失敗
その遺体を教会へ運ぶのに、またしても頭を下げることになった。
「はい、処置完了。寝たふりはもう結構ですよ」
ずたずたにされていた顔面を修繕し、その遺体に語り掛ける。
しかしそれは、遺体にしては随分と血色が良く、まるで生きているようだった。
果たして遺体だとされていたその人物は起き上がった。
「いや、今気付いたとこなんだけど、ここどこ?」
その者はスズネ・ジュン。
勇者候補故の不死の男である。例え常人ならば死体と見まがうような傷であろうと、死ぬことはないのだ。
その男は随分と呑気に構えていた。
「はあ、教会ですよジュンさん」
「教会? なんで——もしかして俺殺されたの?」
「常人なら確実にそうでしたね」
死にはしなくとも、意識は失う。
特に頭部を破壊されれば死んだも同然の状態になるらしい。
今回のケースがそれだ。しかしそれほどの傷を負う状況になったのに、彼の意識下には何も残っていないらしい。
(脳に損傷を負ったから、記憶も消えたのかしら?)
そうとしか思えなかった。
彼は勇者候補として立派に成長している。
既に実力は聖騎士にも劣らないだろう。
だからまさか気付かずに殺されたなんてことはない筈なのである。
ショックで記憶が飛んでいるのかも。
彼が何故この場に居るのか説明することにした。
「ジュンさんは早朝、宿屋のそばで殺されていたのを発見されたのです。
遺体の状況から殺人事件とされ、ジュンさんは警邏預かりとなりました。
教会まで運ぶのにどれだけ苦労したか……」
「ごめんなさい」
「いえ別に、それは良いのです。ええ。
それで犯人は不明。顔の傷は内部から破裂したかのような状態だったので、何らかのスキルが使われたとされていますが——ジュンさん何か覚えていますか?」
「いや……」
順には、攻撃を受けた覚えはない。
だが誰が怪しいかといえば、昨夜最後に会った人物だろう。
「その場にいたのは、俺だけなんだよね?」
「はい、目撃情報も今のところありません。
心当たりがあるのですね?」
順は昨日出会った女性について話した。
アルバータは考える素振りを見せる。
「確かに怪しいですが、それだと狙いはジュンさんじゃないことになりますね。
ならスルーで良いのですが」
「良いのかな」
「良いでしょう。ジュンさんは全ての問題に首を突っ込むつもりですか?」
「それは……」
その通りではあるが、既に巻き込まれている問題についても適用すべきだろうか。
(それに、宿泊客って……)
あの人が言っていた知り合いというのが気になる。
(犯人かどうかも不明ではあるんだけどな)
思い出すのは、ノーラさんの事だ。
もし、もしも犯人の狙いが彼女にあるのだとしたら。
「降りかかる火の粉は払うよ」
「誰に? ……いえ良いです。この話はこれで終わりにしましょう。
——依頼されていたアシュクロフト邸についてですが、今しばらくお待ちください」
追及せず話を打ち切ってくれたアルバータは、本来の依頼へと話を続ける。
「そっか。まあまだ一日しか経ってないし」
「いえ、一日もあれば十分なんです、本来は」
「ん?」
じゃあ何でだろう。
疑問を口にはしなかったが、アルバータは答えた。
その表情は険しかった。
「記録が抹消された形跡がありました。アシュクロフト邸の事件は、まだ終わったとは言い難い。十分お気を付けください」
「……ああ、お互いにね」
*********
ばさりと、書類の束が床に落ちた。
何故だか呆然としているノーラさんに、拾った書類を手渡す。
すると彼女はようやく口を開いた。
「ジュ、ジュン、さん……?」
「はい順ですよノーラさん。昨日はちゃんと眠れましたか?」
青ざめた彼女は無理やりに作った笑顔で肯定した。
「今日はお仕事忙しいですか?」
「あ、え————」
「おやジュンさん」
コーヒーカップを片手に持ったエドウィンが順に話しかけた。
「今日も調査ですね、ご苦労様です」
「いえいえ、仕事ですから。進展が無くて申し訳ないです」
「ははは、1日か2日で手掛かりが見つかる筈もないですからな。どうぞ焦ることなく、安全にご調査ください」
「そう言っていただけると助かります。それでですね、今日もノーラさんのお力を借りたいのですが」
「勿論です。ノーラ君も——顔色悪いけど大丈夫かい?」
「え、あ、はい……」
ふり絞るようにノーラさんは答えた。確かにその顔は青い。
「ジュンさん。申し訳ないのですが今日のところは————」
「だ、大丈夫です! 私はこの通りですから!」
むん、とノーラさんは力こぶを見せる。
あからさまな空元気だった。
「今日は1人で行きますね」
「申し訳ありません。
ノーラ君は今日はお休みね。新しい部屋は用意しておいたから養成すること」
「え、あ、う……すみません」
何事か言いたげな様子だったが、結局彼女は謝るだけだった。
*********
さて、彼女の様子がおかしかったのは体調不良が原因だろうか。
(宿屋に居たからな。俺の死体を見ていてもおかしくない。それなら取り乱すのも無理はないが、それを口にしなかったのは?)
