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暗黒騎士だけど勇者目指してます!  作者: シドなんとか
嘘と恋と魔法の薬編
43/45

とある街にて

「本気で行くんですか?」

「マジマジ。大マジよ」


 順の軽い態度に、アルバータはため息をついた。


 天使の依頼を終え、エイミから帰って来た順はすぐさま魔王討伐に行くと言い出したのだ。


「せめてセシリアさん達を待つべきでしょう」

「それはそうだけどさ、セシリアの近況的に難しくない?」

「セシリア有名人ですもんねえ」


 エリーがボヤいたように、彼女は今大忙しなようである。

 それというのも何故か、アイドルになってしまったらしいのだ。


 意味が分からないが、まあ、切った張ったの世界よりは良いだろう。


 ぐちぐちと引き留めようとするアルバータに、順は足を止めた。

 そして呆れるように言った。


「なんでネイチャラント目前まで来てごねるのさ」

「思い直すと思ったからです!」


 彼らは現在テクマルノス国境近く、スポンに居た。

 スポンは建物が低く、文明のレベルがネイチャラントに近いと感じる。まあ、それはともかくとして、これ以上進むにはただ歩くだけでは不十分だ。国境とはそういうもので、エリーにも理解できていた事柄なので疑問を口にした。


「でもどうやって国境超えるんですか? ライセンスないですよね」

「そうですどうするんですか」


 同調するアルバータ。それに順はさらりと答えた。


「イライアスに頼んだら手続きやってくれるって」

「どうせ無理なん——え、出来ている……?」


 イライアス・ヒートリー。

 勇者候補にして順と共闘した騎士クラスの青年だ。


 エイミでの共闘後少しだけ道中を共にしたが、その時順の渡航証の発行に便宜を図ってもらったのだ。


 そんな事とは露知らず、どうせここで足止めだと考えていたアルバータは驚いた。

 彼は本気で魔界を目指すつもりなのだ。


 アルバータは小さくボヤいた。


「どうしてそこまで? エイミで何があったのですか?」


 勇者候補レスリーを2人で倒したのは聞いていた。

 そして彼に賢者を石を託されたことも。


 だが、それだけだ。彼は起こった出来事しか語らず、その中身は頑なに語らなかったのだ。


(賢者の石は、賢者クラスが命を対価に生み出すアーティファクト。

 託されたのは物品だけではないのでしょうが)


 それにしたって急ぎ過ぎだ。

 今度は彼に向かって縋るように言った。


「事情を話して欲しいとはこの際言いません。

 でもせめて、勇者クラスを獲得してからにしませんか」

「勇者クラスね」


 順は彼女の真摯な声に応え、真面目な調子で言った。


「勇者クラスは第2デザイアクラス。

 多くの人に認知され、勇者として認めてもらわなきゃならないんだろ?

 それはあまりに時間が掛かりすぎる」

「それが魔王討伐一番の近道なんです!

 四天王とやらを倒して調子に乗ってるんですか?

 冷静になって下さい」

「調子になんて乗ってない。四天王を倒せたのも俺の力じゃないからな」


 だから、と順は続けた。


「勝機はあるさ。元々俺の力なんて計算に入れてない。

 ……駄目でも俺が脱落するだけだしな」


 後半は小さく呟いただけだったが、アルバータの耳にはしっかりと届いてた。

 頭に血が上る。彼女は震える声を抑えきれなかった。


「まさか、1人で行くつもりだったんですか!?

