合流
「遠回りになりましたが、何とか着きましたね」
セシリア一行は遂に迷宮都市へと到着した。
――迷宮都市とは。
街の地下に迷宮が広がっており、迷宮からの発掘品を財源とする特殊な成り立ちの都市である。
既に迷宮が人類の脅威であることはご存知の通りであると思うが、それはこの地下迷宮とて例外ではない(最も、守護結界が存在する以上は地上に生きる人々にとっては関係がない話ではあるが)。
この迷宮が特殊であるのは、地下迷宮が魔界――別名を古代文明遺跡まで貫いているということだ。
前述の発掘品が発掘できるのもこれが理由である。
更に追記すれば、発掘品はごく稀に魔物が地下深くから持ってきており、冒険者たち(ここではトレジャーハンターと呼ばれる)は奥深くまで潜らなくても、魔物を倒すだけでお宝にありつける。そして発掘品にはガラクタからクリスタル以上の価値あるお宝まで多種多様であり、夢追い人は迷宮都市で日夜地下へと潜っているのだ。
オリーブはガラクタ市を興味深げに眺めながら、アルバータの提案を聞いた。
「ジュンさん達は夜まで迷宮都市に潜っているそうです。宿も聞いているので、合流は問題ないでしょう。
そこで提案なのですが、せっかくだから私たちも迷宮へ行ってみませんか?」
「ほー、いいんじゃない?」
「聞いてませんね。セシリアさんはどうですか?」
呼び掛けられた白髪の少女は、地面を懐かしむように踏みしめた。
「うん、そうだね。行ってみたい」
「決まりですね。荷物を置いたら、ギルドへ申請に行きましょう」
アルバータはセシリアの様子をあえて見逃した。きっとこの地は彼女にとって浅からぬ地なのだろうけど、人にはそれぞれ事情があるのだ。
幼い身でありながら、冒険者であり勇者候補となった彼女は特に。
*********
迷宮の歩き方は彼女たちも知っていたが、ここは洞窟迷宮と同じという訳にはいかないらしい。
まず壁だ。石造りのそれは、洞窟のように容易に崩すことは叶わない。道なりにしか進めないだろう。
次に攻略メンバー。索敵はオリーブが行えるが、近接クラスはセシリアのみだ。荷物は少なくする必要がある。不測の事態には、回復の行えるアルバータの存在で強いので、一長一短ではあるが。
そして最後に、迷宮が下へ下へと伸びている点。不用意に進めば、壁の破壊が困難な点との相乗効果により、帰還不可能になってしまう場合がある。果ては餓死か魔物のエサである。
「ガラクタすら見つかんないね。つまんな」
「アイテムは深部のハンターがほとんど独占しているようですね」
「おこぼれすら貰えないとは思わなかったわ」
オリーブとアルバータが話している間も、セシリアはきょろきょろと辺りを見渡し、時には壁に触れていた。
無口なのはいつも通りではあるのだが、何やら様子がおかしい。
2人は小声で相談した。
「流石に聞いた方がいいのでしょうか?」
「詮索はしないって話だったでしょうよ。必要なら向こうから話すって」
「それはそうなんですが、子供にそれは厳し過ぎるとも思うのです」
「うーん、じゃあそれとなく?」
「ですね、オリーブさんお願いします。私はどうも警戒されているので」
「それはあんたが口煩いからでしょ」
何か言いたげなアルバータを無視し、オリーブはセシリアの肩に手を置いた。
彼女は振り向いたが、オリーブは言葉に詰まってしまった。相談に乗るような人生は歩んでいなかったのだ。
「どうしたの?」
「んー。随分熱心に見てるけど、面白いものでもあったのかなって」
セシリアは考える素振りを一度見せた後、何でもないと言った。
「なんかあったら言いなさいよ?」
「うん、分かった」
話は終わり、オリーブはアルバータの元へと戻った。
「駄目じゃないですか」
「努力はしたじゃん」
「あれが努力なら寝てる時も努力していることになりますよ」
言いたい放題のアルバータだったが、彼女がセシリアに話しかけることはなかった。
セシリアを気にしつつも、3人は順調に迷宮探索をしていた。敵は殆ど現れず、すれ違う冒険者の方が多いくらいだ。
これではつまらないと思った。階段は見つけていたので、この迷宮はあまり動かないことも考慮すれば、進んでも夜には帰られるだろうと2人は判断した。
「セシリアもそれで良いよね?」
「うん」
相変わらず、セシリアは壁ばかり見ていたが。
とにもかくにも3人はより深くへと潜ることになった。
階段を降りると、何やら空気が騒いでいるとオリーブは感じた。
「戦闘でもあったのかな。空気の移動が激しくなってる」
「わたしが前に出るね」
上の空に見えたセシリアだったが、戦闘の気配を察してか2人の前へと出た。
(相変わらずキッチリ切り替えるのね)
セシリアは戦闘になると表情が消える。今も健在のようなので、少なくとも戦いは任せても良さそうだ。
オリーブは風へと神経を集中させた。こちらへと何かが向かってきている。
その更に奥から、同じく何かが迫っている。
「何かが逃げて、それを追っている奴が来る。どっちが魔物かは分からないね」
「了解。ライト投げて」
「了解です。5mくらい先に投げますね」
