戦いは続く
「――報告は以上です」
謹厳な騎士は淡々と口にした。
「つまり、彼らは魔女を間違いなく討伐し、これからこの町に戻ってくるのですね」
「はい。依頼を終え気を大きくしていたようです」
いけしゃあしゃあと。
生真面目な態度を崩さない男にいら立ちが募る。
(あの疑り深い男が殺すものですが)
まったく腹正しい。それにしても何故私はあの男に声をかけた。
(いやそれは好みだっただけだけど)
何故依頼してしまった。
(思いの他話が弾んだからだけど)
……いや、私は悪くない。悪いのはそう、あの魔女とかこの騎士だろう。
(どいつもこいつも、馬鹿ばっかで困る)
麻薬なんぞに手を出し、街の金にまで手を出した阿呆共。
僅か十日で街の中枢まで麻薬が広がりきるなど、余りにも馬鹿が多すぎる。
もう少し察しが良ければ上手くいくのに。
(その点、彼は完璧ね。私のシナリオにちゃあんと乗ってくれるもの)
そう考えるといら立ちも収まり、意識が浮上して全体を俯瞰するように、シナリオが浮かぶ。
(勿論、魔女を倒したのは嘘。彼は真実に気が付き、魔女と共謀して、この男も丸め込んで見せた。当然冒険者たちもね。でも逃げたりはしない。真犯人を探すことによって、身の潔白を証明する。これなら私の管理不届きも領主様にはばれないわね)
「……まあ、そういうことなら一考の余地もあるか。
というわけで、ええ、下がってよろしくてよ」
騎士は怪訝な顔をしながらも、言われた通り部屋を出て行った。
それにしても。
「あれはもう駄目。なら誰が私の目になるのかしら?」
悲しいことに、信じられる部下はあまりにも少ない。
結構、いや割と。切実な問題だった。
*********
「間が悪いな」
騎士と直接会うのは難しい。いざとなれば冒険者2人を使うこともできるが、あらかじめ答えに選択肢があるのなら、会話意外にも意思を伝える方法はある。
俺がとったのは反射光を利用したサインだ。
屋敷を正面から見て一番左、二階の部屋から光が煌めく。2回と、間を開けて1回。
こちらも同じ合図を路地裏から送り返し、受領を示す点滅が送り返された。
「成功と不在か」
成功。ヴァーラへの虚偽報告を受け入れられた。まあ、失敗だったら合図なんてできないだろうが。
不在。彼女の父親は今屋敷に居ない。しかも”会うことは出来ない”を示す1回。
「セシリア、オリーブ、異常はないか?」
「監視はないし、近づいてくる気配もないよ」
「こっちも不審な声は捉えてない。異常なし」
少し離れていた2人に声をかける。
この合図は言葉を交わす必要こそないが、それなりに目立つ。探知は必須だった。
「なら、もう少しここで続けてみるか」
「わたしはもう少し見通しのいい場所に行ってくる」
セシリアは軽くジャンプして屋根に飛び乗った。
……普通に見てたけどなんだあれ、異世界ってやばい。
さて、気を取り直して今後のことについて。
――目的の人物に会えない以上、作戦を変える必要がある。
ずばり真犯人の捕縛である。
そいつらは後ろ暗い連中である以上、この手の合図に無関心ではいられないだろう。
「それにしても、よ」
オリーブが呟いた。
気絶から目覚めた彼女は冷静さを取り戻し、計画への協力を約束した。一見して問題ないように見えるが、未だ不安が残る以上耳を傾けざるを得まい。
「この魔女たるあたしが探知を小娘に譲るなんて、プライドが傷つくわ」
「適材適所だろ。流石にセシリアも音は拾えないみたいだし」
「はん。それも負けてたら廃業してるわ」
彼女は探知能力で負けたのが気に喰わないらしい。
確かに、探知なんて魔法じみたもので譲るのは沽券に関わるのだろう。
もし誰かが合図に気づいたとしても、アクションを起こすのはもう少し時間がかかるだろう。ちょうど手すきになったので、ここらで疑問を解消しておこうと思う。
「探知ってのは何なんだ? 誰にでも出来るものじゃないのか」
「は、素人か? 素人だったわね」
オリーブはコホンとわざとらしく息をついた。
「確かにそれも間違いではないけど、魔力の扱いについて、2タイプの人間に分けられるわ。
魔力を肉体に留めておくのが得意な前衛クラス。魔力の放出が得意な後衛クラス。外部の魔力を”探知”するのだから、必然的に後者に適正があるのよ」
セシリアは剣を振り回しているのだから、前衛タイプだろう。となると、不得意な分野ですら専門相手を上回っていることになる。それは確かに気にくわないだろう。
「ふうん。俺はどっちなんだろうか」
「さあ? 魔力覚醒もしていないんじゃ、分かりようがないわね」
「魔力覚醒?」
また知らないワードだ。思わずオウム返しのように呟く。
「そ、魔力覚醒。一部例外も居るけど、産まれた時から魔力を持っている訳じゃない。何かきっかけがあって、体に魔力を宿すのよ。それが魔力覚醒」
「そのきっかけは人によって違うのか? どんなきっかけなんだ?」
「きっかけは確かに人によって違うけど、だいたいは魔力を体に受けるとなるらしいわ」
オリーブもそうだったのだとか。ただし魔力を含んだポーションで、万全を期して覚醒させたらしいが。
「やってあげようか? ちょっと痛いかもだけど」
「それは本当にちょっと何だろうな?」
「ちょっと、……寝込むくらいかな」
「…………遠慮しとく」
アハハとオリーブは笑った。流石に冗談だろう。
「ん、怪しい二人組が来たみたい」
ピタリとオリーブは笑いを止め、一転して真剣な顔になる。
「当たりだね。合図の話をしてる。でもあまり真剣には捉えていないみたい」
「下っ端かな。でも立派な手がかりだぜ」
それにしても、セシリアは何処まで行ったのだろう。
「あの程度ならあたしでも瞬殺できるっての。安心しなよ」
不安を隠せていなかったのか、オリーブはむっとした顔で言った。
「ふう」