 ——信じられない!」


 肩を怒らせてアルバータは立ち去り、エリーはおろおろしながら言った。


「ええと、私は順さんにどこまでもついて行きますからね!」

「いや君はライセンスないからネイチャラントにも行けないよ」

「……」




 *********




「さて」


 予定通り1人になった順は、さっそく国境へ向かうことにした。

 勇者候補である順に準備は必要ない。

 食事がなくとも餓死はなく、怪我を負ってもしばらく動けなくなるだけだ。


(とっとと終わらせよう。これ以上みんなを巻き込めないしな)


 元が俺が蒔いた種ならばだ。早急に負債を支払い終えたい。


 考え事をしていたからだろうか。

 迫ってくる人影に気が付かなかったのは。


「あ」

「きゃ……」


 よろめいた相手を咄嗟に抱き寄せ——黒曜石のような、滑らかな瞳に釘付けになる。


「あ、ごめん」

「い、いえ! 私の方こそ……」


 手を離し、改めて相手を観察する。


 透き通るような空色の髪を肩で大雑把に切り揃え、露出した赤みががった肩を撫でている。

 視線は自然と開いた胸元へ吸い込まれ——はっとして相手の顔を見た。


 黒曜石の瞳は相変わらずで、僅かに視線をずらすと日に焼け赤くあった頬が目についた。

 鼻先も赤く、肌は強くないが日焼けの多い環境に居るのだろう。


 でも、それだけじゃない。何か、見た目以外に何か————


「ええ、と。わ、私の顔に何か……」


 自信のない声色で女性が尋ねた。


 ただ何とはなしに見つめていただけだ。

 どう返答しようか悩んだが、結局出た言葉はこうだった。


「い、いや。そう! ギルドはどこかなって」

「ぼ、冒険者ギルドですか? それなら私も今から行くところですから、良かったらご一緒にどうですか?」


 女性は心なしか早口で言った。

 そしてややぎこちなく踵を返した。


「ありがとう。君は——あ、俺は順。鈴音順。君の名前は?」

「え? あ、私ノーラ・レヤードです」

「ノーラさんか。ノーラさんも冒険者なの?」

「い、いえ、私は商家の者です。依頼をお願いしたくて」

「へえ、その依頼受けようかな。俺、こう見えてBランク冒険者なんだよ」


 本当は、依頼を受ける気なんてなかったし、ギルドへ向かう気もなかった。

 何故か、この口が適当なことを言っているだけなのだ。


(まあ、でも……)


 資金があって困ることはないし、これも何かの縁だろう。


「こ、ここが冒険者ギルドです」


 テクマルノスのギルドは見飽きた外観だが、これで最後だと思うと感慨深いものがある。


「ノーラさんの依頼は今からするところ?」

「あ、いえ、私の依頼はこれです」


 そう言ってノーラは掲示板に張り出された紙を指差した。

 その紙を手に取って、順は受付に向かった。


 向かうまでの間、依頼に目を通す。


『贋作調査依頼』


 最近スポンでは贋作が問題となっております。

 市民の方々におきましては被害にあられた方も多く、これを重く見たオールダム商会は

贋作の密売ルート。またそれに関わる者の調査を依頼致します。


「この依頼お願いします」

「はい、承知しま——あらノーラさん、先ほどぶりですね」

「あ、はい」

「相手が決まっていたならギルドを通すこともないのに。律儀な方ですね」

「え、いやそういうわけでは……」


 あたふたするノーラさんの頬は、日焼けではない赤みがさしていた。

 つられてこっちも恥ずかしくなってくる。


 それをどう解釈したかは不明だが、受付嬢は目尻を下げて奥へと下がっていった。


「……決まってたの?」

「そ、そんな訳ないじゃないですか!」


 とりあえず、詳しい話はオールダム商会で行うこととなった。




 *********




 オールダム商会はスポンでも有数の商家である。

 起源は120年前に遡り、当時高品質であったネイチャラントの鉄で一財築いたのだとか。

 現在は鉄に限らず様々な物品をネイチャラントから輸入しているらしいが、今最も力を入れているのが陶器類である。


 そしてその陶器、どうやら贋作が市場に流れているらしく、オールダム商会としては大変困っているらしい。


 裕福な腹部を携えた、立派な髭の中年が二つの壺を前に言った。


「ここだけの話ですがね。この贋作が非常に出来が良く、我々も何時騙されてしまうか戦々恐々なのですよ」


 二つの壺は見ただけでは違いは分からなかったが、それを正直にいう必要はないだろう。

 順は爪で表面をコツコツと叩き言った。


(2択か……うん、こっちの方は何か————)

