現状把握
水がまだ詰まっている気がする。
肺が水で満たされるという、珍しい目覚め体験を終え自らの状況を推察する。
(セシリアに崖から落とされて――下は川だったんだな。そのまま流された?)
下流域は、出発地か目的地か。地図ではどっちだっただろう。
「水浴びなら水浴びと言ってよ! ビックリしたなあ!」
「水浴びなんてしてないけど、ごめんね」
とりあえず謝った。しかしこの金髪の少女は何者だろうか。
(魔力を感じる。特に攻撃の気配は感じないけど)
熟練者は魔力探知による行動予測を誤魔化してくる。セシリア以外にも、冒険者の中にはその技能を持っている人間は多かった。
(何にせよ話し合いだな)
「聞きたいことがあるんだけど」
少女は怪訝な顔をするも、同意するように頷いた。
「今、何時? それとヘブル山脈はどっちだろう?」
「はい?」
少女はいよいよ不審者を見る目つきへと変わった。しかし目線を泳がせながらも、きちんと回答してくれた。
「時間は11時で、ヘブル山脈はあっちです」
少女は指を指して言ったが、後半は不要だっただろう。彼女は時間を腕時計で確認したのだ。
出発地では未だ振子時計の時代だ(魔法時計なるものも存在したが)。腕時計を作る技術はない。
(そうか。上手く流れつけたんだな)
彼女が当たり前に出した"機械"を見ると、感慨深いものがある。
「あともう1つ。ダブリスはどっち?」
「ダブリス?」
彼女は知らないようだった。かなり下流まで流されたか、他の村について疎いのか。
(考えてみれば、俺が話したのは冒険者ばかりだったな)
あの街の依頼はどうたら。あそこの魔物はどうたら。
冒険者はその性質上、様々な街に精通している。
しかし普通はどうなのだろう。
魔物ひしめく街道を人々は行きかうだろうか。危険を冒してまで隣町の情報を集めに行くだろうか。
もしダブリスが目と鼻の先だとしても、彼女は知らないかもしれない。
「地図はあるかな」
「……家に帰れば」
着いてきてほしくないと彼女の目線は訴えていた。
そりゃそうだ。怪しい男とはご縁がないに限る。話してくれるだけ彼女は優しい。
(仕方ないか。まともな服装で出直そう)
幸い、簡単な水や風の魔法なら扱える。この泥水で汚れた風体を真っ当にすることなら出来る。
「それならいいや、ありがとうな」
踵を返す。川岸に向かって話していたので、振りかえれば川である。
「……」
「いや、いやいやちょっと待った。何で奥に!?」
「だって……」
理屈は彼女を怖らせないよう、近づかないために離れるならこうするしかなかったからだ。でもこれは確かにおかしいな?
(酸素が足りなくて脳に障害が……?)
考えないようにしよう。
「何で!?」
「いや、うん。実は川の精霊なんだ」
「そんなわけないじゃん!」
「分かんないじゃん……」
なんか居たたまれないし、本当にこのまま潜ってやろうか。
歩を進めると、何かが裾を引っ張った。まさか彼女が瞬間移動を……?
