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【読了3〜5分】宇宙船キッチンは今日も無重力(短編連作)  作者: 遠藤 世羅須


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7/10

第7話 完成間近のスイーツ

今日はスイーツ。特に繊細な技術が必要なミルフィーユ。果たして・・・

宇宙船《アルデバラン号》の厨房が、

めずらしく静かだった。

理由はひとつ。今日はスイーツだ。


「祝勝会用だ。失敗は許されない」

料理長マキ。

「糖分は衛生より先に人を惑わせます」

衛生担当ユイ。

「割引の生クリーム、あります」

補給係ゴロウ。

「やめてください」とリョウ(若手)。

「神スイーツ」とミサキ。


作るのは“宇宙版ケーキスタイルミルフィーユ”。

層が命。形が命。最後の粉糖が命。

つまり、無重力が一番嫌いな料理である。


マキが宣言する。

「今日は“完成品”を出す。途中で宇宙に散らすな」

リョウが小声で言う。

「毎回散ってません?」

ユイが即答する。

「散っています。だから今日は散らしません」


工程はすでに終盤だった。

焼いたパイ生地は冷却済み。

クリームは絞り袋に封入済み。

果物も“飛散防止カップ”で待機。


残るは――

積むだけ。

リョウがパイ生地を台に置き、

マキがクリームを絞る。

きれいな白い帯が走り、層が立ち上がる。

ユイの目が珍しく優しい。

「……良いです。ここまで無事故」

ゴロウがささやく。

「それ、フラグでは」


その瞬間、船内放送。

『重力制御システム、定期再起動。三、二、一――』

挿絵(By みてみん)

「やめろぉぉぉ!」

厨房が、全員の心の声を代弁する。


ふわり。床が消える。

だが今日は違う。みんな動かない。叫ばない。手順通り。

……のはずだった。


完成間近のミルフィーユが、ゆっくり浮いた。

パイ生地とクリームと果物が“積まれたまま”

宙に上がり、

ふわふわと回転しながら漂い始める。

層が崩れていない。逆に美しい。

まるで宇宙のショーケースだ。


リョウが息を呑む。

「……浮いてるのに、完璧……」

ユイが小声で言う。

「見とれない。崩れる前に固定」

ゴロウがうっとり言う。

「芸術作品です……」

ユイが即座に切る。

「食品です」

ミサキが

「崩れたら、私、泣く…」

挿絵(By みてみん)

マキは一瞬だけ、目を細めた。

そして静かに言った。

「“触るな”。まず、空気を止める」

ユイが空調を最低に落とす。気流が消えると、ミルフィーユの回転が鈍くなる。

それでも、ふわり、と漂う。

ゆっくりと、換気ダクトの方向へ。


ユイが青ざめる。

「ダクトに吸われたら、甘い匂いが船内の永久資産になります」

リョウが震える。

「永久資産、一生言われる……!」


マキが指示する。

「作戦は単純。受け止める。押し返さない。包む」

ユイが言う。

「つまり、“ケーキを救命する”」


ゴロウが手を挙げる。

「救命具、あります!“スイーツ保護フィルム”!」

ユイが睨む。

「それ、ただのラップですよね」

「宇宙では呼び名が――」

「変わりません」


ラップでも今は正義だ。

リョウはラップを両手で広げ、壁を蹴って

ミルフィーユへ“ゆっくり近づく”。

速く動けば、ぶつかって崩れる。

遅すぎれば、ダクトに吸われる。

人生で一番繊細で、薄氷はくひょうを踏む思いの接近だった。


「今だ、リョウ」

マキの声が低い。

リョウがラップを“ふわっ”とかぶせた瞬間、

ミルフィーユはラップに吸着し、回転が止まった。

「止まった……!」

ユイがすかさずクリップで端を留める。

「固定、完了。……信じられない」

ゴロウが泣きそうに言う。

「割引じゃない奇跡……」

挿絵(By みてみん)


だが、終わりではない。

最後の仕上げが残っている。

粉糖。

重力がない世界で粉糖を振ると、粉雪では済まない。

“永久に漂う白い呪い”になる。


ユイが釘を刺す。

「粉糖は禁止です」

マキが即答する。

「だが、粉糖がないミルフィーユは未完成だ」

リョウが弱々しく言う。

「宇宙、厳しい……」


マキは棚から小さな容器を取り出した。

穴の開いた粉糖ふりではない。

先端が細い――ペン型。

「何です、それ」

「“粉糖ペン”。塗る」

ユイが目を見開く。

「塗る?」

「描く」


マキはミルフィーユの表面に、粉糖を“薄く線で”引いていく。

雪ではない。白い設計図みたいな装飾。

粉は舞わない。必要最小限だけが、そこに残る。


リョウが感動する。

「職人技だ……」

ユイが頷く。

「衛生的にも、革命です」

ゴロウが言う。

「割引で買いました!」

「それは黙っててください」とユイ。


『重力制御、復旧します』


ずん、と床が戻る。

ラップに包まれたミルフィーユは、トレーの上に“無事に着陸”した。

層は崩れていない。粉糖は舞っていない。

皆が感動の面持ちだ。

マキがラップを外し、完成品を見下ろす。

完璧だ。


ミサキが

「料理長、神」

食堂へ運ぶ直前、リョウがぽつりと聞いた。

「無重力スイーツって、作れるんですね」


マキはトレーを持ち上げ、いつもの達観した声で言った。

「作れるさ。

ただし――一番甘いのは砂糖じゃない。事故が起きなかったことだ」

ユイが珍しく、何も言い返さなかった。


その後、食堂から届いたのは、歓声ではなく、静かな沈黙の笑顔だった。

誰かがぽつりとこぼした―― 『故郷の甘さだ』

その一言が、船内の空気をそっと揺らした。

窓の外に広がる無慈悲な星の海が、その時だけは少しだけ優しく見えた。


(つづく)

シリーズ通して、魚に次ぐ無事故回でした。学習効果はあるようです。粉糖は重力戻ってからにした方が……というツッコミは無しでお願いします(笑)彼らの「熟練度」が上がったという前向き評価でwww

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