オリーブは手を突き出し、未だ見えぬ相手を睨みつける。その姿はさながらスナイパー。
そのイメージは当たらずとも遠からずか。突き出した腕を魔力が通り、魔法となって獲物を打ち抜くのだ。多分。
「ウィンド!」
オリーブはあろうことか叫んだ。魔法には必要なのかもしれないが、もう少し声を抑えて欲しい。血の気がさっと引く。
突如発生した突風は男たちに襲い掛かり、勢いのままに壁に叩きつけた。「ガッ」とか「ゲエ」という不細工な一声を最後に男たちは沈黙する。
仕留めたのだろうか。結構な威力だったと思うが、果たして彼らは生きているのだろうか。
「や、やった」
オリーブはその場でぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。まさかこいつ、
「初めて戦ったり?」
「う、うるさいな! ちゃんと瞬殺だったでしょ」
いや殺していたら困るけど、今は素直に祝福しよう。
「偉いぞ」
「ちょ! 子ども扱いするな!」
つい、セシリアにするように頭を撫でてしまったけれど、嬉しそうなので良しとする。
「ところで、今の騒ぎで他に誰か来てたりしないか?」
「ははは、大丈夫だ……って」
笑顔が固まった。これは駄目みたい。
「よし、逃げるぞ」
「え、あいつらは!?」
「ほっとけ!」
こうして捜査はふりだしに戻るのだ。
「あ、そっち」
「っ……!」
息をのむ、ふりだしどころではないではないか。
路地から男が顔を出した。陰気で、いかにも胡散臭い男だ。
そいつは道を塞ぐように狭い路地に立つ。
そして背後からは怒声と共にドタバタと足音が響く。
人数が多い。逃げ道を塞ぐ用意も周到だ。
罠にはまったのはこちらだった。
「ウインド!」
オリーブは再び風の魔法を陰気な男に放つ。だが、
「プロテクション」
男の前に突如として出現した、白みがかった透明な壁に阻まれる。
「白魔法……!」
「お前は黒魔法使いだな。初級呪文などと、舐められたものだ」
感慨のない口調で男が呟く。もし、オリーブがもっと強力な魔法を使っていたら話は別だったのかもしれないが、もう遅い。
「なんだい、たった2人かよ」
背後の男たちが追いついた。俺たちはあまりにも遅すぎたのだ。
それでも、まだ致命的ではないはずだと言い聞かせ、おそらくリーダーであろう、背後の男の一人に言葉を投げた。
「……取り引きをしたい」
「あん?」
男は怪訝な顔をするも、襲ってはこなかった。
さて、この状況は想定していなかった。当然取引内容など考えていない。
(見通しが甘かったのは反省点だな。次があったら頑張ろう)
そのためにも、口を動かし続けなければ怪しまれる。唇を湿らせ、口を開き
――まさにその瞬間、鮮血が舞った。
「プロテクション!」
反応したのは陰気な男だけだ。遠く、俺たちを囲む男たちを守るように半透明の壁が出現した。
その向こう、何かが飛びあがる。
「プロテクション!」
男は再び壁を生み出した。しかし今度のそれは自らを守るように展開される。
ブン、と。黒い軌跡を宙に描いた攻撃が半透明の壁に接触し、
――まるで見た目通り透けてしまったかのように抵抗を感じさせず、砕かれた。攻撃は止まらない。そして、術者も同じように――――
『トマトが潰れたようだ』という表現は、一体誰が初めにしたのだろうか。まったくグロテスクなトマトもあったものだ。
現実感の希薄な光景に、そんなことを考えた。
「て……!」
リーダーらしき男が何事か叫ぼうとし、哀れにも下顎ごと舌を切り裂かれた。
まさに目にも止まらぬ早業である。
ようやく男たちが悲鳴を上げ、我先にと逃げ出す。だが、それが叶うことがないのは、この場に居る全員が理解していたに違いない。
悲鳴が路地にコダマし、ピタリと止まった。残ったのはかつて人間だった者達と、1人の少女。
スプラッター映画でもなかなかお目に掛かれない惨劇だ。酷く現実感がない。
俺は臓腑の混じった血の海に足を浸し、下手人へと声をかける。
「セシリア、お前どこ行ってたんだ?」
「トイレ」
「あ、ごめんデリカシーなかったわ」
未だ夢うつつ。目覚めるのはもう少し時間が経ってからだ。
*********
「魔女なのにグロ耐性はないのな」
「あんたもすかしてる割には虚弱よね」
はははと二人して乾いた笑いを漏らす。胃の中は無事カラッポになったが、顔は青いままだ。
「大丈夫?」
下手人は心配そうに2人の背をさすった。
「ん?」
セシリアの顔をじっと見つめていると、何か用かとうなづきを返される。
(普通、だな。慣れてるのかな)
彼女が殺しを忌避しないのは分かっていたが、まさかあれほどとは理解していなかった。
あんなもの、人間がやっていいことではない。
でも、少女が怪物ではなく人間であることは、短い付き合いながら分かってはいる。
(理解していないのだろうか)
命の重さを、まだこの子供は知らないのだろう。
だからあんな簡単に殺せて、顔色一つ変えないのだ。
(でも、今はまだ教えられない)
これからも、彼女の力を頼らなけらばならないのだ。変わってもらっては困る。我ながら、最低な思考だ。
(だから――)
俺が代わりに強くならなけらばならない。その時こそ、この少女に人の生を教えよう。
ぐっと腹に力を入れる。なら、こんなところで弱っている暇はない。
「とりあえず、だ。成果は得られなかったが、幸いにも目撃者は居ない。そうだよな?」
あの場で唯一冷静だった、セシリアに問いかける。彼女は首を横に振った。
「1人逃がした。あの魔法使い、体を捨ててどこかに飛んで行った」
セシリアは悔し気に語った。俺は、
「…………まじか」
最悪の状況に、ただ呟くしかなかった。
「いや、いやいやいや。そんな魔法聞いたことないんだけど!?」
「ユニークスキルじゃないかな。油断してたけど、次は逃がさないよ」
