生き残る
「貴方も懲りませんね」
「不可抗力だよ」
目覚めて一番の会話は、言い訳から始まった。
昨日と同じ景色だから、ここは教会の地下であろう。
怒り心頭のアルバータがその説を補強する。
はあ、と。これ見よがしにアルバータはため息をついた。
「ジュンさんは魔物と倒れているところを発見されました。見つけたのは我々教会関係者だったので、余計な手間がかからなかったのは幸いでしたね」
「ノーラさんは?」
「彼女は病院ですよ。教会へ向かうのは死者だけですからね?」
「そっか、それじゃあちょっと行ってくる」
立ち上がり、出口へ向かうもアルバータが遮った。
「理由は?」
「今回の件で話がある。彼女と黒ローブの女——アルバータが言う魔物には何か関係があるらしいから」
「……それだけですか?」
「? それ以外に何か?」
「いえ」
明瞭な返事もなく、アルバータは道を譲った。
「?」
良くは分からないが、気が変わらないうちに立ち去ることにした。
*********
受付に事情を話すと、快くノーラさんの病室を教えてくれた。
(……?)
歩く度、何故か心臓の鼓動は早まる。
(まあ、怪我の具合が気になるのだろう)
自分の気持ちを推察するという、不思議な感覚を味わいながら病室へと向かう。
彼女はもう起きているだろうか。元気な姿で、会話してくれると嬉しいのだが。
ノックする。やや上ずった返事がすぐに帰って来た。
「お邪魔しまーす」
「あ、ジュンさん」
彼女は背もたれを起こし本を読んでいた。
頭には包帯を巻いているが、とりあえずは元気なようでホッとする。
「お見舞い持ってきたよ。メロンはお好き?」
「あ、はい、大好きです」
「よっしゃ、カット済みだからすぐ食べられるよ」
包装を剥がし、彼女にフォークを手渡した。
彼女は頬をほころばせながら果肉を口に運ぶ。
彼女と目が合う。
ノーラさんはメロンと俺を交互に見比べた。
「え、と。ジュンさんも食べませんか」
「ん? ああ」
どうやら自分ひとりだけが食べているのが気になったらしい。
なるほど確かに。だがフォークは1つしか用意していなかった。
「え、と。あ、ううん」
ノーラさんは顔を真っ赤にし、さらに唇を震わせながらフォークに乗ったメロンを差し出した。
「————」
嫌とかではなく、ちょっと放心していただけなのだが、ノーラさんは瞳を潤わせながらフォークを引っ込めようとする。
慌ててフォークにかぶりついた。
「あ」
彼女は嬉しそうに口角を緩ませ、次いで赤かった顔を更に赤らめた。
「す、すいません! 変な、変なことを!」
「大丈夫、嬉しかったから、嬉しかったから!」
わちゃわちゃするノーラさんを宥めながら————ノーラさんの、足が一切動いていないことに気が付いた。
「……」
「あ」
ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ息を呑んだつもりだったのだが、彼女は目ざとく俺の様子に気が付いてしまったようだ。
「これは怪我の後遺症で、一時的に麻痺してしまったようです。すぐに良くなるらしいですが」
「そう、か。なら良かった。良かったのかな?」
とはいえ心配ではある。後でアルバータに治せないか相談してみよう。
「それで、その、まだ怪我が治っていないのに悪いんだけどさ」
意を決して本題に入る。
あの女——異形の女について知りたい。
「あの女——昨日襲ってきた奴のことを知りたいんだ」
「————」
ノーラさんは目を伏せた。
やはり、知り合いなのだろう。
じっと見つめていると、彼女は恐る恐る言った。
「ど、どうしても知りたいですか?」
「どうしても知りたいんだ」
「わ、分かりました……」
彼女は一呼吸置き、たどたどしく語った。
「え、と。彼女は私の友人でした。名前はジュリア・ケイシー。
同じ屋敷で働いていて、先輩でした」
「屋敷? それってもしかしてアシュクロフト邸?」
「あ、はい、そうです……」
肯定する時、彼女は少し嫌そうな顔をした。
(……話したくないか。でもまあ、聞かないわけにもいかないけど)
「……ジュリアさんがああなった理由は?」
「あ、あれは、屋敷での実験の結果です」
「異形化していたのも?」
「う、はい。失敗作の中には、あのような変異を伴うこともありました」
「そっか」
ふっと息をつく。
彼女がこちらを見る目には怯えが混じっていた。意図せず尋問のような形になってしまった。
だが、これだけは最後に聞かなくてはならない。
「他に、彼女のように生き残っている人はいるのかな?」
「いえ、いないと思います」
そして彼女は胸に手を当て言った。
「わ、私も、彼女が生きているとは思ってなかった」
*********
「ノーラさん、診察のお時間ですよ」
「あ、はい」
ジュンさんが立ち去ってからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
看護師が声をかけてきて、ようやく夢から戻ってこれた。
「車椅子に乗りましょうね」
「あ、はい」
看護師さんには苦労を掛けるが、徐々にでも慣れなければならないだろう。
——なにせ、この足が動くことはもうないのだから。
*********
本来の目的である贋作探しをしなくてはならない。
(アシュクロフト邸のことは気になるが)
あれに関してはアルバータの報告を待つべきだろう。流石に2日連続では来ないだろうし。
(とはいえ市場調査はもうやったから——)
オールダム商会——雇い主の建屋で足を止める。
(倉庫の場所は、あっちだな)
雇い主こそが首謀者だった! というのは出来過ぎだろうか。
(ま、気付かず紛れてるかもしれないしね)
そんな言い訳をしつつ、高窓を外して倉庫に侵入した。
中はひんやりとしていて、昼間でも薄暗かった。
窓からの光と、ぶら下がった古い白熱灯がごく狭い範囲を照らす。
(灯りがついてるってことは、誰かいるのか)
見つかったらまずい。窓から飛び降り、猫のように着地した。
だが、入ったのは失敗だったかもしれない。
荷物は全て梱包されていて、中身を覗くのは難しい。
まあ、入ってしまったものは仕方がない。興味本位で誰が居るのか覗くことにした。
(検品かな?)
