3. 黒い死神と白い騎士 (前編)
エイジス諸島連合皇国とシーナ大帝国がエリア91にて激しい衝突を繰り広げていた頃。
時を同じくして、別な場所でも戦火があがっていた。
ユエルビア共和国とシーナ大帝国の国境沿いの奥地、山岳地帯のとある山中の大空洞にて。
上空からは飛空艇による爆撃で洞穴内をゆさぶられ、陸上ではプロームと作業用プロームの移動砲台の砲撃によって攻撃を受けていた。
大空洞内を一機の漆黒のプロームが駆け抜け、攻め込んできたプローム機を圧倒していく。
『団長、団長!』
黒いプローム機のコクピット内で男性と思しき低い声が通信機から響く。
『団長!』
「っせえな、わめかなくても聞こえてる」
黒いプロームの乗り手、団長と呼ばれた人物が答えると、安心するような吐息が返事がわりに返ってきた。
『最後の移送が終わった。時間稼ぎは十分だから、そっちも離脱を』
「わかった。ぼちぼち撤退する。ヴァルド、指揮は任せた」
『了解。どうか無事で…帰りを待っている』
その言葉を最後に通信が切れた。
へっ、と黒いプローム機に搭乗している男性が口の端で笑う。
「いい女に言われるならともかく、マッチョな野郎に言われるとイマイチ気持ちが盛り上がらねえな」
軽口を叩きつつ、長剣を一度地面に突き刺して、プロームの頭部を持ち上げる。
視界の先では、洞穴の天井から、わずかながら月の光が入り込み、澄んだ夜空が映っていた。
「帰るったって、ここが帰る場所だって連中は言ってたからな……」
黒いプローム機の後ろには、増築を繰り返したような歪な平屋の大きい建物があった。
この場所がなくなれば、ロストしても帰る場所がなくなってしまう。
きっと、今回の戦闘で亡くなった仲間はさまよってしまうだろう。
いや、この戦闘だけではなく、別の戦場で奮戦しているあの5人も。
だから、その前に……。
「シャラク、いるか」
すぐにコクピット内の座席の真後ろに黒いカラスを模したぬいぐるみのフェアリスが現れる。
「ここにいる」
「すまねえ。タイピング苦手だから、今から言うメッセージを送ってくれないか。……宛先はエイジス」
黒いカラスのフェアリス、シャラクがうなずくと、コクピットからプロームの中枢にもぐりこむ。
メッセージをフェアリスに伝えつつ、男性は先ほどの戦闘中に、サザンの放送局から流れていたラジオの内容を思い出す。
聞いてて、胸の奥底が熱くなった。
誰もできないと思っていたことを貫いてみせる、その生きざまに眩しさを感じた。
(向かわせておいてよかった……これなら、あいつらを託せる)
「……以上だ。送信してくれ」
男性が言い終えると、シャラクは言うとおりにメッセージを作ってケートス宛に送信した。
作業を終えたと同時に、遠くからプローム機の駆動音が、こちらへと近づいてきた。
ふっと口の端で男性が微笑むと、黒いプローム機が地面に突き刺していた長剣を握り締め、引き抜いた。
「シャラク、ここまで付き合う必要は無い、番頭のもとに」
「行く気はない」
男性の言葉に、黒いカラスのフェアリスが短く断る。
この黒いフェアリスとは付き合いが長い。言葉は少ないものの、非常に思慮深く、そして頑固だ。こう言った時は引かないのはわかっている。
「そうかい。じゃあ、付き合ってくれねえか」
男性の意志を受けて、黒いプロームが長剣を構えた。
「死神の狩りに、よ」
シーナの破壊兵器を防ぐためにケートスが故障し、1週間が経過したころ。
ケートスの機能もある程度修復し、復旧のめども立った、そんなある日。
黎明の旅団のメンバーであるカナタたち5人はブリッジに呼び出されると、深刻な表情をしたイツキからある事実を告げられた。
「黎明の旅団の本部が陥落しました」
衝撃を受けるカナタたちの前に、イツキはあるメッセージを見せた。
そこには、黎明の旅団、団長を名乗るナギという人物から、黎明の旅団本部が陥落すること、カナタたち5人をエイジスで引き取ってほしいという要望が書かれていた。
「このメッセージが送られてきたのは、作戦中。ちょうどケートスが巨大プロームを移送しているところでした。その後、爆発に巻き込まれ、通信系統が故障したためにこのメッセージに気づくのが送れました。本当に申し訳ありません」
イツキが悔しそうに言う。
対して、カナタたちはショックを受けつつも、こらえるような表情をしていた。
「いえ、イツキさん、だいじょうぶです。団長から、俺ら今回の作戦に参加している最中に本部に攻撃をしかけられる可能性があるって聞いていたんで」
「それでは……」
