4. 黒い死神と白い騎士 (後編)
ぼんやりとした意識の中で、彼は夢を見ていた。
それは古い記憶だ。
彼の故郷で当時流行っていたゲーム内でのこと。
彼はコロッセウムにて、引退前の最後の大会を準優勝で飾った旧友を待っていた。
程なくして白い鎧姿のアバターが石造りの廊下を歩いてやってくる。
友の姿を見て、彼は眉根を寄せた。いつも装備していた愛剣がない。
「お前、武器はどうしたんだ?」
問いかけると、旧友はああ、と頷いた。
「託してきた、持つのに相応しい子に」
白い騎士の言葉からは、終わった、思い残すことはない、そんな晴れやかな感情が伺える。その言葉に彼は怒りが湧いた。
「ほーう。なら、俺との再戦の約束はどうするつもりだ?」
黒い死神のような彼のアバターの言葉を受けて白い騎士が一時停止ボタンを押したかのように硬直する。
……。
2人の間に寒々しい空気が流れる。
「てへっ☆」
精一杯可愛らしく見せようと花のエフェクトを撒き散らしながら、白い騎士がポーズを決めた。
直後、その頭部に黒い鉄拳がめり込んだ。
言うまでもなく、黒い死神のアバターの怒りの拳である。
「ひどい、ぶたなくたっていいじゃない!」
さめざめと泣くようなポーズを白い騎士が取ると、それに合わせて目から水が飛び散るようなエフェクトが表示される。
よくもまあ、いろいろ感情エフェクトを設定したものだと彼は呆れた。
「まったく、不完全燃焼で終わらせられたこっちの身にもなってみろ」
「いや、申し訳ない。それは本当に」
彼の呆れた言葉に対し、素直に白い騎士は正座した状態で頭を下げた。
「でもさぁ、話してみてさ、気持ちのいい子だったんだ。真っ直ぐで、素直で。俺のさぶーい言葉やエフェクトととか見ても笑い飛ばさないでくれてさー」
いじいじと地面をいじりながら白い騎士が言う。
「自分がさぶいという自覚はあったんだな」
「そりゃあ、あるよ。今どきヒーローとか流行んないしね」
けどさ、と白い騎士は言う。
「大事なことだと思うんだ。どんなにさぶくてダサいように見えても、勇気とか、友情とか、努力とか、正義に憧れる気持ちとか。大人になっても社会に出てからもそう。分け隔てなく親切にできたり、偏見なく人と接したり、間違ってることを堂々と間違ってると言えることが。難しいし、反対に非難されることもあるかもしれないけど、無くならないで欲しい」
白い騎士の言ってることは、理想論の綺麗事だと黒い死神の彼にもわかる。
理想論ゆえ難しいし、揶揄されるからでこそ排他されていくことも。それでも、旧友は旧友なりの正義をこのゲームの中で貫いてきた。
だから、勝ちたいと思っていたのだが。
(結局終いまで叶わないままか)
そのことを彼は心から残念に思った。
「お前がいなくなったら、その理念も消えるんじゃないのか?」
引き止めるような感傷。それを白い騎士が言葉から感じ取ると、立ち上がって、にじり寄る。
「ねえねえ、もしかして寂しい? まだ居て欲しいって思ってる?」
「ないから、今更。とっとと去れ」
にべもない黒い死神の言葉に白い騎士は笑った。
「ひっどいな。……そう言う俺も未練はないけど。受け継いだ意志は剣と共に託してきたから。無くならないで続いていく」
白い騎士が晴れやかな口調で言う。託すという気持ちは、あまりチームを組まない黒い死神にはよくわからない。
「いつか、会えるといいね。託してもいいと思えるような、自分と同じ気持ちを持った同士に」
白い騎士が穏やかに古い記憶の中で言う。
違う、そうじゃない。
俺はお前のことこそ、ずっと歩んでくれる同士だと思ってたんだ。
彼が心の中で呟いた瞬間、白い閃光が意識を切り裂いた。
ファーヴェルの反撃の剣閃が黒い死神の肩部を掠めた。
コクピット内で、ハルカは荒くなった呼吸を整える。
回避して、ようやく隙ができたことで打ち込めた一太刀だ。それも決定打にはならない。
