勇者の決意
「ジュン様、この村は少しだけ明るくなったと思いませんか?」
「やっと名前で呼んだな。それと、前の村なんて知らないよ」
勇者という希望は、まざまざと見せつけられた。
だから彼女の振舞は理解したし、咎めもしない。
「軽々しく勇者目指すなんて言わなきゃ良かった」
「勇者候補は目指して成れるものではありませんよ。運命なのです」
「運命ね」
俺は一体どこでその運命を拾ったのだろうか。
どうせならセシリアにくれてやればいいのにと思う。
「何?」
「いや、別に」
彼女が勇者に相応しいかは疑問だが、熱意はあるのだ。
そして彼女がそうならば、嫉妬心に頭を悩ますこともなかっただろうに。
「これで一通り顔見せは終わっただろ。事件の中身について、そろそろ話を聞きたい」
「ええ、そうですね。被害者の家族――はまずいでしょうし、村長宅にいきましょう」
まずいというのはデリカシーがないからだろうか。勇者呼ばわりも理由があったし、こいつが妙なことを考えるのは宗教周りだけなのか。
(狂信者……)
その手の話題は控えておこう。
「おお、お帰りですか、勇者様」
「あ、はい」
村長の熱烈なお迎えに心が痛む。私はそんな人間ではないのです……。
「ん? あんたは」
「お前は……」
村長宅、座っていた男には見覚えがある。こいつは、そう――
「ギルドで高笑いしてた男」
「あ? なんの話だ?」
ごわついた青い髪に、洗ってなさそうな毛皮のジャケットを着込んだ大男。そして壁に立てかけてある巨大な斧。
間違いなくあの男なのだが、まあ、否定したい気持ちは良くわかる。
「ま、受けるんならこの依頼だわな」
どうにも安心しているような口調に思えた。気のせいだろうか?
男は嘲笑しこう続けた。
「つーか勇者だったか。勇者様ねえ」
気のせいだな。
しかし好感度が妙に低い。勇者を騙ったのが原因だろうか。
(いや、でも勇者候補なのは確かだもん。……”候補”はどうしたら外れるんだろう)
すこぶる興味がないが、目指すと言った以上は後で考えておこう。
今は目の前の男だ。
「ああ、そうだな。村のためにも、お前もなる気はないか?」
「ケッ。成れるんならなってみたいもんだねえ、詐欺野郎」
「あ、だめだ伝わんなかった」
勇者という偶像の重要性なんて、理解させるのは難しそうだ。言い方が悪かったのは認めるが、よく見れば知性の欠片も感じない顔をしている。
「詐欺……? 一体どういうことなのでしょうか勇者様」
「ああ」
誤解を解くのは簡単だが、今しがた勇者効果を見てきたところである。
『おお、まさか勇者様が』
『ありがとうございます、勇者様。これでやっと眠れる』
『勇者様』
『勇者様』
『ありがとう』
流石に、心が痛む。
「何のことだが分からないな。俺は勇者で、この村の事件を瞬く間に解決する男だからな」
男が机を叩いた。
「すかしてんじゃねーぞ。勇者なんてこの世にいねーんだよ!」
そう言って立ち上がった男から、強烈な怒気が魔力に乗って放たれる。哀れ村長は腰を抜かしてしまった。
「お前が無知なだけだろ。いるんだよ、勇者はな」
狂犬のように睨みを利かせる男へ一歩近づく。この時村長を庇うように動くのがポイントです。
「試してみるか? 俺が本当に勇者かどうか」
同じように魔力を飛ばす。こちらも可能な限り攻撃的な魔力を載せる。思い出すのはエグバートという怪物。あれが意図したかは不明だが、あれほどのプレッシャー、思い出すだけで背筋が凍る。
模倣できたかは、自分ではよく分からない。だが相応の効果は出せたらしい。男は一歩たじろいだ。
「ち、勝手にしろ!」
男は椅子に座りなおした。勝った。
「勇者様、勇者様」
袖を引かれた。
「なんかした、アルバータ」
「やり過ぎですよ、村長が伸びてしまいました」
だらりと手足を降ろし、白目をむいた村長をセシリアが抱えていた。
「……以降気を付けます」
泡を吹く村長が目覚めるまで、どう時間を潰そうか。
*********
結局、俺はなんか気まずい家を飛び出して、再度村を見回ることにした。
(1日1人。今日中に何とかしないと、1人死ぬんだったな)
駄目だったら夜は1か所に集めよう。
「ん?」
違和感。言葉にするのは難しいが、何かがおかしい気がする。
「……」
1つの家が目についた。
おかしな所はない。窓が釘で打ち付けられてるのは、この村では普通だ。何せ現在進行形で得体のしれない殺人鬼が徘徊しているのだから。
でもあの家はおかしい。何かがおかしい。
何か、妙な気配がする。
「なんだろ。行ってみよ」
足を動かす。動かす度に脳が揺れる感覚が強くなる。
脳みそを直接掴まれたような感覚。
痛みは弱いが、アルバータにやられた感覚に酷似している。
(セシリア呼ぶか?)
