必要な事
「武器屋に行きたいと思います」
「それずっと言ってんね」
場所は国境近く、ネイチャラント最西端の街ナーデ。
重武装の目立つ警備員が数多く配置され、物々しい雰囲気を漂わせる嫌な街だ。
国境自体は更に西へあるのだが、国を出るのなら、ここで最後の準備をすることになる。それは亡命者とて変わらない。
だからこう、何を買うにも警備員の鋭い視線にさらされる。異国情緒を感じる。悪い意味でだ。
「でもさあ、ここで買うのは不味くない? 目ぇ付けられちゃうよ」
そんな事情を考えてか、黒魔導士のオリーブが指摘した。
「確かに……」
全くもってその通りである。でもだ、でもである。
「流石にこう、手ぶらじゃ不安だし」
「魔法使いだし別に良くない?」
「その魔法が伸び悩んでるから言ってるんだよなぁ」
初級魔法と呼ばれるものはすんなりと覚えられた。それはもう見るだけでだ。
だがその一段上、中級魔法になるとトンと習得できない。
オリーブ曰く『基礎ができていないからよ』とのこと。
なので彼女に師事しながら勉強中なのだが、遂にタイムリミットが来てしまった。
だが救済措置は存在する。それが『杖』だ。
理屈はどうにも不明だが、魔法の発動を補助する効果があるのだそうだ。
「だからそれは止めなって言ったじゃん。杖に頼り切って何もできなくなっちゃうよ」
「いや、でもさ。弱いままじゃやべーでしょ。俺は死なないから何とかなるけど……」
これより挑むは怪物ひしめく高難易度ダンジョン。
俺とセシリアは勇者候補特権として不死身だが、オリーブはそうもいかない。
たった一つの命。準備不足で散らせてしまっても良いのだろうか。
「う、ぐぐ。……ぎぎぎ」
「うわあ、まじか」
オリーブは葛藤する。彼女にとっての魔法は引くほど重い。
「話は聞かせてもらいました!」
意味もなく扉を豪快に開けてアルバータが叫んだ。
2人して目を丸くしていると、アルバータは先の勢いをなかったものとして普通に歩き、机に荷物を置いてこれまた普通に言った。
「糸使いを目指しましょう」
「糸?」
糸って武器だっけ?
俺の最もな疑問は、横に居たオリーブから回答された。
「『ストリング』の魔法のこと言ってる? 実用レベルで使える人間なんてこの世にいるの?」
「本の中には居ましたし、大丈夫じゃないですか?」
「創作ってご存じかしらん」
要はロマン武器か。
言われてみれば、そんなキャラクターも居る。勿論創作の中でだ。
いや、しかし、ここはファンタジー。意外と何とかなるのでは?
「まあ、流石にメイン使用は冗談ですが、便利だと思いますよ? 罠に使って良し。裂傷なら縫い合わせて応急処置だって出来ます。私は今回参加できないので、治療手段は重要じゃないでしょうか」
「むぅ、割と最もらしい」
「凄く良いと思うけど、それって俺にも使えるのかな」
「勿論です!」
「うわびっくりした」
彼女の押しが強すぎる。
「黒魔導士のスキルですからね。オリーブさんも使えるのでは?」
「スキルじゃなくて魔法ね。一応使えるけどさ。……ま、練習にはちょうどいいか」
オリーブは渋々といった様子で魔法を唱えた。
すると手のひらの上に半透明の白い糸が渦を巻いた。
「……しょぼいな」
思ってたのと違う。こう、ビュっと糸が出るもんなんだと。
「それは練度の問題です! 熟練者なら飛ばした糸で滑空し続けることだって出来るんです!」
「だからそれは創作の中の話でしょうが!」
イメージとは違うが、これなら確かに出来そうだ。
オリーブの魔力の流れを真似ながら、魔法を唱えてみる。
同じように白い糸がにょろっと飛び出てきた。
「あ、出来た」
まあ、この程度の魔法なら初見でも問題なく発動できる。
糸を見たアルバータが過剰なほど持ち上げ、オリーブは憎々しげに睨んだ。
魔法を習いだしてから、オリーブのこの顔は嫌というほど見せられた。俺としてはもう慣れたものだし、彼女も表情程は気にしていないようで、睨みはすぐに終わる。