「え、何、ホース?」
「あ、電源入れっぱだった」
彼女は車に載った機械のスイッチを押した。
「……」
視野が狭いと思う。ちゃんと見ていれば最初の質問は必要なかった。
「あの、ホース取ってくれませんか?」
「あ、はい」
嫌に太いホースを掴み、岸へと投げた。彼女が悲鳴を上げ非難する。
俺は逃げるように、いや実際に逃げ出して、川に潜っていった。
水中では声は聞こえない。だから彼女が何を言ったとしても関係ない。
*********
「ふむ」
小高い丘から景色を見渡す。平野が多く、背の低い草が一面に広がっている。一直線にむき出しの茶色が走っているが、あれは街道だろう。道をたどると畑と、家屋が建ち始める。あそこは川で会った少女の村だろう。
反対側は、残念ながら地平線が広がっていた。
次いで、右腕の調子を確かめた。
先ほどは気がそこまで回らなかったが、確かに切断された腕がついていた。動作もよどみなく、健康そのものだ。
これも勇者候補の力か。本当に出鱈目だ。
それはさておき、再び村へと視線を向ける。
「向こうは流石にないな。村に行くか」
ここからは川を渡る必要があるが、橋はなかった。また泳がなければならない。
せっかく綺麗にしたのに、無駄足とはかなしい。いや、それより
「また会ったら気まずいよなぁ」
まあ、道を聞く程度だ。大丈夫だろう。
俺は一番川に近い家を目指して歩き、何事もなく到着した俺は戸を叩いた。
そこに居たのは金髪の少女だった。
「あ」
「あ」
俺の頭の回転は速かった。
「初めまして、少し道を尋ねたいのですが」
「初めてじゃないでしょ!? 自称川の精霊じゃん!」
「よりによってそれ引っ張り出してくる?」
どうすんだよおい。
「なあに、大声出して」
奥から出てきたのは、随分と気崩した女性だ。何とは言わないが今にも零れだしそうである。
「ちょ! ユウさん男の人、男の人来たから!」
「うん、誰?」
あっという間に2人は奥に行ってしまった。俺はどうすれば良いのだろう。とりあえず、失礼だとは思いながらも家の中を観察した。
天井からは豆電球がぶら下がっている。今では(俺の世界では)なかなかお目に掛かれない古い灯りだ。それ以外は、ネイチャラントとそう変わらない。年季の入った木製の家具が置いてあった。
豆電球のコードは部屋の奥に続いているが、日常的に電気が使われているのだけは明白だ。
(そういえば、あの少女は何をしていたんだろう)
水を採取していたようだが。
「お待たせしました川の精霊さん」
「このやろう」
今度は服装を正した女性が半笑いで挨拶をした。少女の方は幾分慌てているようである。
少女は何やら耳打ちしたようだが、女性は笑ったままだった。
「川の精霊というのが何かはわかりかねますが、道を尋ねたいのです」
「ダブリスでしょう? 知ってるぅ」
「……まあ、そうなんですが」
話が早いのが、こんなにも腹立たしかったことはない。
「ユウさん! ユウさんちょっと!」
「何、今話し中なんだけど」
「いいから!」
そしてまた2人は奥へと消えていった。だが少女の大声だけはばっちり届いた。
「なんで挑発するんですか!」
「襲われたらどうするんですか!?」
「何を根拠に!」
「まったく関係ありません!」
「嫌に決まっているでしょう!」
何のことやらだが、彼女は随分と俺を警戒しているらしい。当然だな。
今度は少女が1人でやって来た。任せられなくなったか。
彼女は緊張しているのか、口元が歪んでいた。しかし責任感の強い娘である。
「これ、地図です。ダブリスはここから南にありますので」
「ああ、ありがとう」
「ところで君魔法使いなの?」
「何で出てきたんですか!?」
おそらく「来るな」と言われていた女性が質問してきた。
「ええ、そうですが」
「やっぱり。じゃああだだだだだ」
2人は奥に消える。いい加減飽きてきた。
少女が顔を出して言った。
「さようなら!」
「……さようなら」
釈然としないものの、目的は果たしたのだ。
外に出て、空を見上げる。
「……歩きか」
幸いコンパスは残っていた。勇者候補なら不眠不休も問題ないだろうが……歩きか。
「やあやあ、君ちょっと待ちなさいよ」
「え? ああ、と。ユウさん?」
「そうでーす。こっちの金髪はライラ」
「ユウさん!?」
「俺は順です。それで、なにか」
女性――ユウはライラの頭を抑えながら言った。
「君は冒険者なのかな?」
「そうですけど」
「じゃあちょっとした依頼を受けてくれるかな」