クリップボードを手に持った男が、何やら荷物をあさっていた。
白髪の、いかにも神経質そうな男だ。荷物を見る目はやけに鋭い。いや、あれは目が悪いから細めているだけか。
「……」
「……」
男は独り言を呟かないし、俺も当然話しかけたりしない。
かちゃかちゃと荷物を漁る音だけが響く。
(とりあえず、あれは偽物じゃなさそうだな。いや勘だけど、そんな気がする)
「……」
男は仕事を終えたのか、無言のまま倉庫を去っていった。
(俺も出るか)
結局その日も特段成果はなく、帰りに教会へ寄ることにした。
*********
どうやら調査結果が出たらしい。
「8年前に違法実験が明るみになったのはご存じですか?」
「ああ、魔力覚醒を促す秘薬だって」
ノーラさんが話していたことを思い出す。
そのせいで没落したのだったか。
「はい。ただ通常の魔力覚醒ではなく、スキルの発現を伴う覚醒を目指していたようです」
「特定のスキルを伴う? どういう意味?」
「スキルは本人の資質と修練により習得するものです。件の薬品はそれらを無視して誰にでも、覚醒直後に特定のスキルを扱えるようにしたかったのです」
「……つまり、黒魔法使いがいきなり回復魔法を使えるようにするってこと?」
「その通りです。そしてどうやら、一定の成果は出していたようです」
「へえ、そりゃあ……」
あの多眼の女が使ったスキル。あれがそうなのだろうか。
あんな能力者が量産できるとはゾッとする。
「まあ、発狂等の副作用が強力だったみたいですが」
「駄目じゃん」
「駄目です。しかも明るみになった原因が、発狂した被検体が街で暴れたからなのですよね」
管理できないのでは、見て見ぬふりもできぬと検挙されることになったらしい。
そして当時の権力者達も更迭された。芋づる式でしょっ引かれたのだ。間抜けな話である。
(まあ、自業自得だな)
「……当時の被検体たちはまだ生きてるの?」
「そこです」
アルバータの顔が険しくなる。
「ほとんどの被検体は死んだことが確認されましたが、3名は現在も消息が掴めていません。
今現在、こちらが生きていると把握している者は1人だけです」
はて、ノーラさんは把握していなかったようだが。
「いるにはいるんだ」
「ええ。そしてそれは貴方が良く知っている人物————ノーラ・レヤードです」
*********
「遅くなった。仕事が忙しくてな」
既に面会時間が過ぎた病室に、1人の男が尋ねてきた。
白髪の、如何にも神経質そうな男である。
「いえ、気にしてないですよ、アーキンさん」
「相変わらず嘘が上手い女だ、詫びはいずれな」
「そ、そんな——!」
ノーラは思わず声を張り上げそうになり、手で口を抑える。
「……お、お見舞いはありがたいのですが、それだけが理由じゃないですよね」
男は嫌らしい笑みと共に答えた。
あまり気分の良いものではない。
「ああ、贋作の件だ」
「……」
最近巷を騒がせている贋作騒動。
鈴音順が捜査し、商会ではノーラの担当でもある。
そして——
「在庫は全て捌けた。追加注文だ」
「————あ、はい。それは良かったです」
何を隠そう、ノーラ・レヤードこそが贋作作成者である。
彼女が持つユニーク・スキル『フェイク・ベール』。
真実を覆い隠す膜を作成し、見る人を惑わす力である。
これに包まれた物は例え土くれであろうと上等な壺に似せ、また人を覆えばその者が放出する魔力を完全に隠遁する。
「そ、それでお金の方は」
「いつもの口座に振り込んだが、問題でもあったか?」
「い、いえ。それならいいのです。それなら」
「? ああ、値段の話か。前回と同じで良いな?
社長への借金を返すには、残り18——いや、今回の入院を含めるなら21個か」
「う……。そ、そうですか。そうですよね」
ノーラには社長——エドウィン・ハンフリー・オールダムに借りがある。
彼女はアシュクロフト邸の魔法薬事件の最後の被害者である。
後遺症により5年もの間意識不明だった彼女には、病院から多額の請求を受けていた。
家族は行方をくらまし、返済能力のない彼女は途方に暮れていた。
その時借金を立て替えてくれたのがエドウィンである。
彼は何時返してくれてもいいとは言っていたが、ノーラとしては申し訳ない限りだった。
悶々と日々を過ごしていたノーラはある日失態を犯す。
商品である壺を落として割ってしまったのだ。
ノーラはそれを隠し通すことにした。
彼女が魔法薬で発現したスキルがそれを可能にしてしまったからだ。
そして、その現場をアーキンに目撃されてしまう。
彼は彼女にある話を持ちかけた。
その能力を金稼ぎに使ってみないか、と。
(私は……)
皆を騙し、自分だけの幸せを追及する姿はなんと醜いのだろう。
(もしも……)
私があの時素直に謝っていたら、いや、それよりも前の————
後悔はとめどなく、もしもばかりが溢れていく。
その中の1つに、彼の姿があった。
(ジュンさん……)
自分の危険も顧みず、助けてくれて、心配してくれた人。
彼のことを想うと、胸が締め付けられるようだった。




