそちらへ向かうことを勧めたが、俺に付いて来ることに決めたらしい。
人の歩いている道を、馬車で進めるのはなかなか神経がいる。
(とっとと預ければ良かったな)
後悔はしたが、今更仕方があるまい。道を歩く人々には悪いが、端へ寄っていただたくしかない。
「ところで、教会って言うけどどんな神様を信仰しているんだ?」
「ジュンは相変わらずおかしいね。神様は神様だよ」
「名前はないのか?」
「名前は、……忘れちゃった」
「おいおい、不信人者だな」
「わたし興味ないもん」
「若者の宗教離れって奴だな」
せめて最低限の知識は蓄えるべきかと思ったが、宗教に対して無関心が許されているのなら、そこまで気にする必要もないか。
六角形の中心に星が入ったマークが軒下と煙突に付けられていた。あれが十字架のような、教会を象徴するものだろうか。
「さて、いきなり死体持って押し入る訳にはいかないよな。
セシリア、ちょっと話付けてくるから待っててくれ」
「分かった」
返事を聞き、教会の扉に手をかける。
扉は重厚だったが、すんなりと開いた。礼拝堂は元の世界と同じ、長椅子が並ぶ、イメージ通りの教会だった。
1人の修道女がこちらに背を向け跪いていた。
こちらからは見えないが、祈っていたのだろう。内容など分かるはずもないが、邪魔してはいけないと思った。
「神父様は、今留守にしております」
声が響く。反響が発生源を不明にしていたが、今この場には2人しかいない。
「……死人が出たから、とりあえず教会まで連れてきたんだ」
なら出直そうかとも思ったが、実のところ、俺も死体を馬車には置いておきたくない。
少々可哀そうに思ったが、修道女に引き取り手になってもらおう。
修道女が立ち上がり、振り向いた。セシリアほどの幼さは感じないが、少女と言っていい顔立ちだった。
修道女は慈愛に満ちた表情で言った。
「それでは供養いたしましょう。連れてきていただきありがとうございます」
何故か感謝された。
「少し時間が経ったから、あまり見れたものじゃないぞ。やっぱり神父さんを待つよ」
流石にこんな若い子に任せるのは躊躇いがあるから、少女の前に立ちはだかり制止した。
扉が勢いよく開け放たれた。
「ジュン。これどこ置いとけば良いの?」
「俺待っててって言ったよね? 返事も聞いたんだけど」
布でぐるぐる巻きにした死体を、肩に担いだセシリアが仁王立ちしていた。
「その方ですね?」
「肩だけに? っていつの間に」
くだらないことを考えていたら、制止を振り切っていた修道女がセシリアから死体を受け取っていた。お姫様だっこで、まるで壊れ物を扱うように抱えていたのだ。
「腐敗臭ではないですね。この甘い匂いは何でしょう?」
「香水。臭いがきつくなってきたから」
「ああ、ありがとうございます。この方の旅路にそのようなものをプレゼントしていた頂けるなんて」
「うん? まあ、勇者志望なので!」
今一かみ合っていない2人の会話の隙に、死体を取り上げる。
「俺が運ぶ。案内してくれ」
「ええ、分かりました」
意外と聞き分け良く修道女は先行した。これは加点対象では?
「でもセシリアさんは減点1です」
「なんで!?」
*********
用は済ませた俺たちは修道女に呼び止められ、カップ片手に座っていた。
「ああ、申し遅れました。私旅の僧侶をしておりますアルバータ・エリザベス・トーヴィーです」
「俺は鈴音……こっち風に言うとジュン・スズネだ」
「わたしはセシリア。勇者目指してます」
「ジュン・スズネダ様に、セシリア様ですね」
「いやダは余……いや順だけで良いよ」
「? はい。ところでセシリア様は勇者を目指しているのですね」
セシリアは勇者を目指している。
それは以前から口にしていることだったが、アルバータの食いつきっぷりを見るに、特別な意味があるのだろう。
勇者とは何なのだろう。彼女はその意味を知っているように見える。
「それは素晴らしいことです。かの邪悪に立ち向かう勇気は人々の善き道を照らすでしょう。
願わくば、あなたの刃が正義を果たしますように」
かの邪悪。具体的な敵がいるのだろうな。
(魔王ってやつかな。まあ、それは後でセシリアに聞けばいいか)
だがそれ以外は、どうにも抽象的に思える。いや言っている意味は分かるが、邪悪に挑むことと、善き道を照らすことは繋がるのだろうか。
(多分、大事なのは”善き道”の方で、それが勇者の条件なんだろう)
セシリアを真っ当に育てるのに、役に立ちそうではある。
曲がりなりにも力を手に入れ、更に強くなるビジョンも見えてきた。だから俺は、いずれ来るだろうセシリアに武器を捨てさせ、かつ彼女の願いを助ける時のことも考えていた。
(まあ、これは俺だけの秘密だけどな)
「ジュン様は、セシリア様のお供なのですか?」
「いや、違うよ。俺は唯のプーさんだなあ。だから様は付けないでね。
ところで、旅の僧侶ってのは何をするんだ?」