「ユ、ユニークって。そんな簡単に言うけどさ」
オリーブが騒いでいるが、魔法の正体に俺が口を挟んだってしょうがない。問題は1人逃がして、こっちの顔が割れてしまったことだ。
「…………作戦に変更はなしだ。奴らには向こうから来てもらう。俺がおとりになってな」
結局のところ、アジトを探すのが困難であるため、こうするのが最善だ。
「一応言っておくけど、危険よ?」
「ああ、構わない。それぐらいはしなきゃな」
「あっそ」
オリーブはそっぽを向いた。心配してくれているのだろうか。
「じゃあ、2人は変わらず探知に集中していてくれ。今度は見つからないように、も付け加えてな」
*********
周り全てが敵に見える。
大通りへ出た俺は、あてもなく彷徨う。
「おい、聞いたか。殺人事件だとよ」
「魔物が迷い込んだらしい」
「騎士団もやられちまったとか」
「殺されたのは悪人だけって聞いたぜ?」
あれから1時間も経っていない筈だが、どこへ行っても例の噂でもちきりだった。
尾ひれはひれが付いているようだったが、誰が下手人かはまだ分かっていないらしい。
(最悪、俺たちが指名手配されている可能性もあったが)
ただでさえヴァーラに見つかったらまずいのだ。これ以上敵が増えるのはごめんこうむりたかった。
だが、それも時間の問題か。ヤクザには公権力に顔が効くやつもいるだろう。いざとなったら大々的に捜索されるはずだ
(セシリアのでたらめっぷりは相手も知るところだ。襲い掛かってくることもあるまい)
だが監視はつくはずで、更に言うなら連絡を付けるだろう。
(こっちが音も拾えることを相手が知っているかどうかに掛かってるな。知らないなら良し。知っているのなら、知っていることを確かめる必要がある)
足を動かす。
(でも、それじゃあ消極的過ぎるわな)
目的をもって足を動かす。急がなくてはならない。彼はとても早足なのだ。
「や、元気してたか」
「な訳ねーだろ、最悪だぜ」
冒険者の1人、ジャレッドが吐き出すように答えた。
何せ顔が割れているのだ。こちらのバックボーンを探り、ヴァーラは無理としても、冒険者2人や騎士にたどり着く可能性は高い。そして、それが既に完了している可能性も。
「単刀直入に言うが、脅されてないか? 命令受けてたりとか」
「本当に直球だな!」
今度はつばを吐きだした。
「ああ、受けてるぜ。連れてこいとよ」
「へえ、「ただし!」
強い口調で遮られる。
「欲しいのは白髪の女だけだとよ。他は殺せってな」
「ああ、賢いじゃないか。困ったな」
ジャレッドが右手を掲げると、狭路から、勝手口から、窓から、至る所からガラの悪い男達が現れた。頬を汗が流れるのを感じる。つい、言葉が口から漏れた。
「こいつら、今日の惨状を知らないのか? よほど命が惜しくないと見える」
「心があったら来ていないと思うぜ。いや、こうはなりたくねえよな」
考えはあった。あんな惨状が起きたのだ。まさか、自らが死ぬかもしれないのに、肉の包囲網など作れるはずがないと。
男達は一様に虚ろな顔をしていた。薬か何かで恐怖心を消したか。それにしたって準備が良すぎやしないか。
(ああ、そうだよな。セシリアみたいのが他に居ても可笑しくねーよな)
怪物じみた人間への対処マニュアルがあっても不思議ではなかった。人形と化した男たちが常に用意されていても、不思議ではないのだ。
人形と化した男達が殺到する。狙いは当然俺だ。だが、何もできない俺にも心強い味方がいる。
2人の男が空気に押しつぶされ地面に延びた。大砲のごとき一撃は、しかしマシンガンのように降り注ぐ。
絶大なる魔法の力は、大の大人を赤子扱いする。
文字通り次元が違うのだ。だから、競い合えるのは同じステージに立てる者だけ。
「パペット」
倒れ伏した男達が一斉に呟き、糸に引かれるように立ち上がった。
だがある男は額から血を流し、明らかに気を失っているように見える。そしてある男は足が曲がってはいけない方向に曲がっていた。
どう見ても、怪我を治す魔法ではない。
「その魔法、誰でも使えたりするのか? 俺はごめんだけどさ」
初撃まで巻き戻したように男達が迫る。怪我で鈍るという、当たり前の期待は叶いそうもなかった。
「って、棒立ちしてる場合じゃねぇぇえええ!!!」
背を低くし、なんとか掴みかかろうとする男を避ける。だが、一撃避けるのが限界だ。こうなった時点で分かっていたが、なんともあっけないものだ。
肉の波に押しつぶされ、俺はすぐに気を失った。
*********
全身が急激に冷える。ビクリと体が震え、連動するように意識も動き始めた。
「う……」
瞼が重い。全身がピリピリと火傷したように痛む。急激な冷えは瞬く間に業火へと変わった。
「起きたか」
強引に瞼をこじ開ける。だが、どんなに頑張っても半ばまでしか開かなかった。ついでに言うと全身が縛られていた。
それはさておき、目の前にはどうにも陰気な女が居た。
「なんだ、結局殺さなかったのな」
「ああ、死んでも良かったが、やはり生け捕りが好ましい」
ぼそりと呟くような返事が返ってきた。
「あんた、あの時に居た魔法使いの男だな?」
セシリアが文字通り叩き潰した男、体を捨てて逃げたと言っていた。
性別すら違っていたが、俺の直感はあの男だと告げていた。
陰気な女は僅かに目を見開いたように思える。
「状況判断に優れ、私の正体すら見破るか。危機感に薄い気はあるが、殺さなくて正解だったな」
女はあっさりと肯定し、それで、と続けた。
「まず動揺を誘い、話の主導権を握る手口を好むらしいな。私はまんまと動揺してしまったが、次はどう出るのだ?」
挑戦的な物言いだ。表情からは読み取れないが、会話を楽しんでいるように見える。
「そうだな、まずは名前を聞きたい。次の体になった時も、簡単に識別できるようにな」