「……まず内容を聞いていいですか?」
このまま歩くよりは、路銀を集めた方が良いのは確かだ。
ユウは言った。
「この子に水の魔法を教えて欲しいのよ。あると便利でしょう?」
「ユウさん!?」
ライラの意志を無視し、依頼は交わされた。
*********
ひょんなことから魔法を教えることになりました。
ライラは電気の魔法を使えるが、他はてんで駄目なのだとか。
今回のノルマは水の魔法だ。この村には井戸すらなく、なんと生活用水は近場の川から取ってきているらしい(用水路引けよと思ったが、利権やら難しい話が絡んできてしまった)。
三種の家電すら揃っているのに、どうにもあべこべな発展の仕方だ。
つまりは魔法でちゃっちゃと水を作ってしまおうとのことだ。
水の精製は依頼で受けたことがあるが、なるほどこういう事情が背景にあったのか。
「じゃあ、早速やってみようか」
「はい、先生」
最初は渋っていたライラだったが、水は金になると諭されてやる気になったようだ。代金がユウさん持ちだったことも大きい。
(それも割安らしいけど)
情報代が引かれたからだ。最も、相場が分からないので真実は闇である。
「まずお手本を見せるから、見よう見まねでやってみようか」
水鉄砲の魔法を実演する。ライラは「無理です」と答えた。
「そうか。魔力の流れは何となく見えた?」
ライラは「魔力の、流れって見えるの?」と、不可解なものを見るように答えた。
「そっかあ」
魔法使いなら見えるんじゃなかったのか?
「じゃあ、ライラの魔法を見せてくれ」
「うん」
ライラは目を閉じ、「スパーク」と唱えた。両手の間に電気が走る。
「魔法を使うとき、どう発動した?」
「ええ、と。魔力をこう、手の間に流れるように」
「どんな流れ?」
「どんな?」
「例えば、同じ川でも流れの速さも、流れる量も違うだろ? あとは、真っすぐなのか、波打って流れるのかとか」
ライラは視線を彷徨わせ、唸っていた。
「……電気ってどんな流れ方?」
「難しいな」
彼女自身がイメージをどう捉えているかが重要だ。しかし彼女は明白なイメージを持たず、ぼんやりと魔法を発動していると考えられる。それなら――
(魔力の見方を教えるべき?)
いや教え方が分からない。オリーブも出来て当然みたいな態度だった。
「電気の魔法はどうやって覚えたの?」
「じいちゃ――お爺さんがこう、魔力をビビっと」
「ビビっと?」
つまり、ライラの体を通して俺が魔法を発動すればいいらしい。
(え、出来るの?)
よしんばできたとして、ぶっつけ本番でやるような事ではないはずだ。
「座学から始めようか」
机に手を置く。オリーブの授業が、こんな形で役に立つとは思わなかった。
*********
魔法の話をする前に、魔力の話をしよう。
魔力は万物に宿る力だが、それはただ保有できるというだけだ。
全ての物質はいかに密に見えようとも、かならず隙間が存在する(分子構造的な話だろうか?)。
魔力はその隙間に入り込めるという訳だ。
しかし精製は出来ない。ならば魔力はどこから来る?
魔力を精製できる物質が存在する。それこそ光り輝く透明な宝石『クリスタル』である。
「クリスタルはどうやって作るの?」
「作り方は解明されてないんだ」
クリスタルは全てが発掘品だとされている。つまりは古代文明が作り出した物質ということになる。
(俺の世界にはそんな物はなかったけど)
補足だが、ネイチャラントでは神に下賜された宝石だと言われている。
「魔力が体に満ちるまで時間が掛かる。魔力を放出して戦う魔法使いは、特に魔力残量に気を付けて戦わなきゃいけないんだ」
「……? 戦う?」
「……? 戦う」
「?」
「……あ、違うか。今のなし」
戦闘目的じゃなかった。あくまで日々の生活のための魔法だ。
「魔法の話に戻ろう。魔力は誰にでもあるものだけど、使えるかどうかは話は別だ。魔力を操作するには、魔力覚醒しなければならない」
通常の魔力――『魔素』と呼ぶ――は感知もできず、何の効果も及ぼさない。魔素を自らの魔力へと変換しなくてはならない。
そのメカニズムは未だ解明されていないが、強力な魔力を浴びることで、肉体が魔力を変換できるようになる。
「――魔力覚醒。それがなければ魔法を使えないということ?」
「そ。逆説的に、魔法を使えるなら魔力覚醒を果たしているということだな」
ライラはうーんと唸った。覚えがないらしい。
(もしかして、魔力が感知できないのはそれが理由?)