「ふーむ、こちらの壺は光沢がわざとらしいですな。ワビサビを感じません」

「おお! 分かりますか!」


 どうやら当たりだったらしい。

 中年——オールダム商会社長エドウィン・ハンフリー・オールダムは腹を揺らして喜びを表現し、順の手を握った。


(実は俺って目利きの才能あるのかも)

「貴方が来てくれて良かった! ノーラにはボーナスをやらねばなりませんな!」


 はっはっはと笑いあい、順は案内のノーラを伴って商家を後にした。


 そして順とノーラは調査のため市場へ赴いた。

 多くの人々で賑わい、日常品から観光客向けと思われる怪しげな品まで、無秩序に売りに出されていた。


 声量をいつもの5割増しで順は言った。答えるノーラの声もまた元気が良い。


「良い人だね、エドウィンさん」

「は、はい、とても良いお方です」


 市場で幾つかの品を手に取りながら、順はノーラの話を聞いていた。


「わ、私、以前入院していて。とんでもない治療費を借金として抱えていたんです。途方に暮れてしまって。

 そ、そんな時私に手を差し伸べてくれたのがエドウィンさんだったのです」


 リンゴを手に取った。

 贋作とかは関係なく、単純に美味しそうだったからだ。


「そりゃあ豪胆だね。リンゴ食べる?」

「あ——い、いえそんな悪いです!」


 遠慮するノーラにリンゴを押し付け、話の続きを促す。


「あ、ありがとうございます。

 え、エドウィンさんは借金を立て替えてくれました。返済も、余裕が出来てからで良いと仰ってくれて。本当に頭が——す、すみません、こんな話興味ないですよね」

「そんなことないよ。凄い人なんだね」

「あ、う……はい、本当に凄いです」


 彼女の言葉に、返した言葉以上に心の中で共感した。


 人のために何かを出来る人になりたいと思ったことはあった。

 でもいざその時になると、躊躇してしまう自分がいたからだ。


(でも、今は違うだろ?)


 ポケットの中の、白い石に触れる。

 レスリーという勇者候補から託された意志が、自分に勇気を与えてくれる筈だ。


「じゅ、ジュンさん?」


 呆けていた順に、ノーラが不思議そうに声をかける。

 何でもない、そう言った順は、続けてこう言った。


「それっぽい物は見つからないなあ。何か別の方法を……」


 順は先ほどまでの思考を振り払い、依頼へと集中した。

 これも地味ではあるが、人助けではある。


「何か……、そう、何か怪しい場所ってないかな。闇市てきな」

「闇市ですか? そういったものは……。

 お、お力になれず申し訳ありません」


 シュンとしてしまったノーラに慌ててフォローする。


「いや、そんな事はないよ。案内してくれて凄く助かってる。それに闇市なんて普通ないしね。知らないってだけで有力な情報だよ」

「そう、ですか。あはは」


 その笑いはどう見ても愛想笑いだった。

 元気付けられているのに落ち込んでいるのは申し訳ない的な。


 順は話題を逸らすように(さして逸れていなかったが)、彼女に尋ねた。


人気ひとけのない場所はあるかな。そういうところも調査しときたいかな」

「ひ、人気ひとけのないところ……」


 思案に暮れるようにノーラは俯いた。

 6歩。順の後ろに居た男が彼らを通り過ぎるくらいの時間が経過した。

 その後顔を上げた彼女の表情は、気丈に振舞うような張り詰めた笑顔だった。


「い、一か所だけ……」


 あわや二の舞かと冷や汗をかいた順だったが、杞憂に終わり胸を撫で下ろした。


(思わせぶりな……)

「案内頼んでいいかな」

「は、はい! 勿論です!」


 大変元気な声で彼女は答えた。

 そのあと顔を紅くして俯いてしまったが……。




 *********




 嫌な思い出ばかりだ。


 振り返った時に見える景色は後悔に溢れていて、今も未来もそうなのだろうという諦観が染みついている。


 ノーラ・レヤードの人生はそんなものだが、全てが全てワースト1というわけではない。


(嫌だなあ)


