魔王対策テクマルノス支部
桃色の髪をたなびかせ、アルバータは集まった人々を見渡した。
テクマルノス教会領事街カルトークル。
その大聖堂会議室に集まったのは、テクマルノスという大国を動かす重鎮たちだ。
優れた体格に、常在戦場の証である白銀の鎧を身に着けるはセドリック・アール・アンブラー。テクマルノス総騎士団長にして、デルタ事変を解決に導いた英雄だ。
齢にして50を過ぎているが、今なお活力は衰えていない。今は兜を外し、眉間に眉を寄せている。
彼の対称に座る、正反対なふくよかな男性は国王補佐のティモシー・シオドア・アボット。
国王の無碍の親友であると自他共に認めており、彼の決定は大概が覆ることはない。にこやかな笑みを今も絶やさず、隣の女性と談笑している。
ティモシーと談笑しているのはアリシア・コリンナ・コレット。この国のインフラを全て牛耳っていると云っても過言ではない、大財閥の娘である。財閥総帥を継ぐのは彼女の夫であり、アリシア自身は電力機構の会長を務めるつもりとのことだが、その影響力は夫を凌ぐであろうとも言われている。
そして目を瞑り、大胆にも眠っているのはパーシヴァル・セドリック・リンジー。テクマルノス冒険者ギルドの長が死去したため、若くして跡を継いだ男である。
細身からは想像も付かないが、かつては優れた騎士であった。何故冒険者ギルドに所属したのかは定かではないが、セドリックとは浅からぬ因縁があるとの噂だ。
彼の背後には、現役のAランク冒険者であるポーラが立っている。彼女もまた目を閉じ、舟をこいでいた。
他にも錚々たる顔ぶれが揃っている。それほど重大なことが起きたのだ。
アルバータは声を上げる。彼女こそが会の発起人であり、教会を代表してこの場に立つ、とても責任のある立場である。
「定時になりましたので、始めさせていただきます。まずはお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
彼女はつらつらと挨拶を述べ、本題へと触れる。それは――
「およそ130年の時を経て、魔王が復活したとの情報を得ました」
どよめきが広がる。
いつかは起きることではあるが、今この時がそうなど、想像すらしていなかったのだろう。
国王補佐のティモシーが手を上げる。
「情報というのは、確かなのですかな?」
「勿論です。詳細については教会の秘密事項に触れるためお伝えすることは出来ませんが、書状が発行されましたのでご確認お願い致します」
魔王軍復活について記された資料が配られる。そこには教皇の署名がなされており、これが決して質の悪い冗談でないことが皆の頭に刻まれた。
ティモシーは困ったように笑う。
「これは確かに。しかし、教会の秘密主義にも困ったものですな」
「申し訳ございません。何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします」
「はは、勿論ですとも。これ以上貴方を困らせるのは忍びない」
実のところ、アルバータですら知らないのだから、聞かれても困るのだ。
とはいえ全員が不信感を持っていたことだろう。
しかし彼ほどの立場の人間が引いたのだから、この話題についてはもう誰も触れることはない筈だ。
「それで、実際に事は起こっているのか? 他国とも足並みを揃えなければならないが」
次に発言したのは、騎士団長セドリックだ。
彼らしい、既に戦いを見据えての発言だ。
「他国にもこの会と同じものを同時刻にさせて頂いています。各国首脳会談につきましても、教会が現在企画中となります。そして、実際に事は起こっているかについてですが――」
そこでギルド長のパーシヴァルが立ち上がる。
「そこからは私が説明しよう」
先ほどまで眠っていたとは思えないほど歯切れよく言った。
セドリックが露骨に嫌そうな顔をしたが、口は挟まなかった。
「先月、カルトークル近郊の村でオークの目撃情報があったそうだ。それでよくよく調べてみると、どうやら洞窟を住処にしているらしい。Bランク冒険者が討伐に向かったが、帰って来なかった。ではAランク冒険者を向かわせたら、どうにも洞窟が迷宮化しているとのことで帰って来た」
迷宮化――それは地形の魔物化を指す。
通常の魔物とは異なり、それ自身は攻撃を行えないが、内部構造を変化させ魔物の味方をする。
