作戦会議と容疑者たち
その男はまあ見事に拘束されていた。
椅子に座らされ、後ろ手で縛られ、同様に椅子の足と男の足が縛られていた。
口には猿轡代わりだろう。布が詰め込まれていた。
とりあえず、猿轡だけを外すことにした。充血した目で睨んできて、怖かったからだ。
「お願いだから、外した途端に噛みつかないでくれよ」
「ーーーー! カハッ! 噛まねえよ。もう落ち着いた」
糸くずをぺっぺと吐き出しながら男は言った。
「で、何の用だよ。勇者候補様よお」
「単刀直入に聞くぞ。お前、あの2人に会ったのか?」
「あ? どの2人だよ」
「魔物の。昼間騒ぎがあっただろ。その2人だよ」
曖昧な言い方だったが、男は「ああ」と、今にも噛みつきそうな顔で言った。
「その2人か、ああ、会ったことはないな」
「ないのか? ああ、いや、大前提を忘れてた」
そもそもである。こいつは何故暴れたのだろう。
それを尋ねると、男は怪訝な顔をして言った。
「おかしいだろうよ。あの魔物達がやったはずがねえ」
当然だろうと、非常識な相手に言い聞かせているようだった。
何故、と問うても納得のいく答えはなく、会ったこともない相手に無条件の信頼を置いている姿は、なるほど精神攻撃以外の何物でもないだろう。
(俺も似たようなものなのか?)
無条件の信頼は、確かに俺にも当てはまりそうだった。勇者候補には精神攻撃は効かないという話ではあったけど……。
(結果が出れば、分かることだ……)
今はそう思うことにした。どうせーーーー
胸が痛んだ。あまり考えないほうが良さそうだ。
「協力してくれ。真犯人を探したい」
男は放心し、次には猛獣のような笑みを浮かべた。
*********
翌朝、ひとりの老婆が死んでいた。
*********
昨日の夜、アルバータが到着した時点で居なくなっていたのは、5人。
1人はモラン。茄子料理が得意で、無理やり食べさせようとするものだから子供達に嫌われれていた。年を理由に早々に帰宅し、今朝死体で発見された。
2人目はバロウズ。頭が悪いともっぱらの噂で、暑いからと井戸に飛び込んで死にかけた経歴を持つ。昨夜はちょうど風邪ッピキで、にも関わらず宴会に参加し、妹に耳を引っ張られて退席した。
3人目はジュリエット。バロウズの妹で、彼の監視のため帰宅後も家に残った。正義感が強く、ちょっとしたことで過剰な暴力を振るうため、彼女を恐れる村人は多い。
4人目はエリオット。雑貨屋を営み、風呂とトイレ以外は店番をしているとされている。彼の強い決意は宴会程度では崩れないため、そもそも宴会に参加せず、店に居た。
5人目はディーン。無口でシャイな青年だ。3歳上の人妻に惚れているという情報以外はない。気がついたら居なくなっていたらしい。
「私の力が足りず、また犠牲者が出てしまいました」
よよよ、と泣いてるんだかふざけてるんだか分からないアルバータを慰める。
「アルバータは悪くないさ。俺も結局何も出来てないし」
「ま、無駄な殺しだってことが分かったんだ。それでいーだろ」
「何が良いの? あと、魔物なんだから無駄じゃないでしょ」
冒険者の男ーーピトルが棘のある発言をし、セシリアが不思議そうに尋ねる。俺には素直な疑問だと分かるが、ピトルには挑発に聞こえたようだ。品の悪い舌打ちをした。
「あー」
フォローを入れるべきかもしれないが、正直、今はセシリアの顔も見たくなかった。自分を殺した相手と仲良くできるほど、人間できていないのだ。
「まあ、今は昨日の話は辞めよう。もう一度聞きたいんだけど、結界ってのが魔物の侵入を防いでるんだよな?」
どこにでもある防衛機能なのだとか。
言われてみれば、魔物なんてのがいるのに、真っ当な生活を送るにはそういうものが必要なのだろう。
「ええ、これは天使様のお力によるもの。日々感謝の気持ちを忘れることのないようにしましょうね」
「はっ、じゃあこの村の連中は感謝を忘れちまったんだな」
感謝したことのないような人間が茶化し始めた。頼むから不和の輪を広げるのはやめてほしい。
「貴方もあの景色をみましょうね……」
「でも事実として、村に魔物がでたよね。それはなんで」
「 ーーと、結界の話でしたね。
一定以上の魔力がなければ結界で遮断できないのです。
だから幼生の段階で結界内に潜ませ、中で成長させるのが一般的な手法ですね」
「対策とか、しないんですか?」
