表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【読了3〜5分】宇宙船キッチンは今日も無重力(短編連作)  作者: 遠藤 世羅須


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/10

第9話(仮)最終回 衛生監査

一応最終回となります。

相変わらず浮遊してますが、さて、最終回はどうなるのでしょうか?

※一部刃物が出ますが、殺傷はありません。


宇宙船《アルデバラン号》の厨房が、

人生で一番“きれい”だった日。


その日の厨房は、床が光り、シンクが乾き、

包丁が必要本数しか出ていない。

奇跡である。

理由は簡単。

衛生監査だ。


監査官たちは艦内の衛生・安全を統括する技術士官、

通称「白手袋ホワイトグローブ」。

白手袋の名に恥じず、本当に白い手袋をしている。

そして、たいていの現場の心を黒くする。


「本日は抜き打ちで――」

「抜き打ちって、予定で来ないですよね」と

リョウ(若手)が言いかけ、

ユイ(衛生担当)が肘で止めた。


料理長マキは、監査官たちの前に“サンプル食”を並べた。

小さな器に、シチュー、チャーハン、焼き魚、スイーツ。

どれも一口分。どれも完璧な温度管理。

さらに、加熱記録、清掃記録、刃物管理表まで揃っている。


ゴロウ(補給係)が小声で言う。

「僕、今日は割引を割引します」

ユイが小声で返す。

「正しい進化です」


女性監査官が静かに頷き、白手袋でカウンターをなぞった。

「……良好。次、刃物管理を確認します」


マキが頷く。

「こちらに。包丁は固定、刃先カバー、点検記録も――」

リョウは、なぜか嫌な予感がしていた。

こういう“完璧な瞬間”は、この船では長続きしない。

そして、その予感は、船内放送で裏書きされる。


『重力制御システム、定期再起動。三、二、一――』


挿絵(By みてみん)


監査官たちの眉が、ほんの一ミリ動いた。

「……再起動?」

ユイが笑顔で答える。笑顔が固い。

「定期です。よくあります」


ふわり。無重力。

まず、監査官の白手袋が宙に浮いた。

次に、リョウの心が浮いた。

そして、サンプル食が――一斉に離陸した。


小さな器に入ったシチューが球体を保ったまま浮かび、

チャーハンが”流星群”のようになり、

焼き魚の切り身が水族館の展示物みたいに回遊を始め、

スイーツがふわっと盛り上がって芸術作品になる。


「……」

監査官たちが黙っている。

黙っている人が一番怖い。


ユイが瞬時に指示を飛ばした。

「全員、動くな。気流を作るな。サンプル優先、回収」

ゴロウが反射で言った。

「見てください、監査官たちの前でフルコースが宇宙遊泳――」

ユイが白目で止めた。

「感想はいらない。手を動かせ(動かすな)」

矛盾している。だが現場はいつも矛盾で回っている。

挿絵(By みてみん)


マキは冷静に包丁ラックへ目をやった。

包丁は、すべて刃先カバーを付け、磁気固定してある。

――はずだった。

“カチッ”

不吉な音とともに、点検用に出していた包丁が一本、ふわりと浮いた。

(またロックを忘れたな。誰とは言わないけど)

一本だけではない。

連続で浮く。

気づけば数本が銀色の群れになって漂い始める。

銀河の散歩。


リョウが震え声で言う。

「監査官の前で、包丁が……」

ユイが即答する。

「見てない。見てない。見てない」


監査官たちは見ていた。白手袋のまま。

男性監査官が静かに言う。

「……刃物が浮遊する事象は、想定されていますか」

ユイは即答した。

「はい。手順書あります」

男性監査官は頷く。

「では、適用してください」


監査官、容赦がない。だが正しい。

ユイは端末を開き、例の手順を実行する。

空調最低、出入口封鎖、磁石で誘導。


マキが強力磁石を持ち、包丁を壁へ吸着させる。

ゴロウが刃先カバーの固定を確認する。


リョウはサンプル食をディッシュネットで“拿捕”している。

――だがサンプル食は、協力的じゃない。

シチュー球体がつるりと逃げ、

米粒が光って監査官たちの方向へ回遊し、

魚が美しく遊泳し、

スイーツが“完成形のまま”浮遊して、全員の目を奪う。


リョウが思わず呟く。

「……集大成だ……」


男性監査官は、ゆっくりと言う。

「……これは小宇宙です」

「“安全に回収できること”を示してください」


リョウが小声で言う。

「監査官、鬼です」

ユイが小声で返す。

「衛生監査は、だいたい鬼です」


『重力制御、復旧します。三、二、一――』


ユイが叫ぶ。

「復旧が来ます!全員、落下に備えて“受け皿”を作って!」

マキがトレーを並べ、

ユイが大皿でチャーハンを狙い、

ゴロウが吸着シートを貼り、

リョウがシチューの進路にボウルを構える。

ミサキがスイーツを皿で受けようとする。


ずん。

重力が戻った瞬間、サンプル食が一斉に落ちる。

シチューはボウルへ“べちゃっ”と着地、

米粒はトレーへ散り、

魚は皿へ落ち、

スイーツは奇跡的に崩れず皿へ“ふわっ”と着地した。

包丁は壁に吸着したまま、動かない。

床も滑っていない。

油もない。粉もない。

厨房は――監査中にしては、最善の結末だった。


女性監査官が白手袋を外し、静かに言った。

「記録します。

“重力変動下でも、手順により危険物と食品を管理できた”」


ユイの肩が、わずかに落ちた。

「……ありがとうございます」

女性監査官は最後に付け足した。

「ただし」


全員が硬直する。

「サンプル食は、私がいただきます。廃棄はもったいない」

リョウが心の中で叫んだ。

(監査官、急に”味見”の人になった!)


女性監査官はスイーツを一口食べ、わずかに頷く。

「……合格です」


そして帰り際、淡々と言った。

「次回は、再起動時間を把握した上で用意してください」


扉が閉まり、厨房に沈黙が落ちた。

ゴロウが小さく言う。

「監査官たち、いい人でしたね」

ユイが即答する。

「いいえ。いい人ではなく、割引しない人たちです」


マキは整列した包丁と、回収されたサンプルの残りを見渡し、静かに締めた。

「覚えといて。宇宙の監査は――料理の出来より“帰還”を見てる」


(「仮」完)

お読みいただきありがとうございました。

本編はこれにて終了となります。

この後、番外編が1話ございます。

よろしければそちらもお楽しみ下さいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