魔力の変換と感知が魔力覚醒で可能となるとして、不完全な覚醒故に、変換だけが可能になっているとしたら。
(とはいえ、試すわけにもいかないか)
強力な魔力を浴びるということは、魔法をその身に受けるのと同義だ。
俺が受けた時は文字通り生死の境を彷徨った――いや勇者候補だから死ななかっただけで、本来ならアウトだった可能性もある。
「魔力は特定の波に乗せることで、魔法に変換される。その波への乗せ方が、呪文だったり詠唱だったりする訳だ」
「へー。だから呪文を唱えるのね」
「乗せられれば何でもいいから、無詠唱でも問題ないらしいけどね」
しかし当然無詠唱は難易度が上がる。戦闘なら便利だとは思うが、ライラには関係ないだろう。
「じゃあ白魔法も使えるの? あれすっごく便利だと思うの」
「同感だけど、そうはいかないらしい」
魔力は自らの魔力に変換しなければ使えないが、その際魔力が特定の波形を持ってしまう。
それが原因で絶対に使えない魔法ができてしまうのだ。
魔力の波は個人によって異なるが、大まかに分類できる。それがクラスである。黒魔導士に分類される魔力では白魔法は使えない。そして同じ黒魔法でさえ、使えない魔法が存在する場合もある。
「へー。へー!」
ライラの感動は見ているこっちが嬉しくなるほどだった。
知識がなくても魔法は使える。だから本来は座学は必要なかったのだが、喜んでくれたようで何よりだ。
モチベーションアップに繋がれば良いのだが。
「もっと知りたいな……」
ライラが呟いた。残念ながら、俺が教えられるのはこれが限界だ。
(学校とか、ないのかな?)
この世界において教育は義務ではない。だが、望むのなら与えられるべきだと思う。
(魔法以外なら……)
教えられることもあるだろう。彼女が望むのなら、折を見て教えるのもいいかと思う。
*********
「金ないじゃん……」
夜になって、流石に女の子の家に泊まるのはまずいだろうということで、宿屋に泊まることにした。あの時は金のことを考えていなかったのだ。
とりあえず腰を下ろす。目の前には畑が広がっていて、人に見られる心配はせずに済みそうだった。
「帰るか……」
背に腹は代えられない。男女一つ屋根の下は、倫理的に問題があるが、まあそれだけだ。非常時には無視できる。
立ち上がり帰路に就く。50歩も歩けば着いてしまう。
風に乗って、言葉が耳に届いた。囁くそれに興味が移る。
知らず知らずのうちに姿勢を落とす。どうやら会話は、ぽつんと1つ伸びる木の下で行われているようだった。
「やはりあの……ライラだったか? あれが原因か」
男の声だ。知っている名前が出て、眉を顰める。とても良い話題には聞こえなかったが。
「へえ、村のもんですから、信用もあります。市場を奪うのは難しそうで」
「物を知らん素人は、これだから困る」
はて、不穏な話し方だが、商売の話なようだ。
彼女は電気を売っているようだから、やつらも電気屋だろうか。
「困ったな。これではノルマが達成できん」
「へえ、大変でありますな」
何か胸が痛くなる話だった。俺は営業じゃないので身には沁みないが。
「偶然女が廃業すればいいのに」
「? そうでありますね?」
「今後も報告を忘れるな。女が廃業することがあれば特に、な」
2人はそそくそさとその場を離れた。最後、妙なことを言っていた気がする。
杞憂であれば良いが。俺もその場を後にした。




