事後処理と旅の続き
迷宮は攻略された。
所要日数1日、コアの鹵獲に成功。
負傷者多数、死者――2名。
内訳はアーネスト班の2名であり、残る1人は辛うじて一命を取り留めた。
蓋を開けてみれば、初期の懸念が馬鹿馬鹿しくなるほどの大戦果だ。
無論、緻密な準備あってこその成果であることは忘れてはいけないが。
だが当初予想されていた転送ゲートについては存在が確認されておらず、しかし内部に居た魔物のサイズを思えば、それがあったことは想像に難くなく、事前に移動されたか、また転移ゲートそのものに転移能力があるものと推察される。
また、冒険者ギルドは1つの厄介事を抱えてしまっていた。
冒険者ギルドの長であるパーシヴァルは内心で苦虫を噛んだ。
目の前の人物――国王補佐ティモシーに面倒な事を知られてしまったからだ。
「彼女は現在も部屋に居るので?」
「はい、拘束はしておりませんが、部屋には鍵がしてあるし、見張りもつけています」
彼女――セシリア・ヴォルドハイド。
11日前に冒険者登録を行い、当日にBランク冒険者となった傑物。
年は12で、生まれはダブリスとあるが、事実関係は現在調査中。
共にいたという冒険者についても同様で、聞き取り調査から、恐らくは同行者についてはネイチャラントからの亡命者であると考えられる。セシリアについても同様であると考えられるが、知識体系からは少なくともネイチャラント出身ではないと調査員は報告している。
彼女達が拘束中にあるのは、亡命者だからではない。それはネイチャラントとしては問題であろうが、こちらとしては大きな問題ではないのだ。
問題は、迷宮攻略中に起きた不幸な事故にある。
ティモシーはそのような軽い拘束で問題ないのかと問うた。
パーシヴァルは答える。
「必要な犠牲であったと考えております。
彼女のスキルは生命力を力に変えるものであり、アーネストの命を消費しなければ全員が死んでいた。じきに彼女達は解放されるでしょう」
冒険者が依頼中に命を落とすことは珍しくない。
しかしそれが、同じ冒険者の手であるとなれば話は別だ。
しかも相手が悪かった。何せAランク冒険者として有名で、人望も厚い男である。
当の本人も面倒な事情を抱えていた。なんとセドリックが気にかけているのだという。
そしてこの男ティモシーは、どこからかその情報を嗅ぎつけてきたのだ。
「ふむ、しかし人殺しは犯罪でしょう。無罪放免というのはいささか問題があるのでは?」
「事故ですよ、ティモシー殿。彼女は悪くないのですから、無罪放免は当然です」
結界外、それもギルド主導による作戦行動中とあれば融通も効く。
しかしティモシーほどの男ならば、こちらの権限を越えて身柄を要求することも可能だろう。
だがそうなれば、彼に対して借りを作ることも可能になる。逆に彼女を守る選択をすれば、ティモシーの心証は悪くなるだろう。
今後のことを考えれば、彼に逆らうべきではない。しかし――
パーシヴァル個人としては、少女を守る選択をしたいと思う。
(感傷、だな)
あの子は、今は亡き妻にどことなく似ている。
もし子供が育っていれば、あのような子になっていたと思うのだ。
魔物への復讐を誓った身なれども、良心はそう簡単に殺せない。
ティモシーはふむ、とわざとらしく顎に手を置いた。
「しかし証言がある以上、事故で済ますわけにもいかないのが私の立場でして」
「……そこをどうにか、曲げていただきたい」
「酷いことを仰られる。あの娘にはそれほどの価値があるのですかな」
「ギルドとして、会員を守るのは当然です。
――最も、彼女の場合はそれだけではありませんが」
パーシヴァルは勿体づけた言い回しをした。
ティモシーが身を乗り出す。
「ほう、と言うと?」
「機密に触れますので、これ以上は……」
「じらさないでくださいな。私と貴方の仲じゃありませんか」
「そう言われては仕方がありませんな」