本当だったら、カナタたちは本部で待機したかったのではないか。イツキが問いかけようとすると、ケンジが首を振った。
「俺らは後悔してないっす。そもそも団長とも話して、ここでエイジスに倒れられるのは旅団の活動としても厳しくなるって言ってたんで」
「本部が無くなったのは悲しいけど、ロストしてもまたみんなに会えるから、ね」
ルイが言うと、5人がうなずいた。
「それに、あの家族会議の内容を聞いたあと、こっちに参加してよかったと確信しました。今俺らがしている活動が報われるためにも、です」
カナタが微笑みながら言う。本部が攻撃を受けているかもしれないことを覚悟した上で参加していたのだ。
イツキは無言で5人に頭を下げた。
その時、新な通信が入ったことを知らせるアラームが鳴る。
「イツキ様、黎明の旅団を名乗る人物からの直接通信です」
「すぐつなげてください。内容は周囲にもわかるようにいつものスピーカーで」
通信担当のフェアリスがうなずくと、スピーカーから低くて渋い、中年の男性の声が流れた。
『こちら、黎明の旅団のヴァルド、応答を願う』
ヴァルドと聞いてカナタたちがざわつき、イツキが首を傾げる。
「俺らの旅団のナンバー2で、プローム乗りじゃないですけど、白兵戦に強くて各方面の支援指示を出したり、資金調達の管理をしている人物です。俺らの間では番頭って呼んでます」
カナタからの説明にイツキがうなずくと口を開く。
「エイジス諸島連合皇国のイツキです、どうなされましたか?」
イツキの音声を受けて向こう側が一瞬緊張したように沈黙する。
『まさか、イツキ陛下御自ら出られるとは、大変失礼を』
「そんなにかしこまらなくて大丈夫です。それよりも急ぎの用事のようですが、一体何が?」
思いのほか、律儀な言葉にイツキが苦笑しつつ、先を促す。
『…そちらにカナタたちはいますか?』
「いる、一緒に聞いてる」
ヴァルドの質問にカナタが答える。
『なら、一緒に聞いてほしい。本部が落ちたことはもう知ってるな?』
「ああ、今聞いた。団長から話は受けてたから、あまり驚きはない」
『オーケー、さすがだ。では、次の話題だ』
一言区切ると、ヴァルドは真剣な口調で告げた。
『うちの団長と、今回の戦闘で巻き込まれたプローム乗りがまだ帰ってこないんだ』
黎明の旅団本部の潜伏場所である大空洞内を6機のプロームが慎重に進んでいた。
洞穴内はあちこち爆撃や砲火によって、崩れていたり、岩壁が焼け焦げている箇所もある。
「酷いな、相当な攻撃を受けたらしい」
リュウが戦闘の激しさを思い、眉をしかめる。
「あちこち地盤や岩盤が脆くなってるな。こりゃ、火砲打っただけでも崩れそうだ」
岩壁の様子を確かめながらカナタが言うと、ケンジが操るマックスガイツがディザスター・ケインの方を見た。
「だってさ、迂闊にぶっぱなすなってよ」
「どっかの誰かさんじゃあるまいし、言われなくてもわかってるわよ。そっちこそ衝撃波使えないってことじゃない」
ルイに切り返されて、ぐっ、とケンジが唸る。
「存分に戦えなくて鬱憤晴らせなさそうだからって、いちゃつかないでほしい」
「「誰が!」」
アヤメがやれやれと指摘すると二人そろって反応した。
賑やかなやりとりをしつつも、ホームであるためカナタ達5人はすいすいと危険な洞窟内を進んでいく。
そこをやや後方からファーヴェルがついて来ていた。崩落の危険性があるから、と言うには慎重すぎる速度だ。
「ハル、なんか慎重すぎませんか?」
ノインに指摘され、ハルカがぎくりとする。
「な、何が?いつも通りだよ」
返した声は明らかに上ずっており、ノインが首を傾げる。
「おーい、あんまり離れると置いていくぞー」
カナタが遅いハルカに気づいて声をかけて傍に近づく。
その時、ガタン、という金属性の物音が激しく鳴った。
「はうっ!」
ハルカがコクピット内で飛び上がる。
音のした方をカナタが見ると、マックスガイツの側に資材が落ちていた。
「悪ぃ、ぶつかって倒しちまった」
ケンジが声をかけ、ハルカが肩を落とす。
そこへ、バサバサバサバサっという音が洞窟内に響き渡った。
「ひぐっ!」
短い悲鳴が聞こえたかと思うと間もなくコウモリの群れが、6機のプロームの傍を通過して、どこかへと飛び立っていった。
「……」
5機がファーヴェルの方を見る。
「お前、もしかして?」
笑いをこらえるようにカナタが問いかける。
「ホラー…苦手なんです」
ファーヴェルから消え入りそうな声がもれた。
「まさかそういうのが苦手だったとは…」
カナタがくっくっくっとこらえ笑いをしながらアストラルで進む。
「トラウマなんです、昔っからホラーが駄目で」
