パワーオブセシリア
広場には大勢の人が集まっていた。
彼らは迷宮探索に赴く冒険者、騎士。そして、何だ何だと野次馬根性を発揮した市民たちだ。
今、騎士が整然と並び(並ぶといっても6人だけだが)、冒険者達はミミズがのたくった様に並んでいた(こちらは数十人だが)。
その様子を壇上から眺めたセドリックは、我らが騎士が誇り高かった。まあ、この程度できて当然だと彼は鼻を鳴らす。
同じく壇上に立ったパーシヴァルが声を張り上げた。
「諸君! よくぞ集まってくれた! 既に聞き及んでいるとは思うが、冒険者、騎士が合同で迷宮探索することとなった! これより合同練習を開始する! 各々思う事はあるだろうが、今この時だけは水に流して欲しい!」
続いてセドリックが言った。
「本日の教官を務めることとなったセドリックだ! 俺は誰であろうと手を抜く気はない! 逃げ出そうと、首根っこ捕まえて引き摺り戻してやるぞ!」
この発言に打ち震えたのは意外にも騎士たちだった。見たもの、体験したものが中にはいるのだろう。
そしてギャラリーはというと、まず迷宮が近くに出来たことに驚き、それを騎士と冒険者が共同で解決に当たるということに更に驚いた。
挨拶が終わり、チームごとに別れる。
セシリアのチームは斥候役のレンジャーである小柄な男ランドル・ハワード。そしてセシリアと同じく剣を腰に携えた男ビル・ジョンストンだった。
本来ならば魔法使いが各班に1人は欲しいのだが、彼らのクラスは希少な存在だったりする。
そしてこの班は、見事にセシリアとビルの役割が被っていた。そして不幸なことに、両者とも出たがりだったのである。
「じゃあ強い方が攻撃役だ」
ビルの発言により2人は決闘することとなった。
彼は小娘に負けるとは露程も思っていなかったし、まわりの野次馬もそれは同様だった。
だから、大番狂わせと思われた少女の勝利は最高のエンターテインメントだった。しかも彼女は一撃で大の男を砂を舐めさせたのだ。これは興奮するなという方が無理がある。
余りにも大騒ぎになったので、セドリックが間に割って入ってきて言った。
「一体何があった」
「わたしが倒しました」
セシリアがふふん、といった調子で言ったが、彼が聞きたいのはそういうことではないのだ。
同じ班員であるランドルが説明し、セドリックはようやく理解した。
しかしセドリックにはこの結果は納得しかねるものだった。
少女の魔力量はそれなりではあるが、体格差を埋めるものではないと思える。
これが技術によるものであれば、天才であると無理やり納得もできたが、聞くと完全な力押しだったというではないか。
奇妙だった。可能な限り未知な要素は取り除いておきたい。
セドリックは彼女の能力を測ろうと手合わせを願い――
「それは興味深い! 是非お手合わせ願えないだろうか」
大きな声に先を越された。
それは大剣を背負った、Aランク冒険者のアーネストだった。
彼はセドリックに目配せした。こちらの意図を読み、外部からよく観察しろとのことだ。
生意気な。セドリックは思ったが、利を考えこの模擬戦に許可を出した。
セシリアは自信ありげに了承した。自らの勝利を疑っていない顔だ。
アーネストは、先達として敗北の味を教える必要がありそうだと、自らに更なる条件を付け加えることとした。
2人は向かいあい、互いに正眼の構えた。剣士として基本の型である。
アーネストは少女の評価を上方修正した。凛とした構えだ。たくさん練習したのだろう。
アーネストは少女が間合いに入るや否や打ち込んだ。体格よく、少女の身の丈ほどもある大剣は圧倒的なリーチを彼にもたらしている。
少女は果敢にも、その暴力的な斬撃に剣を合わせる。
打ち払いだ。見事な剣技である。だが、この場合においては悪手でしかない。常識的に考えて、少女では彼の斬撃を逸らすことすら叶わない。
無論、それは彼女も理解している。故にその斬撃は条理の外の一撃である。
少女が――注視していたセドリックでようやく分かる程度の――僅かな魔力を放出する。
それが文字通り爆発し、漆黒の斬撃へと生まれ変わった。
斬撃はアーネストの剣撃を遥かに上回る衝撃をもたらした。
アーネストは大きく後退し、セシリアの追撃は空を斬る。
もし、初見であればアーネストもタダでは済まなかっただろう。
まるで予兆のない、超威力の斬撃。なるほど少女が自信を持つのも頷ける。アーネストは血の気が引くのを感じた。
彼は横目でセドリックを見た。彼の様子は芳しくない。まだ少女のスキルに当たりがつけられていないのだろう。
ならば――アーネストは剣を握り直す――こちらもスキルでもって、戦うまで。
今度はセシリアが仕掛けた。一歩が非常に長く、短い。先程の追撃といい、かなりの脚力だ。しかしこれは肉体強化の範疇であろう。
「パワーブレイク!」
アーネストは戦士の基本であり、奥義でもある弱体化の力を剣に乗せる。
しかし少女は剣に魔力による防御膜を被せ防ぎ、剣撃自体も持ち前の技術で受け流した。
先程とは真逆の戦い方。剛による戦いでは決まらぬと悟り、すぐさまスタイルを変えてきた。
――強い。アーネストは心の底から彼女を同格と認め、手加減を辞めた。
アーネストの戦いは、剛よく相手を断つスタイルだ。例え相手が何者であろうと、弱体化の力によりいずれ相手を上回る膂力となる。