 私は今から過去へと向かう。


(はあ)


 でもまあ、私の人生は嫌な事ばかりなのだから我慢しよう。


 これから向かう廃墟。

 私がかつて仕えていた屋敷。


 私のワースト1が更新された場所である。


 夕日に照らされたその屋敷は、私にとっては酷く不気味なものに見えた。窓ガラスが割れていて、外壁にはツタが伸びている、実際すごく不気味だと思う。


「ここは?」


 落ち葉のような茶色混じりの黒髪。細身なようで腕にはしっかりと筋肉がついていて、理知的な瞳を持つ男が言った。


 彼の名前はジュン・スズネ?というらしい。言い難い名前の彼は我が商家の依頼を受けた冒険者さんである。


「は、はい」


 何でもないことなのに、どうして声が上ずってしまうのだろうか。長年私を悩ませる課題だが、私には答えは出せそうもない。


 自己嫌悪の念をぐっと抑え、努めて説明口調を意識する。


「こ、ここは旧アシュクロフト邸です。没落してしまい、豪邸を維持できなくなってしまったので放置されています」

「なるほど。入ってもいいのかな」

「え、それは……」


 進入禁止である。

 私には当然それらに対する権限なんてない。


(入りたがるなんて予想できたのに、本当に私は……)

「よし、じゃあ悪いけどノーラさん。先に帰ってきてくれ」

「え?」


 顔を上げたら、ジュンさんが柵を乗り越えようとしていた。


「え、え?」

「大丈夫。君は何も見てない。これは俺が勝手にやったことだから」

「え、いえ、ま、待って」


 慌てて追いかけ柵を超える。

 もし誰かに見られたらどうしよう。心臓が一段加速した。


「お、意外と身軽」

「ま、待ってください……」


 跳ねまわる心臓を押さえつけながらジュンさんの後に続く。

 見つかったらどうしよう。


 錆びた蝶番を軋ませながら、ジュンさんは屋敷へと入っていく。


 以前は煌びやかだったが、今では高価な調度品の数は何一つなく(当然だ)、壁紙も大半が剥がれ当時の面影はない。


(地下はどうなっているんだろう)