「ハル、このままではやられてしまいます!一回撤退を……」
ノインが言いかけたところで、何かに気づく。
黒い機体がファーヴェルに反撃するでもなく、頭部を持ち上げた。
その仕草に見られている、とハルカは感じる。まるで、何と戦っているのか確かめているような様子だ。
「ファーヴェル……か……」
先程のシャラクとは違った男性の声が通信機から流れる。その声音には感慨と、ほんの少しの寂寥が混ざっていた。
僅かな沈黙のあと、黒い機体がこの戦いで初めて、長剣を下げて、構えの体勢をとった。
気づけば、カナタ達と戦っていた周囲のプロームも沈黙している。
「ハル……」
ノインがどうするのか、という意味をこめて声をかけた。
ここは、呼びかけた方がいい。そのことはわかっている。
だが、ハルカはコンソールに力を込める。
白い機体が黒い機体に応えるように剣を正眼に構えた。
何となく、先程の通信と今の行動からこうすることを相手が望んでいるようにハルカは思ったからだ。
黒い死神と白い騎士、二機の間に静寂が流れる。
カツン、という岩壁の石が落ちる音が響く。
音を合図に先に動いたのは、黒い死神だ。
急加速して間合いに入ると、漆黒の長剣を下段から斜めに切り上げる。
速度、精度ともに必殺の斬撃だ。その黒い剣閃は刀身とともに、ファーヴェルのパーツの一部を破壊していた。
ただし、振り抜かれていれば。
黒い機体が加速したのに合わせ、ファーヴェルはあえて微加速して間合いを自分から詰め、プロームの膝で相手の剣の柄を止める。そして、加速した勢いのまま頭部を激しく、黒い機体にぶつけた。
頭突きを受けて黒い機体は体勢を崩す。
その機を逃さず、ファーヴェルは白い長剣を上段に振りかぶると、黒い剣へ振り下ろした。
暗い洞穴内で白い剣閃が煌めく。
長い戦闘で数多のプロームを狩り、限界に達していた黒い剣は破片を撒き散らしながら、切ない音を立てて、折れた。
武器を失って、黒い機体の中で彼は嬉しそうにくつくつと笑った。
「頭突きって、ヤンキーかなんかかよ。プロームでやることじゃねえだろ」
そんなことをすれば、向こうもコクピット内で衝撃を受けただろうに。
それでも、一騎打ちの意図を察して、剣を躱さずに受け止めるために白い機体の乗り手がそうしたことを彼は察していた。
「お前、名前は?」
問いかけると、白い機体がぴくりと反応する。
「エイジス所属、ハルカおよびノイン、ファーヴェル」
少年のまっすぐな声を聞いて、彼はふっと清々しく笑った。
世界の情勢は黎明の旅団の団長として把握している。その中でエイジスで活躍しているプロームの機体名を聞いた時から、彼は心の奥底で何かが引っかかっていた。
オービスでの団長の記憶と地球での一プレイヤーの記憶の狭間に立ち、なぜ引っかかっていたのか、その理由をようやく知ることができた。
(喜べ、お前の意志は世界が変わっても続いている)
エイジスの正義と、今の真っ直ぐな戦い方から確信した。だから、友は信念とともに愛剣を託したのだと。
(なら、俺も託すとするか)
傍らの5機、若い同士へと彼は視線を向けた。
黒い剣の残っていた刀身部分にヒビが入ると、突然、砕け散った。先程撒き散らした破片と合わせて、それは5つの塊になると、カナタ、ケンジ、アヤメ、ルイ、リュウのプロームの武装に自ら飛び込んでいった。
「後は、任せた……」
5人の耳に、同時に声が響く。
直後、黒い機体と周囲のプロームが崩れ落ちた。
聞こえた声が団長のものだと5人は確信する、だが一連の出来事に対して理解が追いつかず困惑していた。
そこへ、黒い機体のそばにカラスのようなぬいぐるみが姿を現す。
6機がそれぞれプロームを解除して、傍へと近づいた。
「シャラク……」
ノインが語りかけると、シャラクが弱々しく顔を上げた。
「すまない、俺もナギも仲間の精神体が利用されないようにするのが精一杯だったんだ」
シャラクがぽつぽつと話す。