やはり気にかかるのは昨日の女の言葉。
『予定とは違うけど、貴方にも手伝ってもらいましょう』
何を手伝う?
俺が死ぬことに何の意味があったのだ。
(考えられるのは、脅迫)
だから————屋根の上で身を伏せる。
視線の先に居るのはノーラさん。
彼女は新居にて落ち着きなく座っていた。
(……まるっきり不審者だな、俺)
彼女は、何をするでもなく座っていた。
趣味は何だっただろうか。ほんの少しだけ一緒に居ただけだ。何も知らないのは当然と言えば当然だが。
今日一日張り付いていればより詳しくなるだろうか。
(……気持ち悪いな、俺)
そして————……
……——————彼女は夜になるまで、座ったままだった。
横顔が月の光に照らされる。
その黒く輝く瞳からは、彼女の想いは読み取れなかった。
張り詰めていた第六の感覚が、既知の魔力を検知する。
(……無駄にならなくて良かった。本当に)
安堵の気持ちを早々に洗い流し、魔力の流れを辿る。
相手は——昨日と同じ魔力を持つ、黒いローブの女は、屋根の上を走っていた。
(不用意に飛び出せば昨日の二の舞。誤解だったら悪いが、不意打ちで決めさせてもらう)
魔力を隠しているこちらには気がついていない。
集中し、魔力の隠匿と魔法の発動を両立させる。
精神を集中させるため、一度目を閉じる。
「ウインド」
呪文を口ずさみ、風の砲弾を放った。
その魔法は黒ローブの女へ直進し——気がついてももう遅い——直撃した。
着弾を確認し魔力の隠匿を解く。
所詮は下級魔法。人間を倒すには十分な火力ではあるが、それ以上がごろごろしているこの世界じゃ信頼性が薄い。
(かと言って、魔力の隠匿と中級はまだ両立できないしな)
だいたいにして、オーバーキルになったら嫌だし直接殴るのがやはり一番効率が良い。
「や、昨日ぶり、少し話良いかな?」
「う、君は……」
フードが捲れたが、鼻から上は包帯で覆われていたため顔は見えなかった。
まあ、今更顔なんてどうでも良い。糸の魔法で完全に動きを封じ、話を続ける。
「まさか生きているなんて。その綺麗な顔は飾りなの?」
「交換式なんだ。俺のことより、君の話をしたいな」
「え、嫌……」
「普通に拒否されると傷つく!」
話している間も、油断なく構える。
正体不明の攻撃、いつ飛んでくるか分かったものではない。
女は諦めたように脱力した。
「私も本意ではないから————」
油断はしていない筈だった。
「————しっかり守ってあげてね」
屋根が——いいや家屋が、ひび割れるように崩壊した。
「嘘!?」
予備動作もなしに、この規模の破壊!
