勇気の示し方
個性的な人から逃げてきた俺たちは、さてこの後どうしようかと宿屋で悩んでいた。
「思ったんだけど、俺って特に目的がないんだよな」
気が付いたらこの世界に居た俺は、流されるままにこんなとこまで来てしまった訳だが。
「元の世界に帰るんじゃないの?」
「そこだよ」
セシリアが言うのは最もだと思う。確かに最初はノスタルジーを感じたが、一晩経ったらきれいさっぱり消えてしまったのだ。
元の世界に未練がない。それはもうこれっぽっちも!
(……そういや、ジャンプ読めてねえな)
…………未練はない。いや、これを未練と呼ぶのはなんか違うと思うのだ。
(熱い風呂に入りたいな。服もなんかごわつく)
濡らした布で体を拭くしかないし、服は荒縄のようである。
「……」
いや、いやいやいやいや。そのうち慣れるだろう。これは。
「なんか、別に帰らなくてもいいんじゃないかと思うんだ」
「じゃあさ、じゃあさ」
セシリアが身を乗り出す。目はどことなくキラキラと輝いているようだ。
「勇者目指そうよ。せっかく勇者候補になれたんだからさ」
「勇者ねえ」
勇者。勇者。
呟いてみる。将来の目標としては赤点に近いが(現実的な物に置き換えたら……何だろう似たのが思いつかない。勇者ってなんだ)、こんな世界ならそれも良いのだろうか。
「でもそれってセシリアの目標じゃん。被っちゃうよ」
「えー、いいじゃんやろうよー」
セシリアも仲間が欲しいのだろう。それをこうして健気に勧誘しているというのは、なんと健気なのだろうか。
「よし、勇者目指しますか!」
「やったー! ぱちぱちぱち」
そうと決まれば善は急げだ。俺達は宿屋から飛び出した。
勇者としてやるべきこと。それは人助けに他ならないのだから――!
*********
と言っても、困っていそうな人に無作為に話しかけられるほど極まったコミュニケーション能力を持っているわけではない。
今あるシステムに乗っかるのが簡単で、つまりはギルドへ行くのがとても手っ取り早く、結局のところ、やることは冒険者と変わらないのだ。
「しかーし! 俺達は普通の冒険者が受けないであろう、割りの悪い依頼を敢えて受ける!」
「何でですか! せんせー!」
「よくぞ聞いてくれたセシリア君!」
何事かとギルドに居た人達の視線が刺さる。ちょっと冷静になってきた。
「そっちのが『助けた感』が強くならからだ!」
「『助けた感』!? それは一体――!」
「それは―――――、ほらあれ充実感だ!」
「充実感! 良くわからないです先生!」
「分からなくても分かってるふりをするんだよう!」
だん! と。カウンターに手を叩きつける。可哀そうな受付嬢は、肩を一度震わせた。
「というわけで、なんか困ってそうな依頼くださいな!」
「あ、ええと」
女性は困ったように、すうっと、右手を横へと向けた。
「まずあちらで整理券を受けとって下さい」
「…………あ、はい。すみません」
早足で指示に従う。1分前の自分を殴りたい。
「先生」
セシリアが半笑いで言った。
「常識です。先生」
「追い打ちは人を傷つけるんだよセシリア……」
*********
なんか変な奴らが居た。
「うーん、なんかぱっとしない依頼だな」
「人助け感がないよねー」
一部訂正。まだ居る。
男と女、2人組の冒険者だ。
カップルの冒険者というのはそれなりに珍しい。大抵は長続きしないからだ。
とはいえ例外はある。
その組み合わせとして、互いの実力がかけ離れているパターンだ。
片方は肉欲を、片方は金欲を満たす彼らは実に割り切っており、意外とぶれない関係性を持つ。
この二人は見事にそれを体現していると云えるだろう。
男の魔力量は驚くほど多く、それだけである程度の実力を示していると言え、女の方は、やや幼くも見えるが整った顔立ちに、女を感じさせる肉体だ。こちらもやや幼い気はあるが、そういった趣味を持つ輩も多い。
死ねばいいのになぁ。
しかし俺には関係のない話だ。依頼表に目を通す。
ポイントは適度な依頼料で、目的がハッキリとしているものだ。証拠が残るものならば尚良い。
冒険者として当然の知識。
――故に、そんな依頼はなかなか無いのが実情である。
ならば冒険者はカスの中からどの依頼を受けるだろうか。
「あん?」
1つの依頼に目が留まる。
依頼料。――まあ、普通。
目的は村の脅威を取り除いて欲しい。――とても曖昧。
よろしくない依頼である。だが他は子供の小遣い稼ぎ程度の依頼だ。
良い依頼がない時は適当に遊んでいるものだが、実際酒場で情報収集でもしておいた方がいいかもしれない。
――それでも、
これにしようか? 何故だろう、相応しい理由が思いつかないが。
いや、これしかないさ。 そうだ、受けないなんてありえない。
こんな素晴らしい依頼は他にない! やらないのは馬鹿のすることだ!