 気には掛かるが、私が関係者だとは知られたくなかった。


「うん、やっぱり人が出入りしてるみたいだけど」

「え、そうなんですか?」

「うん、でもこれは……近所の不良?」


 散乱しているゴミと、壁の落書きを指しながらジュンさんが言った。


「ああ、幽霊屋敷」

「幽霊屋敷?」

「え?」


 言葉には出さなかったつもりだったが、どうやら言っていたらしい。

 彼に説明を促され——昔のことを思い出しながら——この屋敷の来歴について説明した。


「——8年前、この屋敷では非道な実験が行われていました。

 特殊な魔力覚醒を促す秘薬の作成をしていたらしいのですが、人体実験が当たり前に行われていたようです」


 らしい、と言うとただの噂のようだが、それは事実なのだ。

 何せこの屋敷で働いていたのだから、その辺りの人間よりもよほど詳しい。


 だけどそれは胸に秘め、私は何も知らない噂好きだと自分を騙す。

 口から出るのは街に流れる真実であり、私にとっての嘘である。


「犠牲者は数十人に及んだらしいのです。

 そしてここで出た死者は、特殊な実験のせいで魂をこの屋敷に留められてしまうのです。この世を恨みながら」


 そんな事実はなかったけど。

 害をもたらしたのは、生き残ってしまった者なのだから。


「なるほど幽霊屋敷……。

 屋敷が廃墟になったのは隠しきれなかったから?」

「はい。とはいっても、攪乱があったために多くの犠牲者が出てしまったようですが」


 犠牲者の大半は貧困故に売られてしまった身寄りのない者達なので、気にも留められなかったけど。

 問題視され始めたのは、暴走した犠牲者たちが市井の人々を襲ったからだ。お偉い人達もそれは看過できなかったらしい。


「そっか……。悪いやつも居たもんだな」

「そうですね……」


 空はもう夕日も落ちかけていたので、今日のところはもう帰ることとなった。

 行きと同じように、フェンスを乗り越え道路へと着地する。


「ん?」

「ど、どうかしましたか?」

「いや、別に」

「?」


 ジュンさんが振り返って屋敷を見ていた。

 釣られて視線をそちらへ向けるが、相変わらず、不気味な屋敷が静寂を保っていた。




 *********




 街灯が落ち始めるのを眺めていた。

 昔——千年前では見られなかった光景であると順はぼんやり考えた。夜であっても灯りが絶えることがない世界。本当の暗闇も、こちらに来て初めて経験したものだったと思い返す。


(ネイチャラントは、電気の街灯はなかったな。とすると、この光景も見納めなわけか)


 カーテンを閉め、寝る支度を始める。

 贋作捜査は進展なしも同然だったが、明日はどうしようか。


(やっぱりあの屋敷が気になるな……)


 幽霊屋敷から帰る際、何ものかの視線を感じたのだ。

 魔力を感じなかったしノーラさんも居たのでその場はスルーしたが、何かあるとしたらあそこだと思う。


 コンコン、と。扉が叩かれる。

 こんな夜更けに誰だろうと、扉を開ける。


 扉の前に居たのは桃色の髪のシスター。アルバータである。

 笑顔だけど、こめかみに血管が浮き出ていた。


(うわあ……)


 閉めたい気持ちをぐっと堪えて、用件を尋ねる。


「どうしてまだこの街に居るんですか?」

「いや、その、依頼が」

「どうして依頼を受けてるんですか?」

「いや、お金が……」

「どうしてお金が必要なんですか?」

「どうしてって……」


 質問ごとに詰め寄られるので彼女が部屋に入るのを許してしまった。

 遂に音を上げた順が謝罪の言葉を口にする。


「ごめんなさい」

「どうして謝るんですか?」

「いや、ほんと勘弁してください」

「ほーう……」


 でしたら、とアルバータは続けて言った。


「一緒に来てくれますよね?」

「はい」


 彼女の用意した車に乗り込むのだった。




 *********




「ジュンさん酷いですよ!」

「エリーはいつも通りで安心したよ」


 移送されたのは教会だ。

 夜だというのに大勢が居て、何故だかこちらを睨んでいる人もいる。


 怒りを露わにしながらも、全然怖くないエリーは救いだった。


「キー!」

「なんでこんな事になってるのさ」


 怒り心頭のエリーに代わり、ぬるっと現れたアルバータが答えた。


「それはジュンさんが先走るからですよ」


 無表情の彼女は怖かったが、答えないのは悪手だろう。心当たりもあったし。


「先走るって、魔王のこと?」

「はい。現時点ではまったくレベルが足りていませんから。口で言っても分からないようですので、力づくで来ていただこうかと」

「力づく……。行くって、教会ここに?」

「いいえ、総本部です。

 そのための準備を急いで終わらせたのに! いろんな人に頭下げたのに! どっかの誰かさんがチンタラしてるので無駄になってしまいましたよ! ええ!」

(怒った原因ってそれかあ……)