「ナギの身体はとうに力尽きて、俺もナギもいつの間にかここを守ること以外に考えられなくなってた。感応能力のようなもので機体を動かしていた気がするが、それもあやふやで。誰が敵か味方かもわからなくなっていた。迎えに来てくれたのに、剣を向けてしまって、すまない」
申し訳なさそうにシャラクがうなだれた。
「いや、よく守ってくれた。もし、これで利用されてたら次は本気で仲間を相手にしないといけなかった」
カナタが安心させるように言う。
実際、帰る場所を失ってさまよった状態で他の勢力に仲間の精神体を回収されていたらと思うとぞっとする。
ましてや、この激しい戦場では、仲間を再復帰させる時間も余力もなかっただろう。
「復活って、できそう?」
ルイが問いかけると、シャラクとノインが俯く。
「ここに漂っている精神体は激しい戦闘と、ロストしてからの時間の経過から損耗してしまっているのです。だから、復活したとしても……」
「そんな……」
リュウが悲しそうな声で周囲を見る。
ここで戦った旅団のプローム乗りの復活は絶望的、ということだ。
ハルカが静かに口を開く。
「きっと、そのこともわかってた気がする。最後の一撃から、何となく団長さんは終わらせて欲しいって願ってるように感じた」
ハルカの言葉を受け、カナタ達5人は、先程の後は任せた、という言葉を思い出す。
「眠らせて、あげよう」
「……そうだな」
カナタが提案し、ケンジが頷くと他の3人も頷いた。
天井に空いた穴から月明かりが照らす洞穴内でノイン、シャラクの身体が光り出す。
すると、共鳴するように岩壁から蛍のような光が立ち上り始めた。
以前、ハルカはノインから人の目では精神体を目視することはできないと聞いたことがあった。ただ、大気中の結晶の濃度や光の屈折具合によっては見えることもある、と。
だから、今目にしている光は、精神体、同胞の魂であることを6人は感じ取っていた。
名残惜しそうに、光はカナタ達5人の周囲や黎明の旅団の家だった廃墟を少し漂うと、月明かりの光に沿って空から宙へと上っていく。
宙の先へ、本来の故郷の星を目指して。
全ての光が洞窟を抜け、宙へ還っていったのを見送ると、シャラクはため息をついた。
「ノイン、俺も疲れた…」
わかっていたようにノインがうなずく。
フェアリスは実体がない分、休息という概念はなく、常に思考は働いてしまう。だから、休むためには身体が必要であった。
「了解なのです。しばらく思考を休めるといいのです」
そう言うと、ノインがシャラクに向けて手をかざすと、シャラクの身体がぬいぐるみ姿のまま実体化し始めた。
「眠るだけなのです。また、休んだら帰ってきてください。全ては終わってないのですから」
「どうだろう、どのぐらいかかるだろうな…」
ノインの言葉に淡くシャラクが微笑むと、完全にカラスのフェアリスは実体化した。
その身体をアヤメが拾い、抱き締めると、優しい声で囁いた。
「お疲れ様、おやすみなさい」
アヤメの腕の中のカラスのぬいぐるみは、穏やかな表情を浮かべているように見えた。
「じゃあ、俺らも一旦帰るか」
「そうだね、番頭に報告しないと」
ケンジ、リュウが頷きあい、歩き出す。
「お疲れ様、帰るぞ」
カナタがハルカの肩をぽんと叩く。
が、その体が動かない。
「ハル?おい、ハル?」
目の前で手を振ってみるが動かない。
緊張感のある戦闘に加えて、心霊体験をしたことにより、恐怖がピークに達してしまったようで立ったまま、ハルカは気絶をしていた。
「お前、こんなところで、ないだろそれは!」とカナタがツッコミを入れる。
「ありゃー、起きそうにないね」と呆れ半分と困り半分でルイが呟く。
「ってか、どうやってこいつ連れて帰る?」とケンジが珍しく現実的な心配をする。
わいのわいの言う5人と、気絶したハルカを見て、やれやれとノインはため息をついたのだった。
〇幕間
