アイドルフローラ
大湿原を中心に時計回り(順達が迷宮都市を目指したルートである)、迷宮都市から二つ目の街がトルトンである。
セシリアへの依頼主はこの街に居る。
「活気のある街ね」
オリーブの言う通り、大通りには熱気が満ちていた。
とはいえ常にこうという訳ではなく、とあるイベントが開催されているのである。
ライオネルが看板に掲げられた文字を読んだ。
「『とうとう上陸! 絶世の歌姫フローラ』
おお、フローラが来てるらしいな」
声は抑えているが、高揚しているのが丸わかりだった。
オリーブはセシリアを見た。セシリアは首を横に振った。なのでオリーブは言った。
「誰それ」
「し、知らないのか!?」
ライオネルは興奮を隠せなくなった。そして早口で言うには
「カムデンの路地裏ライブから始まり、その優れた歌唱力から瞬く間に大手事務所との破格の契約! 武道館で単独ライブを開き歌姫のトップに! その後は舞台女優としての才能も発揮しそこでも一躍トップ! 千年に1人産まれながらの超アイドルフローラ・クリスティアナ・リッピンコットをご存じないと!?」
「……あー。カムデンなら知ってる魔法大国だよね凄いなー、アコガレチャウナー」
後半は聞く気もなかったオリーブが生返事を返した。
ライオネルはハッとして顔を逸らした。その顔をセシリアは覗き込んだが、脂汗がにじんでいたという。
「ま、まあ。とにかく有名人で、街の活気も彼女が理由だろうさ」
ライオネルは顔を逸らしたまま言った。
2人は特に追及しなかった。
*********
なんやかんやでギルドへと向かった3人。
受付はセシリアの顔と会員証を交互に見比べ目を丸くした後、別室へと招待した。
(やはり、セシリアは知られていない)
ライオネルは先ほどの痴態を頭の隅に押しのけ、依頼への不信感を強めた。
最年少Aランク冒険者。抜群の話題性を持つセシリアだが、まだまだ広まりきるには時間が掛かる。ギルド員ですらこの有様なのだ。
純粋な依頼ではなく、何かしらの思惑がある可能性が高い。
(それがギルドの企み事ならいいんだが)
例えば彼女がAランク冒険者に相応しいと、世間により知らしめるためにギルドが仕込んでいたのなら、何も問題はないのだが——。
明らかにビップ用の部屋へと3人は案内された。
さて、何が出るやら。
ライオネルは警戒して部屋を覗き———思考がスパークする。
「初めまして、セシリアさん」
「いやあたしはオリーブ。こっちがセシリア」
「え……。あ、申し訳ありません」
煌めく金と青、2色の長髪を上下に動かし、美しき女は謝罪しつつ言った。
「貴方に依頼を出したフローラ・クリスティアナ・リッピンコットです。
改めまして、よろしくお願いします、セシリアさんと素敵な冒険者方」
*********
「ええ、と。そちらの殿方は大丈夫なのですか?」
「あん? ああ、別にいいでしょ立たせとけば」
立ちすくむライオネルを無視してオリーブは椅子に座った。
セシリアも続いて座る。
「そ、そうですか。依頼内容についてお話したいのですが、まだマネージャーが来ていなくて、少しだけお待ちしていただけないでしょうか」
「マネージャー……。ああ、アイドルなんだってね」
「はい。マネージャーはライブの調整で忙しくて、少し遅れているみたいです。それで——」
フローラはぼけっとしているセシリアを見た。
彼女のことが気になるようだが、話しかけられないようだった。
仕方がない。オリーブは助け舟を出すこととした。
「とりあえず自己紹介でもしますか。
あたしはオリーブ、魔法使い。
そこで突っ立ってるのがライオネルで戦士。
それでこのちっこいのが————」
オリーブは続きを促すようにセシリアを肘で小突いた。
「わたしはセシリア、勇者目指してます」
「勇者、ですか?」
予想外だったのだろう。フローラはまじまじとセシリアを見つめた。