自問する。
(まさか、俺はもう戦える筈だ)
魔力を扱えるようになったし、旅の中で訓練をし始めた。
俺ならいける。高鳴る鼓動を息を吐いて収め、扉に手をかけーーやはり思い直して蹴破った。
小さな悲鳴が響いた。
暗い。窓を全て木で塞いでいるからだ。壊した扉と、所々に空いている隙間からしか明かりがない。
見渡したところ、人影はない。蹴破るまでの間に、どこかに隠れたか。
無暗に覗き込めば、反撃をもらうかもしれない。
(……勇者候補は死なないんだったか?)
無謀を正当化する理由は見つかったが、違っていたら大変だ。
故にここは慎重に行動する。
(頭痛は消えた。急ぐ理由はないだろう)
むしろ、人が来てくれたほうが嬉しい。
時間はこちらの味方だった。
(……燃やすか)
とはいえ棒立ちしているのも味気ない。隠れているのなら、炙り出してしまえば良いだろう。
「待ってください!」
そんな考えを読んだのか、はたまた偶然か。小さな影、高い声が飛び出してきた。
「子供……?」
およそ7歳ほどだろうか。勿論、人間であればだ。赤黒い肌に、ヤギのような二本角の子供が舌足らずに言った。
「あの、あの」
言えてなかった。
それでも、俺が冷静になるには十分だった。
「ああ、うん。扉壊してゴメン」
邪な思想がすっと溶けていく。
怪しさはマックスでも、確定ではないのだ。
まずは対話から。だいたい戦うにしたって、やり方は選ぶのが正道だろうに。
「君1人だけかい? 謝罪とか、賠償とかしたいんだけど」
「……」
できる限り優しく振舞ってみたが、相手は無言。
犬のお巡りさんの気持ちが分かる気がする。泣いてはいないが。
ガラガラと、木がこすれ、地面に落ちた音に振りかえる。同じような角と肌で、大人びた女性が目を見開いていた。足元には薪らしき木片が落ちている。
見開いた目が鋭く狭まる。
「誤か――――」
「キサマ、術を破ったか!」
俺の言葉は最後まで続かない。相手の叫びと共に魔力が拳、足に集中していたからだ。
魔力は常に俺達の体を強化しているが、一点に集中することでより効果を上げるのだ。
この体内の魔力コントロールは前衛タイプの得意分野であり、魔法使いであるからか、俺はどうにも体内の魔力コントロールが上手くいかない。
それでも相手の魔力を見ることは出来るから――
(ーー次の動作が読める。止めるのはそう難しくはない)
未来に訪れる拳の軌跡、顔面へと伸びるそれを遮るように左手をかざす。
肉を叩いたとは思えない音が響く。手に痺れるような痛みが走る。
そのまま手を閉じて、言葉を続けた。
「本当に申し訳ない。弁償するから拳を収めてくれないか」
「グッ――――――!」
魔力が拳から、更に足に集中する。慌てて手を離し後退し――、
「あ」
と背後の子供を思い出した時にはもう遅い。
(いや遅くない! 俺なら行ける!)
「う、ウオオオオオオオォ!!!」
腰をひねり、パワーを右足に集中! 真後ろへの進路を斜めへと変える!
