新たな目的
魔物討伐を祝しての宴会――というわけにはいかなかった。
俺としては、完全に事件が収束したという確信はあったが、村人達は違うようだ。
まあ、一度騙されている以上は仕方がないことなのだろう。
理屈ではそう納得できたし、彼らが正しいとも思う。
でも心というのはどうにも不出来で、俺は胸のモヤモヤを払うことが出来なかったから、翌日犠牲者が出なかったことを理由に、村長から半ば脅し取るように報酬を受け取った。
上手くいかないものだ。もっと良い立ち回りかたはあった筈だし、以前の俺なら出来ていたと思う。
やらなければいけないことができたから、一刻も早く旅立ちたかった。そんな最もらしい理由で、俺は自分を納得させた。
今は街へと戻り、次の目的地へと向かう準備をしていた。
雑踏を2人で歩く。布袋を抱えなおし、隣を歩く桃髪のシスター、アルバータへと話しかけた。
「銃はともかく、その発掘品はやっぱりこの街じゃ買えないんだな」
かつてあった機械文明。栄華を誇り、何処までも増長した人々は遂には神へと牙をむくに至った。
無論、地を這う人間に神が勝る道理などなし。古代文明は一夜で滅び去り、神は人々が二度と同じ過ちを侵さぬよう、土砂で世界を覆い、その上に人々を住まわせた。
しかし人は力に対し何処までも貪欲だ。
大地を掘り進め、遂に機械を発掘するに至った。
それを彼らは発掘品と呼び、再現品はそれを現代の人達が真似て作った物だ。
アルバータは田舎者を見る目で頷いた。
「自然派を国教とするこの国ネイチャラントでは、古代遺産に連なる物の所持は重犯罪です。見たことも聞いたこともない人がほとんどですから、意識すらされない法律なのでしょうが」
この世界において神は1柱だけというのは共通認識らしいが、同じ神を信仰していたとしても、教えが異なっているのだという。俺の世界でもそういう宗教は存在し、争いの種になっていたりするが、この世界でも同じらしい。
一体この世界の神は何を考えて、その状況を放置しているのだろうか。
まあ、神に唾はいても仕方がない。
自然派というのは、数ある宗派の中でも厳しい戒律を擁しており、都合が悪いことに国教にまでなっている。
かつて神に弓引いた人類の力。それを利用するなど神への冒涜に他ならないのだ。というのが彼らの言い分。
いやいや、神は発掘作業を良しとしておられる。ならば力自体に罪はなく、今度こそ、我々人類が正しく力を振るうことを期待していられるのだ。というのがアルバータ。再建派の言い分である。
崇高な思想なぞすこぶるどうでも良いし、庶民とは楽な方へと流れるもの。ネイチャラントの上層部はそれを理解しているがためか徹底的な情報統制を敷いており、国の出入り、特に国民が出国するのは不可能に近い。
「流石の私でもジュン様を連れ出すのは難しそうです。せめて懐に入れられるサイズなら良いのですが」
アルバータは特別扱いらしく(理由は不明)、拳銃くらいなら隠し持てるようだ。
「ですので、ジュン様にはちょっと険しい道を進んでいただくしかありません。私は正規の手続きを踏まないと、逆に面倒ですので街道を通りますが」
残念です。とアルバータは締めくくった。
ちょっと険しい道、きっと禄でもないルートだろうなと思う。
しかし勇者の加護とやらで、死ぬことが絶対にないのならノーリスクも同然である。
「あ」
「どうかしましたか?」
大変なことを思い出し、立ち止まった。
「セシリア、アルバータが連れていくはできないか?」
死なないのは俺一人だけなのだ。
何故今の今まで忘れていたのだろうか。
「大切な仲間を忘れるなんてどうかしてた。なあ、一人ぐらいならなんとかできないか?」
「――もう1人ぐらい忘れてるんじゃない?」
「いや、1人だろ。……ん?」
「あ、あの、ジュン様? そちらの女性が大変ご立腹のようですが――」
振り返ると、緑色の瞳が一面に広がった。
思わず変な声を上げて後ずさる。そうするとその人物の全体像がようやく見えてきた。
緑色の長髪に緑のローブ。全身緑の女など忘れる筈がない。以前共に戦い、名誉の追放でこの街へと来たオリーブその人である。
「オリーブか、ビックリしたなぁ! まだこの街に居たのか?」
あいや、もしかしてしなくても定住するつもりだったか。街に来てすぐ別れてしまったが、元からそのつもりだったのかもしれない。
