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ショートカット開拓済み

「クソ眠い」

「本当に朝まで特訓していたんだな……」

「魔力も空になってるね」


 魔法の空撃ちは朝になるまで続けられた。

 起きてきたライオネルが呆れた様子で言い、そしてセシリアがけらけらと笑っていた。

 時計を見ると、常ならライオネルとの朝練が始まる時間であった。


「俺はもう無理、寝る。ライオネルとセシリアは稽古?」

「ああ、ご指導して頂こうかとな」


 冒険者ランクはセシリアの方が高い。

 普通なら逆なのだけど、胸を張って偉そうにしている彼女は本物の天才だと再認識させられた。


 ライオネルはしかしあれだな、と言った。


「君の彼女は随分と愛情表現が激しいのだな」

「あん?」


 ベンチで寝息を立てているオリーブが起きていたら、キレそうな勘違いだった。

 事故を防ぐためにも順は弁明する。


「彼女じゃないよ、ただの師弟関係。こいつが愛してるのは魔法だけ」

「恋人じゃなかったのか? にわかには信じ難いが、大事な人なのは確かなんだろう?」

「いや、それもどうだか。なんでそう思ったんだ?」

「彼女たちが来てから元気になったじゃないか。いい加減誤魔化されないぞ?」


 順には懸念があり、実のところ悪い意味でそれが的中してしまっていたので落ち込んでいたのは確かだ。しかし彼はその事実と考えを告げるわけにもいかなかったので、ひた隠しにしていた。

 元気になったらしい(彼自身は変化したとは思えなかったが)今も、隠す気満々なので否定しようとし——しかし先にセシリアが声を発した。


「ジュンは元気なかったの?」

「ああ、本人は隠しているけどね」

「じゃあ気を使って黙ってた方がいいかな?」

「いやあ、落ちこまれると鬱陶しいからなあ」

「本人。本人前でそんな会話しないで」


 居た堪れなくなった順はオリーブを抱えて宿へと足を向けた。そうか、鬱陶しいと思われていたのかと傷つきながら。


 ジュン、とセシリアが声を掛けた。


「そういうことなら、明日一緒に迷宮行こうね。面白いもの見せてあげます」


 なんだろう、と思いつつも順は楽しみにしていると答えた。




 *********




 セシリア・ヴォルドハイドはこの街を知っている。


 かつて彼女の親友がこの街への抜け道を見つけ、共に辿り着いたのだ。

 物心ついて初めて見た人の世界・・・・は、彼女にとっては輝かしい思い出となった。


 今セシリアは当時の抜け道を見つけ、順たちを彼女の故郷へと案内しようと思い立った。


 それは順を元気付ける理由もあったけど、彼女自身が懐かしむためであり、そして親友は凄いのだと自慢したいからだった(そもそもにして、順を元気付けたいのも、天使から彼を頼まれたからだ)。

 だから決して純粋な好意とは言えなかったけど、彼にとっては素晴らしい贈り物であったことは間違いない。




「この壁だよ」

「その壁が面白い物?」


 ぞろぞろと仲間たちを連れ、セシリアは迷宮内のとある壁を指差した。

 特に変哲もない壁だ。順は戸惑ったが、セシリアは手に持った杭で黙々と削っている。

 手伝おうか、順が言おうとしたところ、杭が硬質な音へと変わった。


「鉄の壁?」


 徐々に剥き出しになっていく壁を見て、オリーブが呟いた。


「本当に特殊な迷宮ですね。流石にこれじゃあ、掘り進めようなんて思えません」

「……いや、中が鉄だなんて情報にない。場合によっては壁を破壊することもあるらしいし、石の筈だ」


 アルバータが感心し、ライオネルが怪訝な様子を示す。

 セシリアはある程度鉄を掘り出した後、壁を凹ませた。

 すると鉄の壁が左右にスライドし、新たな道を作った。

 エリーはおー、と拍手をした。

 順は彼女が凹ませた壁を調べる。切れ込みは見えないが、ゴムのような材質で覆われている。


(隠しスイッチ?)