ハルカがやや不機嫌にかつ恥ずかしそうに話した。
ホラー映画にドラマ、心霊特集のテレビ、いずれも苦手なものだ。ナノやケイトがよく見ようとするが、そういう時は自室に退散するようにしている。家族内でもそれでよくからかわれていた。
「なんで今回来てくれたの?」
アヤメが不思議そうに問いかける。
今回の捜索活動は狭いところでの戦闘と長期戦になる可能性が考えられた。長剣が狭い場所でも振り回しがききやすい武器であることと、いざと言う時にはエネルギーの補給役もできるということで、カナタ達からハルカに頼んだのだが。
「まさか、本部がこんな暗い場所にあると思わなかったんです」
ふてくされたようにハルカが返答した。
洞窟内は入り組んでいて、アジトにするにはうってつけな場所であることはわかる。
だが今は、洞窟内の荒れた様子や、転がっているプロームのパーツやら、壁や地面の血の跡といい、いかにもホラー映画にありそうな雰囲気がでていた。
「まあ、ホラーといえば、ホラーだね。出そうな雰囲気がある」
「確かに。もしかしたら、俺らの仲間も怨霊になってるから復活できないのかも……」
リュウとケンジがあおるように話していく。
「勘弁してください! 復活しないってことは生き残ってる可能性が高いからですよね!」
恐怖を振り払うためにハルカが叫び返す。
こういう時に、言葉だけでも容易に想像出来てしまう、自分の想像力が恨めしい。
「そう言えば、うちのフェアリスのシャラクも見つかってないのよね?」
「うん、番頭がそう言ってた」
ルイが首を傾げると、アヤメがうなずく。
「それもおかしな話なのです。基本的にフェアリスが失踪する可能性なんてないのですが……」
「もしかしたら、シーナで使用してた対フェアリス用の兵器を持ってたとしたら、有り得るんじゃないのか?」
訝しむノインに対してカナタが返す。
話し込みながら前進していると、光がわずかに差し込む開けた空間に出た。
そこには、おびただしい数のプロームのパーツ、プロームの素体が散らばり、奥には焼け崩れて半壊した建物があった。
ここが終点であり、建物から察するに黎明の旅団の本部であったことが伺えた。ただ、もうそこは住居というには崩れ、荒れ果てていた。
周囲のプロームの数から激しい衝突があったことは想像に難くない。
「素体じゃなくて、パーツの数の方が多い。武器の方を破壊したのか……」
ハルカが周囲の様子から分析しながら感嘆するように呟く。
本来、プロームの機体は破壊されれば、復元が解除され、素体状態に戻る。刀身、武器の方が破壊された場合は、素体状態に戻れず結果的にプロームのパーツも残ることになる。
刀身をやられた場合、同じ機体を再現することは難しく、今まで積み重ねた調整データもなくなってしまうため、刀身を破壊された方がプローム乗りとしては痛手だ。
ただ、刀身はかなりの硬度を持つため、そもそも破壊することは難しく、プレイヤーの高度な技量と反応速度が必要となる。そのため、ゲーム内では武器破壊を前提に戦うプレイヤーは少ない。ほぼいないと言ってもいいぐらいだった。
「ここで戦ってたのはかなりの技量の持ち主だ……」
武器破壊を相手の継戦力を削ぐためにあえて狙ってやってたなら、驚嘆に値する技量だ。今のランク1、2を争う魂炎、黒曜、ランク1位経験のある五月雨、それらを超える可能性がある。
現場からハルカが推測していると、モニター内のノインが急にハッとした表情になった。
「警告!3時方向から、未確認機体来ます!」
ノインの言葉を受けて、即座にハルカが反応する。
右へ向き直り、長剣でガードするように掲げた直後、激しく何かがぶつかった。
受け止めた刀身に火花が散る。
攻撃してきた相手を見ると、黒い刀身の長剣に、鈍い漆黒の機体が佇んでいた。
「ペイルライダー、団長!」
漆黒のプロームを見て、カナタが叫ぶ。
団長、ということはこのプロームの乗り手が探していた人物だ。
「団長、聞こえてますか!救援に来ました、その白い機体は友軍です、戦闘を止めてください!」
アヤメが非常通信を用いて呼びかける。
だが、黒い機体の猛攻は止まらない。
鍔迫り合いをした後、袈裟斬り、切り返し、横払いと素早い斬撃がファーヴェルを襲う。
何とか回避したり、いなしたり出来ているものの、恐ろしいのはその一撃一撃が重いことだ。
機体のそもそもの出力は勝っているはずなのに、力を伝達するための動作、駆動が上手く、鍔迫り合いした時も一瞬押された。反応が遅ければ押し切られていただろう。
驚愕しているのは、技量だけではない。
(これだけの技量なのに、この機体、記録がない……!)