さらっと言っていたが、アルバータはそう名乗っていた。
彼女は幾分かがっかりした様子で言った。
「全ての集落に神父様が御座す訳ではないのです。だから私たちのような旅の僧侶が洗礼を行うのですが、……ご存じありませんでしたか?」
「俺が常識知らずなだけだけど――」
「知らなかった。神父って少ないの? 王都にはいっぱいいた筈だけど」
「2人ともご存じではなかったのですね……」
でも、とアルバータはやる気に満ちた表情で続けた。
「だからこそやりがいがあります! 頑張るぞお」
「ああ、頑張っ「そこで!」……はい?」
「ジュンさん、神父様になってみませんか!?」
がっ、と効果音が鳴ったと錯覚する勢いで、手を握られる。
まさかの誘いである。ちょっと落ち着いて貰いたい。あと話の脈絡も考えて。
「まあまあ、俺達会ってまだそんな時間たってないし、もう少し段階を踏んでからさ」
「いいえ! 信仰に時間での優劣などありません! 大事なのは心です!」
「その心がないんだよなぁ」
当方信仰心どころか教義すら知らないのである。
「卑下することはありません。私たちは同じ教徒なのですから、その心は当然持っております。しかも暇なのでしょう?」
「あれ伝わってないな。俺と貴方の信じる神は別――」
ふと気になった。セシリアに小声で問いかける。
「この世界って宗教はいくつあるんだ?」
「言っている意味が良くわからないよ」
「オーケー分かった。1つだな」
セシリアはこんなんだが、おそらく1つの巨大な宗教が幅を利かせているこの世界で、無宗教は本来とてもまずいと思われる。相変わらず俺ってば詰めが甘い。
「いや今のは言葉の綾で――」
「まさか、貴方はあの景色を知らないのですか!?」
「こういうのは伝わってるんだよなぁ」
困った。さっきからずっと握られた手のひらに、さらに力が込められていくのだ。
「でも大丈夫。私は貴方にあの景色を見せてあげられます!」
「それは――」
アルバータの瞳が虹色に輝き、虹彩が螺旋を描いた。
高速で回るそれは、緩やかに極彩色を失わせて1つのカタ、チを――
――脳髄が焼き切れたかのような鋭い痛みに、大きく体をのけぞらせた。
「あ、が――――――!」
「ジュン!?」
頭が割れるようだ。いや、割ったほうが良いかもしれない。ぐちゃぐちゃになった脳みそなんて役に立たないのだから、取り出したほうが良いに決まってる。
「ひやあぁぁああああ!!!」
だがそれは気の迷い。脳の痛みは波が引くように鈍化した。
「なんで!? そんな怒ることないじゃないですかぁ」
彼女は酷く惨めに泣いていた。
喉に突きつけられたセシリアの刃に、どうしてこんなことをするのかと泣いているのだ。
彼女と目が合った。その瞳は空色の柔らかな瞳で、虹の極彩色など放ってはいなかった。
「ゆ、勇者候補様! 助けてください! 不当な暴力を受けていますぅ!」
――勇者候補。
そも勇者とは、発祥は500年前。魔王を打倒したある男が至ったクラスである。
かの者が持つスキルは雷撃を纏った剣技であり、一見して魔法剣のようであった。
実際当時は魔法剣に分類されたのだろう。
だが彼の一閃は山すら抉る。
そんな彼の絶技は、彼を象徴するユニーク・スキルだと当時の人々は認識した。
彼が没してから50年。同じ絶技を振るう2人目の男が現れた。
それが2代目勇者。この絶技こそ勇者の証であると、世界に刻んだ者。
そしてようやく本題だ。『勇者候補』とは、素質ある者のことを指す――訳ではない。
もっともっと特別だ。候補には自ら望んで成れるわけでも、特別な才能を示すものではない。
この世界に存在する、144の天使がこれぞ勇者だと認め、『勇気の加護』を与えた者達のことだ。
その者が勇気を示す限り――
――死を越える生命力を。
――連戦にも耐えられる治癒能力を。
――心砕術を防ぐ洗脳抵抗力を。
――前進する意志に応える究極の肉体を、加護は与え続ける。
「その3つ目に引っ掛ったの? え、お前何してんの?」
「私はただあの素晴らしい景色を見ていただきたかっただけです」
アルバータは頬を膨らましてそう言うが、
「で、実際どうなん?」
「洗脳魔法だね。気づけなかった」
ごめんとセシリアは謝るが、あまりにも突然な攻撃に対応できないのは仕方がない。
「傷つけてしまったのは大変申し訳なく思います。でも、とても素晴らしいことに気づけたと思いませんか?」
「思わないし近づかないでもらえますか」
伸ばされた手を躱し、そのままバックステップにより最速で出口へと向かう。
セシリアが呟いた。
「……殺したほうが良くない?」
「いや、それは」
どうだろう?
「関わりたくないからパス」
「えー」
不平を垂れるセシリアの頭を押さえつけ、馬車を走らせる。その様はまるで敵に追われるよう。
「ジュン様ー! 運命からは逃れられませんよ!」
背後からの呪いの声は、聞こえないことにした。