今回もすぐに呆れたような顔に移った。それが俺の質問開始の合図でもある。
「これ、もうちょい長く出来ないのかな」
「魔力の流し方で長さ、色、太さもろもろ変えられるけど……、あんたなら見せたほうが早いでしょうね」
オリーブは同じ魔法を唱えた。だが魔力の流れが先とは微妙に異なり、現れた糸も今度は赤い。手のひらから零れ落ちるほど長く、2倍は太かった。
「長いだけで良いのに。一遍にやられると困る……」
「オホホ、せいぜい苦労しなさい」
俺ができるのは真似だけだ。彼女はそれを俺以上に熟知しているらしく、度々こういう試練を与えてくる。
俺に足りないのはこういった、魔力をどう操ればどのような魔法になるかの知識なのだろう。
「『ストリング』『ストォリング』スットリング』」
「発音変えれば良い訳じゃないからね」
「子供の頃を思い出す光景ですねぇ」
「そういやあんた、一応白魔導士だものね」
「おやよくご存じですね。僧侶クラスが細分化されているのは、結構知られていないと思ったのですが」
「舐めんな。白魔導士系僧侶」
縮れた魔法の糸が出たので、一息つくことにした。
「はい休憩。そういえば、アルバータ買い物行ってたんだっけ?」
「お疲れ様です。色々買ってきましたよ」
アルバータは机の上に買って来たものを並べた。
「何々、何買ったの?」
「まずは地図ですね。ヘブル山脈がぎりぎりでも写ってるのはこれしかありませんでした」
「うわ、よく買えたね。『亡命します』って言ってるようなもんじゃない」
「私は通行証持ってますからね。聞かれはしましたがゴリ押せますよ」
「ありがと。俺がいかなくて良かったな」
しかし、右端に写っているヘブル山脈はほぼ白紙だ。隣国のテクマルノスが写っているのが救いだろうか。
「目指すのはこのダブリスという村が良いですよ。こっちのスポンは近いですが、ネイチャラント寄りで、最悪送り返されるかもです」
「おお、アルバータは頼りになるな」
「えへへ。後はコンパスと、回復薬と、ヘブルに出る毒蛇用の血清ですね」
携帯食は馬車に大量にあるから、それを持っていけば良いだろう。他にも登山用グッズがあれば良いのだが、流石に露骨すぎるのでやめておいたのだ。
「ただいま」
扉を開けてきたのは――視線を少し下方修正――白髪の少女セシリアだ。
彼女は俺達の中で唯一の近接タイプで、そのお陰で身体能力が高いのだそうだ。魔力による身体強化の強さはクラスに大きく左右され、身体強化は視力にも影響されるとのこと。なので彼女には一足先に山の様子を見てきてもらっていた。
「特に見張りはいなかったよ。道らしい道はなかったから、絶対迷うね、あれ」
「魔物は見えた?」
「見える範囲では居なかったかな」
「ん、そっか。ありがと」
入るだけなら問題なさそうだ。
亡命ルートになっているというし、何らかの目印はあるはずだ。
「そこんとこ知ってたりしない?」
「いいえ。業者の方なら分かるかもしれませんが、伝手がなくて」
良く分からん業者は信用ならんとのこと。
方角と目的地は分かった。監視はなし。ルートは出たとこ勝負。
「……うん、情報は出揃ったかな?」
さてもう山へ行ってしまおうか。それともまだ準備が必要か?
「……」
選択を行う。
視線は山岳。その更に向こうの、発展都市。
「よし。じゃあ行こうか!」
「私は別ルートですね。ダブリスで会いましょう」
「不安すぎる。あたしだけ不死身じゃないし」
「大丈夫。わたし勇者目指してるので」
「せめて勇者なのでって言って」
アルバータは笑顔で、オリーブは頭痛を抑えるように、セシリアは能天気に言った。
俺は古代文明を手がかりとし、元の世界のヒントを探る。そして――
(戻る、のかな?)
分からない。でも、選択肢は手元に置いておきたかったのだ。