ケートスに帰投した直後、黎明の旅団の5人はイツキとケイトに元本部で体験した出来事を報告した。
「…痛ましい出来事でしたね」
沈痛な表情で話すイツキに、ケイトも頷く。
「ロストして戻ってくる仲間の精神体を守るために、自分も精神体となってなお、戦い続けてたのね」
精神体単独では本来、プロームを動かすことはできない。それを可能にしたのはシャラクとの感応能力によるものなのか、それともナギ自身の意志による奇跡だったのか、今となってはわからない。
「今回の件はいろいろと考察しないといけない事柄が多そうですね。精神体とはそもそも何なのか、そして君たち5人のプローム素体が受け取ったものが何なのかも」
イツキが指摘したのは、ナギが消える前、自身の素体を分割させて、カナタ達のプロームに譲渡した件だ。
「プロームの刀身の金属、オリハルコンには質量を保存する機能がありますが、持ち主が任意で託す行為は初めて聞くのです。動作は安定しているので、問題ないとは思いますが」
ノインが5人の持つ素体を分析しながら話す。
「団長のことだから、そんな危ないことにはなんないだろ。……託されたものだから、今後も使い続けるつもりだしな」
カナタが言うと、同意するように他の4人も頷いた。
「まあ、今は細かいことは抜きにして、お疲れ様。いろいろあったと思うけど貴方達が無事に帰ってきてくれただけでも嬉しいわ」
ケイトが微笑みながら言うと、5人とも苦笑した。
「約一名無事じゃないよね」
「連れて帰ってくるのたいへんでしたよ」
ルイとケンジが言うと、イツキとケイトがばつの悪い表情を浮かべた。
「申し訳ありません、本当に締まりの悪い息子で」
「ごめんね、迷惑かけちゃって。なんで、あんなに怖がりになっちゃったかなー」
ケイトの不思議そうな言葉に対して、イツキがケイトのことを見る。
「それは、ケイトさんがハルが5歳ぐらいの時にホラーゲーム見せたからでしょう?確か、職場の人から面白い、と勧められて」
「あーあれかー、普及し始めたネットワークフルダイブを簡易活用してて、VRだったんだよね。遊んでたら興味深そうにハルが見てて、やってみたいって言うもんだから」
何でもないことのようにケイトが言う。
「帰ってきたら、泣いて目真っ赤にして、喉ガラガラで熱出して寝こんでたんですが。確かあれって、R-15指定で、当時あまりのグロさにプレイ動画の投稿も禁止された曰く付きのソフトでしたよね」
「やー、確かに怖かったわー。死体の臓物の飛び出たリアルさとか」
ケイトの話す内容にえぇ……と5人がドン引きする。
VRはよくわからないが、死体だの臓物だの、聞いただけで恐ろしいものを見たことは想像できてしまう。というより、幼い子どもに見せるものではない。
「それを言うならイツ君だって、ハルが6歳ぐらいの時に海外のホラードラマの翻訳のバイトやってたじゃない」
「あれですか?言い回しがむずかしくて、何度か繰り返さないとわからない場面が多かったんですよね」
けろっとした表情でイツキが言う。
「帰ってきたら大音量でホラー音声が流れてて、部屋の隅っこで耳を押さえながらハルカがうずくまってたけど」
「いやあ、幽霊役の声が潰れてて聞き取りづらかったんですよ。特に複数のパソコンのモニター画面が点滅して、今まで殺害してきた被害者たちの最期の映像を写したあと、血文字で埋め尽くされた瞬間、襲いかかってくる場面とか」
カナタ達が聞いて、えぇ……とさらにドン引きする。
そんな光景が大音量でエンドレスで流れてたら、トラウマになる。そしてこれも幼い子どもが聞いていいものではない。
「要するに、ハルの怖がりって、二人のせいってことだよな……」
「可哀想に……」
カナタとアヤメが同情するように言う。
ちなみに、当の本人は自宅の自室にてナノの介抱を受けていた。後日何度もそれをネタにされ、からかわれた、という。
次の投稿は5/5を予定しています。