トロールでさえ彼は、正面から撃破した実績がある。
だから彼女のように、軽い斬撃を縦横無尽に放ち、こちらの攻撃を紙のように躱す相手こそ脅威である。
故に、対策は万全だった。
彼は左手を柄から離し、手のひらを開いてセシリアへと迫る。
彼の大きな体は、何もパワーを上げるためだけにあるのではない。
大きな手のひらは、素早く動く相手には絶大な効果を発揮する。
彼の同僚がいやらしいと非難した攻撃だが、その効果自体は彼女も認めるところである。
「スピードブレイク!」
彼はここぞというところでスキルを発動する。
当たればその持ち前の速度は潰される。決め手に近い一撃だ。
セシリアは避けられない。だからこそアーネストもこのタイミングで発動した。
セシリアが辛うじて指先を彼の手のひらに合わせる。指には魔力が集中しており、これで防ぐつもりだろう。
魔力によるブレイク系の逸らしは高等技術。苦し紛れで出来るものではなく、そもそも指先に溜めた程度の魔力では防ぎきれない。
魔力による逸らしは不可能。
――故に、セシリアはスキルを使う。
黒い奔流が指先から放たれ、アーネストの腕は弾かれる。接触せねば戦士のスキルは発動しない。
すぐさまセシリアは剣を振るう。だが体勢に難のある状態で振るわれた剣は彼に接触するに留まった。薄皮が僅かに破れる程度では、血すら――
アーネストは大きく後退した。
今は、彼にとっても絶好のチャンスだった。あの剣を伝い、こちらからスキルを発動することができたのだ。
彼は傷口ですらない剣の接触部に触れた。
そこは異様に冷たくなっている。彼にはこの現象に覚えがあった。
(生命力を吸収された――!)
アンデッドがよく使う生命吸収の力。魔法使いにも使えるが、剣を通してとなると、魔法剣の使い手だろうか。
(結論を焦ってはいけない)
吸収量事体は、一瞬だったこともあり僅かなものだ。彼は剣を構え、再びセシリアを注視した。
彼女は隠しきれない程に息を切らしていた。
あの攻防は、彼女の体力を大きく消耗させたか。
(本当にそうなのか?)
アーネストの感覚は違うと告げていた。
彼女があの程度で根を上げる鍛え方をしているようには思えなかった。しかも僅かとはいえ、こちらの生命力を吸収したのだから――
(――――まさか)
そこで、アーネストの脳裏に1つの仮説がよぎった。
彼女は生命力を操る。
ありえないほどの消耗。
魔力を使った様子のない超威力の攻撃。
――すなわち、セシリアは魔法戦士であり、生命力を破壊力に変換するユニーク・スキルの持ち主であると。
生命力を奪い敵を弱体化させ、自身はより強くなる。
それは、何と完成された――
「何やってるんですか!」
2人が体勢を整えいざ再戦、といったところで、修道女が間に割り込んできた。アルバータである。
彼女はセシリアに駆け寄ると、その豊満な胸にセシリアの顔を抱え込んだ。セシリアが非難のうめき声を上げるが、彼女は一切を無視しアーネストを睨みつけた。
「女の子に寄ってたかって、一体何のつもりですか!」
「そうよそうよ! ひどいわ!」
ギャラリーの一部。具体的にいうとオリーブが同調する。彼女は面白がっているだけであるが、他の者にもこれがやり過ぎではないのかという考えが芽生え始めた。
「いや、これはただの模擬戦で……」
こうなると急に彼の肩身が狭くなってしまう。
彼の発言は事実ではあるが、ここで改めて状況を振りかえろう。
彼は一流の冒険者。対して少女は無名。
体格の良い大男。儚さのある色白の少女。
これはまずい。客観的にはただの弱いものいじめだ。
アーネストはセドリックに助けを求めるように視線を向けた。
(……いない)
彼は冒険者に社会的信用がないのを、この時ほど呪ったことはない。
*********
逃げきれなかったセドリックと共に、アーネストが女性陣からお叱りの言葉を頂いている頃、迷宮内部で2つの人影が話をしていた。
1人は傅いた顔色の悪い男。
もう1人は、うす気味悪い、骸骨でできた玉座に座る女である。
女の白く滑らかな肌はこの世のどんな物よりも美しく見え、その肉付きも女として最高の肉を纏っていた。またその桃色の唇はふっくらとしていて、金色の瞳が映える目は大きく、長く整ったまつ毛はこれもまた滑らかだ。まさに美女を体現する存在といえよう。
惜しげもなく肢体を晒すドレスを揺らし、唐紅の濃い赤色の髪を掻き揚げて彼女は言った。
「つまらない。予定通り過ぎて、私つまらないですわ」
男はそれは喜ばしいことでは、と思ったが聡明にも声には出さなかった。もし口に出していれば男は「気にくわないですわ」と女に殺されていただろう。
「まあ、それは喜ばしいことですが。あの子のことはくれぐれも丁重に扱いなさいな。傷でも付けたら承知いたしませんわよ」
あの子って誰だよ。とも男は口にしなかった。理由は同じである。
女は溜息をついた。見た目や仕草は非常に淫靡なのだがなあ。男は口に出さなかったが、それは言っても問題はなかった。
「時間の無駄ですわね。グラム、後は任せましたわ」
女は立ち上がり、転移ゲートに入りながら言った。ちなみに男の名はグラムではない。
のっそりと、男の背後で何かが動いた。生温い、腐った肉のような刺激臭が男の鼻腔に突き刺さった。
「あ”い”」
人間ではありえない巨体が、濁った声で返事をした。