「……。まあ、最終的には結界に閉じ込められますからね。最悪は防げるのでしょう」
アルバータ自身納得はしていないようだった。
続けてピトルが言った。
「主には俺たちには理解できない考えがあるんだろ。信心を忘れちゃならねーぞ」
「ーーーーえ? ああ、うん。そだね?」
「ピトルさんの言う通りですね。今は目の前の問題に取り掛かりましょう」
「う、うん」
つまり、結界とやらがあるから脅威になりそうな魔物の出入りはないと。
「じゃあ、件の魔物は村の中に今も居るってことか」
「そのことなんですがーー」
アルバータ曰く、結界内には隠れられそうな場所は特にないとのこと。
「ピトルさんへの精神攻撃があるでしょう? 同様の手段で、魔物は通常では見つからない方法で隠れている可能性があります」
「見えない隠れ家って奴か?」
「それもありますが、もっとも可能性が高いのが、人に化けている場合です」
「人に。でもどうやって見つけ……、ああ、だから宴会からいなくなった5人について話していたのか」
図らずも、容疑者が絞られたということか。1人は犠牲者なので、4人になったけど。
「4人には特にアクションは起こしていません。勇者候補様ならば見破れるかもしれませんし、もしかしたら秘匿された住処があるかもしれません。私としては、見回りと称してジュン様に見ていただきたいのですが」
如何でしょう。とアルバータはこちらの様子を伺った。特に反対意見はなかったので、頷きつつ席を立った。
「ピトル、とセシリアはどうする?」
「俺はパスだ。そんな技能はねーからな」
「わたしは行く」
セシリアも来るのか、と喉から出かかった嗚咽を飲み込み、「そっか」とだけ言った。
*********
「何ですか、殴りますよ?」
「そのキャラ付けはおかしくない?」
開口一番とは思えないセリフを吐かれた。
少女ははああ、と深い溜息を吐いた。
「私ジュリエットと言います。気軽にジュリーと呼んでくださいね」
「俺はジュン。なんで殴るなんて言ったの?」
「口癖なんです」
物騒すぎる。これ以上の深堀は危険と判断し、話題を逸らすためにも本題へ触れた。
「昨日は兄と一緒に家に帰ったんだったか」
「え? ええ。あほが体調悪いのに宴会場に居たので、耳引っ張って帰りました」
「大変だな。その後もずっと看病してたのか」
「大変なのはいつものことですね。ベッドに縛り付けた後はもう放置ですよ。それで十分でしょう?」
「十分かなぁ。ジュリーは宴会場に戻らなかったの?」
「戻りませんよ。兄を放置するなと言われるに決まってますから」
「やっぱ十分じゃないじゃん」
アリバイらしいアリバイはなさそうである。
そして兄の方は縛られていたようだが、魔物ならどうにか出来るのだろうか。
「お兄さんはまだ具合が?」
「兄ですか。ええ、それはもう。頭の具合は何時まで経っても良くなりませんね」
「……体の方は?」
「そっちは多少は。泥遊びでもしているのでは?」
「多少は完治って意味だっけ?」
というか泥遊びって。今年17という話だったが。
「変わった人でしたね」
「変装はしてないと思う。でも肉体を変異させる魔法があるから、結局白にはならないかな」
アルバータとセシリアはそれぞれ評価した。
次は兄の方だ。泥遊びをしているという場所へ向かった。
…
……
………
小さい子供が戯れる中で、青年はひと際大きく見えた。
「あははははは」
「本当にやってたよ」
おーい、と声をかけると泥をまき散らしながら駆けてきた。
「一緒に遊ぶか!」
「いや今はいいや。体調は良くなったの?」
「ははははははは!」
「笑いどころ?」
げほっごほっとむせていた。多分良くなってない。
「しっかりしろよバロウズ兄ちゃん」
「ああ! 今じゃ俺が親代わりだからな! 頑張ってるぜ!」
「そういや、妹と2人暮らしだったな」
理由は、何だったか。
「流行り病です。死ぬほどではない筈ですが、運悪く重体化したらしく」
アルバータが耳に口を寄せて言った。
「それで、今は何しているんだ?」
「遊んでるが?」
「……」
こういう奴は意外と何とかなってしまうのが人生である。
「昨晩はずっと寝てたんだよな?」
「いんや、屋根で月見酒と洒落こんでやったぜ」
「は? 縛られてたんじゃ」
縄抜けは得意なんだと自慢してきた。妹の苦労がしのばれる。
「妹に見つからなくて良かったな」
「あいつは宴会場に居たからな。俺も飲まなきゃやってられねえ」
