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(昨日は散々な目に遭ったな)
ヒメジは朝起きてからもぐちぐち後悔をしていた。もういい年なのだから、スパッと気持ちを切り替えて貫禄のある男のように振る舞えばいいのだが、どうしてもヒメジはそれが出来なかった。自分好みのお淑やかな女性に見えたので、たいそう残念に思えて仕方が無かった。俗に言う『逃げた魚は大きい』と思っているのであった。
(とりあえず、朝ご飯を食べに行こう)
ヒメジは食堂に行って、パンとスープだけの軽い朝食を頼んだ。
(昨日は飲み過ぎたし、胃があまり受け付けないや)
女性の店員が料理を運んでテーブルに置いたとき、ふとヒメジに、
「お客さん、お顔が悪いですよ。具合が悪いのですか?」
尋ねてきた。ヒメジは、
「昨日飲み過ぎて、二日酔いです。食事が済んだら薬を飲みますので大丈夫です」
返事した。
「それなら良かったですが、青白い顔をしていますよ。・・・そうだ、これお飲みください。少しは良くなるかも知れませんよ」
女性の店員は、ヒメジに薬包紙に入った白い粉の薬を渡してきた。それを受け取ったヒメジは、
「これは、何の薬ですか?」
尋ねると。女性の店員は
「胃薬です」
笑顔で答えて奥に引っ込んでいった。ヒメジはすぐにそれを鑑定した。
【鑑定 小麦粉】
(え? 小麦粉。どうして小麦粉が胃薬になるのだよ。どうせまた、情けない顔をしているのでからかってやろうと思って小麦粉をくれたのだろうか・・・。これは怒ってもいい案件だ。絶対怒ってやろう)
ヒメジはそう思って、女性の店員を探すと、宿屋の亭主と話をしていた。
「あのお客さんに、薬を渡したのかい」
「ええ、渡したわよ」
「またかい。ただの小麦粉なのに人を騙しちゃいけないよ」
「騙してなんかいないわ。私の薬は何にでも効くのよ。病気なんて、以外と思い込みで治るものなのよ。ましてや二日酔いなんて、私の薬を飲めば、思い込みですぐに回復するわ」
「まあ、それが、お前さんの優しさだろうけれど、その薬を渡すのは二日酔いのお客ぐらいにしておけよ」
「分かりました。これからそうします」
声が聞こえてきたので、ヒメジは怒ることをやめた。
(私のために、小麦粉の薬をくれたのか。それも、私の二日酔いが早く治って欲しいとの思いで。うれしいなあ。昨日の女性とは雲泥の差だ。このような優しい女性を私は求めているのだ)
そうヒメジが思うと、次第と昨日の女性に振られたことなど気にしなくなっていった。ヒメジは朝食を終えると、小麦粉と分かっている薬を女性の店員がいる前で飲んだ。女性の店員は『にこっ』と笑顔でヒメジを見ていた。ヒメジは女性の店員に一度お辞儀をしてから食堂を出た。
「間もなく出発しま~す」
定期便の騎手が大きな声で叫んだ。
「待ってください。乗りま~す」
ヒメジは朝食後に二度寝をしてしまい。慌てて飛び起きると宿屋を飛び出して停留所まで走ってきた。年のせいで思うように早く走れなかったがなんとか時間に間に合って、慌てて定期便に乗り込むことができた。ヒメジが定期便に乗り込むと同時に定期便は動き始めた。
「はあ、はあ、はあ、はあ。間に合った。良かった~」
ヒメジが息を整えていると、隣に座っていた中肉中背の若い男が声をかけてきた。
「大丈夫ですか?」
「はあ、はあ、はあ、ありがとう。はあ、大丈夫です。はあ、はあ」
「大丈夫そうではないですよ。ほらほら、たくさん汗もかいて、息苦しいでしょう」
若い男はヒメジの背中をさすった。
「はあ、はあ、すみません。はあ」
ヒメジは息をするのが精一杯であまり返事は出来なかった。しばらくは、若い男が背中をさすって声をかけてきたが、ヒメジは、息苦しくてよく聞こえなかった。やがて、息が整ってくると、
「大丈夫ですか。少し顔を布でふきましょうか」
優しく声をかけてくれるのがヒメジにも分かった。
「ありがとうございます。なんとか落着きました」
ヒメジはそう言いながら、布を取り出して顔を拭き始めた。
「それは良かったです」
そう言いながらも若い男はヒメジの背中をさすり続けていた。
「背中をさすってくれてありがとうございます。もう大丈夫です。息もほらこのように落着いてきました」
ヒメジは、大きく深呼吸をして見せた。それを見て若い男は安心したように笑顔になった。
(朝から、二人の若い男女に親切にされて嬉しい。『捨てる神あれば拾う神あり』だな)
ヒメジは人の優しさに触れたことにより次第に昨日の女性のことを気にしなくなってきた。
「あの~。私はヒメジといいます。薬師をしています」
「私は、次の村で農家をしています」
「農家ですか。何を栽培されているのですか」
「おもに、小麦です」
二人は話し始める頃から雨が降り始めた。始めはぽとりぽとりだったのが、次第に強く降ってきた。それと同時に、気温が下がってきた。中に吹き込んでくる風が冷たく感じられるようになった。
「寒くなってきましたね」
ヒメジはガタガタ震え始めた。
「そうですね。こんな季節にこれだけ冷えるなんて滅多にないですよ」
「なんとかして体を温めなければ、凍え死んでしまいます」
ヒメジはそう言いながら、あたりを見回した。定期便に乗っている人は十四名いたが、全ての人が寒がっている。
(火を燃やして暖めるわけにはいかないし、毛布などもないし、互いに寄り添って温め合うことは女性がいるから無理だろうし、どうしたら体を温められるだろうか?)
ヒメジは考えていると、若い男は、
「こんな寒い日はアルコールを飲めば体が温まるのですがね」
つぶやいた。それを聞いたヒメジは、
(アルコール? 私はウイスキーを持っているぞ)
アイテムボックスに繫がっているカバンから一リットルの瓶に入ったウイスキーを取り出した。
「私はウイスキーを持っています。良かったら一緒に飲みませんか?」
ヒメジは若い男に声をかけた。
「いいのですか? 是非ご一緒させてください」
「コップはお持ちですか?」
「はい、これです」
若い男はコップをカバンからとりだした。
「それでは、これをどうぞ」
ヒメジはその中にウイスキーを入れた。若い男はそれを呑むと、
「おいしい。このウイスキーは年代物ですね。何年物ですか?」
尋ねてきた。
「このウイスキーは、二十五年物です」
「通りで、芳醇な香りとコクがあっておいしいはずだ。あ~、体が温まってきました」
若い男は言った。それを見ていた周りの乗客はうらやましそうな顔つきで若い男を見るようになった。




