第2話 静まり返る教室
「……ねえ、見た?」
「嘘、信じられない。実結ってそういう子だったんだ」
翌朝、学校の昇降口に一歩足を踏み入れた瞬間から、何かがおかしかった。
すれ違う人たちが、みんなスマホの画面を見ながら、私をチラチラと見てはヒソヒソと囁き合っている。
嫌な予感を胸に抱えたまま教室のドアを開けると、その瞬間、それまでガヤガヤと騒がしかった教室が、嘘みたいにピタッと静まり返った。
(え……? なんで……?)
突き刺さるような、冷たい視線。
私が自分の席に向かって歩き出すと、通り過ぎる席の人たちが、まるで汚いものから避けるように、すっと椅子を引くのが分かった。
自分の机にたどり着いて、息が止まりそうになる。
黒板にチョークで大きくこう書かれていた。
『蓮くんを利用するな』
『拓海を誘惑したビッチ』
「っ……!」
頭を殴られたような衝撃に、視界がぐにゃりと歪む。
どうして? 私は何もしていないのに。
「ひどい……! 誰、こんなことしたの!?」
静まり返る教室に響いたのは、親友の美月の怒鳴り声だった。
美月は血相を変えて黒板に駆け寄ると、必死に消そうとしてくれた。
「実結、大丈夫!? ……みんな、最低だよ! 何も知らないくせに!」
涙目を浮かべて私を庇う美月の姿に、クラスの女子たちが冷ややかな声をあげる。
「美月こそ騙されてるんだよ。これ見てみなよ」
差し出されたスマホの画面を、私も恐る恐る覗き込んだ。
そこにあったのは、昨日の放課後、第2図書室で拓海くんに本棚に押し付けられている私の写真だった。
角度のせいで、まるで私が拓海くんにすがりついて、キスをねだっているように見える。
『地味子の本性。蓮を狙うフリして、裏では拓海を誘惑』
ネットの掲示板に書かれた、身に覚えのない最悪な言葉の数々。
「これ……違うの、私は……!」
弁明しようとしても、声が震えて上手く出ない。
クラスの誰も、私の言葉なんて信じてくれない。みんなの目が「早くこの教室から消えろ」と言っているようだった。
「……実結、ひとまず保健室に行こ? ね?」
美月が私の手を優しく引いて、教室から連れ出してくれた。
誰もいない渡り廊下。
美月は私を抱きしめて、「私は実結の味方だからね」と何度も背中をさすってくれた。
その優しさに、私はボロボロと涙を流した。
けれど。
私の肩に顔を埋めている美月の口元が、狂気的なほどに釣り上がっていることに、
私はまだ気づいていなかった。
♢
放課後。
美月は一人で、中庭の裏に拓海を呼び出していた。
「拓海……実結のこと、聞いたよ。実結、本当は蓮くんのことが好きだけど、蓮くんに近づくために拓海を利用したんだね……」
そして分かり易い同情を込めた芝居で拓海に縋りつく。
「拓海がかわいそう。私なら……私なら絶対に、拓海をそんな風に傷つけたりしないのに!」
美月は大きな瞳に涙を溜めて、拓海くんの服の袖をぎゅっと掴んだ。
拓海くんは、スマホに映る実結の写真を見つめたまま、拳を白くなるほど強く握りしめていた。
その瞳から、いつものチャラついた余裕は完全に消え失せ、親友の蓮への嫉妬と、実結への裏切りの炎で黒く濁っていた。
「……ああ。俺は騙されていたんだな」
拓海の顔が醜く歪む。
「俺は、騙されていた。実結、このままじゃ終わらせねぇぞ」
そう呟いた拓海の声は、ひどく冷たかった。
その様子を見て、美月は胸の奥で、邪悪な勝利の笑みを浮かべていた。