(まあ、魔王を倒す宣言だしね。普通しないわ)
勇者とは魔王を倒す者である。
4代目の勇者候補を巡った人魔の泥沼っぷりを見れば、無駄に危険を増やすだけだ。
まあ、それを気にしないのが勇者なのかもしれないが。
「セシリアさんはAランク冒険者ですものね。やはり腕には自信があるのですか?」
「もちろん!」
「それでは——」
フローラは一拍置いて言った。
「戦うのは、好きですか?」
「ふつう」
重要な質問であったらしいが、セシリアの回答は彼女の期待するものではなかったようだ。
まあ、好きでも嫌いでもない無関心に近い回答なのだから仕方ない。
「お待たせして申し訳————え、ええ?」
扉近くから男の声が呼びかけられたが、それはすぐに困惑の声に変わった。
「あ、マネージャー」
「その男は気にしないで良いよー」
「は、はあ」
マネージャーと呼ばれた男はライオネルを避けフローラの隣へ移動した。
「わたくしフローラのマネージャーを務めさせていただいておりますライムと申します。
セシリア様と——」
男はセシリアに挨拶し、次いでオリーブに目を向けた。
「あたしはオリーブ。で、そこの置物がライオネル」
「オリーブ様ですね。よろしくお願いいたします。
フローラはどこまでお話ししましたか?」
「貴方が来てから話そうと」
「分かりました。それではわたくしから話しましょう——」
彼が言うには、人気絶好調のフローラだが最近良からぬ噂が広まっているとのこと。
恋人がいるとか、お薬やってるとか、傷害事件とか枕とか。
内容は多岐にわたるがまあ、ありふれたものだった。
「実は犯人はもう分かっているのです」
「え、じゃあやることなくない?」
それが、とマネージャーは続けた。
「潜伏場所が問題なのです。
奴——前マネージャーのエディは旧トルトン街に潜んでいるのです」
「旧トルトン街?」
トルトンは以前魔物の襲撃により守護結界を北西へ2kmほどずらされてしまったため、範囲外になった地区は廃墟となってしまったのだ。
「魔物の住処となった旧トルトン街では戦闘が予想されます。ですので冒険者ギルドへと依頼致しました」
「ふぅん。魔物の住処で生きてるとか、普通の人間じゃなさそうね」
基本、人間は守護結界——天使の加護なしでは生きていけない。
例外は非凡な強さにより魔物の襲撃を寄せ付けないか、そもそも魔物と敵対していない、例えば闇人であるかであろう。
「んじゃ、とっとと行きましょ。写真か何かないの?」
「その事ですが、我々も同行させて頂きたいのです。ですので名目上は護衛依頼とさせて頂きました」
「は? 何で——」
「話をしたいのです! ————あ、すみません」
大声でオリーブの言葉を遮ったフローラは、顔を赤くしてうつむいた。
「……まあ、何でもいいけどさ。魔力は持っているみたいだから、最低限の自衛は期待していいのよね?」
「ええ、彼女はアイドルですので、サポート能力は期待しても良いでしょう。わたくしは、最低限の自衛は、はは……」
魔力を感じないマネージャーは、最後笑ってごまかした。
不安は残るが、まあ何とかなるだろうとオリーブは楽観した。
(最悪見捨てれば良いだけだしね。それより)
「アイドルクラス? 聞いたことないけど何が出来るの?」
「付与魔導士に近いですね。多人数の強化を可能とします」
「付与の魔法かあ。あたしは関係なさそ」
魔力覚醒者ならば、誰もが常時発動している肉体強化の魔法が代表的な付与魔法である。
多くの付与魔法はこの肉体強化を部分的に変異(例えば速度を大幅に上昇させたり)させるものだ。
そのため大概の付与魔法は、肉体の強度に依存しない後衛クラスには縁がないのである。
「ま、いっか。ていうかあんたの依頼なんだから何とか言いなさいよセシリア」
「なんとか」
オリーブに頬をつねられながらセシリアは言った。
「わたしは何でも良いよ。強いので」




