姦し再会娘たち
「お集まり頂きありがとうございます。――さて挨拶は早々に終わらせて、本題に入りましょうか」
前日と同じ会議室にて、顔ぶれを変えてゲートに対する対策が発表された。
やはりというべきか、集まったのは多くが冒険者で、前回からの参加者はアルバータ、セドリック、ティモシー、アリシア、そして進行役のパーシヴァルとポーラだけだ。
ここに集まった者達には、これが魔王軍関わりとも、また魔王が復活したことすら伝えられていない
あくまでも、とある魔物が発生させた迷宮を攻略するというストーリーだ。
「迷宮かぁ、見るの初めてだよ。楽しみだなあ」
激烈強烈重要な依頼とは露知らず、集まった冒険者の1人であるオリーブは、隣に居たセシリアに話しかけた。
「やっぱ持ってるねえ。そろそろ種明かししてよ~」
「オリーブ、しー」
セシリアは指に手を当て、黙れと言った。しかしまあ、オリーブの声が目立つことはない。周りでも堂々と私語を働く者も大勢居る。
冒険者なんてこんなものである。声を潜めるだけお行儀が良いとさえ云える。
「これだから冒険者は」
規律の無さに騎士団長セドリックを歯をこすり合わせた。それをティモシーはまあまあと宥め、アリシアは色の乗った瞳で冒険者たちを物色していた。
アルバータは昨日で自分の役目は終わったので、完全に気が抜けて半場瞳を閉じていた。
パーシヴァルは――
「静かに!」
叫んだ。それはもう、ガラスが振動するほどの大声で。
アルバータは椅子から落ちかけ、舟をこいでいたポーラは完全に目が覚めた。
そして部屋は完全に静まり返っていた。
「君たちは、Bランク冒険者だ。ギルドの顔として、恥のないよう振舞っていただきたい」
こほんと咳払いし、パーシヴァルは続けた。
「我々はこれより迷宮攻略を行う。まず、迷宮というものを理解していない者は手を上げなさい」
自信なさげに、1人、また1人と手を上げた。
「よろしい。では手を上げなかった者――そこの赤い髪の君。そうだ君だ。君は迷宮を攻略したことがあるのだね」
指をさされた哀れな青年は、「いや、ないけど」と答えた。
パーシヴァルは再び声を張り上げる。何故、と。
「君は見たことも無いものを理解していると、なぜ言えるのかね」
「いや、知識としては知ってるし、それで理解したことになるんじゃねーかと」
「知識! なるほど知識か。では聞くがね、迷宮で最も気を付けなければならないことは何かな?」
「そりゃあ、魔物でしょう。迷宮には意思があり、こちらを陥れるために魔物にとっての好条件を用意するんでしょう」
「なるほどなるほど。確かに魔物には気を付けなければならないな。しかし私は最も気を付けるべきことは、と聞いたぞ」
挑発的なパーシヴァルの物言いに、青年は流石に怒りを隠しきれないようだった。頬はその髪と同じように真っ赤に染まる。返事も随分と荒くなったが、パーシヴァルはふん、と鼻を鳴らし、正解を言った。
「迷宮は暗い。当然、洞窟だからな。だから足元にはよく気を付けなればいけないよ。
――これは書物には書いていなかったかな?」
迷宮というよりは、洞窟探検の際気を付けなればならないことを彼は言った。
悪質な引っ掛けだが、確かに最も留意するべきはそこなのだろう。
怒りの収まらない青年は「ふざけるな」と叫び、立ち上がった足で部屋を後にした。
掴みかからないだけの理性は残っていたようだった。
パーシヴァルは言った。
「さて、迷宮では何が起こるか分からない。集団行動に自信のない者は、今すぐ部屋を出て行きなさい」
乱したやつが何を言う――とは全員が思ったが、口には出さなかった。
そして出ていく者もまたいなかった。
「さて、それでは各々の役割を決めようか」
パーシヴァルはにこやかに言った。
*********
作戦会議は終わり、セシリア、オリーブはファミレスで食事を取っていた。
微妙な時間だったので客足は疎らだ。しかし店員は(主にセシリアの料理を運ぶのに)忙しそうである。
テーブルいっぱいに広げられた料理は、一体どこに消えるのだろうとオリーブは不思議に思った。いや、セシリアの胃の中なのはそうなんだけど。
オリーブは何気なく言った。
「班、別れちゃったねー」
「そうだね」