 誰のせいかといえば俺だが、酷く理不尽な理由だった。


「エリーはなんで怒ってるの?」

「私は勿論ジュンさんが置いて行こうとしたからですよ!」

「ごめんね」

「そ、そんな謝ったって……」

「本当にごめん!」

「……そ、そこまで言うなら」

「エリーちゃん……」


 とりあえず味方が1人増えたので、呆れて怒りが緩んでそうなアルバータに向き直る。


「アルバータも。俺が悪かったよ。もう1人で先走ったりしないからさ」

「殊勝な態度ありがとうございます。最初っからそうしてくれれば良かったんですがね!」

「本当に申し訳ない。それで総本部とやらには何時出発するの?」

「え? それは明日の朝には」

「それは、困るな……」


 依頼を中途半端なまま投げ出すわけにはいかないのだ。


「依頼。そういえば言ってましたね。魔王討伐を先延ばしにして何の依頼を受けたんですか?」

「贋作調査って依頼。

 そうだ、旧アシュクロフト邸の事件はご存じ?」

「幽霊屋敷のことですね。何か関係が……。いえ、調べておきましょう」

「お?」


 えらく協力的な態度に訝しんだが、答えは直後に出た。


「早く出発したいのは山々ですが、依頼失敗は勇者の評判に泥を塗るかもしれませんから、ね!」


 そしてアルバータは口角を上げて言った。


「これから頑張りましょうね、勇者様」


 その頑張るが何を指しているのかは、聞かないほうが良さそうだ。

 まあ、いずれ知ることにはなるだろうけど、今は。




 *********




 次の日の朝は、順風満帆な滑り出しとは言えなかった。


(大丈夫かな……)


 今日もノーラさんと共に街を散策する予定だったのだが、彼女の身にちょっと大変なことが起こったのだ。


「不幸中の幸いですね。何故家に居なかったのかは謎ですが」


 アルバータの言う通り、家に居なかったのは幸いだった。


 彼女の家、泥棒が入ったそうだ。

 泥棒と鉢合わせてたらどうなっていたことか。


 しかし今日は何しようか。


(土地勘ないしな。幽霊屋敷の探索でもするか?)

「よし、そうしよう。2人ともお化け屋敷は興味ある?」

「私はパスです。昨日頼まれていた探し物をしなければならないので」

「わ、私はあります! 行きましょう! 2人で!」

「……そうだね」


 興奮気味なエリーの態度に心当たりが——ないこともなかった。

 年頃の少女だ。色恋に興味はあるだろうし、手近な異性を使うのも理解はできる。


(でもまあ、いい大人が受け入れるのは間違っているわけで)


 夢は夢のまま、カッコいい大人として振舞うべきだろうと考えていたが——。

 でも、それは不誠実なことかもしれないと、最近思うようになってきたのだ。


(でも嫌われる勇気がない俺は駄目な大人です)


 彼女が飽きてくれるのを待つという最悪な方針を改めて立て、幽霊屋敷へと向かった。




 *********




 日が暮れて、また空が夕日に染まる。


「うーん、怪しかったんだけどなあ」

「ぶっ壊したら楽でしたけどね」

「流石に倫理観が許さなかったよ」


 非常時ならともかく、徒に屋敷は壊したくなかった。

 絶対に隠し部屋がある筈なのだが。


「当時の関係者が——結局アルバータ待ちだね」


 もう帰ろう。

 足を宿へと向ける。


「エリーは教会に部屋借りてるんだっけ?」

「はい、ジュンさんも教会に来たらどうですか? タダですよ」

「いやあ、やめとく」


 知らないところで散々迷惑を掛けたようで、彼らの視線が冷たいのだ。


「それじゃあ、また明日」

「はい、おやすみなさい。ジュンさん」

「おやすみ」


 部屋に戻りベッドに腰掛ける。


「あ、ノーラさんどうしてるかな」


 流石に事情聴取も終わっているだろう。というか午後には終わっていたのでは?


「まあ、明日———」


 コンコン、と。ドアがノックされる。


「……」


 昨日のことを思い出し、ぞわりと全身が震えた。


(いや……)