勢いよく壁にぶつかる。そう壁だ。家の外壁。俺は成し遂げた!
急いで顔を上げる。ぶつかった感覚はなかったが、気が付かないうちに当たっていたかもしれない。
「…………」
果たして子供は家の中に居た。おっかなびっくりでこちらを眺めている。
つまり、当たりようのない場所に、とっくに避難していた。
「お、おい。大丈夫、か? すごい勢いでぶつかってたが」
得体の知れないものを見たような態度ながら、心配してくれる女性の言葉が、とても胸に刺さった。
「うん。それと扉壊してごめんね」
「あ、ああ。いやそんなことより――」
風が吹いた気がした。強烈な怖気を孕んだ極寒の風が。
「何してるの?」
いつの間にか、白髪の少女、セシリアが立っていた。
「待った! 待ってくれセシリア!」
言葉が反射的に飛び出し、女性を背に隠すようにセシリアの前に立った。彼女が今にも剣を突き出しそうに見えたからだ。
イメージに相反して、セシリアは涼しげに言った。
「待ってるよ。それで、どうするの?」
ひとまず事情を説明した。彼女らはすこぶる怪しいが、逆に怪しすぎる。だからひとまず様子を見ようと。
「でも、魔物なんでしょ?」
セシリアの返答はノーだった。
「そうだけど――」
「おい、あんた達何をさっきから勝手な事を――!」
「頼むから黙ってくれ!」
背中から飛び出そうとした女性を押さえる。
「魔物は人間の敵。だから倒さなきゃいけないんだよ、ジュン」
彼女は諭すように言った。
随分と過激、という訳でもないのだろうか。都合が悪いことは確かだ。
これは手こずりそうだ。背中のもなだめなきゃいけないし、苦労しそうである。舌を僅かに出し、唇を湿らせ――
「危ない!」
――体が突如として傾いて地面に叩きつけられた。
今の声は、確かに背後の女性の叫びだ。
『危ない』? 危ないとは。
「カ、ハッ……!」
立ち上がった俺の目の前で、女性の背中から、血濡れの刃が生えていた。
刃に沿って彼女が倒れる。何時の間にか剣を抜きはなったセシリアが立っていた。
「お姉ちゃん……?」
絞りだしたような震え声が、嫌に響いた。
セシリアが視線を向ける。俺を越え、家の中へと。
「させ、るかああああああ!!!」
それだけは、それだけはさせない!
拳を握る。膝に力を込める。最速で懐に入り込み、剣を振るう暇など与えない!
まずはセシリアの無力化。多少痛い目を見てもらうが――
「――――――――――え?」
跳ねた覚えなどないのに、随分と視線が高かった。
視界がぐるりと縦に回り、その理由を思い知る。
スプリンクラーのように、首から血を吹き出す俺の体を見つけた。
「ま、て」
喉に辛うじて残っていた空気を絞りだす。それが声となっていたのは、まさに奇跡だっただろう。
でも、せっかく起こした奇跡も、何の意味もない。
セシリアは止まらない。
(待って。待ってくれ!)
いっそ、即死だったら良かったのに。
(やめろ、やめろ! やめろおおおおおお!!!!!!)
剣が再度振られた。
*********
涙が頬を伝った。
「起きましたか?」
滲んだ視界の向こう側に、桃色の髪を垂らした女がこちらを覗き込んでいた。
彼女は俺の目尻を指で拭い、続けて言った。
「切断面が綺麗だったので見かけはとても綺麗に治せましたが、ご気分はいかがですか?」
「ああ……」
ぼんやりと返事をする。
思考はいまいちだったが、現状把握は出来ていると思う。
「死んだと思ったけど、治療魔法ってすごいな」
「いいえ。私が凄いのではなく、貴方が凄いのですよ」
それが勇者候補の加護です。と彼女は感慨深げに言った。
それは、結局俺の力ではなく、その加護を与えた奴が凄いのではないだろうか。
「それで、どうしてこうなっているんだっけ?」
「私は詳細を知りません。魔物との戦闘があったと、セシリアさんから聞いています」
「戦闘……?」
そんな記憶は――――――
「――――――ッ!」
顎に力が入る。ああ、俺は何をぼんやりとしていたのだろう!