「体は滅多なことでは変えないがな。私の名前はエグバートだ。お前の名前はジュンで良かったか」
「いやゴロー……いやいいか。どこでその名前を知った?」
「お前の仲間がそう呼んでいた」
「ほー」
心臓の鼓動がひときわ大きくなる。まさか、捕まったんじゃないだろうな。
(いや、それはないな)
セシリアは勿論、オリーブにもあのゾンビじみた攻撃は効かないだろう。あれが効くのは俺のように、多数に無勢が通用する相手だけだ。
「言い聞かせているな。捕まっていないと。お前も動揺を見せるのだな」
「っ……!」
心を見透かされた、いやこいつが言うように、表情に出ていたのだろう。
「ああ、怪我が痛くてな。演技ができそうにない」
「もう整えたのか。素晴らしい精神力だ」
何というか、暖簾に腕押しである。俺の些細な腹芸は通じそうになかった。
「はあ。それで。あんたの望みは何なんだ」
「なんだ。もうお喋りは終わりか」
「怪我が痛いのは本当なんだ。お願いだからもう休ませてくれ」
「そうか。まあ良いだろう」
エグバートは変わらず淡々とした口調で言った。
「あの少女と、お前はどういう関係だ?」
「関係?」
あの少女がセシリアであることは分かる。すっとぼけても良かったが、お喋りを辞めたのは俺のほうだ。
しかし能力ではなく、関係? 何故そんなことを尋ねるのだろうか。
「……別に、何でもない。強いて言えば、助ける側と助けられる側だな」
ここは他人を装う、というより実際他人だ。むしろこれこそが真実である。
エグバートはそんな誤魔化しにも聞こえる言葉で納得したらしい。特に何を言うでもなく、部屋を去った。
鉄の扉が閉じ、鍵がかけられる音が部屋全体に響いた。
改めて、自らの状況を確認する。
どの程度痛みつけられたかは分からないが、体中、痛いところが無いほど痛い。だがアルコールのような鼻につく匂いから察するに、最低限の治療はしてもらえたのだろう。
手首と足首が頑丈な紐で、椅子に縛り付けられている。椅子自体は木で出来ており、見た目はかなり細い。暴れれば壊れそうだが、果たしてこの傷で動き回れるだろうか。
それに部屋はさっき鍵をかけられた。壁や天井、床は全て石で出来ている。窓はないし、ところどころから水滴が染み出てきている。きっと地下なのだ。脱出はあの鉄の扉以外にない。
「無理だな。これ」
部屋にあるのは天井からぶら下がった蝋燭の灯りが1つ。これ酸欠とか大丈夫だろうか。
目をつむった。瞼が重い。もう疲れた。
そして、泥のように眠った。
*********
「で、どうするのよ」
気分が悪い。どうにも人を傷つけるのは慣れなかった。
奇妙な軍勢の襲撃を凌いだ後、残ったのはあたしと、全身血濡れのセシリアだけだった。ジュンが完全に人並みに飲まれていたのは見えていた。きっと、血の川の一部になってしまったのだろう。
知り合いが死んだ。多くの人が死んだが、それ以上にその事実が堪えた。
「ジュンならどうするかな?」
と、血を洗い流し、艶やかに濡れたその髪をふきながら、セシリアは男の名を口にした。
この少女はいつもそうだ。
物事はジュンが決め、少女はそれに従う。そんな感じ。
「ねえ、どうしてあんたはジュンの言うことを聞くわけ。家来か何かなの?」
「違うよ?」
ならどうしてだと尋ねると、セシリアは誇らしげに言った。
「天使様に頼まれたのです。ジュンを助け、彼の助けとなりなさいと」
「天使って……」
オウム返しに呟く。
天使とは神の遣い。神の代行者である彼らは実質的な世界の支配者であるといえよう。
神は人々の営みには関与しないとされているが、実情は全くそんなことはない。
確かに暴君はまかり通り、戦争ではいくら屍の山が築かれようとも神は現れなかった。
人々の想いや祈りは、届くことはない。
だが、一つだけ例外がある。
人類の存亡を賭けた魔王との闘いにおいてのみ、天使が介入する。
勇者というシステムは、神の存在無くして機能しない。
勇者なくして世界は存続できず、故にこそ人々の心は神の足元にある。
これが世界の支配者でなければなんなのか。
「なんでそんな大物が」
と、言ってみたはものの、可能性など一つしかないのだ。
「じゃあ、あいつは勇者こ――」
「うん、決めた。ジュンならきっとこうする」
こちらの話なんて聞いてないとばかりにセシリアは遮り、今夜の夕食を決めるぐらいの軽さでこう続けた。
「どうもこうもないね。真犯人を探そう」
――ああ、確かにそんなことを言うかもしれない。
それに、もしあいつがそうならば、まだあたしにはやらなければならないことがある。責任感は強いほうなのだ。
「で、具体的にはこれからどうするの?」
「うーん」
セシリアは剣を抜き、睨みつけていた。
数多の血を吸ったその魔剣は、流石に限界が来ていたのか刃こぼれしていた。
剣を鞘にしまい、セシリアはあたしの肩を掴んだ。
「え、なんですか?」
「良いこと思いついた。オリーブは広域魔法使える?」
「え、使えるけど――」
つい、正直に答えてしまった自分が呪わしい。
「良かった。頼みがあるんだ」
セシリアはお使い感覚でそう言うが、とても大変なことを頼むのだろう。
(お母さん。あたし本物の魔女になりそう)
*********
「俺ってどうなるんだろ」
捕まってからどれだけの時間が経っただろう。時間を測る方法がないこの部屋では、予想すら敵わなかった。
――風が頬を撫でる。
「ん?」
それはどうにも天井から吹いている気がして、視線を上げた。垂れ下がった灯りが揺れている。今度は椅子から振動が伝わる。
「あれ、これ地震――」
かなと、言葉を続けることは出来なかった。天井が崩れ落ちたからだ。
「あ」
今度こそ、死を覚悟した。
少し時間をさかのぼる。
「む、無茶苦茶だ」