迷宮では3人で1班の計5班に分けられたが、2人は別々になってしまった。
これは元々2人組だと、2人と1人のチームになってしまい、上手く機能しないことが考慮されたためだ。
もう1人、エリーが入れば3人で組めただろうに。
オリーブは思ったが、エリーは街に残る決断をしたのだから仕方がない。というか、2人には付いてきたくなかったのだろう。誰もが命は惜しい。
そこでオリーブはもう1人の仲間を思い出す。ジュンは今頃迷宮都市を目指している筈だ。当初の目的地はそこだったのだから当然だが、残念なことにカルトークルは方向が90度ほどは違う。ここで出逢える事はないだろう。
可哀そうだが仕方がない。まあ、以前置いて行かれたことがあるからこれでお相子だ。オリーブは報復しないと気が済まない質だった。
「そういえば、アルバータは何してたのかな?」
セシリアが疑問を投げかけた。
オリーブも彼女があの部屋に居たのには気が付いていた。
でもなんか特別席に座っていたし、声を掛けずらかったのだ。
向こうが気が付いてくれないかな、とオリーブは密かに期待していたが、彼女は延々と居眠りしていたので無理だっただろう。
「お隣よろしいですかあ」
「あん?」
いや、他にも空いてるだろ何言ってんだこいつ。
オリーブは顔を上げ、その女を見た。
暗い黄色の髪をポニーテールにした呑気そうな女と、その隣にいる呆れた乳房の桃髪のシスター……。
「噂をすれば……」
「オ、オリーブさん!? どうしてここに!?」
オリーブにとっては不思議な事ではなかったので特に驚きもなかったが、彼女にしてみれば驚天動地だったのだろう。何せ、ここは完全にルートから外れた街なのだから。
アルバータは詰め寄り、オリーブの肩をぐわんぐわん揺らした。
「迷宮都市は西ですよ! 確かにここには迷宮がありますが、別です! 間違いです! あああ、ダブリスに行けなくて申し訳ありません!」
「お、落ち、落ちぃ」
「ア、アルバータ? 知り合いに会えて嬉しいのは分かるけど、落ち着きなよ」
ポニーテールの女――ポーラに引き離され、オリーブはようやく息をついた。
「座っていいかな」
ポーラの問いに、セシリアがステーキを頬張りながら許可を出した。
彼女はどこまでもマイペースである。
「オリーブさん、先ほどは取り乱して申し訳ありません」
「別に……。じゃあ、ここはあんたのおごりね」
「はい、その程度ならお安い御用――セシリアさんが居るから安くはないですね……」
旅をしてきた仲だ。アルバータも彼女の食欲は知っていた。
というかテーブルを見れば一目瞭然である。
不安が1つ減ったオリーブはデザートを注文することにした。
ポーラは笑う。
「そっちの自己紹介は必要ないみたいね。私はいるかな?」
「そりゃあ、いるでしょ。あんたの事なんて知らないし」
「ふふふ、私も名が知れてきたと思ったんだけどね」
「ポーラ? 彼女たちはちょっと事情が特殊だから、気を落としちゃ駄目よ?」
特殊というか、2人はギルドの事に興味がないのである。
あくまで金を稼ぐのに便利ぐらいだな、程度で。
「私はポーラ。Aランク冒険者だよ。今回は控えだから、作戦には直接参加しないけども」
「そう、あたしはオリーブ。魔法使いよ」
全員の視線がセシリアに注がれる。彼女は水を飲み、ようやく喋るために口を開いた。
「わたしはセシリア。勇者目指してます」
そして食事に戻った。
これから知らない人とチームを組むのだけど、大丈夫だろうかとオリーブは不安になった。
「そっか、勇者。勇者かあ」
ポーラは悩まし気に呟いていた。
その様子に、アルバータは不思議に思う。
彼女はどうも、最初からセシリアを目当てにこの場に来たように思う。彼女らに接点はないように思えたが、何か気がかりでもあったのだろうか。
「そして君は魔法使いね。腕には自身があるの?」
「? そりゃあ、ばっちりあるけど」
「上級魔法も使えたり?」
「ええ、そりゃあ使えるけど?」
ポーラの態度に、初対面のオリーブも警戒しているようだ。
それはまるで尋問のようだった。
ポーラは肩をすくめて言った。
「ま、どうでも良いけどね。一応私に黒星を付けてくれたのが誰だったのか、気になってはいたんだ」
「は?」
なんだ、一体何のことだ。
(あ、上級魔法?)