パーシヴァルは一呼吸分置いて言った。
「実はですね。彼女をAランクに昇格しようと思っているのです」
「ほう、それは! 魔王の動きが活発になった今、朗報でありますな」
ティモシーはそう言う事ならばと続けて
「ならば私も骨を折るしかあるしかありませぬな」
どうやら、彼はパーシヴァルに借りを作ることにしたらしい。
「ご配慮頂きありがとうございます」
「いやいや、友人の頼みとあれば、やる気が湧いてくるというものです」
更にティモシーはふう、とこれまたわざとらしく安心したようなジェスチャーをした。
「いやいや、以前のギルド長とは親しくなれませんでしたが、貴方とは良好な関係を築けそうで安心いたしました」
「……そうですね。この友情が末永く続くよう努めたいものです」
以前のギルド長は事故死とあるが、それを信じる者は、ティモシーを知るものならば1人もいないだろう。
魔物よりも遥かに難敵だ。パーシヴァルはひとまず軟着陸できたことに胸を撫で下ろした。
*********
「死刑ですわ」
「お、お待ち――や、やめろやめろやめていぎゃあああああああ、あ”!!!?」
男の両端に控えていた、土塊の人型が男を圧し潰した。
女はそれを見もせずに、手元の紙を読み込んでいく。
「要点を絞っていて読みやすいですわ。どうして私の部下にはできないのでしょうか」
まあ、No.3(故)が馬鹿筆頭のオークなのだから推して知るべしというものだろう。
土の四天王フリーデリンデ・ギレッセンは嘆息した。
彼女が読んでいるのは、アルバータが直属の神父へと当てた報告書である。何故彼女がそんな物を読めるかといえば、既に教会内に魔王のスパイが潜り込んでいるからに他ならない。
――現魔王が活動を始めたのは、実に100年も前のことである。当時すぐに進軍することすら可能であったが、それをしなかったのは人間どもにつかの間の平穏を楽しんでいただこうという、魔王様の粋な計らいである――とフリーデリンデは考えている。
「同行するのですね。何もしなくても良いと言ったのに、意外と我の強い女ですこと」
まあ、それでも構わないだろう。
作戦事体は順調で、あの娘が迷宮攻略の立役者となったのだから。
「この調子で、ちゃんと勇者になりなさいな――セシリア」
そうすれば、魔王様を阻むものは居なくなるのだから。
*********
荷物は軽く、英気は詰め込んで――
オリーブは車のトランクに収まらなかった荷物を、後部座席に置いた。
「いやあ、車って最高ね!」
テクマルノスに来てからは荷物を手に持っての旅であり、泣く泣く捨てる必要があったがこれからはもう大丈夫。
「あ、セシリアさん。このゴミ降ろしといてください」
「分かった」
「ちょっと!? 何してんだ!」
オリーブは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の僧侶を除かなければならぬと決意した。
「1人でトランク占領とか論外に決まってるでしょうが!」
「まだスペース残ってるだろ!」
「は? どこにです?」
彼女が指し示したのは運転席、その足元である。
アルバータはオリーブの首を絞めた。
「さあ、セシリアさん今のうちに」
「分かった」
「う、ぐぺぺぺぺぺ!」
――彼女達は当初の予定通り迷宮都市を目指すこととなった。
アルバータも加わり、3人での旅となる。
彼女は車を所持していたので、車での移動となったが、それに気を良くしたオリーブはそれはもう使い道のなさそうな物まで買いこんできたのだ。
なお不用品はギルドが買い取ることになりました。
「セシリアさんはAランク冒険者にして勇者候補! 仲間として恥のないように心がけてくださいね!」
「チッ、なんでセシリアがなってあたしがBのままなんだか」
セシリアは今回の件を機にAランク冒険者へと昇格された。
