サバンナ大横断
セシリア一行が辿り着いた街では今、大混乱が巻き起こっていた。
街の外れには簡易住宅やテントが立ち並び、そこにいる人々の顔は暗い。声がしたかと思えばそれは怒鳴り声で、すぐさま喧嘩に発展してしてしまう状況だ。
その喧騒の対処に当たる警察は重装備で、容赦なく手に持った警棒や盾、催涙弾までも使用される始末。
そんな街外れの人々に対し、身綺麗な人達は嫌悪感を隠そうともしない。
このような事になった原因は、隣街が滅びたせいなのだという。
アルバータが申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありません。情報収集が不足しておりました。まさか滅んでいるとは」
「それはいいけどさ、どーすんのさ。ルート変更せざるを得ないでしょ」
それに答えたのはオリーブ。
滅んだ街は彼女らの進路上にあるのだ。
毒物が原因らしく、今も空気中を漂っているらしい。通る訳にもいかないだろう。
「引き返す、というのは――」
「論外」
「ですよねー」
アルバータはため息を抑えられなかった。しかしそれ以外にどうしろというのか。
「湿原は通れないの?」
地図を眺めていたセシリアが言った。
西部に広がる大湿原を迂回するために南から回り込む――というのが当初の想定だ。
それをまるっきり無視した発言だが、実際のところなしではない。
湿原は北を上に見て逆三角形となっている。
この街から湿原に入り込んでも、危険地帯は以前の街から向かった場合に比べ少なくなるのだ。
「う、うーん。何にせよ情報を集めましょう。私は教会へ行くのでオリーブさん達はギルドの方お願いします」
「えー、めんどーい。お前がやれよー」
「……確かに今回のは私の落ち度ですが、切れる時は切れるんですよ?」
三者は情報収集へと駆り出した。
*********
やはりというべきか、抜け道のようなものは存在しなかった。
変わりというべきか、セシリアの提案した湿原横断ルートは意外と現実的らしい、ということが分かった。
「60年前は湿原探索が活発だったらしいです。なんでも砂金が取れるとかで」
つまり土地勘のある人間がいるということ。
「それに今は乾季なんだってね。車もちょっとしたカスタマイズで行けるかもってさ」
移動は問題なさそう。
「お婆ちゃんが詳しいって。今暇してるって言ってたよ」
ガイドも見つかった。
「つまり――いけちゃいそうなんですねぇ」
アルバータとしては、そんな危険は犯したくないと思う。今回の調査は駄目であることを明確にするためのものだったのだ。なのに蓋を開ければこれである。
そして2人が危機管理とは無縁の人間であることは理解していた。最も、オリーブは直前になると騒ぐのだけど。
「じゃ、横断ルートでいいね」
「おー」
案の定、2人は乗り気だった。
アルバータもこのルートが現実的な以上、文句はいえなかった。
*********
「案内を務めさせていただくシオバーバじゃ。よろしくのぅ」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」
シオバーバと名乗った老婆は今年で81になり、腰も曲がっているがまだまだ活力溢れる老人である。
彼女は成人するまでは昼夜を問わず湿原におり、金がでればすぐさま街に戻って豪遊した。結婚してからは豪胆さは鳴りを潜めたが、家庭では彼女は常に王だった。
今は息子達も独立し、1人優雅な老後を満喫している――という設定である。
本当の彼女は36歳。セシリア達が湿原を通ると予見し、変装していた闇人――人類の敵である。
ど偉い魔物から直々に命令されたのだ。曰く『湿原の魔物を利用し始末せよ』と。
彼女は夢見た。この命令を完遂すれば、金銀財宝ざっくざくだと!
(ヒヒ。せいぜい私の踏み台になって頂戴な小娘共)
「ねえお婆さん、このルートで良いんだよね?」
「え、は? なんです?」
「いやだから、目印とかないけど大丈夫かって」
アルバータの問いに、シオバーバは改めて周囲を見渡す――ふりをして手元の端末を覗き込んだ。大型魔物の生息地データを頂いたのだ。
(どでかい魔物の生息地はっと)
「あー、ちょっとズレてるねぇ。もう少し右だわよ」
「……さっきは左と言ってませんでしたか?」
「え? そうだったかい? 聞き間違いだよ」
「いやあたしも左って聞いたよ。本当にボケてないんでしょうね」
「あー、きっと気づかぬうちに曲がってたんだよ! 神様だって気付かなかったに違いないよ!」
「あ……」
オリーブが一瞬呆けたような顔をした後、顔を窓へと凄まじい勢いで向けた。何事かとセシリアを見ると彼女は体ごと窓へと向けていた。さっきまでは正面を向いていたのに。
アルバータが軽い口調で言った。
「お婆ちゃんは神様が全知全能ではないと考えているんですねぇ」
「ん、ああ。じゃなきゃ古代人が喧嘩吹っ掛けることもなかった筈だろうしね」
「あはは、神様を絶対視する人が多いですけど、私もそう思いますよ」
「あたしも」
「わたしも」
異常な速さで同意を示したオリーブとセシリアに驚愕しつつも、行先について誤魔化せたことに胸を撫で下ろす。
大丈夫。あとほんの数分でこいつらはまとめて魔物の胃袋の中さ!
