武器屋に行きたい
「さて、金も入ったし準備でもするか」
何せ100と書かれた札が100枚はある。超インフレでもしていない限り、それなりの大金だろう。
「ねえ、わたしあれ食べたい」
袖をセシリアに引かれる。指をさしたのは何やら甘い匂いを漂わせる屋台だ。機嫌を直したのは良いが、準備を何だと思っているのだろうか。
「さっきケーキ食べただろ。4個も」
自分と俺、ヴァーラのを食べて更におかわりまでして見せたお子ちゃまは満足できていないようだった。
「ねえ、良いでしょう?」
「駄目。もうすぐお昼なんだから」
むむむ、とセシリアは唸った。
「リーアムみたいなことを言う……」
リーアムと言うのが誰か知らないが、まっとうな教育を受けていたらしい。1人暮らしなのに生活能力がなさそうだったり、良くわからない奴だ。
疑惑の視線への返答は、恨めしそうな視線だった。
「まあ、少し早いがお昼にするか」
さっきの屋台に書かれていた値札は2だったから、この札束はまごうことなき大金だろう。どの店でも支払いは可能なはずだ。
「食後のデザートなら買ってやらんこともない」
恨めしそうな視線もどこへやら、セシリアは輝いた笑顔で喜びを表現した。
*********
一体どこに入るのだろう。ファンタジーな胃袋を持つセシリアは三人前は食べ、食後のデザートも満喫した。
それでも伝票に書かれた数字にはまだまだ余裕があるのだから、怪しさを勘定に入れても良い依頼だったのだろう。
(持ち逃げがベストかもしれないな)
ふと思いついた考えを振り払う。それをヴァーラが想定していないとも思えない。
「んじゃ、まずは武器屋に行くか」
「なんで?」
「なんでって……」
いや、これから魔女と戦いに行くんだから、武器は必要だろう。何といっても俺は丸腰なのだ。
「わたしが居るんだから、必要ないでしょ?」
と、セシリアは心底不思議そうに、何言ってんだこいつと言わんばかりに言った。
「ジュンじゃ足手まといにしかならないよ。戦うのはわたしに任せて」
思い出すのは森で出会ったモンスター。確かに、あんな化け物に勝てるビジョンなんて俺には見えない。
でも、と俺は言った。
「それでも、俺にできることが何かあるはずだ」
セシリアはううん、と唸って言った。
「ジュンって後衛クラスなの? それならまあ、あるかな?」
俺の覚悟など知らないとばかりに、能天気にセシリアが呟いた。
だが何やら知らない単語が飛び出したのである。
「後衛クラス?」
訝し気な呟きに、セシリアは目を丸くした。
「まさか、自分のクラスも把握してない?」
クラスというのは、どうやら一般的な言葉らしい。それも戦いには必須な感じの。
「悪い、クラスの意味から教えてくれ」
「本当に、何にも知らないんだね」
クラスというのは、魔力適正を示すのだという。
例えば戦士クラスならば肉体強化に強い適正を持ち、魔法使いクラスなら魔力の放出が得意だ。
戦士が前衛、魔法使いが後衛である。
だがその適正も個人差があり、それでは分別することが出来ない。
ならばどう見分けるのかと言うと、クラス特有の魔法があるのらしい。
戦士ならばブレイクという弱体化の力。魔法使いは火を放出したり、風を起こしたりなどの現象を操る。
「そしてわたしのクラスは暗黒騎士なのです」
前衛クラスの、本人曰く最強のクラスだそうだ。
思い出すのは馬の怪物に振るわれた、尋常じゃない一撃。
「あの時使ったのが、暗黒騎士の魔法なのか?」
「うん、そうだね。後クラス特有の魔法は”クラススキル”、単純に”スキル”って呼ぶこともありますです」
余談として、どのクラスにも該当しない魔法があり、それを”ユニークスキル”と呼ぶらしい。
「だから、武器屋はなしだね」
「なんで」
「だって、」
クラスも分からないド素人が、武器持ったってしょうがないでしょ、との言葉に。俺は肯定せざるをえなかった。
*********
魔女は例の森に一人で住んでいるらしい。森には木々がアーチのように頭上を塞いでいる獣道があって、道沿いに真っすぐ進むと着くらしい。
結局武器屋には行けなかった俺はバックを背負って歩いていた。
しかも少女の背中に隠れながらというおまけつきである。あまりにも情けなくて泣きそう。
(せめて、もうひと世代後に産まれていれば)