彼女に旅をする理由などないのだから、当然と言えば当然か。
1人納得し頷いていたが、何が気にくわないのかオリーブは唾を飛ばし叫んだ。
「『オリーブか』じゃないっての! よくもまあ、あたしを捨ててそんなセリフが吐けたわね!」
「ちょ、往来でそういう誤解を含む表現は辞め――」
「――――ジュン様?」
「ほらあ、なんか面倒くさそうなのが釣れちゃった」
味方になってくれそうな人は瞬く間に敵に回り、こじれにこじれた話を道のど真ん中でした俺は、以前とは別の意味でこの街に居られなくなってしまった。
*********
些細なすれ違いである。
俺はこの街までのつもりだったが、彼女はいい場所を見つけるまでは一緒に行くつもりだったのだ。
なのに気が付いたら消えているし、金はスロットに飲み込まれ泊まる宿すら窮屈し雨水を飲んで何とか飢えをしのいでいたのだとか。
金を失くしたのは本人の責任だし、村に行っている間に雨は降っていない。更に言うなら彼女のみなりは貧していたとは思えない清潔さだった。
「はいはい、俺が悪うござんした。それで一体何をしたら埋め合わせになりますでしょうか」
それでも謝るのがベストだと俺の直感は示していたのだからしょうがない。
「誠意が感じられない謝罪だなあ! ま、あたしは優しいから禁断の書の第4巻で許してあげましょう」
「善処しまぁす。で、アルバータさんは何時まで落ち込んでいるのですか?」
「私は、あんな、往来で……、あああああ穴があったら入りたい!」
彼女は元気に騒いでいたのを恥じているらしい。
耳まで真っ赤にし、クッションに顔をうずめ、めり込むつもりかのように部屋の角を攻めていた。
「カオスだな、この光景」
壁にもたれかかって、他人事の姿勢でいる男、ピトルが楽し気に言った。
「お前他人事で居られるのも今のうちだからな……!」
そこでふと思う。なんでこいつ居るんだろう?
「そういや、俺たちはヘブル山脈? 山越えだけど、ピトルはどうするんだ? 一緒に来る?」
「いんや、俺はまだこの国でやることあるからな。ここでお別れだ」
他人事で居てえしな、と余計な一言を付け加え言った。
「山越え? この国? どゆこと?」
事情を知らないオリーブはクエスチョンマークを飛ばしていた。
かくかくしかじか。
「は? 正気か? セシリア、今のマジな話?」
「うん、わたしも無茶だと思うけど、本当だよ」
窓際にぼんやり座っていたセシリアはぼんやりとしたまま返答した。
そうか、セシリアは反対だったのか。
「やっぱやべえルートじゃん。なあアルバータ、2人を亡命させるのは無理なのかなあ」
「お母さん、お父さん、アルは駄目な子のままです……」
「聞いちゃいねえ」
交渉は後になるか。
「ジュン」
何時の間にか近づいていたセシリアが見上げて言った。
「本当に山を越えていくの?」
「ああ、アルバータが上手いことできなければ、そうなるな」
望み薄ではある。最初から彼女は無理だと言っていた。
「ジュンの強さじゃヘブル山脈の魔物は倒せないし、わたしだって守り切れないよ」
「ヘブル山脈はやべー所って話だものね。だから両国も権利を主張しない空白地帯だし、ならず者だって住みつけない」
「それは一応、考えちゃいるよ」
とはいえ、大した考えでもないのだが。
「まず徹底的に戦闘は避ける。セシリアとオリーブ、2人の索敵能力ならかなり安全に進めるだろう?」
それについては自信があるのか、2人は満足げに頷いた。
「とはいえ、不測の事態は起きるだろう。魔物が出たらどうするかだけど」
ブーイングが飛んできた。
「――どうするかだけど! その時は俺がおとりになる。その間に2人は隠れろ」
シン、と静まり返った。ピトルだけは「そうだろうな」と呟いた。
初めに口を開いたのはオリーブだった。
「馬鹿すぎでしょ。だいたい、それで防げるのは一回限り。論外ね」
「いや、それは――」
「論外です! 例え死ななくても、そんな事は許せません!」
靴底を思いっきり床にたたきつけ立ち上がり、アルバータが叫んだ。
「ご自愛ください! 以前もそうでしたが、行動が自虐的過ぎます!」
「せっかくの力を活用しないのは勿体ないだろ。それに体を張るのが勇者じゃないか?」
「度が過ぎていると言っているのです!」