オリーブは1つの可能性を見た。そういえば、クリスタルを盗んだあの時、オリーブは陽動役でやたら強い奴と当たったが、よくよく考えれば本命には更に強い奴がいた筈。
そしてこの自信。Aランクという肩書き。つまり――
「え、ポーラが負けたってそんな事! 何時、何処で!?」
「あれは私が護衛任務に当たっていた時の――」
「わー! このパフェおいしー! お姉さんも如何ですかぁ!?」
言葉を遮るようにスプーンをポーラの口に突っ込んだ。
ポーラは「あまーい」と喜んで食べている。
アルバータが呆れて言った。
「人には言えないことをしていたのは理解しました。セシリアさんの教育に悪いことは控えてくださいね」
「じゃああんたが引き取れば」
「子連れはちょっと……」
「その発想が教育に悪いわ」
それから、何でもないことを話して4人は別れた。
*********
夜も更けたころ、聖堂会議室にはまだ明かりが灯っていた。
「会わせたい者がいると聞いたが、そいつはまだ来ていないのか?」
セドリックが腕を組みながら言った。パーシヴァルはふむ、と腕時計を見る。
「もうそろそろ来る頃だが――」
「遅くなった!」
がしゃりと扉が開けられた。
現れたのは身長2mはあろうかという大男である。背には大剣を背負っており、全身から力強い魔力を放出していた。
「Aランク冒険者アーネスト・ニコラス・ウォレスか」
「おお! セドリック殿に覚えていただけているとは、嬉しい限りだ!」
「彼には先行して迷宮周囲を探索してもらっていた」
Bランク冒険者の後に洞窟へ向かい、迷宮であると判断したのが彼である。
しかし、それだけならば態々夜に密会のような真似をする必要はないだろう。
セドリックは彼の後に入って来た男のために、この会合があったことを理解した。
その男はアーネストと同じように剣を背負っていた。
しかしその剣は彼のより細身で、背丈も一回り小さかった。
年はまだ若く、20歳にも満ちていないだろう。
一見して、どこにでもいる冒険者。
だが彼は特別だ。その存在は確かにいらぬ混乱を招くかもしれない。
「勇者候補――! イライアス・ヒートリーか!」
勇者候補。
それは世界の希望、勇者としての素質を天使に認められた者だ。
本来ならば彼らは人類の代表であり、全面的にバックアップされるべき存在である。
4代目勇者、初めて勇者候補というシステムが造られた時代においてはそう考えられ、国々が挙って勇者候補を盛り立てた。
だが人とは純粋ではない。一団とならぬ時でさえ、様々な思惑が交差する。
それぞれの国が、自分にとって都合の良い勇者候補を支持し、他の勇者候補を冷遇した。
勇者候補というシステムは上手くはいかなかった。
その時代、国々が擁した勇者候補は、全てが同士討ちにてその資格を失ったのだ。
その争いに魔王の介入があったかは定かではない。
しかし人類は反省の意を込めて、勇者候補への公的機関の介入を堅く禁じたのだ。
そんなことをしなくとも、勇者は世界を救うと知らされたからだ。
彼――勇者候補イライアスは子犬のように笑った。
「お久しぶりです、セドリック殿」
「ああ、随分と立派になったな」
イライアスは元々テクマルノスのとある騎士団に配属されていた。
彼は騎士としても優秀で将来を待望されていたが、ある時自らが勇者候補であることを知った。
『勇者候補への公的機関の介入を禁ず』これはつまり、彼がもう騎士団に所属できないことを示していた。
彼は花形である騎士団を辞職し、身一つの冒険者へとなったのだ。
それを惜しんだのが、他でもないセドリックである。
イライアスが騎士団を辞めたのが、5年前のことだ。幼かった彼は、今では精悍な男へと成長していた。
「そうか、君が介入していたのならば、騎士団主導では他国に要らぬ嫌疑を掛けられるだろうな」
セドリックは納得し、パーシヴァルへと向き直った。
「騎士団からも何名か派遣する予定だったな。彼らには話を通しておこう」
それで良いかと尋ねると、パーシヴァルは大きく頷いた。
「ああ、そうしてくれると助かる。
レスリーが病床に伏した今となっては、彼が最も有力な勇者候補だ。今夜街を発ってもらうとはいえ、話は通しておくべきだしね」
彼の言い方に引っ掛った。イライアスが本題ではないのか。
セドリックの考えを肯定するように、パーシヴァルは「それから」と続けた。
「ポーラ。君が受けたという依頼の話をしてくれ」
「はーい、待ちくたびれちゃったよ」
彼女は自身が受けた護衛依頼について話した。
ある貴族に脅迫状が届いたこと。
その配送方法が不明であり、手紙は魔界で作られた可能性が高いこと。
クリスタルを求められたこと。