誰かが呟いた。なまじ事情を知っているが故に、これが人災であることを理解してしまったからだ。
建物が1つ。姿を消した。
後ろ暗い連中が潜む、いわゆるアジトの1つである。入り込んだのを見られたのだろう。そうであってほしかった。まさか無差別なんてことは。
恐怖で体が震える。人様に言えないようなことをしてきた自覚はあるが、家族だってこの街に居るのだ。
「お、おい。ボスに報告したほうが」
「誰が行くんだよ。変なことしたら……」
「ば、そんなこと言うな」
ひそひそと話す。その会話は喧騒にまぎれ、自分達以外には聞こえない。
――そのはずだった。
目前を鮮血が舞い、体がすさまじい力で引かれる。少し遅れて多くの悲鳴が響き渡った。いきなり死体が現れて、市民が騒いだのだろう。
白昼堂々の殺人など、なかなか経験できない。
「む、無茶苦茶だ」
今度の呟きは、確実に自分の口から漏れた。
他の仲間はたった今殺されたのだから、当然だ。
どうしてこんなことに。もはやどうしようもない後悔が胸を襲う。
――そうだ。あいつのせいだ。
十日前に来たあの陰気な男。あいつが来てから何かが狂った気がする。
結局、彼は自分の行いではなく他者へと責任を求めたようだ。
でも、まあ。今更そんなことはどうでも良いだろう。
彼の人生はここで終わるのだから。
――作戦は変わらない、おびき寄せて、襲う。それがちょっとばかり大規模になっただけである。
もしジュンが居たら止めていただろうが、いま彼は居ないのだ。
――そして凶行は、遂に正解を引き当てる。
*********
「い、生きてる」
呆然と呟いた。運よくがれきの隙間に体が挟まったのか、何とか体は無事だった。縛り付けられていた椅子は当然のように大破し、縛るものは何もなくなった。
「だ、誰かぁ」
声はか細く、震えていた。塵を吸い込みせき込んだ。
(状況、悪化してるよなあ)
これをチャンスと思えるほど、強くはないつもりだ。
(でも、何とかしなきゃだよな)
不思議と、体は軽い。今なら何でもできそうだと思えるほど、力が全身を満たす。
瓦礫に手を伸ばす。
今この空間は絶妙なバランスで成り立っている。
一瞬の躊躇の後、力の限り押しのける。
さっきまで居た空間が、無残にも潰された。
「う」
再度躊躇する。萎える気持ちを抑え込むように歯をかみしめ――
「おおおおおおお!!!!」
吼えた。
するとどうだろう。不思議と全身に力がみなぎる。瓦礫はまるでプラスチック。全身を擦りながら、頭上を目指す。
光が見えた。
「うおっしゃああああああ!!!」
空気を肺いっぱいに吸い込み、雄たけびを上げる。
全能感は気のせいではない。自分は確かにやってのけたのだ。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ」
肩で息をする。周りは瓦礫まみれだと思ったが、少し離れれば木々が生い茂っている。
「ここは……」
少なくとも街ではない。まあ、こんなのが街中で起こったら大惨事である。それは良かったと思うべきか。
彼が知る由もないが、街中ではすでに数件起こっている惨劇である。そして下手人たちは、この場を破壊すると再び街へと戻っていった。
「ほう、無事だったか」
陰気な声が耳に届いた。驚きを感じない、牢獄で話した時、路地裏で聞いた時と同じだった。
なのにどうしてこうも体が震えるのか。
「それも、魔力覚醒を果たしたと見える。なんとも運のいい男だ」
途端に動かなくなった体を、歯を食いしばって振り向かせる。
「エグ、バート……!」
「力に目覚め、この体の強大さを理解したようだな」
今なら分かる。理解してしまう。奴の体からみなぎる力を。この全能感を上回る、圧倒的な絶望を。
「酔いはさめたか? ならば私の問いに答えるが良い」
無意識が首を縦に振った。
「セシリア・ヴォルドハイドは、勇者を目指しているのではなかったのか?」
セシリアの性をその男は口にした。俺ですら知らない情報を、何故こいつは知っているのだろう。
「確かに目指している。ただ、ああ、そうだな」
この惨状は確かに勇者のやることではあるまい。きっとこの瓦礫の下に、大勢の人間が居たはずなのだ。
「知らないのさ。人の命の重さをな」
「そうか。ふん、そんなものだろうさ」
エグバートは、分かりずらいが、嬉しそうに言った。まるで見下すような、馬鹿にするような、嫌な感じだ。
「1つ聞きたい」
「うん? 今は気分が良い。言ってみろ」
楽しそうだと思ったのは間違いではなかったようだ。
聞きたいことは山ほどある。1つと言ったのは間違いだったか。
「元々、俺たちは麻薬の密売を止めるためにやってきた。それはもう、果たされたと考えても良いか?」
「ああ、そんなことか。確かに無理だな。工場は破壊されたし、手下もほとんど失った。ボスは生きているが、この暴威を見ればもう下手な気は起こすまい」
エグバートはまるで興味がないそぶりで語った。
やはり、こいつには別の目的があるのだろう。それがセシリアに関係するであろうことは聞かなくても分かる。
さて、図らずもこちらも目的は果たされた。ならばどうする。俺はどう動く。
「あんた、セシリアをどうするつもりなんだ」
「質問は1つだった筈だ」
「ああ、今のは予行演習だよ」
体は動く。奴のプレッシャーにはもう慣れた。
「お前を倒した後、尋問する際のな」
「なんだ。まだ酔いは醒めていなかったらしいな」
瓦礫を踏み締める。距離は5mほど。それを
「はっ!」
自分でも信じられないことに、一瞬でゼロにした。勢いに任せた殺人的な拳はしかし宙を切り、ブレーキを掛けていない体はそのまま弾丸のように瓦礫に突き刺さった。
「素人だな」
陰気な声が見下すように言った。僅かな挙動で回避して見せたエグバートに、背筋が冷え――
(いや本当に寒い!)
