66
翌日は二人とも頭痛で定期便に乗っていた。二日酔いである。
「ああ~ 頭が痛い!」
四十代の男性が叫んだ。
「叫ぶと、こちらまで頭が痛くなります」
ヒメジが言うと、
「それなら、頭痛を治す薬をくれ」
再び、四十代の男性が叫んだ。
「いいですよ、大鉄貨一枚払ってくださいね」
ヒメジは、葛花で作った薬を取り出し男に渡した。男はそれを飲むと、頭痛が少し治まったようで、叫ばなくなった。ヒメジも同じ薬を飲んだ。
「ほら、大鉄貨一枚」
男がお金をヒメジに渡した瞬間、幌馬車が止まった。
「モンスターだ。ゴブリンが襲撃してきた」
騎手が言った。中年男性とヒメジはカバンから昨日交換したダガーを出して幌馬車から降りた。他の乗客は一名を除いて、怖がって幌馬車の中でうずくまっていた。
中年男性は多少剣術に心得があるようで、
「おれに勝とうなんて百年早いわ」
悪態をつきながら片手剣で五匹のゴブリンと五分に渡り合っていた。一方ヒメジは少し離れて別の五匹のゴブリンに毒の薬がついた投擲用ナイフを投げた。
「えい。え~い」
五本ほど投げたがゴブリンの動きが思ったより早くて一本も当たらない。そうしている間に中年男性はゴブリンに押され始めた。ゴブリンの方が男より手数が多くなってきた。
「畜生。ゴブリン一匹なら楽勝なのにな」
中年男性の体に傷が増えてきた。多勢に無勢である。ヒメジにも、ゴブリンが近づいてきて斧で切りつけられそうになった。切られそうになる度に逃げながら毒の薬がついた投擲用ナイフを投げた。たまたま一匹にかすり傷を与えることができたが、残り四匹が執拗に攻撃してくる。ヒメジは前後左右に囲まれて、同時に攻撃された。
「殺される」
ヒメジは瞬間的に目をつぶって両手を顔の前でクロスにガードしてうずくまった。四匹のゴブリンの斧は間違いなくヒメジの頭に当たったはずだがプロテクトリングではじかれ、負傷を負わせることができなかった。目を開けると、ゴブリンが後ろによろけていたので、ヒメジは立ち上がり右手に毒の薬がついたダガーを持って体を一回転させた。運良く二匹にダガーで傷を負わせることができた。傷を負った二匹は毒のためその場に倒れた。一方、男の方は周りをゴブリンに囲まれ、一匹のゴブリンが斧を切り込んできたら体を躱し、別のゴブリンが斧を振りかざすと片手剣で受け流し、他のゴブリンが足下を狙って攻撃したらジャンプしているが、息が上がりそうになっている。中年男性が、
「もう、もう限界。ゼイ、ゼイ」
息をきらしてふらついた時に、一人のショートカットで長袖の服の上に軽装備の防具とズボンの格好の女性がゴブリンの頭を後ろからショートソードの鞘でたたいて気絶させた。
「うぎゃ」
「うぎゃ」
一辺に二匹倒すと、残りのゴブリンは女を取り囲んだ。そして四十代の男の時と同じように交互に攻撃を仕掛けるが、攻撃を仕掛けたゴブリンは女性に躱され、ショートソードの鞘で頭をたたかれて倒れていった。やがて最後に残ったゴブリンはその場から逃げさろうと幌馬車とは反対方向に走り出した。しかし、女性は追いかけてゴブリンの頭へショートソードの鞘をたたき込んで気絶させてしまった。
「大丈夫だったかい」
女性は中年男性に声をかけた。
「姉さん、ありがとうよ。おかげで命拾いしたぜ」
「そうか」
女性はすぐにヒメジの元に行き、ヒメジと戦っているゴブリンを背後からショートソードの鞘で叩いてこちらも気絶させた。そして、女性はヒメジに声をかけた。
「お前も大丈夫だったか……大丈夫そうだな」
(中年男性には『大丈夫だったか』って聞いているのに、私には『大丈夫そうだ』なって、なんだ心配してくれていないのか。やっぱり女性も若い男がいいのだよな。とほほ)
ヒメジは少し落ち込んだが、元気に明るく返事をした。
「ええ、大丈夫です。助けていただきありがとうございます」
女性に礼を言った。その後、ヒメジは倒れている十匹のゴブリンの両手両足に縄を巻いて動けないようにした。そして、毒で倒れたゴブリンには万能薬で蘇生し、オール クリエーションで頭にこぶを作って気絶させた。
「このゴブリン達をどうしようか」
中年男性は女性とヒメジに相談した。すると女性は口を開いた。
「このままにして先を進もう」
「そうですね、賛成です。それではゴブリンの斧だけ回収しておきますね」
ヒメジがカバンの中へ斧を入れ始めた。七本、八本と入れるにつれて中年男性と女性は目を丸くした。
「そのカバン、ずいぶん入るね。いったいどれくらい入るのかい」
中年男性が聞いてきた。
(それりゃ、アイテムボックスがカバンの底で繫がっているからいくらでもはいるよ)
そうヒメジは思いながら、
「このカバンはマジックバッグなのでたくさん物が入るのです」
嘘をついた。そしてすべての斧を回収すると三人とも幌馬車に乗った。
幌馬車が動き始めると、
「姉さん強いがどこの国の者だ?」
中年男性が女性に話しかけた。
「女性に年齢と体重と出身国を聞くのは失礼だよ」
女性は言った。
(出身国は嘘だろう)
ヒメジは思いつつ続きの話を聞いた。
「こりゃ失礼いたしました」
「ところで、旦那は武術やっていたのかい?」
中年男性は面目なさそうに、
「若い頃に少しかじったので、あの程度のモンスターなら『ちょちょいのちょい』のはずだった。しかし、この年になると思うように体が動かなくてな。十歳若ければなんとかなったのだが」
「ふん、そうかい。で、そっちのおじさんは?」
女性はヒメジに聞いてきた。
「やっているわけ無いでしょう。生まれてからいままで争いごとは苦手で、できるだけもめ事からは避けていましたから全然無いです」
「そうだろうな。おじさんの方はすでにゴブリンの斧で死んでいてもおかしくかいからな。殴られているはずなのに生きていることが不思議なぐらいだ」
「ゴブリンの斧同士が当たったので私は無傷だったのですよ。本当に運が良かったです」
ヒメジはその場を取り繕ったが、女性は納得していない顔であった。
「姉さんはこれからどこへ行くのさ」
「さあな。風の吹くまま、気の向くままだ」
「いいねえ、風来坊なんてお気楽な身分だ。ところで姉さんの好きな食べ物はなんだい。南の町に着いたらおごらせてもらうぜ」
「町では売っていない」
「大概の物は町で売っているから心配することないぜ。金を持っているから多少高くても俺は大丈夫さ」
「私が好きな食べ物は、霞さ」
「霞? あのもやのようなものかい」
「そうだが、それがどうした」
中年男性は女性に興味があるようでいろいろ質問をしていたが、女性は適当にごまかして、まともに答えていなかった。三人が会話をしている間に定期便はセカンド国の南の町に到着した。




