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【読了3〜5分】宇宙船キッチンは今日も無重力(短編連作)  作者: 遠藤 世羅須


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10/10

第10話 番外編「食堂、臨時再起動」

本番外編を持ちまして、アルデバラン号厨房の物語は幕を閉じます。

最後は、番外編、食堂の皆さまの昼食風景をお楽しみください。

宇宙船アルデバラン号の食堂は、いちばん地球に近い場所だった。

無機質な壁も湯気が立てば家庭に見える。

定食が並べば日常になる。

だからこそ、重力が消えた瞬間だけは、

ここがいちばん宇宙になる。


昼休み。

トレーの上には今日の定食

――シチュー小鉢、焼き魚、炊き込みご飯、味噌汁、サラダ。

挿絵(By みてみん)


「宇宙でも定食は正義だよなぁ」と、作業服の男が椅子にもたれる。

向かいには、母親と小学生くらいの子ども。

隣のテーブルには新人らしい青年が、緊張した顔で箸を割った。

奥でもクルーが定食を前にする。


そのとき、スピーカーが鳴った。

ピピッ。

『重力制御システム、臨時再起動に入ります。三、二、一――』

挿絵(By みてみん)


「……臨時?」


誰かが聞き返す間もなく、床がふっと消えた。

ふわり。

箸が宙に浮く。

紙ナプキンが羽のように舞い、

ストローが“ここだよ”と言わんばかりに回転する。


最初に「わぁ……」と感嘆の声が上がったのは、

子どもだった。

「やったぁ! 無重力だ! 見て、箸が浮いてる!」

母親が慌てる。

「触っちゃだめ! ごはんが――」


遅かった。

ご飯粒が、ふわふわと“白い星”になって散り始める。

炊き込みご飯の茶色い粒まで混じり、妙にきれいな星雲になる。


新人青年が呆然とする。

「これ、回収って……」

隣の作業服の男が乾いた笑いで言った。

「回収じゃない、捕獲だよ」

挿絵(By みてみん)


食堂の端では、味噌汁(風)の表面がぷるんと盛り上がり、

器の中で球体になりたがっている。

さらに紙コップのコーヒーが、縁から“ぷるっ”と離れ、

丸い玉になって宙へ浮き、味噌汁と引き合う。


「コーヒーが……衛星みたいになった……」

新人青年の目が追う。

玉はゆっくり回転しながら、隣のテーブルへ漂う。

そこでは、サラダのドレッシングが既に浮いていた。

透明の粒々が宙で踊り、照明を反射して宝石みたいに光る。


「天の川よりきれい……」

子どもがつぶやく。

「それ、油だよ」

誰かがつぶやく。


混乱はあっという間に広がった。

焼き魚の切り身が、皿からふわっと離陸して“回遊”を始める。

サラダの葉がひらひら舞い、フォークがゆっくり追いかける。

定食の小鉢が一つ、まるでUFOみたいに旋回しながら漂う。


子どもは目を輝かせ、手を伸ばした。

「ねえ、もっと回していい?」

母親は必死だ。

「だめ! お願い! お願いだから今は“科学実験”しないで!」


だが子どもは、空中のご飯粒の“星雲”にそっと息を吹きかけた。

ふわぁ……。

星雲が広がった。

食堂が一瞬、宇宙そのものみたいになる。


子供が思わず叫ぶ

「すごい! アンドロメダ銀河だ!」

母親が悲鳴に近い声で言う。

「すごくない! 掃除が死ぬの!」


向かいの作業服の男が、妙に落ち着いて机を叩いた。

「いいか、みんな。一番怖いのは“今”じゃない。戻る時だ」

「全部いっぺんに落ちるよ」


その言葉で、食堂の空気が一段冷える。

新人青年が青ざめる。

宙に浮いているのは、ご飯粒だけじゃない。

味噌汁の球体、コーヒー玉、ドレッシング、カトラリー、皿、トレー。

そして、まだ熱いシチュー。


重力が戻る瞬間、それらは一斉に落ちる。

床は滑る。皿は割れる。熱いものは――痛い。


そのとき、子どもが無邪気に言った。

「じゃあさ、受け止めればいいんだよ! バケツみたいので」

母親が言う。

「そんなのどこに――」

食堂の隅に、セルフ返却口の“回収ボックス”が見えた。

トレー返却用の大きな箱だ。


誰かが叫ぶ。

「箱! 返却口の箱に集めろ!」

「皿を動かすな! 箱を近づけるんだ!」

「誰か、テーブルを押して――押せない、浮く!」


無重力のせいで、簡単なことが全部難しい。

それでも人は一致団結する。昼休みを守るために。

母親は子どもを抱え、椅子の脚に足を絡めて固定した。


「面白がるの、ここまで! 絶対離れない!」

子どもは頬をふくらませるが、宙を舞うシチュー球体を見て黙った。

「……あれ、熱い?」

「熱い。だから見てるだけ」


新人青年は紙コップを両手で抱え、

ふわふわ浮くコーヒー玉を“カップの口”へ誘導しようとする。


だが玉は、つるりと逃げる。

「待って! 戻って!」

作業服の男が助言する。

「追うな。待て。向こうから来るのを“受ける”んだ」


一方、別のテーブルでは、誰かが定食の焼き魚を箸で捕まえようとして失敗し、

魚が宙でくるりと回った。


「魚、逃げた!」

「逃げてない、回遊してる!」

子どもが小声で言う。

「魚、泳いでるみたい」

母親が力なく笑う。

「……ほんとだね。今だけね」


放送が鳴った。

『重力制御、復旧します。三、二、一――』


食堂中が凍りついた。

“戻る瞬間”が来る。

「床に落とすな!」

「トレーは机の上!」

「熱いのは中央に!」

「子ども! 手を出すな!」

「出さない!」と答えた顔は、

目をキラキラさせて出したそうだった。


ずん。

重力が戻った瞬間、世界が落ちた。


どしん、カラン、ガチャン、バチャ。

皿が鳴る。フォークが跳ねる。

シチューがべしゃ、と広がり、コーヒーが床に点々と落ちる。

ドレッシングの粒は、最悪の場所に着地して床をつやつやにした。


「滑る!」

「熱っ!」

「うわっ、魚踏んだ!」

「誰だ、シチューこぼしたの!」

「こぼしたんじゃない、落ちた!」


母親は子どもを抱えたまま、必死に椅子にしがみついて無事だった。

子どもは目を丸くして言った。

「……戻るの、怖いね」

母親はうなずく。

「怖い。だから面白がるのは、浮いてる時だけ」

作業服の男は床の惨状を見下ろし、ため息をついた。

「臨時ってのは、いつも“食べてる時”に来るんだよなぁ」

挿絵(By みてみん)



食堂の端で、厨房スタッフが二人だけ顔を出した。


ユイが一瞥して、静かに言う。

「……モップ、足ります?」

マキは短く答えた。

「足りないね。浮遊慣れしてないしね」


そして、マキは客席を見渡して一言だけ、達観したように言った。

「この船の昼休みはね。食べる時間じゃない――食品の自由を許す時間」

誰も反論できなかった。


(完)



※ お読み頂きありがとうございます。

  本作、これにて完結となります。

  しかし、今でもどこかの宇宙空間で

  浮遊しているのでしょうね。

  敬意を表し、地表でありがたく食品を頂く事といたします。

  では。

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