シオバーバは自分が巻きこまれるとか難しいことは考えず断定した。
「そうそう、そのまま真っすぐ――」
「真っすぐ行くと魔物居るよ? あの砂埃のあたり」
シオバーバはビックリして声の持ち主へと顔を向ける。
彼女はセシリア。ただの子供だと思っていたが、この距離で気づくのか。
(いや、でまかせさ)
「そんなこと――」
「まじで? じゃあ迂回でしょ迂回」
「ですね。お婆ちゃん迂回しますよー」
「え、は?」
彼女たちは何と子供の言う事を真に受けているではないか。
「いや、いやいやいや。この距離で分かる訳ないだろ。子供の言う事を真に受けちゃあいけない」
「分かるし」
「そのガキはクソガキだけど実力は確かだからね」
「クソじゃないし!」
「オリーブさん次汚い言葉を発したら降りてもらいますからね」
「え? ここで降りたら死ぬけど制裁きつすぎない?」
彼女達は魔物が迫っているというのにのんきなものである。
オリーブが「ていうか」と一言置き言った。
「やっぱ先制攻撃で良くない? 雑魚に道譲んのもなんか嫌だし」
なんと尊大なのだろう。しかし刺激すれば魔物に襲われるだろうとシオバーバは閃いた。
「えぇ、それはいい案だと思いますじゃ。特に炎系の魔法がおすすめなのじゃ」
なおこの先にいる魔物はデスワームといい、乾季には硬質な外皮を纏う巨大ミミズである。ちなみに高温に強い耐性を持つ。
「オーケーオーケー! アルバータ車止めて!」
「しょうがないですね」
オリーブは車から片手を出した。どうやら降りるつもりはないらしい。
「ハイフレイム!」
中級の火球魔法。それは魔物が砂埃が舞っている地点に吸い込まれるように炸裂した。
一段と大きな砂埃が舞い、中からデスワームが飛び出す。
件の魔物は案の定大きな痛手を受けていないようで、車に向かってその巨体を這わせ向かってくる。
「プ、弱点なのに討ち漏らしてますよオリーブさん」
「うっさいな! 今のは誘い出す罠だっての!」
「炎弱点には見えないけど……」
終わった! あの巨体を止めるすべなどなく、今から車を出しても間に合わない! シオバーバは勝利を確信し、褒美に期待を胸に躍らせた。
オリーブの魔力が高まる。
「其は死すら恐れる焼失なり――インフェルノ!」
上級の炎魔法は津波のように魔物へと襲い掛かった。悲鳴すら焼き尽くす炎が通り過ぎった後には、黒い大地だけが残されていた。
(え? 倒した? マジで?)
勝利を確信していたシオバーバは度肝を抜かれた。
あれを倒されるなんて予想外も良いところだ。
「直進で良かったんですよね?」
特に動じてないアルバータに、返事をするのでいっぱいなシオバーバだった。
*********
太陽はあっという間に沈み、夜となった。砂漠に近いこの地域は夜は非常に冷える。
焚火は乾燥するから嫌だよね、ということで各自防寒具を用意していたのだが、そんなこととは露しらずシオバーバは寒い思いをしていた。
(ガキどもが!)
「お婆ちゃん大丈夫ですか? カイロありますよ」
唯一アルバータだけは心配してくれたが、彼女も身を削るほどの献身をするつもりはないらしい。
毛布にくるまったアルバータから渡されたカイロを宝物のように抱えたシオバーバは、恨みを内にため込んでいた。
(お前たちにとっての最後の夜だ! せいぜい楽しみな!)
