魔女の討伐・前半
「流石に、理由を聞きたいかな」
剣を突きつけたまま、セシリアは責めるように言った。
「可能性の話だ」
震える声を無理やり抑える。戦闘モードのセシリアは、率直に言って怖い。殺気という奴なのだろうか。
一つ言葉を間違えれば、剣がこちらに向きそうな錯覚を覚える。
「麻薬を作っているのは本当に魔女なのか?」
むしろ、その可能性が低いとも感じられる。
もし定期的に麻薬を街に運んでいるのなら、獣道はもっと踏み固まっているはずだ。というか、もっとマシな道を作るはず。
地下道とか転移とかがあるのなら話は別だが、それはこの際考慮しない。というより、分からない。分からないことが多すぎる。
そう、結局のところ、こちらの手札は少なすぎるから、推理なんてあまり意味がない。だから魔女と話す必要があるのだ。
「……作ってるかどうかは、家を調べれば分かるでしょう? 変なことをされる前に、この女は始末したほうが良い」
もし本当に魔女が敵なら、確かにセシリアの言う通りだ。ていうか妙に冴えてるな、こいつ。
「でももし違ったら、罪のない人間を殺すことになるぞ。それは、」
思い出す。彼女の願いは一度聞いた。
「勇者とは言えないんじゃないか?」
そう、勇者ならそんなことはしないだろう。だから不服だろうがなんだろうが、セシリアは疑惑の段階では――
「そうなの?」
だが当のセシリアは、特段反乱することもなく、豆知識を確かめるような顔で聞き返したのだ。
「あ、ああ。勇者ってのは、正しくあるものだと思う」
そっかあ、なら仕方がないと。セシリアは屋台の甘味を禁止された時よりも聞き分け良く、剣を引いた。
思い通りには運んだが、気分は優れないままだった。
未だ警戒を解いていないセシリアを見る。
(勇者を目指しているのは本当だろう。でも、それは言葉だけだ。勇者が何かを理解していない。
それに――、)
今度は未だ呆然としている魔女を見る。
(本当に殺す気だった! 人殺しを躊躇しないのか)
確かに異世界の常識は向こうと違うのだろう。でもそれは、悲しいことだと思うのだ。
(……エゴだな。俺の世界、俺の時代は平和だったから)
「と、とりあえず。あんた大丈夫か。できれば話をしたいんだが」
魔女に手を差し伸べる。
呆然と手のひらの見つめる魔女の目に、徐々に光が差す。そして今度は喉を震わせ、
「ァ、ああ……」
瞳を潤ませて、
「怖かったよぉぉおおおおお!!!」
俺の足に抱きつき、おんおんと大声で泣いた。
*********
「できれば、正直に答えて欲しい。というより正直に答えないと後が怖いぞ」
あと、というか後ろだけど。未だ剣をしまってないセシリアに、意識の半分を持っていかれつつ尋ねた。麻薬を作ってるのはあんたか、と。
「ま、麻薬かは分からないけど、薬は作ってます」
セシリアが一歩近づいた。
「で、でもこれは私の研究に使うもので、誰にも渡してなんていません!」
緑色の髪を腰まで伸ばし、同じ色のゆったりとしたワンピースを着こんだ女性、オリーブと名乗った魔女は心底セシリアに怯えているようだった。
無理もないが、今は好都合だった。
「どこで作ってるんだ? 見てみたい」
「そ、それはあああああ勿論です何でも見ていってください!」
その怯えっぷりはとても哀れに思えるが、これも彼女の身の潔白を証明するためである。心を鬼にする。
地下があるらしく、先導する彼女の背中を押す。セシリアが、剣先で。
「ど、どうぞ」
「先に入れ」
「は、はいぃ!」
セシリアに脅され、オリーブは転がり込むように部屋へ入った。
天井全体が淡く光っている。原理は不明だが、それはどうでも良い。
部屋は9畳ほどか。天井まで伸びる棚が全面に置かれているから、実際はもっと広いのだろう。
中央に机が置かれ、色とりどりの液体が入ったフラスコで覆い尽くされている。
「地下はここだけなのか?」
「は、はい本当です嘘じゃないです!」
セシリアに睨まれる姿は嘘をついているようには見えないが、真偽のほどは実際不明である。
「次に行こう。とりあえず、全ての部屋を見せてくれ」
さて、悪魔の実在は証明できないが、だからといって手を抜く理由にはならない。じっくり行こう。
*********
「セシリア、どう思う?」
「嘘を付いているようには見えなかったかな」
