作戦開始
「はい、じゃあ作戦説明しまーす」
パンパン、とオリーブは手を叩いた。
セシリア、エリーの2人は間延びした返事をし、彼女の元に集まった。
「まず平時の警備体制は分かりますが、当日のは不明でーす」
どっかの誰かが予告状を送ったせいで、強化される可能性が極めて高いと付け加えた。
「つまり臨機応変な対応が求められるわけですねー」
それで、とオリーブは続けた。
「あたしが正面から魔法をぶっぱして陽動するので、セシリアが潜入して上手いことやっとく感じで。エリーはあたしの護衛ね」
大雑把だなあ、とエリーは思った。
特にセシリアの負担がヤバイ。こんな作戦じゃあ喧嘩になりそうだ。
「わたしはそれで良いよ」
こともなげにセシリアは言った。
それにも驚いたが、オリーブが当然のように頷いたのもエリーは驚いた。
彼女達は2人旅をしていたと云うし、堅い信頼関係で結ばれているのだろう。
それはエリーには無いものなので、羨ましいと感じる。
「私もそれで構いません。あまり期待されても困りますが」
「何言ってんのよ先輩。期待してるわよ」
乾いた笑いが漏れた。確かにその通りだ。でも悲しいかな、この中で最もランクが低いのが私である。エリーはでもと反論した。
「いやほんと、私最年少なんで、14歳なんで」
「え? わたし10歳だよ?」
「え?」
「は?」
エリーと、そしてオリーブも驚いた。
年の話なんてしないしなあ、とオリーブは思ったが、改めてセシリアを見た。
背丈も、体格も、なんだ。プロポーションだって10歳とは思えない。5歳は上だと思っていたが……。
あれ、ていうか前は――
「あ、もしかして数数えられないのかなセシリアちゃんは」
「数えられるし!」
拗ねるさまは、確かにそのくらいの年齢だった。
*********
空を見上げる。雲一つない夜空には、綺麗な満月が浮いていた。
「こういう日は酒が欲しくなるよねえ」
「俺は下戸だぞ、同意を求めるな」
マティルダは「なさけなーい」と言いながらライオネルを小突いた。
敵は神出鬼没だ。万全を期すためポーラが常に張り付き、彼ら2人は部屋の外にて待機していた。
本当なら地下室にて待機して貰いたかったが、主人の同意を得られなかった以上は仕方があるまい。
暇を持て余したマティルダが、「でも」と何か言いかけた。その続きは、しかし爆音にて遮られる。
2人は身構えた。部屋の中ではない、少し離れた場所だ。調度品が揺れ、ツボが落ちて割れた。
揺れが収まった頃、マティルダが再度口を開いた。
「襲撃かな? どうする?」
「こんな時のCランク冒険者だろう」
とはいえ、状況を知っておく必要はある。
「私が見てくるよ。足速いからね」
「ああ、様子見に留めておけよ」
マティルダは「分かってる」と言い駆け出した。
想定とは異なる展開だが、対応範囲内だ。問題はない。ライオネルは再度気を引き締めた。
*********
エリーは開いた口が塞がらなかった。
館からおおよそ1km離れたビルの屋上から何をするかと思えば、そこから魔法を放ったのだ。
その結果は正面扉の完膚なきまでの破壊。
――上級魔法。これ程の力だとは思ってもいなかった。
「結界が思ってた以上に硬い。しけた火力だね」
だが当の本人にはご満足頂けない結果らしい。舌打ちと共にとんでもないことを言っていた。
「何してるの? とっととこの場所離れるよ」
「は、はい!」
屋上から飛び降りるオリーブを見てエリーは思った。私要らないよね、と。
*********
「魔法による攻撃です。目撃者の証言によれば、遠距離からの上級魔法です」
マティルダは分かったことをポーラ、ライオネル、依頼主へと話した。
彼らの反応はまちまちだったが、好意的な表情を浮かべている者はいなかった。
全員の視線がポーラへと向く。
彼女は口を開いた。
「流石に、上級魔法の使い手にCランクの人達は当てられないね。
仕方ない。私がパパっと処理してくるよ。2人はここに居といて」
ライオネルは戦士、マティルダは格闘家だった。遠距離戦かつ索敵が必要ならば、弓使いであるポーラが出向くのが最善だ。
だがこれに異が唱えられる。依頼主はAランクであるポーラにこそ近くに居て欲しい。
依頼主の意向は絶対だ。
結局、ライオネルとマティルダの2人掛かりで対応に当たることとなった。
2人の外出を確認し、ポーラの弓の調子を確かめた。
間違いなくあれは陽動だ。こちらが本命と戦うことになるだろうが、この狭い部屋では苦戦は避けられない。
「ああ、そうだ。一応『クリスタル』は用意してたのよね?」