「宴会場には帰ってないという話だったけど」
「え、まじかよ! 見つかんなくてよかった~」
見つからなかったのは、家に居なかったからではないだろうか。
「どう思う?」
「そうですね。彼女がもう寝ていたから、という可能性もありますが」
「ベッドを抜けたのは、縛られて”少し”してからだったよね」
家を出ていくのは見ていない、というのが判断に困る。
もう一度、妹の方に行くべきだろう。その場合は兄に雷が落ちるだろうが、致し方ない犠牲である。
…
……
………
「オレがいなきゃ困るだろうが。人様に迷惑かけないよう、我慢すんのが男ってもんだろ」
「そっすね」
宴会には行かなかったんですね、の『かった』の辺りで上のように遮られた。
「実際昨日も来たからな。蝋燭がなくなったって――」
「え? 誰が来たって言いました?」
「あん? ロイんとこの嬢ちゃんだよ」
「ロイ?」
「おそらくジュリエットさんのことかと」
聞き覚えのない名前に、アルバータが耳打ちで教えてくれた。
ジュリエットがここに来ている間に、バロウズが抜け出した。
「一応、説明はつくのか?」
「本人に聞けば?」
「まあ、それもそうか」
とりあえずは最後の候補、ディーン青年の元に行こう。
…
……
………
「どうして、と言われましても」
何故宴会の途中で抜け出したのか。そう聞いただけだったが、そのまま沈黙してしまった。
「あー、と。じゃあ宴会場からは真っすぐ帰ったの?」
「え、あ、いや、……はい」
「寄り道したの?」
随分と分かりやすい嘘だった。
彼は再び沈黙し、しかし今度は俺も根気よく待つ。すると彼は語りだした。
所々で噛みながら言うには、決して寄り道したわけではないが、雑貨屋へ向かうジュリエットを見て遠回りに変更したらしい。理由は聞き取れなかったが、とにかくそういうことなのだ。
「片思いの相手については聞かないんですか?」
「聞く必要ある?」
「後学のために?」
「疑問形じゃん。意味ないよそれ」
最後にジュリエットの元へ行って聞き込みは完了で良いだろう。
…
……
………
「ずっと家に居ましたが? 月見酒について詳しく」
…
……
………
一応というとおかしいかもしれないが、事件現場の様子も見てきた。だが刑事でもない俺に得られるものなどなく、こうして宿屋の一室で夜の対策について話している。
「その4人意外は酒場に集めて、4人は1人きりにすんのか。よくんなこと出来たな」
「俺もそう思う。横で聞いててビックリしてた」
そもそも倒したなんて誤報でぬか喜びさせたのである。俺達の信用は地に落ちていたから、言う事を聞かせられるなんて思ってなかった。
「それだけ深刻ということです。4人の内誰かが魔物、という噂も非常に効果がありました」
「酷い噂。流した奴に人の心はないのかよ」
噂の出所については耳を閉ざし、対策に戻る。
「大人数の護衛兼見張りには2人。4人の監視にはそれぞれ1人でしたね」
「で、ここには4人しかいねえがどうすんだ?」
俺、セシリア、アルバータ、ピトルの4人である。真っ当にやれば2人程足りないのだ。
「大人数の見張り、1人にできねぇのかよ」
「流石に無理でした。2人でも不満だったのですよ?」
アルバータはそう言うが、あの雰囲気なら押し切れた気もする。
でも流石に村長が可哀そうな顔だったし、これで良いだろう。
そもそも想定通りなら2人でも十分なのだ。
「4人の内、2人だけ見張る。そうすれば、ぎりぎり足りるだろ」
「残り2人はどうするのです? ノーマークですが」
「ノーマークじゃないさ。襲った時点で、確定する」
そう。どちらが魔物でも、生き残った方が魔物になる。もし他の人間を襲いに行っても、俺達の誰かが阻止できる。
「人間に化けていたなら、そうだね」
そして前提として、魔物が人に化けていているとした場合である。それも未だ確定した訳ではない。そもそもリスクを承知で犠牲者を出しにくるかもしれない。
つまるところこの作戦は、1人の犠牲で相手を追い詰める非情な手である。
「ああ、その通りだよセシリア」
その懸念に思い当たったのだろう。セシリアは疑問を口にするが、俺はそれを肯定する。勇者らしい行いではないと思う。彼女はどう思うだろう。
「そっか。化けてるといいね」
セシリアはそう言って、この作戦を肯定した。彼女の考えは、その笑顔からは読めなかった。




