大変な事後処理
「うわ早。もう帰ってきたの?」
「今のはちょっと殺意が湧いたかも」
魔物の群れから身を隠し、地下数十キロからエレベーターのレールをよじ登って、苦労して帰っての第一声がこれである。順はオリーブを懲らしめてやりたくなった。
彼女は流石に悪いと思ったのか、軽い調子で謝った。
「他のみんなは? セシリアは無事?」
「全員どっか行った。行先は知らないけどセシリアはピンピンしてるよ」
「お留守番の出来ない奴だな。……でもそうか、セシリアは無事か」
順はベッドに倒れ伏し、一先ずセシリアの無事に安堵した。
話しぶり的にも後遺症等はなさそうだ。まあ、勇者候補なので肉体の無事は保証されてはいたが。
オリーブは順の不安などどこ行く風で、彼の持ってきた物を抱えてはしゃいでいた。
「ねえ、ねえ、それよりこれ何!?」
「ああ、お土産。珍しいだろ?」
土の四天王フリーデリンデを倒した銃を順は持って帰ったのだ。
壊れてしまっているし、机に繋がっていたコード類は引きちぎったので修理も難しいだろう。
それでも貴重品だと思うから持って帰って来たのだが、どうやら苦労のかいがあったようである。
オリーブの笑顔を眺めながら、沈み込むように順の意識は落ちていった。
*********
順の帰還を知った面々は彼が起きると部屋に集まった。
そして別れた後での活躍を聞き、事の重大さに気付いた者達は顔を青くした。
その筆頭であるアルバータは頭を押さえて言った。
「まず魔界への直通通路があって、それでもって四天王とやらを倒したと。
……これは大変なことですよね?」
ライオネルが補足する。
「直通通路は使えなくなったし、四天王とやらがどれくらい凄いか分からないけど……大変なことだろうなあ」
エリーがおずおずと言った。
「別に黙ってれば——はい駄目ですよねすみません」
オリーブはエリーの背後から両肩に手を置き寄りかかった。
そして何でもないようにこう言う。
「あたしは良いと思う。言ったって混乱招くだけでしょ。それに利益は独占したい」
後半は小声だったが、ライオネルは静かに頷いた。冒険者としてはそうなる。
アルバータは睨みつけたが、諦めて当事者たちの意見を伺うことにした。
「ジュンさんとセシリアはどう思いますか?」
2人は顔を見合わせた。そして意見の一致を互いの目に見た。
「どうでも良い」
「どっちでも良いよ」
投げやりな2人の返事に、アルバータの眉が僅かに釣りあがった。
「あの、もう少し真面目に考えません? 人類全体の問題ですよ?」
「そうは言ってもな……」
そんな大層な選択を順はする気にはなれなかった。
自分がその人類に含まれるかも疑問視している最中なのだ。
しかしアルバータはそれでは納得させられないだろう。いや、そもそもその話をすること自体が問題である。
「話が出来過ぎてるからなあ。信じてもらえないなら良いけど、されたらされたで身動きとれなさそうで嫌だな」
あえてどちらかを選ぶなら、現状維持だろう。尤もらしい理由も添えておいた。
オリーブが理由に喰いついた。
「身動き取れないのは確かに嫌だね。セシリアがやらかした時も無駄に時間取ったしさ」
「わたしはやらかしてないよ。何時の話?」
セシリアの発言を聞き流し、エリーがさらなる情報を求める。
「何か拘束されたりするんですか?」
「うーん」
アルバータは少し考える。事が事なので……
「まずは事実確認ですね。迷宮に潜って、例の通路を確認するまで——いえ魔界に到着するまでは解放されないと思います」
「それってどれくらい?」
「1年は掛かるのではないでしょうか」
「論外。しかも最悪異端審問じゃないの?」
「それは私が絶対にさせませんが、まあ、時間の方はだいぶ……」
アルバータは雲行きが怪しくなったのを感じながら、「でも、でも」と手をあっちこっちに移動させる。
オリーブはそれを遮るように言った。
「決まりじゃない? リスクを負ってでも人類の役に立ちたい人手ぇ上げて」
手は挙がらなかった。
「じゃあ次の議題ね。ジュンが持ち帰ってくれた機械について」
いつの間にか仕切り始めたオリーブが手を叩いて言った。
エリーが勢いよく立ち上がった。
「はいはい! 私が欲しいです! これ銃何ですよね!」
「気持ちはわかるけどエリー、これ直せるの?」
順が最もな事を言い、エリーは座りなおした。
アルバータは先ほどの結論が気にくわないのか、投げやり気に言った。