依頼主は頷き、懐から手のひら大の水晶を取り出した。
魔力の源であるクリスタル。
現在の魔法学においては使い道のない石ころでしかない。
放出される魔素は人体で変換されなければ役に立たないし、魔素事体は空気中の至る所にある。
だが特別であることは確かで、その価値は黄金の数百倍にもなる。
クリスタルを手に取る。最悪の場合は――――
「あらまずい。ご主人は伏せて動かないでね」
戦端は唐突に開かれた。
何かが窓に向けて投げられたのだ。
窓にぶつかったそれは、炸裂し部屋の中まで爆風が襲った。
窓にはトラップが仕掛けてあったが、無駄になってしまった。
(ま、元々期待はしてなかったけどねえ)
煙幕の中突入してきた闖入者へと、弓使いのスキルにより精製された矢を射抜く。
硬質な音。恐らくは剣によって弾かれる。
続けて矢を放つ。部屋への突入の勢いのままに滑る相手を射抜く。
そしてこれもまた弾かれた。
だが、弾かれた際、矢がバチリと音をたて雷へと変わる。戦士殺しの雷の矢である。
更に2射同じ矢を放つ。
敵もさるもの。麻痺した体で2射とも剣で弾いた。
最も、弾いてもダメージになる技なのだが。
――その時勘が働いた。これは既に対策されている。
咄嗟に放った1矢を、相手は前進しながら弾いたのだ。麻痺していたのは最初の1矢だけだった。
今度の矢は、弾いた瞬間爆風となった。熱風がポーラを襲い、部屋も崩壊寸前まで痛めつけられた。
同じ矢はもう使えまい。ポーラは目を細め、露わになった敵を見る。
小さな戦士だ。
おそらくは小柄な女性。持っているのはやはり剣で、市販品であろう鉄の両刃剣。そして、頭全体を覆う鉄仮面を付けていた。
(でも、戦士のスキルじゃ防げない筈。魔法戦士かな。ユニークスキルかもしれないけど)
「お話は、しないよねえ」
鉄仮面の足を射貫き出掛かりを潰す。避けられたが、敵はたたらを踏んだ。
矢を放つ。今度の矢は、空中で分裂し五月雨のように襲い掛かる。
敵は横へと避け、僅かに接触するであろう矢は剣で弾いた。
見事な見切り。そしてそれを実行する胆力。
矢の1本が壁に跳ね返って鉄仮面を襲った。
これは通常の矢ではありえない、雷撃や爆弾と同じ特殊な矢のスキルだ。分裂する矢に紛れさせた必殺の矢である。
鉄仮面は当然、視界が悪い。特に使い慣れていないとなれば、その悪影響は致命である。
硬質な音が響く。手首のスナップで軽く剣を回し、敵は見もせずに弾いたのだ。
ポーラは軽く感嘆する。敵は想定以上のやり手である。
(騎士上がりかな。結局、雷撃を防いだスキルは使ってこないね)
これ以上は命がけになりそうだ。困ったものである。
当然、そのつもりは彼女にはなかった。
ポーラはクリスタルを投げ渡した。
相手は床に落ちたそれを、慎重に拾う。
「クリスタルか命、でしょう? 今回はクリスタルということで」
鉄仮面は何も言わず、窓から飛び降りた。
ポーラは一息つく。
それにしても、死神というよりは質の悪い妖精みたいだった。
*********
人気のいない路地裏にて、絹を裂くような悲鳴が響いた。
「ギャー!!!」
「鬱陶しい!」
猛烈な勢いで迫りくる拳を、すんでのところでエリーは避けた。
我ながら奇跡の回避である。よって2度はない。エリーは吐きそうだった。
「ハイウインド!」
呪文が唱えられ、女冒険者は吹き飛んだ。
エリーは間一髪でミンチになる未来を避けたのだ。
だが敵は1人ではなく、もう片方の男冒険者が剣を片手に突き進んでくる。
錯乱状態に近い様子で銃を乱射したエリーだったが、軽く防がれてしまう。
「ウインドウォール!」
男は風の壁に阻まれ突進を止める。
エリーはほうほうの体でオリーブの元まで下がった。
「し、死ぬ。死んでしまいますぅ~!」
「大丈夫大丈夫。さ、もう一回行ってみようか」
厳しくも突き放すオリーブだったが、彼女とて余裕がある訳ではないのだ。
エリーが囮になっていなければ、流石に魔法が間に合わない。自分がターゲットにされていれば、どうしたって集中力が乱れてしまうものだ。
風の壁の向こう側で、女冒険者ことマティルダは地団駄を踏んだ。
「ああ、もう! 埒が明かない!」
「中級魔法を連発されては、流石に手が出せんな」
男冒険者ことライオネルは冷静に、時間稼ぎをされていることに焦った。
ターゲットを発見できたのは良いが、予想以上に粘られていた。
あの魔法使い。戦闘者としては未熟だが、魔法の練度が非常に高い。
ライオネルは思った。どちらか1人は屋敷に戻るべきだろうか?