見れば瓦礫に霜が降りていた。今は春のような温かさだ。こんなことはありえない。
「魔法か!」
「フリーズだ。酔いを醒まし、凍えて死ね」
「ざけんな!」
エグバートを中心に、円を描くように走る。霜の様子から見て、この魔法は放射状に広がり、奴から離れるほど効果が薄まる。
霜は俺を追うように広がる。だが、8mほどなら凍えるには遅すぎる。
円を少しずつ狭める。逃げているだけでは勝てないのだ!
「はあ!」
狙うはボディ。右手を握り、突き刺すつもりで放つ。当然のように回避される。だが次の手――具体的に言えば左手が残っている。
体をねじるように、左フックを顔面に放つ。だが打ったのは頬ではなく、堅い半透明の壁!
全身に衝撃が走る。全力で殴った拳は間違いなく痛めただろう。
「暑苦しい。離れろ、ウインド」
ウインド、風の大砲を放つ魔法を防御すらできすに喰らった。瓦礫を体にこすり続け、大きく引きずられた後ようやく止まった。
この魔法の威力は知っている。肝が冷えたが、ただの人間よりも頑丈な体だ。行動は可能だった。
しかも肝が冷えたおかげか。冷静さが戻ってきた。
(魔法、厄介すぎるだろう!)
楽に勝てるなんて思っていなかったが、文字通り手も足も出ないなんて。
「どうした。ようやく自らの愚かさに気が付いたか」
「ああ、まったく歯が立たなくて後悔してた」
「その割には、闘気は衰えていないようだが?」
「は」
小さく笑う。確かにその通りだ。
「ウインド。その魔法は知っていたからな。それって誰にでも使える魔法なんだろ」
「誰にでも、ではないが、魔法使いならば使えるだろうな。基本スキルなのだから当然だ」
「そうか、なら俺にも使えるかもな」
そうだ、誰にでも出来るのなら、俺にもできる。
それはささやかながら、俺の自慢だ。
昔から人に出来て俺に出来ないことはなかった。
その道のプロには敵わなかったが、それで良かった。出来るという事実が俺を満たしたからだ。
ちんけなプライドだけど、今それはこのうえなく役に立つ。
「ふ。初級スキルとはいえ、魔力に目覚めたばかりのお前には無理だ。せいぜい走り回っているのがお似合いだ!」
エグバートは明らかにイラついたように叫んだ。よほど腹に据えたのだろう。だから俺は――
「ウインド!」
言葉と共に、風の魔法を放った。
「な……」
風の砲弾は、明らかに狼狽え言葉をなくしたエグバートに直撃し、瓦礫をまき散らしながら吹き飛ばした。
魔法とは、ただ名前を叫べばいいものではない。そも目の前の術者は明らかに無詠唱だったこともあった。それでは何故オリーブは唱えていたのだろうか。
その鍵は、宙に漂う魔力にある。
魔法を放つまさにその瞬間、体内から噴き出した魔力が、形を成すのだ。それが一定の形に変化した時、魔法が発動する。
魔力の放出が得意なのが後衛クラスらしい。
放出とは、ただ飛ばすのではなく操作まで含むのだろう。
すなわち魔力のコントロール。それは、先ほどから何となく行えることは確認していた。
だが、その制御は難しい。揺蕩う魔力を掴めない。空気を握ることなど不可能なのだ。
だからこそ、喉を震わせる。声をもって、空気ともいえる魔力をコントロールし、魔法と成す。
「ウインド!」
今一度放つ。発声によるコントロールは、安定性した効果を約束するのか、狙いをたがわず直進した。
戦いはこれで終わりではないのだ。ウィンドで倒しきれないのは、わが身が証明している。
果たしてその通りの結果が目の前に展開される。ウインドが半透明の壁に阻まれた。
「……貴様、何者だ」
エグバートはゆらりと立ち上がった。ダメージは主に精神的なものだけで、特に怪我を負っているようには見えなかった。
「まあ良い。お前は危険だ。ここで殺す」
気が遠くなる。呼吸が止まる。魔法、ではない。
――これは殺気だ。目の前の魔法使いは、今初めて俺を敵と認めた。
「数多の亡者よ。亡骸共よ」
魔力が渦巻く。ウインドとは比較にならない規模だ。あれは真似できないと判断する。ならば――
「ウインド!」
風の魔法を発動し、その後を追う。魔法だけでは駄目だ。全身をもって、阻止しなければならない。
「恨みがあろう。未練があろう」
だが魔法は、再び現れた半透明の壁に阻まれる。当然、俺の体も。
「っ……!」
「然らば我が呼び声に答えよ。我が魔力は汝らの嘆きに応えよう」
不気味な魔力が全身を焼くように侵食する。視界が霞がかる。
「さあ、共に――! ナイトシールド!」
不気味な魔力は霧散し、白銀の盾に吹き飛ばされる。
「な」
何が、などという疑問はまさに愚問だっただろう。防ぐ必要があったから、長々と唱えた詠唱まで破棄し、強固な盾を出現させたのだから。
盾の規模に対し、衝撃は滑稽なほど少なかった。
それもそうだろう。ただの剣が僅かに触れただけなのだから。
「ここに居たんだ」
その声を知っている。彼女の顔など忘れない。
「ああ。そっちも元気そうで何よりだ、セシリア」
「うん。わたしもジュンが元気そうで嬉しいよ」
死を乗り越えた再開にしては、酷く淡泊であったと思う。でも、それで良いのだ。俺たちはそれで良い。
盾は消滅する。何せこの盾に透明度はないのだ。出し続けるのはいかにも不味い。
エグバートは既に冷静さを取り戻したか、陰気な調子で言った。
「セシリア・ヴォルドハイド。既に街へと帰ったと思ったが」
「うん、帰ったよ。でも胸騒ぎがしたんだ」
「……非合理的だな。だが、丁度いい。お前には消えてもらう」
それがこいつの目的だったのだろうか。何かが、違う気がする。だがそれを解明することはできなかった。
「わたしも、次は逃がさないと誓ったよ」
セシリアが駆ける。今度はその一部始終を見ることが出来た。だが改めて思う。
(速い!)