拘束された時はどうなるかとアルバータも心が休まらなかったが、無事に済んで本当に良かったと思っている。
その際、セシリアが勇者候補であることを伝えてしまったが、それは仕方があるまい。そしてその件については、公表を控えるようにパーシヴァルからは言われていた。
ギルドは国とは切り離されているが、勇者候補をAランク冒険者にしたとあっては、色々と問題が発生してしまうのだろう。
最も、いつかは公開することになるだろうが。
そしてアルバータはお目付け役として同行することになったのだ。
元から仲間だったことについては伏せたままだったので、彼女も案外あくどい人間である。
「迷宮都市には南ルートで向かいます。ジュンさんとは別ルートですが、彼が進んでいれば、今から戻っても合流は難しいでしょう」
西には大湿原が広がっており、大きく迂回しなければならない。
それと一応、各ギルドに手紙は送っているから、心配はさせない筈だ。
というか2人はどうして連絡をしようともしないのだろうか。
本人達はそんなこと気にも留めず言った。
「次の街まで3日ぐらいだっけ? 肩がこるなあ」
「吐かないでねオリーブ」
「吐くか! 最近調子乗ってるな!?」
旅はまだまだ続く。
*********
唐突ですがお金がなくなりました。
自動小銃を肩にかけたエリーは、サイフの底にまだ残っていないかなと、ひっくり返してみた。期限の切れた割引券が落ちてきた。
おかしい、あんな危険なことをしてたっぷり稼いだのに。
エリーは2人の冒険者と行った、非公式の暗殺もしくは脅迫依頼を思い出す。
思い浮かんだのは次の一文。
物凄く割の良い依頼だった。あんな良い依頼を受けられたのは幸運だった!
かつては死ぬほど後悔していて、もう怪しい依頼は受けないと決意していたエリーがだ。悲しいかな、喉元過ぎれば熱さを忘れるというものだ。彼女に残ったのは無事に大金を手にしたという結果だけである。
なので、エリーはまた値段重視の依頼を受けることとした。危機管理能力が完全にやられてしまっている。
一山当てた冒険者にありがちな死亡フラグである。
「未知の魔物の調査! これならCランク冒険者でも受けられる!」
一般的に、未知の魔物は超危険だ。情報とは武器なのである。
それは彼女も知っていたが、何とかなるだろうと高をくくっていた。
「へえ、割の良い依頼なの?」
そして騒いでた彼女に食いついた馬鹿が1人。
勇者候補――鈴音順である。
「あ、はい。いや高額なだけですが」
「ふーん、じゃあ俺も受けよ」
やや身の危険を感じたエリーだったが、彼の膨大な魔力量はちょっとだけ頼りにしたかった。
まあ大丈夫かと、麻痺した思考はOKサインを出した。
「おいおいおい、君ら正気か。そんな依頼を受けちゃいけない」
また誰かが話しかけてきた。
振り返ったエリーの顔から血の気が引いた。
その男は、あの日敵対した剣士の男。エリーは知らないが、名をライオネル・ホアと云う。
ライオネルはエリーがあの夜のガンナーとは知らず(彼女は当時覆面をしていた)、親切に説明する。
「いいかい。未知の魔物ということは、誰も情報を持って帰れなかったということさ。危険は未知数とあるが、これは高すぎて付けられないという意味だぞ」
「へえ、親切にありがとう。お嬢ちゃんは受けないほうが良さそうだ」
「いや君もだが」
エリーはむっとした。彼女は子ども扱いが嫌いなのだ。
彼女は無言で用紙に自らの名を書き込んだ。そして受付へ叩きつけるように用紙を置く。
「依頼、受けますのでよろしくお願いいたします」
「あ、俺も同じ依頼受けます」
「全く君たちは! ――はあ、仕方がない、これも何かの縁だ。受付の方、俺も同じ依頼を」
予想に違わずこの後3人に大波乱が起きるのだが、それはまた別の機会に。
何はともあれ、順もまた依頼をこなしながらも、迷宮都市へと歩を進めていた。