「度が過ぎているから勇者じゃないかな」
「いや、いやいやいやちょっと待った。またあたしの知らない情報が出てきた。死なないって何さ」
「ああ、オリーブには言ってなかったな」
勇者候補の証、勇気の加護により俺が死ぬことはない。だからどんな無茶だってノーリスクになるのだ。チートじみているが、これでもまったく不足なのだから恐ろしい。
「そ、そうなんだ。勇者候補だったんだ。それなら、まあ? ……いややっぱり無理でしょ。あたし達が逃げる間もなく瞬殺されるに決まってる」
「それは、まあ、何とかする」
「ジュン様! まだ私の話は終わってませんよ!?」
実は考えていなかったとは言えない。ほんと俺の弱々問題はどうしてくれようか。
そしてアルバータがここまで頑な理由は分からなかった。
「おいおい、お前らちょっとは落ち着けよ。ここはもう一人の当事者に聞いてみようじゃないか」
と、ピトルは言ってセシリアに促した。
確かにそうだ。彼女はどう考えているのだろう。
「オリーブの言う通り、ジュンじゃ囮にもならないよ」
彼女の言葉はどうしてこうも俺の心に刺さるのだろうか。
「だから――――わたしが囮になるね」
再び、沈黙が降りた。
またも口を開いたのはオリーブだった。
「話、聞いてた? 死んじゃったら終わりなんだよ?」
「わたしは死なないよ?」
何故か自信満々にセシリアは言った。
そして、あろうことか剣を抜き、自らの胸に突き刺した。
とんでもない早業だった。俺達は血を浴びながら、呆けているしかなかったのだ。
「ほら」
確実に致命傷を負ったセシリアが言った。
「わたしは死なない。
――勇者候補ですから」
ああ、きっとアルバータには、俺がこう見えていたから止めたのだ。
死体のような風貌で立ち上がる人間とは、なんと不気味なのだろうか。
*********
奴らと別れ、1人路地を歩く。
衝撃的なことがあったからだろう。その後の話し合いは熱くなることなく進行した。
歩を止め、人影へと語る。奴がやった事、これからの道筋を。
「――そして次はヘブル山脈を越えるのだとさ。
さて、これで契約は完了で良いな」
「ああ、十分だ。ご苦労だったな」
陰気な老人から麻袋を受け取る。じゃらりと音が鳴った。
「ルビーかぁ? 金にしてくれよ」
中身は小粒の赤い宝石がぎっしりと詰まっていた。カットすらされていないこれを売りさばくのはかなり面倒だ。思わず愚痴が漏れた。
「仕方があるまい。今は手持ちがないのだ。その分多めに入れてある」
「まあ、そういう事ならいいがな。あんたは金払いも良いし」
この老人からは度々依頼を受ける。奇妙な内容こそ多いが、報酬はかなり良い。
今回の依頼も、内容自体はかなり簡単ものだった。
ある男の身辺調査である。
それもその男の、旅の目的を調べるだけ。
途中、不覚にも魔物退治をする羽目になってしまったが……。
「しかし、勇者候補が2人も出てくるなんて、大変だなぁ、おたくらは」
「困ることなどあるまい。魔物でもないのだから」
「は、そうだな。魔物じゃねーからかんけーねえな」
この老人の正体は薄々察してはいる。もしこの男が魔王に魂を売った『闇人』ならば、取引は重大な犯罪になる。確実に死罪。家族がいれば郎党あの世行きは間違いない。
(ま、明日の飯より今夜の酒だ。冒険者の心得)
「あいつとはそれなりに仲良くなれたが、追加の依頼はねぇか?」
「いや、特にはないが、有用な情報であれば買ってやっても良い」
「そりゃあ良いこと聞いた」
ヘブル山脈は険しいが、死なないならばいつかは抜けられるだろう。ダブリスで落ち合うらしいが、顔を見せるのも手か。
「あの小僧にヘブル山脈が抜けられるとは思えんがな」
「死なないんだから行けるんじゃないか?」
「死なないだけだ。それだけでは何の脅威にもならんわ」
「そうかい。んじゃ、賭けでもしてみるかい?」
老人は無表情だ。
軽口のつもりだったが、今更冷や汗が噴き出した。
「……ふん、下らない。私はもう行くぞ」
「あ、ああ。何かあったらまた言ってくれ」
もしや、どちらに賭けるか熟考していたのだろうか。
意外とあいつのこと買っている。いや、そうでなければそもそもこんな依頼はしないか。
老人が去り、誰も居なくなった路地裏で呟く。
「案外、あいつが本物に成ったりするのかね」




