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【読了3〜5分】宇宙船キッチンは今日も無重力(短編連作)  作者: 遠藤 世羅須


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8/10

第8話 3次元皿洗い

宇宙船《アルデバラン号》の厨房で、最も恐れられている任務がある。

調理ではない。配膳でもない。

皿洗いである。


料理長マキは言う。

「宇宙で一番手強いのは、汚れだ」

衛生担当ユイは言う。

「宇宙で一番面倒なのは、人です」

補給係ゴロウは言う。

「宇宙で一番お得なのは、まとめ買いです」

ミサキ(新人)が言う

「この前初めて役立ちましたよね」

リョウ(若手)は思う。――宇宙で一番損なのは、だいたい俺だ。


今日の食堂は大盛況だった。

つまり、皿が山だ。ボウルが山だ。カトラリーが山だ。


シンク前に立ったリョウは、深呼吸して“地球の記憶”を呼び起こした。

(皿洗いは、平面の戦い。水は下に落ちる。泡も…)

ここは宇宙船。

その前提が、いつも裏切る。


『重力制御システム、定期再起動。三、二、一――』


「今!?」

リョウの叫びと同時に、床が消えた。


皿の山が、ふわりと持ち上がる。

シンクの中の水が、球体になって浮く。

洗剤が、泡の雲を作り始める。


そして、皿が――逃げた。

一枚がゆっくり回転しながら天井方向へ。

次の一枚がそれに続き、まるで“皿の回遊”。

カトラリーはさらに悪い。

スプーンが反射しながら飛び、フォークが妙に攻撃的な角度で漂う。

挿絵(By みてみん)


リョウが呆然とする。

「皿洗いが…三次元化した…」

ユイ(衛生担当)が即座に指示を飛ばす。

「動かない。追わない。まず封鎖。泡を船内に出さない」

ゴロウが感動して言う。

「見てください、泡の星雲……!」

「見とれてる暇があったら換気止めろ!」


厨房のシャッターが閉まり、空調が落ちる。

泡の動きが鈍くなる。だが皿はまだ漂う。しかも汚れ付きだ。


リョウは悲鳴を飲み込む。汚れが舞うのは最悪だ。

マキが腕を組んで言った。

「よし。今日は“3次元皿洗い”の手順でいく」

リョウが涙目で聞く。

「そんな手順あるんですか?」

ユイが冷たく言う。

「あります。あなた達が読まないだけです」


ユイが端末を叩く。

表示された見出しが、また具体的だった。


《緊急手順:無重力下の洗浄(通称:3次元皿洗い)》

手順はシンプルで、そして屈辱的だった。

1.汚れ物は“捕獲”する(回収ではない)

2.水は流さず“洗浄球”として使う

3.泡は最小。拭き取り優先

4.最後に紫外線ボックスで除菌


マキが頷く。

「捕獲網、出せ」

ゴロウが取り出したのは、また金魚すくいみたいな網だ。


備品名は真面目にこう書いてある。

食器回収用捕獲網ディッシュ・ネット


リョウが網を構え、ふわふわ漂う皿に近づく。

無重力では、近づくほど自分が反対方向へ逃げる。

皿は逃げていない。逃げているのは、こちらだ。


「くっ…物理が意地悪!」

「意地悪じゃない、仕様です」とユイ。


マキは“洗浄球”を作った。

シンクの水を、専用の透明ボウルで受け、球体として固定する。

水の塊が、目の前で揺れる。妙に神々しい。


「皿をそこへ通せ。水に“くぐらせる”」

「くぐらせるって、神社じゃないんですから!」


リョウが皿を一枚捕獲し、洗浄球へ持っていく。

皿を球体の水に差し入れると、

表面の汚れがふわっと剥がれ、水の中で渦になる。

同時に、泡が最小限だけ生まれる。

地球の皿洗いより、綺麗に見えるのが腹立たしい。


ゴロウがうっとり言う。

「洗浄球、芸術ですね……」

ユイが即答する。

「芸術は美術館で」


問題はカトラリーだった。

スプーンが洗浄球に吸い込まれ、

球体の中で回転して、まるでカイパーベルト。

フォークが外側で引っかかり、危険な向きで漂う。


リョウが怯える。

「フォークがこっち向いてます!」

ユイが淡々と言う。

「向いてません。あなたが“刺さる未来”を見てるだけです」

マキが指示する。

「カトラリーは磁気トレーでまとめろ。金属は味方だ」


「割引のヤツですね」

と、ゴロウが磁気トレーを出し、

スプーンとフォークが“カチカチ”と吸い付いて整列した。

その様子が、なぜか妙に気持ちいい。


皿は捕獲され、洗浄球をくぐり、拭き上げられてラックへ戻る。

ボウルも、カトラリーも、順番に“宇宙式の更生”を受けていく。


リョウは汗をかきながら呟いた。

「これ、皿洗いっていうか…宇宙遊泳しながらの清掃作業…」

ユイが頷く。

「ええ。だから正式名称は“清掃オペレーション”です」

ミサキが

「楽しいかも…」


『重力制御、復旧します』


ずん、と床が戻る。

洗浄球はシンクに落ち、残った水は普通に“下へ”流れた。

皿はラックに整然と並び、泡は消え、厨房は静かだった。


リョウが膝に手をつく。

「終わった……」

ゴロウが笑顔で言う。

「すごいですね、3次元皿洗い。効率良くないですか?」

ユイがにこりと笑った。

「“効率”の定義を見直してください」

マキは乾いた皿を一枚手に取り、光に透かして確かめた。

完璧に綺麗だ。


そして、達観した声で言った。

「宇宙じゃ、料理も皿洗いも同じだよ。

下に落ちると思わないで。全部、浮く前提で考えて」

リョウはその言葉を胸に刻み、同時に誓った。

――次の再起動時間だけは、絶対に暗記する。


(つづく)

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