「ふ、ふふ」
ああ、胸が躍る。こんな気持ちは何時以来だろうか。
「ははははははははは!」
*********
「なんか変な奴が居るな」
突然笑いだした男に、思わずつぶやいてしまう。この街にも危ない薬が蔓延しているのだろうか。
「関わらんとこ。なあセシリア、どの依頼が良いと思う?」
「一番依頼料が高いやつ」
「俺の話聞いてなかったな?」
一考もせず答えたセシリアには期待できそうもない。しかし現状の懐事情からいっても一理あることは確かである。
今の俺は武器すらない。由々しき事態である。
「よし、これにしよう」
「一番依頼料の高いやつじゃん」
「結果的にはね? でもこれ見てよ。『村の脅威を取り除いて欲しい』だって。凄く勇者みたいじゃん」
「そうかな。でもなんか、それ。凄い違和感があるよ」
「そうか?」
文面を読む。
北東に位置するゾウ村には、今危機が迫っています。
朝目が覚めると、村人の1人が魔物に喰われていたのです。
しかしその魔物の姿を見たものはなく、結界にも綻びはありませんでした。
魔物は今も村に潜んでいるのです。誰もが恐怖に震え、眠ることさえままなりません。
どうか村の脅威を取り除いて欲しいのです。
特におかしなところは見られない。
しかし、良くは分からないが、どうにも目の泳ぐ文章だ。ぼんやりとするというか、何というか。
「ま、他の依頼はつまらなさそ――緊急度が低そうだしこれで行こう」
「依頼料も低いからね」
「だからお金で選んだわけじゃないってーの」
笑っていた男が出口へと向かっていた。
さっきまで笑っていたのが嘘のように静かだった。
「きっと顔は真っ赤だろうな。わかる」
*********
「あら、奇遇ですね勇者様」
「奇遇じゃないよね。絶対先回りしてただけだよね」
純白のローブに豊満な身を包んだシスター、アルバータがゾウ村の前で立っていた。
「先回りだなんてそんな。私は死者を弔いに来たのですよ」
「ああ、なるほど。仕事熱心だな」
まだ犯人は見つかっていないのに。
アルバータは困ったように笑った。
「ええ、大忙しですよ。一日二日では終わりそうもありません」
「弔いってのはそんな時間が掛かるんだ」
お経を唱えてはい終わり、というわけではないのだろう。こんな死者の多そうな世界観で大したものだ。
彼女はいいえ、と否定した。
「1人1人はそこまで掛かりません。今回は3人もお亡くなりになりましたから」
3人。依頼日は1日前だけど、初めに殺されたのは3日前の夜だったか。
「――1日1人。思ったより、深刻だったな」
まるで、昔に流行ったゲームのように。一晩に一人ずつ。
「それはさておき、ですよ勇者様」
「さておくなよ。あとその呼び方やめろって」
アルバータはまあ、と驚いたふりをした。
「勇者様がいらっしゃったのなら、もう安心ですね!」
「人の話を――」
「勇者様?」
村からぞろぞろと人が集まってくる。老人が呼びかけた。
「まさか、勇者様が」
「いや――」
「ええ、そのまさかです! 勇者様が助けに来てくださったのです!」
「皆の物! 救いが来たぞおおおおお!!!」
老人が叫ぶと同時、地面が揺れるほどの歓声が上がった。
「「うおおおおおおおおおおお!!!!」」
アルバータはにこにこと笑っていた。
「こ、このやろう……」
もはや否定する度胸もなく、流れに任せるしかなかった。
「そう、俺こそ勇者である! みんな助けてやるぜ!」
「「「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」」」
……。
「セシリア? どうかした?」
「別に」
不機嫌なセシリアに、こいつも勇者を目指していたのだったと思い返した。
この子も嫉妬にかられることがあるんだな。
もう少し上手いことやれれば良かったが。
歓声の中、事件のことすら忘れて、少女と見つめ合った。