生態系には存在しない、造られた魔物が発生した。それこそが魔王軍が動いている何よりの証拠と云えるだろう。
「更には、オークが見られたのはその洞窟付近のみ。さて、あの巨大な魔物はどこから来たのだろうな」
オークは体長にして2.5mはあり、気性が荒く好戦的な魔物だ。移動すれば痕跡は色濃く残る。
答えを自ら語ろうとしないパーシヴァルに、セドリックは舌打ちしつつも答えた。
「転移ゲートがあると、お前はそう言いたいのだな、パーシヴァルよ」
転移ゲート――誰もを瞬間移動可能にさせる装置。敵の大群が懐に、気づかぬ内に出来上がってしまう恐ろしき装置だ。これは真っ先に破壊せねばならない。
その事実を知るものは顔面を蒼白にさせ、知らぬものも空気に飲まれた。
「幸い――」
アルバータは勇気を振り絞り、口を動かす。
「ゲートの可能性が示唆されたのは、テクマルノスのみです。我々がこれを破壊すれば、進撃の第一波はまず防げたと考えても良いでしょう」
パーシヴァルが続けて言う。
「今回の件については、申し訳ないがギルド主導でやらせていただきたい。元より我らが請けていた仕事ですので。そして更に厚かましい事なのだが、皆様方にもご協力していただきたい」
そして背後のポーラ共々頭を下げる。
財閥総帥の娘、アリシアが朗らかに答えた。
「勿論ですわ。相手が魔王であるのなら、嫌と言っても協力させていただきます」
続いてティモシーも、国としてできる限りの協力はさせてもらうと言った。
「ではゲート対策については、後に会を設けさせていただきたいと思います。パーシヴァルギルド長、よろしいでしょうか」
「勿論です。いや、無理やり挟みこんでしまって申し訳ない」
「いえいえ、では今後の動きについて――――」
*********
アルバータは乾いた喉を水で潤わせた。
会は長引き、外はもう暗い。
灯りを最小限まで落とした聖堂は暗く、火照った体を冷ますには調度いい。
「お疲れぇ」
そこに1人の女が現れる。薄暗い黄色の枯野の髪は、暗い中で一層闇に溶け込んでいる。
それは闇夜に隠れるアーチャーにとっては、天賦の才なのだろう。超が着くほどの一流冒険者であるポーラは、それでも気さくに話しかけた。
アルバータもまた、気さくに話しかける。
「途中、寝てたでしょ」
「あはは、ばれた?」
彼女らが会ったのはこれが初めてではない。年齢が(比較的)近いこともあり、友人となっていた。
「私は立派な友人を持って誇らしいなあ」
「ポーラだって、一流じゃないの」
「冒険者としてはね。でも冒険者って立場ないんだぁ」
履歴書に書くと減点対象らしいよ、とポーラは冗談めかして言う。
実際冒険者というのは良い顔をされないが、彼女レベルになれば話は別である。
まあ、最も。ポーラは社会不適合者なので、あながち間違ってもいないか。とアルバータは笑いながら言った。
ポーラはひどーいと笑って言った。
「明日はアルバータも来てくれるの?」
ゲート対策は、今日の会合が長引いたこともあり明日に回された。
「勿論。ていうか私が居ないと会議室使えないし」
「えー、それって職権乱用?」
「仕事でーす」
ゲートはギルド主催というから、冒険者が多く参加するのだろう。
アルバータは、ネイチャラントで旅した冒険者たち――ジュン、セシリア、オリーブのことを思い出していた。
彼らは無事この国に入れただろうか。緊急の用事で、ダブリスへ行けなかったことを謝りたい。
「ねえ、ポーラ。ジュンっていう冒険者知ってる?」
「知らないなあ」
もしかして、と思い聞いてみたが、ポーラは彼らとは会っていないみたいだ。
(……あ)
アルバータはハッとする。うっかりしてた。男の名前を出せば、友人がどうするかは火を見るより明らかである。
想像に違いなく、彼女の口は三日月のように笑っていた。
「え、何々。アルバータにも春が来ちゃった? いけないんだあシスターさん」
「違うって。そんなんじゃないから」
「いいや、女の顔してたよアルバータぁ」
「うわキモ。オヤジくさ」
「へへへ、ここか、ここがええのんかお嬢さん」
「うちおさわり厳禁なんで」
夜は更ける。ポーラの面倒な取調べは1時間続いた。
(いや、そんなんじゃないし……)
でも、どうだろうと。1時間もの洗脳じみた取調べに、アルバータの胸の内にはもやっとしたものが出来上がってしまった。