『戦争期』の人間ととして産まれていれば、戦闘に適した教育が施されていたものを。
まあ、無いものねだりしたってしょうがない。
「しかし、魔女らしく辺鄙なとこに住んでるな」
麻薬を街に運ぶのに、さぞや苦労していることだろう。
魔女が原因というのも、疑わしいものだ。
(俺にできることをやる。戦うのは諦めるとしても、陰謀を見破ることはできるはずだ)
「なあ、人とか、魔物の気配とか分かるか?」
「分かるよ。襲われるほど近くにはいないかな」
「人も?」
「? 人もいないよ」
どうしてそんなことを?というセシリアに曖昧な返事を返し、さて言うべきかと悩む。
「……とりあえず警戒だけはしていてくれ。特に人はな」
「分かったけど、なんで?」
「魔女だって人だろ? だからさ」
最低限だけを伝えることにした。小難しい部分は俺が対応すれば良い。
戦闘を任せた、せめてもの抵抗だった。
「分かったけど、門番は魔物みたいね」
セシリアは歩きながらも、剣を抜き言った。
『魔女の家は招かざる客を決して通さない』
それを実現するのは不思議な空間とか謎解きではなく、実にシンプルな力技らしい。
門番の魔物はなんとも醜悪な姿だった。
多くの腕が至る所から生え、しかもその腕は爪があったり、緑の毛が生えていたり、細かったり太かったりあまりにも多様だった。
まるで体毛の代わりにくっつけたようで。しかしそれが正常な状態でないことは、腕の生え目から漏れる黄色の粘液が主張していた。ならば腕をあえて見ず、そのシルエットを想像すると、元となった生物が透けて見えるようだった。
「ライオン、かな。合成獣って言うのかね、あれは」
「妙なことに詳しいね。うん、不格好だけど、あれはキメラだよ」
妙なことに詳しいのはお互い様だが、それは口にしなかった。キメラが唸り始めたからだ。
彼女の注意を引いて、以前の二の舞になるわけにはいかなかった。
セシリアが消えた。
そう認識してしまうほどの踏み込みでセシリアが仕掛けたのだ。
「オ」
魔物が小さく吠えた。その時には既にセシリアは剣を振りぬいており、丸い鼻を深く切り裂いていた。
その一撃で終わっていないということは、キメラは彼女の斬撃に反応してみせたのだろう。
次は魔物の番、――というわけにはいかなかった。剣は止まらない。
右半身に生えていた多くの腕が剥がされた。流れるような一撃。初めからセシリアの狙いは腕だったのだ。
おそらく、あの鎧のように全身を覆う腕を剥がすためだろう。
(でも、あの一撃ならそんな必要もないような)
あの時、怪物を文字通り吹き飛ばした一撃。暗黒騎士のスキルならばそんなひと手間はいらないはず。
(温存、かな。まあ、まだ魔女が控えているしな)
意外と考えて戦っているのだなとセシリアの評価を改めつつ観察を続ける。しかし、両者の実力差にはあまりにも残酷な開きがあった。
剣がキメラの腹に突き刺さり、そのまま力任せに振り降ろされた。内臓と血がぼとぼとと地面に落ち、そしてキメラが追うように倒れ込んだ。
結局、キメラが3度の攻撃に対応できたのは初撃だけ。スキルさえ使わず、圧倒した。
セシリアはキメラの最後を見届け、獣道の向こう、開けた場所にあるレンガ造りの魔女の家へと視線を向けた。そして何も言わず、その姿がぶれる。
まさか、いや考えるまでもない。
セシリアはこのまま魔女を討つつもりだ。
扉が粉砕された。もうセシリアは家に踏み込もうとしている。
その判断は、軽率とも言えるが正しいとも言えるのだろう。門番を瞬殺し、間を置かずに行われる攻撃はおそらく後衛クラスの魔女相手には最善ともいえる筈だ。
だがそれは困る。もし魔女が死んでしまったら、それこそあの女の思い通りだ。
実際のところ、それでも問題はない気もするが、何となく嫌な気分だ。だいたい、真犯人が他に居るのなら、悪くもない人間を殺すことになる。
「セシリア、待てぇ!!!」
走り、祈る。どうか手遅れになっていませんように。
「セシリア!」
「……なんで?」
まき散らされた木片(おそらく扉の残骸)の向こうに居たのは、
「なんで止めたの?」
「……ィ…………ァ」
不満を隠そうともせず剣を突きつけるセシリアと、首に剣先を突きつけられ、震えることもできず、声も出せない――しかし血の一滴も流していない、顔だけは青くした、全体的に緑色の女性が居た。