ハルカはランク300位、チーム戦で50位入りするぐらいの技量のプロームについて全て把握している。だが、攻撃してきているプロームに見覚えはなかった。
「団長、団長!」
「団長、聞こえてないんですか!?」
ケンジ、ルイも通信で呼びかけるが、反応がない。
何とかファーヴェルが回避しているところへ、ペイルライダーは急所とは違う方向へ剣を払う。
その狙いに気づいたハルカが機体を回転させて剣撃をかわしつつ、慌てて距離をとった。
(刀身を狙ってきた……)
気づけば、背中に大量の汗をかいていた。
あのまま受け止めていたら、刀身の破壊までいかなくてもダメージが入っていた可能性があった。ダメージも蓄積されれば、刀身が折れてしまう。
長期戦になればなる程、不利だ。
「ノイン、何とか呼びかけられない?」
「やってるのです、ですが」
ノインが戸惑いの声をあげる。
「中に有機体、人間が存在する気配を感じないのです」
「え……?」
ノインの言葉にハルカの頭が一瞬真っ白になる。
「そんな、まさか自律思考で動いているとか、フェアリスが動かしてるとか」
「それはない」
ノインとハルカの会話の間にカナタが割って入った。
「あの動きも、武装破壊を狙う戦い方も団長の動きそのままだ。他のヤツが動かしてるなんてありえない」
「その通りなのです。シーナみたいに大量生産を目的としたプロームならともかく、基本的に通常のプロームは安全装置として登録者しか起動して動かせないようになっているのです」
カナタとノインの言葉から考えたくない結論にハルカはたどり着く。
「じゃあ、亡霊がプロームを動かしてるってこと?」
「亡霊をロストから復活してない精神体の一種とするなら」
ハルカの仮定に対してノインが付け加える。
その答えを持っている黒い死神は突然、漆黒の剣を掲げた。
すると、周囲に散らばっていたプロームの素体が次々と復元を始めた。
「なっ!?」
驚くカナタ達、黎明の旅団に所属する5人の声。
再起動したプロームはいずれも旅団所属のものだったからだ。
それぞれプロームは起き上がると、武器を構え、カナタ達に襲いかかった。
「くっ!ゾンビかなんかかよ!」
「この場合ミイラかな?仲間にしようとしてたりして」
ケンジの言葉に対してリュウの表情がひきつりながら言う。
「笑えないって、そんな冗談!」
ルイが悲鳴のように返しつつ、ディザスター・ケインの砲身で攻撃を受け止める。
「仲間だったとか、そんな感傷もないってか!」
「話が通じない」
戸惑いつつも、カナタがプロームの脚部を切りとばし、アヤメがさらに回し蹴りをたたきこむ。
だが、切り飛ばされ、パーツを切り、戦闘不能になる攻撃を受けたはずなのに、プロームはまだ動こうとする。
戦況が混沌とする中、ペイルライダーをスキャンしていたノインが何かに気づいた。
「あのプロームの中なのですか? シャラク、シャラク! いるのですか!? 返事をするのです!」
必死でノインが呼びかける。
すると、通信の応答スイッチが反応した。
『…われた。もう、戻って…ない。戻って…はいけない』
通信はノイズが激しくて聞き取れない。
『帰る…場所、まも、る。無くなっても、キテしまう、ならば』
黒い機体が漆黒の刀身をファーヴェルに突きつける。
『これ以上踏み荒らすな!』
ノイズがかった音声がはっきりと敵意を叫ぶと、黒い死神がファーヴェルの魂、白い刀身を狩るべく襲いかかった。
後編の投稿は、5/4を予定しています。