アルバータを押しのけるように立ち上がる。
彼女は小さく悲鳴を上げるも、追従して立ち上がり、俺の手を掴んだ。
「落ち着いて下さい。もう魔物は居ません。2体とも、住処を含め燃やし尽くしました」
「ッ! 離せ!」
強引に振り払い、逸る気をそのままに足を動かす。
だが情けないことに、方角すら分からなかったのだ。
「……こっちです」
見かねたのか、アルバータは俺の前に出て再び手を取った。今度は振り払わなかった。
月明りを頼りに進む。鼻孔を焦げ臭さが襲った。
「こちらです。何か気がかりでも?」
「……」
崩れおち、炭化した柱であっただろう物を指でなぞる。
元の姿を思い出そうとしたが、無理だった。当然だろう。一言二言交わしただけの、他人だ。
それなのに、どうしようもなく心が揺れる。
「守れなかった」
「え、と……?」
俺の呟きに、アルバータは困惑する。
得心がいったように彼女が言った。
「確かに犠牲は出てしまいましたが、最小限に抑えられたと思います。思い詰めてはいけませんよ」
励ましの言葉は心からの物だとわかる。
ーーそれがどうしようもなく、ムカついた。
「犠牲はいくつだっけ?」
「3人です。遺憾ではありますが」
「…………5人だよ」
アルバータは困惑し、言葉に詰まっていた。
あの2人が犠牲者かもしれないなんて、発想すら出来ないのだろう。
魔物は無条件で倒すべき敵で、庇うなんてありえない。それがこの世界の常識で、異常者なのは俺の方だ。
俺の言葉を何とか咀嚼したのか、アルバータは口を開いた。
「まだ、終わっていないというのですか?」
それは過程こそ大きく異なるが、俺の結論そのものだった。
だから俺は彼女の言葉に頷きで返す。
本心は、俺だけが忘れなければそれで良い。
「といっても、村人達は信じないだろうし、俺達が警戒してればそれで良い」
「それでも注意喚起はすべきでは? 意識に留めておくだけでも大きな違いがあるかと」
「心底びびってた時だって、変わらず犠牲者は出たじゃないか。変な反感買うより、影でこそこそやってた方が良い」
「それは、あまりにも乱暴では……?」
あの2人は曲がりなりにもこの村に居を構えていたのだ。関わりがあった筈だ。知り合いだって居ただろう。
なのにこのザマはなんだ。ただ打ち棄てるような扱いは。
だから、どうでも良い。こんな村は滅んでもいい。
ただ俺はあの2人の無罪を証明し、その事実を餞にしよう。
「とにかく、もう夜だろう。他の皆はどうしてるんだ?」
「皆さん宴会の最中ですよ。
……通り抜けましたよね?」
「え、記憶にない。というか俺はどこで寝てたんだ?」
何やら柔らかくて、いい匂いがしていた記憶がある。
「……お忙しいようでしたから、お忘れになるのも仕方がないですね」
彼女は半目でそう言った。
怒っていらっしゃる?
「先程は村の全員とセシリアさんが居ましたが、帰り始める人も出て来る頃でしょう」
「なら急ぐか。一箇所に集めといた方がやりやすい」
ふと冒険者の男が脳裏をよぎる。
アルバータは村の全員とセシリアと言ったが、言葉の綾だろうか。
「あの冒険者の男、あいつはどうしてるんだ? もう帰ったのか」
「ああ、彼ですか」
アルバータは言葉に詰まった様子だった。
足を止める。言い淀むような事があったのだ。
「彼はですね。突然暴れ始めたので、今は拘束しています」
暴れ?
「何で」
「例の魔物2体を倒したと聞いた時に突然。恐らく精神攻撃を受けたのかと」
まさか、と思った。
もしかしたら、2人はまだ何処かで生きているのではないかと。
「……よし。俺はそいつと話してくるから、村人達の方は頼む」
きっとそいつが今回の事件、鍵を握っている。
「あの、勇者候補様? そっちじゃないですよぉ!」
制止の声に、迷わず踵を返した。