 無駄に高鳴る心臓を抑え、ドアノブに手をかける。

 一瞬の躊躇の後、ドアを開けた。


「あ、夜分遅くに申し訳ありません」

「ノーラさんか……」


 無駄に胸を撫で下ろし、彼女の言葉を待つ。


「……」

「……」

「……」

「……本日のご用件は何でしょうか」

「あ、あの! ……すみません」


 よく考えたら今日の件に決まっている。

 慌ててフォローを入れる。


「あ、いや、今日は大変だったね。家の方は大丈夫?」

「あ、はい。家具は壊されていましたが、サイフは持っていたので」


 それは大丈夫と言えるのだろうか。

 言うとだんまりになりそうなので言わなかったが。


「家具が壊れたって、ベッドは大丈夫なの?」

「え?」


 彼女はキョトンとして——


「あ、あ」


 と何やらうめき声をあげた。


「……この部屋どうぞ」

「そ、そんなつもりじゃ!」

「いやでも見過ごすわけにはいかないし」


 彼女を強引に部屋に押し込み、自分は外へ出た。


「え、あ、あの!」


 彼女の言葉には耳を貸さず、ドアを閉めた。

 扉を開けようとするのを、外側から押さえる。


 しばらくすると諦めたのか静かになった。

 ドアノブからそっと手を離し、外に出る。


 空は雲が覆っており、街灯と窓から漏れる光がより一層輝いて見えた。街灯はすぐ消えてしまうし、寝静まれば民家の光も消えるだろう、今日は暗い夜になりそうだ。


(今から教会行ったらすげー嫌な顔されそうだな)


 野宿は初めてではない。

 むしろ魔物がいない分だけイージーモードだ。


 街灯が消えゆくのを、宿屋の外壁に寄りかかって眺めていた。

 窓から漏れる光も、1つまた1つ減っていく。

 暗闇が世界を支配する。


 そこに、1人の光源が現れる。


 ランタンなどとという、時代錯誤なものを掲げたその人物は、これまた怪しい黒ローブを着ていた。

 目元まで覆ったその人物は、真っすぐ宿屋へと向かっていた。


 冒険者だろうか。こんな夜中までご苦労なことである。


(でも残念。部屋は空いてないんだよな)


 だからこうして俺は座っているわけで。

 だいたいもう受付も閉まっている時間だ。教えてあげて、次いで教会を提案してあげるのが同じ冒険者としてのよしみだろうと腰を上げる。


「もし、そこの人。宿屋に御用ですか?」

「え?」


 こちらを認識していなかったのだろう。黒ローブの人は驚いた様子だった。

 放心したような声は鈴のようで、女性なのだとようやく気が付いた。


「宿屋なら満杯だよ。今の時間なら、教会ぐらいしか泊まれるところはないんじゃないかな」

「ああ」


 得心がいった調子で女性は答えた。

 今の反応からすると、俺の予想は外れだったのかもしれない。


「知り合いが泊まっていまして、どの部屋かな、と何となく眺めちゃいました」


 勘違いさせてしまってすみませんと、女性は柔らかに言った。


「そうでしたか、こちらこそ申し訳ない」

「そんな——あれ? あなたは……」


 フードでよくは見えないが、こちらをまじまじと見つめているような気がした。

 そして再び得心がいったように言った。


「予定とは違うけど、貴方にも手伝ってもらいましょう」

「え、何です————」




 *********




「こりゃあ酷い。知り合いが見てもこれじゃあ誰だか」

「こんだけ顔面ぐちゃぐちゃにされちゃあな————。こら、お前ら見るんじゃあない!」


 人だかりの中心。警邏の人達が目隠しをしているが、実に大雑把なもので赤色と——見覚えのある服がはみ出していたのだ。

 宿屋の外壁に塗りたくられた赤色の下に、その人物は居た。


 後ずさる。

 私——ノーラ・レヤードは彼を知っている。


「君、大丈夫かい? 随分顔色が悪いようだけど」

「ッ!」


 走り去る。

 一刻も早くその場から離れたかった。


 隠されたメッセージに気が付いてしまったからだ。

 彼が何故殺されたのか理解したからだ。


(嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!)


 あんな風にされるのはゴメンだった。


 ———でも。


「はあ、はあ、はあ」

「おやノーラ君。まだ始業時間には早いよ?

 さては寝ぼけて時間を間違えたな?」


 結局、私には逃げる度胸もなかったのだ。


 オールダム商会に私は辿り着いた。

 変わらぬ日常があることを祈りながら。

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