アルバータの投げた灯りが迷宮内を照らす。
セシリアは剣を抜き、油断なく構えた。もし向かってくるのが魔物ならば、有無を言わさず斬り捨てるだろう。
「あと10秒くらい」
オリーブが言った。白いライトに影が差す。
見えたのは緑色の皮膚。歪んだ輪郭の小さな鬼、ゴブリンだ。
セシリアが駆けた。殺意に反応したゴブリンは醜い顔を更に歪めて足を止める。
斬撃が奔り、首へと吸い込まれる。半ばまで斬り裂き――鉄同士がぶつかり火花が舞った。
ゴブリンの首が落ちる。追いかけていた者も、同時に首を斬り裂いたのだ。
鮮血のベールが消え去る。剣を振り抜いた2人は相対した。
「セシリア?」
「ジュン?」
追いかけていたのは、彼女たちの仲間である順だった。
*********
合流した彼らは少し早いけれど、宿へと戻った。
食堂に集まった2グループはそれぞれ自己紹介をしあったが、
「知り合いだったんだ、世界って狭いな」
「はい、ビックリしました」
「冒険者ならそういうこともあるだろうな」
エリーとオリーブ、セシリアはかつて同じ依頼を受けていたのだ。
実はうんうんと頷いているライオネルの事も彼女達は知っているのだが、それは闇に葬ることとなっている。
「それにしても驚きました。ジュンさん剣使ってるんですね」
「ん、ああ――」
「あ、それ。ジュンちょっと立て」
順の返事を遮ってオリーブが言った。彼女の眼光は非常に鋭い。
順は立ち上がり、次いでオリーブも立ち上がった。彼女は順の体をベタベタと触る。
「な、なんです?」
「随分鍛え上げたのねぇ」
「は、はい」
彼女は猫撫で声だった。
「魔力も、随分と逞しくなっちゃって」
「そうなん、ですか?」
彼女の艶やかな指先は彼の首へと伸び――きゅっと締め上げた。
「これ魔法戦士じゃねえか! てめえふざけるのも大概にしろよ!」
「仕方なかった! 仕方なかったんですぅ!」
彼女は順の魔法の師匠であり、彼の所業に大層お怒りだった。
魔法戦士は近接能力の高い魔法使いだが、その代わりに魔法の性能が落ちてしまう。
魔法至上主義の彼女にとってはあり得ざる所業だったのだろう。
ひとしきり騒いだオリーブは満足したのか、四つん這いの順を椅子にして言った。
「エリーあんた弱かったでしょ。こいつと一緒じゃ苦労したんじゃない?」
「え、いや、そんなこと」
ないとは言い切れなかったエリーだった。彼はどうにもトラブルに突っ込みがちだ。
それを感じ取ったアルバータが疑問を呈した。
「実力的にはどうなんですか? 私が知ってる順さんはナメクジですが」
「なめ!? いや、俺の知ってる順は最初からそこそこだったけど。それに最近はBランクでも恥ずかしくない実力だぞ」
「それはそれは。流石は勇者候補ですね」
元々魔力だけは高かったのだ。初心者でも活かしやすい前衛タイプなら、強くなりやすいのだろう。
そう考えると師匠があまりにも悪い。最終的には魔法使いも悪くないのだが、習得難易度を考えればやはり前衛タイプだ。
アルバータの想像は、順の発言が否定した。
「一応中級魔法も使えるようになったんです」
「椅子は喋らない!」
パチンとオリーブは順の尻を叩いた。
「え、中級魔法!? 本当なら凄くないですか?」
「ああ、一応使えてるな。結構集中しなきゃいけないらしいから使い所が難しいが。あと何か糸の魔法使ってる」
「え、糸使ってるんです? わ、嬉しいな嬉しいな。オリーブさん許してあげてくださいよ。私に免じて!」
「あんたに免じる権力はないわ。で、中級魔法の発動は何秒? 詠唱はまさか必要ないよね?」
「簡易詠唱ありです……。5秒は集中したいです……」
「やっぱ椅子だわ」
「求めるものが高すぎるだろ……」
順はしばらく椅子のままになりそうだった。
ちなみに魔法詠唱は完全詠唱、簡易詠唱、呪文、無詠唱の4段階が存在する。
一般的に戦闘に耐えられるのは簡易詠唱からで、一言で発動できる呪文がベストだとされる。無詠唱はサイレンス対策に、得意な魔法で頑張る程度だ。
順の集中が必要な簡易詠唱はちょっと心もとない感じ。
エリーは順の醜態を複雑な思いで眺めていたが、目を逸らすようにセシリアへと話しかけた。
「セシリアちゃんはAランクになったんだよね、凄いなあ」
「うん、わたし凄いので」
「謙遜しないなあ」
やはり彼女は特別なのだと感じる。
エリーも武器を変えたりしているのだが、どうにも役立てていないと感じるのだ。
「ガンナーって弱いのかな。オススメだって話だったんだけど」
「ガンナーは銃が強いから強いけど、構造が複雑で強化しづらいから伸び悩むんだって」
「へえ、超参考になる。上目指すならガンナーやめた方が良い?」
「ううん、特殊弾作れるようになったら一気に強くなるよ」
「ほへえ」
意外にも有意義な会話に2人は盛り上がり、親睦は深められていた。
ライオネルも人当たりの良いアルバータの助けもあり、普段では考えられない程話していた。
順とオリーブは、
「今日は一晩特訓するわよ。まずはそのふざけたクラスを辞めてもらいます」
「せっかく剣使えるようになったのにぃ」
パチンと、軽快な音が鳴り響いた。