圧倒的だ。セシリアから感じる魔力は俺より低いのに、どうしてこれほど圧倒的な差が生まれるのか。
だがエグバートはそのスピードを予測していたのだろう。先んじて魔法を発動していた。
瓦礫に霜が降りる。
だが、
「ウォール!」
エグバートが半球状の透明な盾を出す。セシリアの剣は背後から迫っていた。
凍結よりも速く駆けた。惚れ惚れするほどのごり押し。だが、実力が伴うのなら何よりも有効な一手。
「フレイムウェーブ!」
全方向へと放たれた炎の波に、上空以外の逃げ場はない。セシリアは迷うことなく跳躍し――
「ライトニングボルト!」
最速の一撃が彼女を襲う。視認すら困難な雷速を――
「マジ、か」
呆然と呟いた。セシリアは身をひねり、不可避の攻撃を、回避不可能な空中で避けた。
セシリアは剣を振りかぶっていた。宙での回避のついでとばかりに、体制を整えたのだ。
「アイスソード!」
エグバートは腰を落とし、生み出した氷の剣で追撃した。流石に宙ではふんばりの効かないセシリアは吹き飛ばされ、しかしきれいに直地する。
今の攻防、どちらの勝ちか。大量の汗を流すエグバートを見れば明らかだろう。
(しかし、何故セシリアはあの剣技を使わないのだろう)
初めてエグバートと戦った時は、プロテクションの上から叩き潰したのだ。チャンスは2度、いや最初の不意打ちを入れれば3度あった。
エグバートも初めそれを警戒していたから、明らかに強力な防御魔法で防いだのだ。
(いや、だが2度目はウォールで防いだ。全方位を防ぐのは脅威だけど、あの一撃を防げるとは思えない)
使わない理由があり、エグバートもまた承知している。
(……いや、今それは良い。俺は何を呆けているんだ)
戦う力を得たのだ。ならばもう、見ているだけは許されない。
(でも、どう介入する)
瞬き1つが致命になる攻防。明らかに荷が重い。下手をすれば足手まといにすら。
(今はまだ、見ていよう)
図らずとも魔力を見抜く力を得たのだ。それを存分に発揮させよう。
(今はまだ、な)
戦いは第2ラウンドへと移行した。
やはり先行を切るのはセシリアだ。その圧倒的な速度は魔法の発動を許さない。
「フレイムウェーブ!」
エグバートは初めから全方位攻撃、対処せざるを得ない炎によって追撃する。
セシリアは直前まで走り、勢いのまま飛び上がった。術者まで一直線に跳ぶ。
それをエグバートは追撃しない。腹を抑えて、苦悶に悶えていたのだ。
(瓦礫をぶつけたのか!?)