「そんな銃見たことも聞いたこともないです。直せる人はいないでしょうね」
まあ、じ・か・んさえあれば解析もできるかもしれませんが、と皮肉気に締めた。
「売るにしても騒ぎになりそうなんだよな、それ。先ほどの議論も踏まえると……」
ライオネルは敢えてそこで切った。
全員の視線が順に刺さる。
「……じゃあ、倉庫の肥やしということで」
「反対の人ぉ」
手は挙がらなかった。
*********
地下深く、廃墟となったコンクリートジャングルの一角に、崩壊していない建造物があった。
それは魔力を多分に含む石で構成された、異界の建造物。灯りが至る所に掲げられ、窓からは人工的な光が漏れている。
滅びた世界——魔界でひと際輝く建造物。この城塞こそが魔王城である。
「全員遅刻か」
円卓に据えられた椅子に腰かけていた男が、時計を確認しぼやいた。
黒い一本角の兜により顔色こそ見えないが、呆れている様子だった。
扉が開き、暴風が部屋に轟いた。
椅子が独りでに引かれ、そこに1つの竜巻が滞留する。
「ははは、相変わらず勤勉やなあ、"火"のお方は」
その竜巻はどうやら1つの生命体であるようだった。
軽口をたたくそれを無視し"火"と呼ばれた一本角の兜の男は部屋を見渡す。
円卓には4つの椅子が据えられており、竜巻の登場により残る席は2つとなった。
「"水"は欠席として、"土"はまだ来ないのか」
「ああ、そのことなんやけどな」
竜巻の男——声の調子から言って男だろう——は気ままな様子で続けて言った。
「死んだらしいで、フリーデリンデの姐さん。今日の会議もそれが理由や」
「——————何だと?」
まさに青天の霹靂だった。一本角の兜の男は戸惑いを抑え、必要であろうことを口にする。
「奴の仕事は、主に工作だったな。今が正念場だろうに、これからどうするのだ」
「事務的! もうちょい何かあってもいいんちゃう? 自分世話になったやろ~」
「為すべきことを為すだけだ。感傷など不要」
「と、そんなこと言って全身真っ黒喪服モードのギっちゃんでした」
「……」
いつもこの恰好なだけで喪に服している訳ではない。
一本角の兜の男はこの男の軽口が苦手だった。
「んまあ、土の隊は二番手が優秀だから特に問題はあらへんやろ。あの子が泣いてるうちはまだ余裕あるわ。
ま、こっちにも仕事回ってくるかもしれんし、フォローも出来る限りせんとな」
「……そうか」
一本角の兜の男は立ち上がろうとし——暴風により阻止された。
「ちょいちょいちょい。話すべきは引継ぎだけじゃないやろ。対策が必要やろ」
「……ああ、そうだな」
自身には必要のないことではあるが、"風"にとってはそうもいかないかと、浮かせた腰を下ろした。
それで、下手人は誰なのだと兜の男は問うた。
「雑魚魔物からの聞き取り調査しかないからちょい不安なんやけどな、セシリアちゃんだと思うねん」
「あいつが? 計画ではそこまでやるのか?」
セシリア・ヴォルドハイド。
歴代の魔王たちが遅れをとった勇者に対し、今代魔王が用意した対策である。
それは勇者をこちら側で指定するということ。
すなわち、勇者が魔王の弱点なのならば、仲間に引き入れてしまえばいいという訳だ。
そのために態々人間の中から強力な個体を厳選し調教。そして"勇者らしい"戦果を用意していたのだが、まさか四天王の撃破までさせるだろうか。
「んー、その当たりは"土"の担当やから詳しいことは分からんけどな。どうにもアクシデントっぽいわ」
「だろうな。コントロールが効いてないのであれば、処分すべきだ」
「せやな。それを測るには偵察の”風”が担うのが道理だと思う。なんで『勇者育成計画』は"風"が引き継ぐことにしたいんよ」
「その口ぶり、既に準備は終えているのだろう? 全てはお前の思い通りか。……ふん、この場に来る必要はなかったな」
「そんな寂しいこと言わんといてぇ。たまには顔見たいやん」
情けない様で竜巻の男は言った。
しかしそれはただの演技で、欲しかったのは四天王会議の結果という体裁、というのは分かり切っていた。くだらない企みでもしているのだろうと、兜の男は内心で嘲笑った。
"土"も、”風”も。所詮は寿命だけが取柄の非戦闘タイプだ。企みこそが生き残る唯一の道であるが——
(何を企もうと、我が炎刃にて焼き尽くすのみ)
故に"風"の思い通りにさせてやると、決戦を担う"火"の四天王は、来る日に備えるため魔王城を後にした。




