始まりは舞台の上で
「結局あのマネージャーライム、いやエグバートだったか? あの人は悪人ということで良かったのか」
「あいつはかくかくしかじかで悪人だからオールオッケーよ」
とあるカフェにて、ふとした疑問をライオネルは口にした。
ストローを玩んでいたオリーブはあの男についての悪行を並べたてる(その際の自分の悪事は当然隠す)。
ライオネルは彼女の悪行を薄々感じとりながらも、深く追求せず当たり障りのない話題に移った。
「そうか。でも殺人は殺人だし問題になるだろうな」
「その点はご心配なく」
「ん?」
暇に飽かせて雑談をしていたライオネルとオリーブだったが、そこに突如として第三者の声がかかる。
2人が好奇の視線を向けた先に居たのは背広を着た中肉中背の男だった。
さして特徴のない背丈と同じように、その顔も、目を離してしまえば忘れてしまうほど凡庸な男である。
「彼女は最高のアイドルですから、そのような事は問題とならないのです」
「いやアイドルだからこそ問題になるでしょうよ」
「ゴシップは皆大好きだからな」
「ああ——。……何の話してたっけ?」
「そりゃあ——。……ほら、フローラ大丈夫かって話よ」
「そうだったな。彼女が人を傷つける訳ないのになぁ。一度広まった噂はそう簡単には消えないし、心配だ」
こうして真実は闇へと溶ける。
男もまた、初めから居なかったかのように消え去っていた。
*********
セシリア・ヴォルドハイドは勇者を目指す暗黒騎士であり、アイドルというものには興味関心を持たない。
……なのに彼女は今、ライブ会場に居た。
「「「うおーーーーー!!!!!」」」
ビリビリと空間が震える中で、セシリアはぼんやりと彼女の言葉を思い出していた。
数時間前——
「セシリアちゃんは、勇者を目指しているんだよね?」
「うん、そうだよ」
依頼が終わり、別れ際にフローラが言った。
セシリアは何でもないように答えたが、とてつもない難題なのは他ならぬ第2クラス持ちのフローラだからこそ分かる。
勇者の定義は≪魔王を倒す者≫とされている。
世界を滅ぼすとされる魔王を倒す者。
それはつまり、世界の存亡を賭ける存在であることを、願われるということに他ならない。
「セシリアちゃん。私のライブ、来てくれないかな」
「どうして?」
「あなたの応援をしたいの」
その重圧はアイドルの比ではないだろう。
華奢な少女に対して——いいや、人間に背負わせるべき願いではない。
——それでも、無垢に問いかけてくるこの少女の夢を、私も応援したい。
このままでは少女の夢は叶わないだろう。
まず大前提として、第2クラスというのは多くの人に認知されなければならないのだ。
だから——
「私の友達を紹介します! 勇者を志す心優しい女の子!
セシリア・ヴォルドハイドちゃんでーす!」
ひと際大きな歓声が上がった。
舞台の上、大勢の人々の前にセシリアは居た。
——こうして舞台に上げてしまうのが、勇者への第一歩である。
ぼけっとしているセシリアを尻目に、会場の熱気はどんどん上がっていき——
——それから。
トップアイドルが紹介したセシリア・ヴォルドハイドはどんな人物だと話題になり、Aランク冒険者であることが知られると、更に人々の話題に上がる回数が増えた。
それは国境を越え、とある騎士の元まで届く。
「セシリア・ヴォルドハイド。テクマルノスのAランク冒険者にして——暗黒騎士か」
色素の抜けた、薄い金髪の男が呟いた。
年は40ほどであろうか。浅くない皺が目尻に刻まれ、それ以上に年季の入った眉間の皺が、更に深まった。
男の目前。彼にセシリアの噂を届けた、同じく初老に差し掛かった白衣の男が、彼の表情を見て笑みを浮かべた。
「お前と同じだな、騎士団長殿」
金髪の男——教皇近衛騎士団団長ゲイブリエル・コーディ・レインは白衣の男——ホレス・ハミルトン・ロンズデールを睨みつけ言った。
「まさかとは思うが、俺以外にもやっていないだろうな」
ホレスは目を丸くし、そしてゲイブリエルを睨みつけた。
「それこそまさかだ。あんな真似、二度も出来るはずがないだろう」
睨み合う2人だが、先に音を上げたのはゲイブリエルだった。
「すまない。気が立っていた」
「いや、俺の方こそだ。配慮が欠けていた」
ホレスはカップに茶を注ぎ、一気に飲み干した。
「だがセシリアという女が暗黒騎士を自称しているのは事実。これは確かめる必要があるな?」
「ああ、その通りだ」
暗黒騎士。伝説の中にのみ存在すると考えられていたクラス。
その条件を発見したホレス。そして条件を満たしてしまったゲイブリエル。
彼らが望むは平穏。
故に、暗黒騎士の発生は看過できぬ事態である。
ゲイブリエル・コーディ・レインは遠く、テクマルノスにいるであろう騎士を睨みつけた。
「ん」
「どっしたセシリア。やっぱアイドル目指す?」
「いや別に……」
白髪の少女——セシリア・ヴォルドハイドは、遠く、遥か遠くから。
——何か、懐かしい波動を感じた気がしたが——
「プゥ! でもあの時の間抜け面! プフゥ!」
「わ・た・し・は!」
笑うオリーブを正面から見据え、セシリアは高らかに宣言した。
「勇者目指してますから!」