いや、そもそもこの建物は————
「ノーラさん!」
女は糸の魔法も同時に破壊したのか、すでに離脱を始めている。
追うなら今だ。こんな化物を逃がすわけにはいかない。
そう理性的に判断した時には、相手に背を向けて、落ちるノーラさんを抱きかかえていた。
「ノーラさん。怪我はない?」
「え、あ、え?」
状況を理解していない(無理もないが)ノーラさんは挙動が不審だ。
(いやいつもこんな感じだったような……)
しょうもない思考を振り切り、破壊された建物を改めて見る。
崩れているのは二階建ての二階部分。一階は瓦礫に埋もれている。集合住宅だ。多くの人が住んでいたのだ。
「……とりあえず、離れよう。ややこしくなりそう」
「え、え……?」
彼女はまだ状況を理解していないが、落ち着いたら全てを話し、そして知っていることを話してもらおう。
彼女を抱えたまま、教会へと屋根を伝っていった。
「逃げたと思った?」
「え?」
瞬間、屋根が崩壊し、右足が巻き込まれた。
「どうせ呼んでも来ないものね。昔はそんなじゃなかったのに」
「————」
「マジか!」
あいつ、見境なしか!
人気のないところ、いや、その前にノーラさんを避難させて、駄目だ違う、あいつの狙いはノーラさんなのだから信頼できる場所——アルバータ! 教会は遠すぎる無理だやはり人気のないところに——
(幽霊屋敷! いやノーラさんどうする——ええい! 俺が守れ!)
糸の魔法で義足を作成する。
刺さった糸が傷口を押し広げた。
「速いよー」
「う、ぐぎ……」
一歩踏み締める毎に糸が食い込む。この義足は明らかに失敗だった。
「ジュ、ジュンさん?」
「——大丈夫だから」
ノーラさんの掴む手が強くなる。
不安なのだろう、脂汗なんて流したら余計怖がらせる。
(速く、速く、迅く!)
大きく跳躍。柵を越え庭へと着地する。
何とか目的地へ着いた。
「ノーラさん。屋敷の中へ。この石持っといて下さい」
「え、え?」
「速く!」
「は、はい!」
賢者の石を持たせ、ノーラさんを遠ざける。
渡した賢者の石は目印だ。
あれには微弱な魔力が宿っており、数十mくらいならば感じとれる。
(後30秒くらいか)
到着時間を予測し、対策へと歩を進めた。
あれだけ見せられれば、攻撃の正体は十分掴める。
あれは電波だ。
物質を振動させる波を放出し、遠距離から破壊する。
マイクロ波による加熱はよく見られるが、問答無用で破壊するとはとてつもないエネルギーだ。
(こちらも電磁波を放出し、相殺する。相手の攻撃は雑だが、ある程度の指向性は持たせられるようだ。完全には防げないだろうが、隙を作ることは出来るはず)
問題はその隙が如何ほどかと、生け捕りはほぼ不可能であろうということだけだ。
(……)
覚悟を決めよう。俺はあいつを殺す。
「嫌な場所で待ち構える……」
着地した黒ローブの女は、開口一番にそう言った。
既に攻撃の種は割れている。反撃の隙を見逃さぬよう、細心の注意を払い返答する。
「知らなかった。何かあったの?」
「昔ここで働いていたのだけど、パワハラがね……」
「ああ。それは、ごめんね」
ということは、ノーラさんとは元同僚か。いや彼女の言うことが本当ならだけど。
彼女の視線は屋敷へと向いていた。
「あいつは屋敷にいるのね。臆病なのは——昔からか」
思い出に浸るように、クスリと笑った————
「スパーク!」
雷の魔法を発動する。
完全に不意を打つように放たれた電波を相殺するためだ。
体が熱くなる。脳が揺れるように気持ち悪い。
(でも死んではいない)
つまり、成功だ。
「エアカッター!」
魔力を過剰に消費し、下級魔法の威力を底上げする。
そして風の刃に続き、自身も突撃する。
風は頭部を掠め包帯を切り裂き——剣は胸に深々と突き刺さった。
包帯がずれ、覆い隠していたものが露わになる。
それは————
「え?」
「————見たな」
蠢く無数の瞳が、こちらを睨みつけていた。
「ス、スパーク!」
脳が揺れる。これは————
(相殺しきれない——!)