(いや、それは問題ないか。向こうには『鷹の目』が控えているのだから)
やはり、現状維持がベストだろう。
風の壁が消えた。2ラウンド目の始まりだ。
初撃はガンナー、エリーの射撃だ。
アサルトライフルからフルオートで放たれる凶弾は、人一人を殺すに余りある。
だが2人は一流の戦闘者。マティルダは格闘家としての硬気功で防ぎ、ライオネルは彼女を盾とし防ぐ。
弾幕が消える。弾切れだ。
銃弾自体はガンナーとしてのスキルで精製できるし、熟練者ならば途切れさせることなく弾幕を張れるが、敵はそうではないようだ。
2人は一気に攻め立てようとするが、そこで魔法が放たれる。
これが本当に防げない。広範囲かつ高威力の魔法など人間に向けて放つ技ではないのだ。
それこそ前衛が倒しきれない強力な魔物へ向けてか、大群相手に使う魔法だ。相応の消費と発動難易度がある筈なのに、相手は涼しい顔で放っている。それだけならばAランク、宮廷魔術師にも匹敵しうる実力だ。
しかし――
「マジックブレイク!」
ライオネルは戦士のスキルを放つ。
ブレイクは弱体化の力を持つスキルだ。本来は相手の体や武器に叩き込み、間接的に魔法の威力を落とすが、熟練者ならば魔法そのものに打ち込むことが可能だ。
本来、ライオネルにそれほどの技量はない。だが何度も同じ魔法を繰り返されれば、タイミングは十分に掴める。
ブレイクにより弱体化した魔法を、一閃にて掻き消す。
そしてライオネルの背後に控えていた、マティルダが飛び掛かる。
魔法使いの魔法は間に合わない。ガンナーの射撃はマティルダなら動きながらでも防げる。
チェックメイトだ。マティルダが拳を振り上げたまさにその瞬間――ライオネルの首筋を何かが通り過ぎた。
それはマティルダに当たり、彼女の攻撃を中断させる。
ライオネルは振りかえった。
何者かが剣を振り上げていた。
「パワーブレイク!」
咄嗟にこちらも剣を振り上げ追撃し、同時に衝撃を殺すスキルを発動する。こと武器のぶつかり合いならば、戦士のスキルは絶対的な優位を保障する。
それを――
衝撃が空気を、コンクリートに覆われた地面すらを揺らす。彼は大地に叩きつけられていた。
「ん?」
疑問を呈するような一言が、不思議とライオネルの耳に響いた。この結果を、殺しきれなかったことを不服にでも思うかのような呟きにも満たない一言。
その声が、彼にはまるで天使のさえずりにも聞こえたが。意識を取り戻した時にはもう忘れていた。
彼はそこで気絶し――投石により強かに肘を打ったマティルダは絶句していた。
勝機は逃したと彼女は理解した。
新手の剣士は致命的に強いことを目の前で証明し、魔法使いは復帰した。こうなればガンナーだって十分脅威だ。
つまり、彼女が全力で背を見せて逃げるのに躊躇する理由はなく、その判断はオリーブの風よりも速かったに違いない。
そしてこの場には、気絶した1人を除いて3人が残った。
ライオネルに不意打ちをかましたのは、何を隠そうセシリアその人である。
当然2人はそれを理解していたため、大きく息を吐いた。
エリーに至っては、魂まで吐き出したかのように放心している。
「みっしょんこんぷりーと。さあ、帰ろう」
セシリアが言った。
鉄仮面の下でどや顔を決めているであろうことは、オリーブには手に取るように分かった。