足元はでかい岩がごろごろしている。弾には困らないだろう。そして、炎がちょうど良い目くらましとなったのだ。
「ウォ、ウォール!」
辛うじて間に合った壁は明らかに精彩を欠いており、セシリアには今、運動エネルギーすら味方になっている。
壁が砕け散る。だが同時に、
――剣が、砕け散った。
「っ!」
息を呑む声が遠く離れたここまで響くようだった。鉄片が優雅と思えるほど綺麗に舞い、キラキラと太陽の光を反射する。
ここに突如として、勝敗が決定する。
剣を失った剣士に何が出来よう。もはやこれまで。少女はじわじわと追い詰められ、敵の宣言通り殺されるだろう。
だから俺は走った。運が良いと言えばいいだろう。悪運が強いと言い換えるべきかもしれない。とにかく、俺は走ったのだ。
「アイスソード!」
一度しか見ていない魔法。初めて唱えた呪文。だが、それで十分だろう。
手の内に氷の剣が創出される。
「セシリアァ!」
彼女もこちらの意図を正確に察したのだろう。だが察したのは敵も同じ。
「フレイムボルト!」
炎の矢が射出される。高速のそれはセシリアを追い抜き既に目前。咄嗟に構えた氷の剣が蒸発し、水蒸気が皮膚を焼く。剣は失われる。
だがそれがどうした。
「アイスソード!」
いくらでも作り出せる。氷の剣は再び手元に戻った。手を伸ばす。水蒸気が視界を塞ぐが、何ら問題はない。
小さな手だと、思った。こんな少女に頼らなければならない自分が嫌になる。それでも手を放す。氷の剣は少女の手に渡った。
(でも、俺もやるべきことをやる)
踵は返さない。勢いのまま、そのまま駆ける。
水蒸気を吹き飛ばすように、炎の壁が迫る。
「フリーズ!」
目に見えぬ冷気は炎の壁を消し飛ばす。
氷の剣は、あくまで氷だ。鉄よりも遥かに脆く、炎を喰らえば一瞬で蒸発してしまう。
だから俺が必要だ。炎を防ぎ、もしもの時にすぐさま新しい武器を供給する。
「ウォール!」
既に敵前へと迫ったセシリアが剣を叩きつける。一撃で剣にひびが入る。2回が限界だろう。セシリアはすぐさま引いた。
「アイスソード!」
再び生み出した剣をセシリア目掛けて投擲し、すぐさま次の魔法に備える。
「フレイムボルト!」
投擲された剣を狙い、炎の矢が狙い打たれる。ウォールは解除されていない。その気になれば同時展開も可能なのか。
(でも今になって始めるということは、それなりにリスクがあるということだ)
さてそれは魔力切れか。精神力の問題か。どちらも俺にとっても引っ掛かるというのは、無視できない問題だった。
炎の矢はセシリアが投げた剣によって蒸発する。新しい剣はセシリアの手に収まった。
ウォール相手に使える斬撃は一度限り。だがそれでは突破は不可能。
(つまり、俺の役割が1つ増えたわけだ)
壁の破壊もしくは弱体化。だがエグバートもまた同じ考えに至ったのだ。攻撃はこちらに飛んでくる。
「あぶなっ!」
無詠唱で飛んできた雷の矢を辛うじて避ける。いかなる理屈か。あいつは詠唱をせずとも魔法を使えるのだ。
「っ!」
回避はできたが、曲がりなりにも雷だ。掠っただけでしびれ、舌がマヒする。
敵を見る。その向こうに、セシリアが居た。
「?」
彼女は剣を地面に刺し、目を閉じていた。
確かに今彼女に出来ることはない。その、筈――
彼女は剣士であり、剣による攻撃しかない。だからウォールを常時展開しているエグバートに勝ち目はない。
だが、本当にそうなのか?
彼女の力はその程度なのか。否、そんな筈がないのだ。
エグバートの胸から漆黒の刃が伸びる。口から血の泡を吹いて、呆然と自らの胸を見つめる。
漆黒の刃は、彼女の立つ大地。瓦礫から伸びていた。ウォールの効果が及ばない、地中から。
俺も、敵であったエグバートも見誤った。
彼女は遠隔攻撃を持つ。ただそれだけの、実にシンプルな隠し玉が勝敗を分けた。
しかしまた、俺は見誤る。エグバートが漆黒の刃を掴む。
「リザレクション!」
ぱ、と。漆黒の刃は消え、何事もないかのようにエグバートが立っていた。
「フレイムウェーブ!」
「フリーズ!」
再び炎の波がが襲い掛かる。それを冷気で押し留めるさまは、我ながらモーゼのようだ。
ごうごうと炎が襲い掛かる。波は止まらない。いつまで続く。まるで本物の海のようだ。
まさか、と。嫌な予感が頭をよぎる。
波はいつまでも尽きない。根比べを挑んできたか。
「ジュン。もう少し出力は上げられないの?」
予見でもしていたのか、俺の背後に跳んでいたセシリアが声をかける。
「悪いな。上げ方が分からん」
「そっか。困ったな」
「ああ、そうだな。ところで、聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
死闘中とは思えない穏やかな会話をする。実のところ、そうでもしないと意識が持ちそうもないのだ。
「あのウォールとかいう魔法。その気になればぶち抜けるだろ。なんでしなかったんだ?」
「あいつ、殺しても魂だけで逃げる話はしたよね」
「ああ、したな」
「でも、それも魔法の一種。当然魔力がなければ出来ないでしょう?」
「ああ、それで」
「だから魔力そのものに攻撃する一撃が必要だけど、暗黒剣とは兼用できないからね」
「ああ、なるほど」
「……大丈夫? ちゃんと聞いてる?」
「ああ、大丈夫だ」
「ジュンって馬鹿だね」
「ああ、そうだな」
脂汗が頬を流れる。そろそろ本当に、限界かもしれない。
意識が朦朧とし、視界すらぼやけてきた。目の前に、人型が浮かび上がる。ついには幻覚すら。
「ジュン、剣を」
「は?」
幻覚はセシリアで、冷気に身をさらしながら、剣を――
「っ! アイスソード!」
幻覚ではない。本物の、セシリアが目の前に周ったのだ。炎すら消し去る冷気の前で。
咄嗟に唱えたアイスソードは奇跡的に魔法となり、だが集中が解かれたことでフリーズが消える。
「フリーズゥ!!!」
声を枯らさんばかりに叫ぶ。間違いなくこれが最後の一撃。足から力が抜ける。それでも、伸ばした手は降ろさない。
「はぁあああ!!!」
即席の氷の鎧を纏い、炎に身を焦がしセシリアは愚直に進む。そして――
「今回は、わたし達の負けにしといてあげるわ」
闇の一閃が煌めき、エグバートの肉体は完膚なきまでに破壊された。
「いや、引き分けということにしておこう。私も目的を達成できていない」
もはや喉すらない肉塊から、陰気な声が響く。
つまりは、そういうことなのだ。もはや限界を迎えた俺のために、セシリアは敵の殺害ではなく排除を優先した。
まったく情けない。しかもこの口は、負け惜しみをする余裕すら残しておらず――
意識が闇に落ちた。