ブラックアウトする。目が痛いから、きっと眼球が沸騰したのだろう。崩壊音が耳にこびりついた。
(屋敷が破壊されている? 攻撃範囲が広すぎる。強化されたのは。包帯が外れたのが原因か?)
いや、そんなことより——
(ノーラさん!)
*********
ジュリアが発現したユニーク・スキル、通称『崩壊の眼差し』。
ただ見つめるだけで対象を破壊する強力な攻撃だが、その代償として彼女は異形化し、そして気が触れてしまった。
(まさか生きていたなんて)
クローゼットの中に座り込み、ノーラ・レヤードは震えていた。
ジュリア——ジュリア・ケイシーは彼女の元メイド仲間だ。
これは悲劇が起きる、1年前の話————
………
…
「ノーラはさあ、次の転職先決まってる?」
歯を磨きながら、ジュリア・ケイシーはボヤいた。
同じく歯を磨いていたノーラは手を止めて、鏡越しに彼女をまじまじと見つめた。
ジュリアの輝く紫色の瞳は常と変わらず輝いていた。艶のある黒髪と相まって、それはまるで夜空に輝く銀河のようだった。
「え、と。なんで?」
「なんでって、噂知ってるでしょ?」
——噂。
それは最近アシュクロフト邸について囁かれている事実しかない噂である。
(魔導実験? あれ何時終わるんだろうなあ)
今はその手伝いがノーラの仕事ではあるけれど、それが何を意味していたかはまるで見当がつかなかった。
「でも、私たちは関係ないんじゃ?」
「相変わらずぼんやりねえ、ノーラは」
口をゆすいで、にかっと白い歯をジュリアは見せた。
「最近被検体が足りないって話は聞いてるでしょ? でも実験は辞めるわけないから、次は身近なところから選ばれるんじゃないかなって」
「え、でも……」
「ま、可能性の話だからね。でもノーラも気を付けなよ~」
その日も変わらずノーラは地下へ行き、実験の準備を進める。
彼女1人きりの仕事だったから、ミスは許されないので慎重にだ。
「う、うう……」
被検体から漏れるうめき声からは、耳を逸らしながら。
そして今日も、新たな被検体が連れてこられた。
いつも通り、被さっていた布を取り除く。
そこにいたのはジュリア・ケイシーだった。
…
……
彼女は私を恨んでいる。
あの日、私1人きりだった。
ジュリアの拘束を解き、逃がすことだって造作もなかった筈だ。
(復讐しにきたんだ)
あんな怪物にされてしまったのだ。殺されても仕方がない。仕方がないが——
(死にたくない。死にたくない!)
バキ、と建物全体が揺れた。
「あ……」
これはジュリアのスキルだ。
崩壊の力は伝線し、間もなくこの屋敷は倒壊するだろう。
(逃げなきゃ、でも——)
今から逃げても間に合わない。ならここに隠れていたほうが——。
浮遊感に身を包まれる。
こんな木製のクローゼット。持つわけがないのだ。
(ああ、また私は————)
何もしない甘美な理由を見つけて、取り返しのつかないことをしてしまった。
瓦礫が全てを圧し潰す。
*********
胸に刺さった剣は、紛れもなく致命傷だ。
「ゲホ……」
肺にも剣が及んでいる。鮮血が口から噴き出した。
間もなく死ぬだろう。
(——ああ、でも)
それは決して絶望を意味しなかった。
(やっと、終われるのね)
脳に犇めいていた破壊衝動は鳴りを潜め、まだ目が2つしかなかった頃のような、穏やかな心持だった。
(ノーラ……)
かつて屋敷だった瓦礫の山に目を向ける。
(可哀そうなノーラ。臆病なノーラ)
今となっては彼女を親友とは呼べないが、憂う気持ちが無くなったわけではなかった。
(……っ!)
再びざわめく衝動を押さえつけ、最小限の破壊を行う。
瓦礫は塵となり、埋もれていたノーラを現出させた。
(生きてるんだ。悪運強いなあ)
危なっかしい女だが、あの調子なら何だかんだで乗り越えるのだろう。
(先に行ってるよ、ノーラ)
全ての瞳を閉ざし、ジュリア・ケイシーは死んだ。




