魔物の歴史 概略
『覚えていますか? 千年前お前が何を成しえたか』
夢の中で、開口一番に天使エルファイルは言った。
成しえた、と言えるほどの事は何もしていない。
小市民には何とも大層な言葉だ。
『自らの偉業さえ理解できないとは。人間とは何とも度し難い』
やはりこの天使は、人間に好意的な感情を持っていない。
それでもこうして力を貸してくれるのは、神の存在故だろう。
(神か……)
『千年と——いえ、詳細な年月に意味はありませんね——遥か昔の事です。人間達の間で、神の座を暴く計画が始動しました』
「……」
それは、聞き覚えのある計画だ。
生活基盤のほとんどが機械化され、人が行わなければならない労働というものは極端に少なくなっていた。
だからといって働かなくても良いというわけではなく、太古の時代から継続されてきたシステムによって、働かなくては(金がなければ)生きていけなかった。
しかし前途のように、機械化の末に仕事は少ない。しかし働かなくてはならない。
そこで当時の偉い人々は、ほとんど道楽のような仕事を多く生み出した。
その一つが、≪神の証明≫である。
道楽なので、誰も期待はしていなかった。
見つけたらどうするとか、その目的も何もない。
——そんなどうでも良い感じだったから、逆に見つけられたのかもしれない。
『人はいずれ、神の座に届く。その可能性自体は予知されていました。故に我々は来る日に備え準備をしていたのです』
しかし、と。苛立ちを込めてエルファイルはこう続けた。
『百年早まった。お前が運命を捻じ曲げ観測してしまった……!』
実感は湧かないが、とんでもないことをしでかしてしまったらしい。
というか、その辺りはどうでも良い。
『チッ……。ええ、ええ。そんな事はどうでも良いですね。お前はただのきっかけ。罪深きはお前じゃない』
自分を納得させるような言い方で、彼女は時代を進めた。
『お前も知るように神の座を暴いても、人間どもは大きな反応を示しませんでした。業腹ですが、お前たちが信じていた神とは全くの別物だったからです』
俺達が見つけた神は、多くの人にとって都合の悪いものだった。偽物だと断じようにも、誰もがそれが本物だと心から理解できてしまったのだから質が悪い。
なのでそれから目を逸らした。臭い物には蓋をする、というやつだ。
『だがお前の死後、40年後の話です。人は神に宣戦布告しました』
「……」
伝説では、古代人が神に挑んだとある。
それが事実であると疑ってはいなかったが、たったの40年後とは驚きだ。
『人間風情が何をしても、神の足元にも及ばない。結果は誰もが予想した通り、我々の勝利に終わりました。
人間の処遇について、多くの天使が廃棄を望みましたが、寛大なる神は人間に機会を与え、それだけに留まらず我々に人々を導くよう伝えました』
しかし流石に文明を継続させることは許さず、新たな地上を被せ、そこに人々を住まわせた。
だが、ならば魔物は神が与えた罰であろうか。
『まさか。あれはかつてお前たちが使用した兵器でしかありません。
制御を失い、皮肉にも人類を襲っているだけ』
だから、とエルファイルは続けた。
『魔物の討伐はお前が責任をもって成し遂げなさい。戦端を開いたのはお前じゃない。しかし、お前が蒔いた種ではあるのですから』
結局のところ、勇者として頑張れとエルファイルは言いたいらしかった。
しかしこちらの悩みを一言で終わらせた気になってもらっては困る。
「俺のいた時代に、魔物なんて兵器はなかったよ。あれは一体ぜんたい何処から湧いてきた技術なんだ?」
『それは魔法によるものですが————ああ、まだ魔力のない時代の人間でしたね。いや、その話をするにはまず神の座についても話す必要があるか』
面倒だ。と言いつつも、エルファイルは説明を続けてくれるようだ。
『本来、神の座とお前たちの世界は隔絶していました。
世界は神が用意した箱庭でしかなく、必要な物質だけで構成された世界です。
世界の壁は物理的には強固ではありますが、同時に致命的な問題を抱えていました。
それは壁を認識するという、ただの観測によって、容易に崩壊してしまうというものでした。
——つまりお前のせいで壁は崩壊し、箱庭に新たな可能性をもたらした。
それが魔力。秩序を破壊し、再構築する神の力です。
それに気が付いた人間は、瞬く間に魔力を安定させる宝石を生み出し、己が力としました。
その成果の1つが魔物兵です』
唐突に湧いてきたと思われる魔力は、本当に唐突に湧いてきたものだったらしい。
その楽しそうなオモチャを、人間は散々遊びつくしたという訳だ。
「それで、魔物は魔法で生み出されたのは分かったけど、元があるんだろう? それは————」
『いいえ、元はありません。魔力によって1から生み出されたのが魔物です。お前は邪推が過ぎる』
「…………は?」
………………は?
『確かに、多くの動植物で実験されたのは確かです。しかしそれらでは大した成果は出せず、兵器として利用されるに至ったのは、魔法によって生み出された、想像上の怪物たちです』
「いや、いやいやいや。魔物たちにも生態があるじゃないか。水も食料も必要だし、生殖だってする。殺せば血が出るし、原始的な感情だってある!」
『お前は魔力を軽視し過ぎている。生命体であろうと作り出せるのが魔力だ。現にお前たちだって、神が魔力を用いて生み出したのだから』
「え、ええ……」
唖然とした。てっきり、魔物と呼ばれているのは、元は人間だったものだとばかり。
『多くの魔物は、過去に生み出された魔物たちが適応し、生き残ったものたちです。だが一部の魔物は、そうではない』
「それを生み出しているのが——魔王」
『違います。
生み出されたのが魔王。幾年の月日が経とうとも、戦いに囚われた者が居る。その者が歴代全ての魔王を生産しているのです』
初耳だ。
そんなものの存在なんて、誰も口にしなかった。
『魔王を殺すのが勇者なれど、それでは過去の精算には至らない。
——元凶を断ちなさい。それはきっと、お前にしか出来ないことなのだから』
過去の因縁を断つのは、過去に生きた者が為すべきだ。
普通はありえない前提だけれども、今ここに俺は居る。
それを蘇った意味とするのも、悪くないかもしれない、が。
(過去に生きる俺が、目的を過去に置くのは相応のことなのだろうが)
それが正しいとは思えない。
目的とは未来へと向かうもので、歩みの先にあるべきものだ。
輝かしい未来のためであるべきだ。
(本当に、セシリアのことをとやかく言えないな)
彼女の勇者志望には先望がないが、それは俺にとっても同じだった。
むしろ、目先のものすらない俺の方が深刻だ。
(でも————)
レスリーに手渡された、不思議な石を眺める。
『少しは、報われる、かな』
彼が何故、そんなことを言ったのか分からない。
それでも——
(無駄にしたら、駄目だよな)
自分自身に何もなくとも、誰かのためなら頑張っても良いはずだ。
(魔王を倒そう。その先に居る元凶を斬ろう。
世界を救えば、君は報われたと言えるかな?)
答えは当然なく、意識は浮上していった。




