怪物最後の抵抗
最早これまでだろう。魔物は状況を分析し結論付けた。
何が悪かったといえば、村人が集団行動を始めたことだ。そんなルール違反じみたことをされてしまえば、こちらの負けは避けられない。
――ああ、こちらの負けだ。だから最後の仕事をしよう。
主より任されたのは勇者調査。
彼女は味方として配置した魔物姉妹を破壊してしまったので減点。だが僅か2日目で追い詰めたのは評価に値する。
後は、この最後の夜でいかに犠牲を抑えられるかだ。
狙うはばらけた3人。魔物を疑われている哀れな羊たちだ。
2人の冒険者が監視しているらしいが、問題はない。1人は白魔導士で、もう1人は魔力量こそ高いが、明らかに素人だ。
獲物の位置は教えられていないが、少し鼻を鳴らせば分かることだ。
だがその前に――
「運ノ悪イ奴ダ。当タリヲ引イテシマウトハ」
「当たりなら良いだろ。ていうか、運じゃないし」
冒険者、自称勇者の素人を嘲笑った。
*********
およそ人ではありえない牙を、むき出しにして笑う男へと話しかける。
「名前はバロウズのままで良かったか?」
「アア、ソウトモ。ジュリエットノ兄、バロウズダヨ」
「あっそ。じゃあな、バロウズ、ライト!」
光球の魔法を相手に向けて――ではなく、空へと放つ。
「仲間ヘノ合図カ!」
魔物は吼え、その体を変質させる。
筋肉が膨張し、服がはじけ飛んだ。むき出しになる筈の皮膚は見えず、黒い体毛が全身を覆う。爪は伸び、白く濁る程の厚みを帯びていた。その爪を、俺へと突き立てんと奴は突進した。
焦りは見えない。誰かが来る前に、俺を殺せると判断したのだろう。
俺には相手の力量を測る力なんてないが、きっとそうなのだろう。己の非力さを痛感した俺は、自らの力を最小に評価する。
「ガッ――――!」
爪どころか腕が腹を貫通する。なんて素早い攻撃だろう。身じろぎ1つできなかった。
ああ、俺は弱いな。でもそんなことは分かっていた。分かっていたから、
――俺が、1人でこの場に立つ訳がないだろう。
魔物の勝ち誇った顔を見て、こちらの勝ちを確信する。
「オラァ――!」
気合の込もった一閃が、魔物の背後から頭蓋を砕く。
これにて事件は終息した。魔物の死をもって。
「もう少し、早めでも良かったんじゃないか?」
「いいや、慎重な奴だったぜ。お前がぶち抜かれるまで油断してなかった」
ピトルは血の付いた斧を振るい、肩に担ぐ。
あまりにも素早く適切な対応だ。
なぜなら彼は光球を見て急行した訳じゃない。最初から、この場に居たのだ。
*********
バロウズが魔物だと当たりを付けていた。
バロウズとジュリエット、あの兄妹のうち、どちらかが嘘を付いていた。
雑貨屋にジュリエットが来たのは、2人が証言しているから間違いない。
ならばジュリエットが嘘を付いたのか。普通に考えればそうなるが、魔物は変身能力を持つという前提がある。だからバロウズが嘘つきの可能性もある。
どちらにせよ、雑貨屋へ行ったのは魔物だ。
そもそも何故魔物は雑貨屋へ行ったのか。
理由は1つ。殺すためだ。それ以外あるだろうか。
だがそれも中断せざるを得ない。ディーンが見ていたからだ。ジュリエット本人でも、変装したバロウズでもそれは面白くないだろう。
故に適当な物を買い、その場を後にした。
そしてその面白くない事実を嘘で隠したのだ。
だが、もしジュリエット本人が魔物だったら、隠しただろうか。なんせすぐにばれることだ。一晩経って落ち着いた頭は、疑われるような嘘を許容するだろうか。
そんなことはない。だからバロウズが魔物だ。
……穴だらけの推理である。なにせ証拠がない。推論ばかりだ。
だからあの場では言わなかったのだ。
「もし違ったら、大変だしな」
「だから俺に言った。村人がどうなっても良いと考えてる俺にな」
ピトルは否定はしなかった。ただただ、俺に協力してくれたのだ。
「ジュン様ぁ!」
アルバータが走ってくるのが見えた。
ほっとする。2日連続で死ぬのは避けられそうだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「まだなんとか」
「今更だが、生きてんのが不思議なくらいだな。これが勇者の力かよ」
本当に不思議なものだが、それ以上に驚いたのが回復魔法だろう。流石に空いた穴が塞がってはいないが、血はもう噴き出しては来なかった。
「ていうか何でピトルも回復魔法使えるの? キャラじゃないだろ」
ていうか使えるならもっと早く使ってほしかった。
「神職クラスになったからな。回復魔法も使えるっての」
「え、何時?」
「昼間ですよ。ジュン様も一緒に居たじゃないですか」
「なんで君が答えたの?」
昼間何かしていただろうか。記憶にない。
「俺もその神職になれたりしないかな」
「効かなかったじゃないですか。勇気の加護は強力でしたね」