実際に現れたのが、依頼を受けたという冒険者だったこと。
「その冒険者というのは、闇人ではなかったのだな?」
闇人――魔王に魂を売った人間。彼らの多くは絶大な力を魔王から与えられるという。しかし人間故に、結界を素通りできる最も警戒すべき存在だ。
「"これ"が違うって言ってたよ。私自身は闇人に会ったことないから、判断できないけどね」
彼女はペンダントを掲げて言った。
青色に輝く宝石が埋め込まれたそれは、闇人が近くに居ると赤色へと変貌する。テクマルノスが独自に開発した闇人発見器だ。
それが実際に闇人にのみ反応することは確認されている。信用しても問題ないだろう。
次に大剣を背負ったアーネストが言った。
「脅迫状を届けた方法は、お前でも見当がつかないのか」
「それがさっぱりでねえ。皆さまの灰色の脳細胞をお借りしたく存じ上げまする」
「2度目の襲撃の際、その方法を使わなかったのは不気味ですね。彼らにとっても切り札なのでしょうか」
しかし、ならば何故1度目は使ったのかが謎だ。イライアスにはまるで見当がつかなかった。
パーシヴァルが立ち上がって言った。その声には熱がこもる。
「最も不可思議なのは、目的だ。何故彼らはクリスタルを求めた。何故このような回りくどい方法を選んだ」
「いや待て。そもそも本当に魔物の仕業なのか、これは」
「それは問題ではないだろう。人間であっても目的が不明なのは変わらない」
「いや、そうだが」
セドリックは言葉に詰まった。
パーシヴァルは魔王がらみになると、熱くなる男だ。
(あんなことがあれば、当然だが――)
そう、あの事件――
アーネストが呟いた。
「――まるで『マクファーレンの悪夢』だな」
――空間が、凍結したように思われた。
アーネストは失言を悟った。
パーシヴァルの顔を恐る恐る覗く。
彼の瞳には、恐ろしく暗い炎が渦巻いていた。
セドリックが場を仕切りなおすように叫んだ。
「アーネスト! 箝口令が敷かれた事を忘れたか!」
「は! 申し訳ありません!」
パーシヴァルは一言も話さない。彼の復讐心が時を経ても薄れていないことが、セドリックには痛ましかった。
きっと、彼はもう魔物を滅ぼすまで止まることはないのだろう。
――マクファーレンの悪夢。
それは10年前に起こった、56名もの男女が処刑された悲劇と、それに関する一連の事件を総評して名づけられた。
とある朝、母親たちが目を覚ますと、揺りかごに眠っていた筈の、産まれて1年も経っていない赤子が何の痕跡もなく消失した。
その日、全ての赤ん坊が忽然と姿を消したのだ。
母親たちの取り乱しようは饒舌に尽くしがたく、疑われた乳母、メイド、果ては何の関係もない者たちが、狂気に呑まれた者達に処刑されてしまった。
事態を重く見た国が、主導者的な立ち位置にあったマクファーレン家を取り潰し一応の解決を見たが、赤子達の行方は分からなかった。
しかも、同様の事件が世界中で起こっていたのだ。
齢一歳以下の子供は例外なく、一夜にして姿を消していた。
全ての事件はその地域だけで起こったものとされ、誰もが口に出し辛いように情報は操作された。
そして一連の出来事は『マクファーレンの悪夢』と名づけられたのである(最も被害が大きかったからだ)。
確かに目的が不明で、幻のような実行方法も同じだなと――別室にて盗聴器に耳を傾けていたアルバータも感じた。
何やら話がしたいと言う事で場所を提供したアルバータだが、立場上中身を知っておく必要があった。
アルバータが何らかの方法で盗み聞きするであろうことは、当然パーシヴァルも理解していたようだから、アルバータも心を痛めなくて済んだが。
だいたい、本当の内緒話ならこんなところでする筈がないのである。
彼女は眉間を指でさすった。しわが寄っている。
「オリーブの奴。何やってんだか」
ファミレスでは詳細は聞かなかったが、思った以上にやばいことに首を突っ込んでいたらしい。あれは賢いくせにチャランポランだから困る。
「それにしても、また勇者候補なのね」
セシリアが勇者候補なのは、彼らも知らないのだろう。
一般的に勇者候補が一か所に集うのは異常事態である。勿論一緒に旅をしていたとかありえないことだ。
流石に、あのセシリアという少女には勇者候補以上の何かがあるとしか思えない。
本部は静観せよとのことだが、本当にそれで良いのだろうか。
(おっと、危ない。疑問を持ったら駄目よ私)
ただ信じるのみである。信じなかった者の末路など、碌なもんじゃないのだ。
「なんにせよ報告かしら」
まあ、勇者候補の足取りなんて把握しているだろうから、無駄になりそうだけど。
アルバータは会話に耳を傾けつつも、報告書を棚から引っ張り出した。