「皆様方、見張りはこの婆がやっておきますから、お休みくださいませ」
そして全員が寝静まった頃、1人ずつ首を刎ねてやろう。
「いえ、それは流石に悪いですよ。見張りは私たちがやりますから、お婆ちゃんはお休みください」
「いやあたしは寝てウッ!」
何事か言いかけたオリーブがうずくまる。
アルバータの気遣いは迷惑だが、予想されていたことである。シオバーバはあらかじめ用意していたセリフを言った。
「いえいえ、婆は寝つきが悪いもので、どうせ眠りませんのじゃ。お若い方々が寝不足で美貌を失うのは見たくないのじゃ。どうか婆の気遣いを拾ってくださいませ」
「そうですか? それではお言葉に甘えて」
アルバータの気遣いが発動するのは1回だけである。いわゆる社交辞令であるとシオバーバは短い付き合いで理解していた。
(修道女の癖にドライすぎやしないか……?)
もっとこう、慈愛に溢れているべきだと思う。いや好都合なのだけど。
そしてシオバーバの思い通り、3人はぐっすりと眠り込んだ。
彼女はナイフを灯りにかざした。良く研いであり、鋭い光沢を放っている。
獲物たちはテントの中で仲良く並んでいる筈だ。1人ずつ順に、首を掻っ切ってやれば良い。
ゆっくりとテントの布をずらした。中を月明かりが照らす。
左からアルバータ、セシリア、オリーブ――
(いや、真ん中の寝袋。凹んでいる?)
音をたてぬよう、慎重に寝袋に触れ、少しずつ力を込める。
指は大きく沈み込んでいった。居ない?
「何してるの?」
「キャ――――!」
咄嗟に口を塞ぎ、恐る恐る後ろを振り返る。
――それは幻想的で、この世の物とは思えなかった。
月を背後にするその者は逆光で黒く染まり、にも関わらず2つの赤い宝石がにじむように輝いているのだ。
恐怖が全身を包む。それは再び声を発した。
「どうかしたの? 眠い?」
「――あ、ああ。お嬢ちゃんかい」
何ということはない、それは居なくなっていたセシリアだった。
「何してるの?」
「い、いや、様子を見ていただけだよ。他意はないさ。お嬢ちゃんこそどうしたんだい?」
「トイレ」
そう言うと、セシリアは寝袋に戻らず、寝るまで椅子にしていた石へと腰を下ろした。
「わたしが起きてるから、お婆ちゃんは寝てて良いよ」
「いや、そういう訳にもいかないよ」
どういう訳か、少女は親切心を発揮したいらしかった。迷惑な話である。
セシリアは言った。
「大丈夫、わたし勇者目指してるので」
「そうかい、そりゃあ、良かったねえ?」
脈絡がないような気がする。しかしどうやって寝かしつけるか。
(なんだかイライラしてきた)
ただでさえ眠いのに、ガキの相手だなんてごめん被る。シオバーバは閃いた。
(そうだよ、相手はガキだ。十分勝てるね)
シオバーバはしわくちゃの顔を歪めて一歩踏み込んだ。
「あ、足元危ないよ」
セシリアが指差し、釣られて視線が向かう。
――そこには尾の針を持ち上げたサソリが。
シオバーバは悲鳴を上げて一歩後ずさった。あまりにも驚いたので、足を捻らせてしまう。しかし彼女は痛みに悶絶する猶予すらなくテントに倒れ込んだ。
突如崩れたテントに2人が起き上がる。彼女たちは寝起きで、状況なんて理解していない。シオバーバが足元にいた事もだ。
日明けまで3時間といったところ、台風のような起床が彼女たちに舞い込んできた。
ただ1人。シオバーバという女だけが深い眠りというか気絶に沈み込んだ。
*********
シオバーバは目を覚ました。はて自分はなにをしていたのだったか。
「あ、起きましたか?」
声を掛けられる。惚けた頭は反射的に返事をし、彼女の顔を見てようやく思い出す。
「どこか痛い所はありませんか? 昨日は本当に申し訳ありませんでした」
「あ、ああ。事故みたいなものさね。私も悪いし」
シオバーバは許してなんていないが、ここでは寛大なところを見せるべきだろうと考えた。
そして昇る太陽を見て、作戦は見事に失敗したことを察する。
(こ、こうなれば……!)