「あ――――?」
もしかして洗脳のことか。洗脳とクラスの関係は不明だが、それは流石に遠慮したい。
「――よし、そろそろ大丈夫だ。後処理をしよう」
「まだ向こう側が見えてますけど」
「勇者パネェな」
立ち上がって、体の調子を整える。まだ足が覚束ないが、十分歩けるだろう。
「言ったは良いけど、この後どーすれば良いんだ?」
「村のみんなに知らせましょう。ジュリエットさんには、私から個別に説明します」
「……ああ、そうだな。頼む」
本物のバロウズは生きていないだろう。彼女は1人で生きていくことになるのだ。
「死体は焼きましょう。というか、真っ先にそうするべきでしたね」
魔物の中には殺しても死なないようなのもいるから、死体を燃やすか銀の杭を心臓に突き刺しておくらしい。
うっかり、と彼女は胸元から拳銃を取り出した。
「とはいえ死体がないのはそれはそれで困りますね。ここは銀の弾丸で時間を稼ぎましょう」
「杭の代わりに……ってちょっと待って。銃って何だよ。世界観が分からなくなってきた」
「はい? ああ、この国では違法でしたね。でも私は治外法権なので大丈夫です」
「大丈夫な要素はどこ? ちょっと待った本当に混乱してきた」
銃の歴史はそれなりに古いが、アルバータのそれは明らかにオートマチック式のハンドガンだった。中世ファンタジー的な世界にはそぐわない。
俺の混乱をよそに、ピトルが感心したように言った。
「そりゃあ発掘品。しかもデザートイーグルじゃねえか。神職は羽振りが良くていいねぇ」
「ふふ、再現品とは物が違いますよ。自然派じゃなくて良かったと心から思います」
「自然派はそれ以前の問題じゃねえか」
あははと楽し気な2人。混乱する俺。
「……銃はどこで買えるんだ?」
結局確信には触れず、当たり障りのない質問をする。自分だけが知らないというのは恥ずかしいものだ。聞くは一時の恥とは言うが。
アルバータはえー、とさも意外だとばかりに驚いた。内心で冷や汗を漏らす。
「この国では無理ですけど、普通に武器屋で売っているじゃないですか。まあ、この子はないでしょうけど、再現品だって良いものですよ。むしろ発掘品はメンテが大変ですからね」
聞いてもいないことまで答えられた。
「そういえば、ジュン様はこの国出身ですよね。ということは、国外に出られたことがないのですね。納得です」
「おいおい、人生の8割は損してるな」
「勝手に納得しないで……、え、8割も?」
そうなのか、俺はそんなに損をしていたのか。
「じゃあ脱ネイチャラントしちゃいましょうよ。ガンナーデビューです。良いの選んであげますよ」
「えー、でも亡命は犯罪だしぃ」
「へへへ、構うこたぁねえよ。みんなやってるぜ?」
「そうなのぉ? じゃあ、ちょっとだけ」
「流石です! 勇者候補様は決断力がおありだ!」
「やっぱちげえなあ。そうだ、せっかくだからここで一発やってみねえか」
「いいですね! ではこの死体に向かって撃ってみましょう!」
あれよあれよと言う間に銃を手渡された。ずっしりとした重さのそれをまじまじと見つめる。
側面には見覚えのある社名が刻印されていた。
「……」
偶然、だとは思えなかった。
『アンティーク』についてはきちんと調べるべきだろう。
「ジュン様? 見とれるのは構いませんが、銃は撃ってなんぼですよ」
そう言ってアルバータは俺の手を取り、銃を握らせる。
「そうそう、握りはそんな感じです。後は足を開いて、腕を――――よし、後はトリガーを引くだけです。結構衝撃がきますから、気を付けてくださいね」
「あ、ああ」
本物の銃を握るなんて初めての経験である。知的な思考は隅に追いやられ、緊張が脳髄を支配する。
「よ、よし。撃つぞ。良いんだよな?」
「勿論です。ドカンと一発やっちゃってください」
「ははは、反動に気を付けろよお」
指に力を入れ――――――――――瞬間、額に深刻なダメージが発生した。
「――――あ、―――――え?」
自分の声が聞こえない。金切声が響き渡っている。なんだ、何があった?
しかも腹が痛いと思ったが――――そういえば、穴が開いたままだったのを忘れていた。今ので傷が開いたに違いない。
「――――ですか」
アルバータが何やら言っている。声が徐々に聞こえてきた。
「――――大丈夫ですか、ジュン様!」
「あ、ああ。何があったの?」
ピトルの爆笑がようやく耳に入った。非常にむかつく。
「反動でおもいっきり額に。すみません、怪我人に使わせるものではありませんでした」
俺の体は魔力で強化されているはずである。常人でも耐えられる反動を抑えられないとは思えなかったが。
「……」
常人じゃなかった。腹に穴が空いているのは普通ではない。
「俺、銃はいいや」
「そんな弱気なこと言わないでください! 次はちゃちいの選びますから! ジュン様!? 勇者候補様!? ジュ~ンちゃ…………死んでる」