「驚くのはまだまだこれからなのです」


 自慢気にセシリアは言って、奥へと進んでいった。全員セシリアの後を着いていく。


 そして辿り着いたのは、大きな空間だ。中心には太い柱が伸びていて、壁は土へと変わっていた。


「ここは、どういう部屋何でしょう」


 アルバータの戸惑った声に答えたのは、意外にも順だった。しかし彼の声は酷く平坦である。


「ここは展望台かな。周りを見てみなよ。窓枠に見えないか?」

「え、そう、ですかね?」


 土に埋もれてはいるが、要所の鉄片は枠のような物を作っているように見える。

 だがそれが何故展望台なのか。地中にある筈のない物だろう。

 1人楽し気なセシリアが柱へと手を伸ばした。伸ばした先は、よく見るとボタンのようになっている。

 ごうん、と柱から音が鳴った。


「エレベーター、かな」


 順の呟きは、ごうんごうんという音にかき消された。

 セシリアと順以外の全員が緊張するなか、ごうんという音は止まり、柱が引き戸へと変化した。中からは目が眩むような光が漏れる。


「さ、行こう」


 セシリアが中へと入り、次に順も入った。彼らの警戒心の欠片もない行為に呆れながらも、他の者達も中へと入る。

 セシリアは中にあったスイッチを押し、扉を閉ざした。そして柱の中の部屋——エレベーターが地下深くへ降っていく。


「だ、大丈夫なんですかこれ?」

「電気通ってるくらいだし、メンテはしてるんじゃないか?」

「メンテ、メンテナンスですか? 誰が?」

「さあ。古代人とか、魔物とか」

「……ジュンさん機嫌悪い感じです?」


 鈴の音と共にエレベーターが静止した。扉が開く。

 誰もが固唾を飲んだ。迷宮の地下深くに何があるかなど、考えるまでもない。


 灯りを掲げ、セシリアが高らかに宣言した。


「ここが迷宮最下層——古代の地上です!」


 ビックリした?、と彼女は無邪気に締めくくった。


「ああ——、すごくビックリしたよ」


 順は瞼を閉じ——万感の想いを全て閉じ込めて——ただただ肯定した。


 見覚えるのある発掘品(アンティーク)たち。

 それのルーツは自分と同じ世界なのだとすぐに分かった。

 だから産出地へ行けば、異世界・・・からの移動方法が分かると思ったのだ。


 でも実際は異世界なんてなく、遠い未来での話だったというだけだ。

 自由の女神像でもあれば完璧だったと思うが、ここは日本だった廃墟なので片手落ちだ。いや、偶然生まれ故郷がファーストコンタクトなのだから、より悪質だ。


 それと肝心の自分がどうやって時を越えたかというと、それを可能とする技術に心当たりがあったりする。人道的に問題があるが、こんな廃墟を作り上げてしまった当時の人々には期待できないだろう。


(嫌だな、彼らの気持ちを理解できる日が来るなんて。間違いであってほしい。それにここが異世界でないのなら——いや、駄目だ。これ以上考えちゃ駄目だ)


 うなじを執拗に撫でる彼の様子は一目見て異常だったけど、あまりにも重々しい雰囲気だったので誰も口に出さなかった。

 彼らの想いを知ってか知らぬか、順は呑気を装って言った。


「しかし暗いな。エレベーターは生きていたし、街の電力も残っていたりしないだろうか」

「それはないと思うよ。"これ"も修理するまではただの箱だったし」

「そっか」


 もしかすると、誰かが生き残っているかも、といった希望は儚く消え去った。

 ここは廃墟だ。思っていた通りの光景なのだから、受け止めなくてはならない。


(……?)


 少しだけ気が楽になって、今まで自分が乗っていたものに漸く思考が及んだ。


「誰が修理したんだ?」

「それはねぇ——」


 楽しそうなセシリアが溜め、答えを言おうとした時、廃墟の一部が崩れ去った。


 老朽化の結果だろうか。エレベーターの振動がまずかったのかもしれない。それとも他の——


「逃げるぞ!」


 ライオネルが叫んだ。

 理由など言わずとも分かるだろう。ここは地下世界——即ち魔界なのだから、そこでの異変の原因など考えるまでもないのだ。


 既にエレベーターへと戻っていたオリーブが叫んだ。


「ジュン! セシリア! 金目の物ちゃんと拾ってきてよね! あと足止めよろしくぅ!」

「え、それは——」

「分かった! 地上で会おう!」


 死刑宣告にも等しいオリーブの命令にエリーが異議を唱えかけたが、順が肯定する。

 エレベーターの移動中に攻撃されては堪らないし、誰かが残らなくてはならない。そしてそれは不死身である勇者候補が受け持つべきだ。


 ——エレベーターの扉が閉じ、浮遊感と共に上昇が始まった。


 しんがりが必要とはいえ、彼らが不死身であるとはいえ、置き去りにしてしまうという事実がライオネルに重く圧し掛かる。

 自らの無力さに拳を強く握った。だが弱音は、下唇を噛んで抑え込んだ。


「随分辛気臭いわね」


 気に病むライオネルを見てオリーブが言った。

 セシリアは強いし、順だって何だかんだとやってのける男だと知っている。

 アルバータもオリーブに同意を示した。


「私も遺憾ながらオリーブさんと同意見です。勇者候補だから大丈夫、というより、彼らだから信頼できるのです。だからこそ守護天使様も、彼らを見初めたのでしょう。

 ……ええ、大丈夫」

「そう、ですよね。順さんもセシリアも強いから!」


 まるで、自分自身に言い聞かせているようだった。

 ごうんごうんと、エレベーターだけが元気に駆動していた。

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