とりあえず白に一票か。
2階建ての家を、屋根裏まで探索するのはそれなりに時間がかかったが、隠し部屋は見つからなかったし、薬品を扱っていただろう部屋が地下だけなのが分かった。
「しかし、使っていない部屋が多かったな」
半場物置と化していた部屋が大半だった。というより、二階全体がそうだ。
「お母さんが居た時は使っていたんですが」
呟いただけだったが、質問だと思われたようだ。
「お母さん。ああ、家族か」
今一ピンと来ないが、この世界では未だ生殖活動が主流で、家族として暮らしているのだそうだ。
「オリーブは、」
オリーブ自身の番を聞こうと思ったが、家を見れば明らかに居ないのは分かる。無駄な質問を取りやめたが、オリーブは何を勘違いしたのか語りだした。
「あたしが小さい頃、お父さんが家を出ました。理由は分かりません。お母さんに聞いても、何も言ってくれなかった。ただ、感心がないみたいな、冷たい目を返すだけで。それが怖かったから、お父さんのことはタブーになってしまったように思えました。今思えば、もっと勇気を出して聞いておくべった。
あたしは何かに追われるように、魔法に没頭しました。その時だけは、お父さんのことは忘れられたし、お母さんも笑ってくれた。
――そう、お母さんは普段笑わない人でした。いっつも考え事をしていて、あたしの話なんて聞いてくれなかった。酷い人だった。でも、あたしにとっては大事な人で、あのお母さんの笑顔を見るために、魔道に向き合ったように思えた。なのにお母さんが死んでしまってからも、なんでかな、あたしは魔道を捨てられなかった」
彼女は自らの半生を悲し気に語り終えた。セシリアを見る。少女は特に興味がないのか、いや退屈とすら思ってそうだ。特に感情のこもらない目で警戒を続けていた。
セシリアとオリーブ。どちらが常識的なのかは分からない。俺自身はセシリアの感想に近い。しかし、それを口にするべきではないだろう。
「……それでも魔道を捨てなかったのは、きっと楽しかったからさ」
共感を覚えたとしたら、そこだろう。
自分が何をして生きるか、職業選択の自由は確かにあった。しかし俺は大半の人間と同じように、”推奨”された職業に就いたのだ。それが良いとされていたからだし、器用なほうだったから、大概のことはすんなりと真似できた。だから”推奨”された職業は、酷くつまらなそうだなあ、と思いつつも、まあ良いかとなんとなく選んだ。
それでも、俺は人生を楽しめた。
「始めた理由なんてどうでも良いのさ。大事なのは今と、これからだ」
そう、これからだ。
「オリーブは――」
「待った」
セシリアが遮る。彼女は外、獣道を睨みつけていた。
「人が3人来る。どうする?」
「何だって?」
このタイミング。物見雄山ではあるまい。
「一応聞くけど、オリーブ、心当たりはあるか」
「いいえ、人なんてまったくといって来ないわ。というより、本当に来るの? わたしは探知できないわよ」
随分喋って緊張が解けたのか、オリーブは敬語を辞めていた。
しかし心当たりがないのなら、間違いなくヴァーラの差し金だろう。
本当に魔女を殺したか確認しに来たのだ。それにしても、動きが速すぎると思う。
「領主様の娘にどんだけ恨まれてるんだあんたは。そっちの方は心当たりはないのか」
「えぇ、知らないわよ。会ったこともない」
これはもう覚悟を決めるしかあるまい。
オリーブを見る。
彼女は緑色の髪を左右に振り、不安そうに眉を下げていた。
ふ、と息を吐く。
「セシリア。その3人、殺さずに無力化できるか?」
「殺さずに、というのは最低限会話可能なレベルよね?」
「ああ、ナイスだセシリア。話さなきゃいけないことがある。しかも3人が情報を共有してるか分からないから、全員会話可能にな」
「えへへ。ま、余裕よ。
その程度、わたしに掛かれば何てことありません」
頭をぐりぐりと撫でつつ会話する。セシリアは自信たっぷりだ。
良心は痛むが、戦闘は任せると決めたのだ。
「嘘、本当に3人来る」
オリーブは青い顔で呟いた。そういえば、まだこいつも危険人物だったなと思い出す。
俺も、もう少し落ち着かなきゃいけない。
倒れっぱなしだった椅子を起こし、壊れたドアから外を見つめる。さて、血を見ないで済むと良いが。