もはや己が直接手を下すしかあるまいな。
作戦はこうだ。
脅威となる魔法使いを初手で殺し、次に動揺したシスターを殺る。
そして最後に残った子供を悠々と始末すれば良い。
彼女は闇人として強化された己ならば出来ると確信した。
「ねえ、お婆ちゃん」
「あ?」
もはや言葉は不要である。しかして文句の1つも言いたいシオバーバは吐き捨てるように言った。
「あんた、神様とやらに何して貰った?」
アルバータは呆けたような顔をしていたが、気を取り直したように言った。
「今我々がこうしているのも、全ては神様のお慈悲によるものでしょう」
「はん! 模範解答ありがとね!」
シオバーバは唾を吐き捨て、続けてこう言った。視界の隅ではオリーブとセシリアが信じられないものを見る目でこちらを見る。
「神なんぞクソくらえだ! 死ねクソ――」
鉄と化した手刀をアルバータへと突き刺す――と思われたがその手はアルバータに抑えられる。
彼女は優しく両手で包み込み、祈るような所作をした。
「踏んだのは本当に申し訳ないと思っています! ですが! 信心を忘れてはいけません!」
彼女は何を勘違いしているのか、こちらを説得に掛かっている。包み込んだ手は万力に掛けられたように固定されている。
そして、そしてアルバータの瞳が虹色の輝きを放つ――!
「思い出してください! あの素晴らしき景色で!」
シオバーバの意識が混濁する。脳内には思い出が走馬灯のように駆け巡り、しかし高速で流れるそれらは認識できない。
――いや、1つだけ分かるものがあった。
それは山頂から見た夕日。なんでもない、どこにでもある自然の息吹。
なのに、あの日のそれは、とても素晴らしい思い出だ。
今まで仲違いしていた者達と協力し、達成できたからこその感動だ。
そしてそれは、教会の行事があったから、神様が辛くも素晴らしいアクシデントを用意してくれたから達成できたことなのだ。
ああ、これも信仰故に。
――神様が居てくれたからだ。
「――ああ、そうだね。あんたの言う通りだよ」
全てを思い出したシオバーバには、確かな信心が胸を占めていた。自分は何ということを言ってしまったのか。
打ちひしがれるシオバーバをアルバータは優しく抱きしめた。
「良いのです。反省さえすれば、神様は許して頂けるのですから」
老婆を抱きしめる修道女。
もしかしたら良い絵になりそうな光景を、セシリアとオリーブは痛ましい目で眺めていた。
――ああ、また1人洗脳の犠牲者が出てしまった、と。
*********
剣戟の音が朝露を落とす。
2人の男の戦いは、大振りの一撃により一方を大きく後退させた所で終わった。
吹き飛ばされた男は、痺れる手の感触を確かめ満足げに笑った。対して一撃を加えた方は、驚きに目を見張った。
「今の一撃を受け止めるのか」
冒険者ライオネル・ホアは思わず呟いてしまった。
それを相手――鈴音順がどうだ、と言わんばかりに言った。
「俺もなかなか戦えるようになってきたんじゃないか!?」
些か興奮が過ぎるきらいはあるが、否定はしなかった。むしろ、剣のみで戦士と斬りあえる魔法戦士というのは脅威的だ。実際にはこれに魔法という択が存在するのだから。
彼らは共に依頼を請けただけの仲ではあるが、順にどうしてもと頼まれ、ライオネルも魔法に興味があったことから互いの知識を教え合いながら旅をしていた。
(良い旅だった)
ライオネルは元々戦士としての限界を感じていたが、それが決定的となったのは、彼の尊敬するAランク冒険者アーネストの死だ。
聞けば敵は耐性持ちだったというではないか。ライオネルが相対した敵も耐性持ちであったし、戦士の時代は終わりつつあるのかもしれない。
「2人ともお疲れ様です」
小走りでよってきた少女はエリー。
彼女はガンナーで、いつも順の周りでちょこちょこしていた。
彼女も旅の中力不足を嘆き、少しでも役に立とうと積極的に雑用を引き受けていた。
最も、不純な動機も混じっているだろうとライオネルは考えている。
彼女は秘書風に言った。
「午後からは迷宮に入るので、十分休息を取ってくださいね」
彼らは昨日遂に、目的地である迷宮都市に着いていた。
順の仲間はまだ着いておらず、かなり遅れるとの事だ。
ただ待つのもあれだし、3人は日銭稼ぎを兼ねて迷宮へと挑むことになっていた。
――しかし、1つ気になることがライオネルにはあった。
「大丈夫か、ジュン?」
「ん、ああ。全然大丈夫だけど、気になることでもあったか?」
今は呑気にうなじを掻いている彼は黙して語らないが、迷宮から運び出される発掘品を見る顔が、何かを堪えるように、今にも泣きだしそうに見えるのだ。
何かあったのは明らかだが、それを追求するのも無神経だろうかと、ライオネルは悩んでいた。
それに決断を下せるほど、彼は順のことを知らなかったのだ。




