26
ヒメジが幌馬車を覗くと、小太りの商人が幌馬車の中で倒れていた。
「大丈夫ですか」
ヒメジは商人を抱えながら声をかけると、商人は目を開けた。
「大丈夫ですか? 一体どうしたのですか?」
ヒメジは商人に尋ねた。
「さっき冒険者達とすれ違ったあとから急にお腹が痛くなって、薬を飲もうとして倒れてしまったのです。おそらく昼に食べた干し肉が古かったのでしょう。いたたたた」
商人はお腹を右手で押さえた。
「さあ、これを飲んでください」
ヒメジは商人を横にして二十ミリリットルの薬瓶に入った回復薬を取りだした。そしてふたを取ると商人の口に薬瓶を近づけた。商人はそれを右手で受け取ると商人は上半身を起こして、薬を一気に飲み干した。
「気分はいかがですか?」
ヒメジは尋ねると、薬瓶にかすかに残った紺色の薬を見ながら、
「不思議です。いままであれだけ痛かった腹痛が、薬を飲むと痛みが取れて随分良くなりました。ひょっとしてこれは・・・。やっぱり上等のハイポーションではないですか。こんな貴重な物をいただいてもお礼のしようがありません」
恐縮した顔になった。
「大丈夫ですよ。困ったときはお互い様。もし私に何か困ったときがあったら、その時は助けてくださいね」
ヒメジは先ほど冒険者に言われたことをそのまま商人に言った。
「本当にそれでいいのですか?」
「ええ、構いませんよ。あ! それから、これから西の町に行かれますよね」
「はい、そうです」
「それなら、この先に野盗が出ますので一人では行かない方がいいですよ」
「野盗ですか?」
「ええ、五、六人ほどの野盗が旅人や商人を待ち伏せしています。今行くと間違いなく襲われますよ」
「それなら、一旦王都に戻って冒険者達を護衛に雇ってきます」
「その方が良いでしょう」
「ところで、あなたは大丈夫だったのですか?」
「ええ、私はうまく王都に向かう冒険者達がいて、その人達の近くを歩きましたので襲われることはなかったです」
「なるほど・・・。ところで、助けてもらったお礼です。幌馬車に乗って王都まで行きませんか?」
「いいのですか?」
「ええ、ご遠慮なさらずにどうぞ」
証人は立ち上がると馬の手綱を持った。
「それではお言葉に甘えまして、乗せてもらいます」
ヒメジは商人の隣に座った。
「そうしてください」
こうしてヒメジは商人と一緒に幌馬車で王都に向かった。道中、ヒメジは商人に商売のコツは信頼の積み重ねであることをわかりやすい例を挙げたもらいながら教えてもらった。
「とても勉強になります」
ヒメジは感想を述べると、商人は、
「でもねえ、その信頼をつみ重ねることが難しいのですよ。私などは、何度もその信頼を損ねそうになったことか」
失敗例を挙げて商売のイロハを熱く語った。二人が商売の話に花を咲かせている間に、幌馬車は王都に到着した。
幌馬車に乗っていたので、歩くより速く午後三時頃には王都に到着した。ヒメジは幌馬車から降りる時に、乗せてもらった商人へ、
「楽しいお話、ありがとうございました」
笑顔でお礼を言った。商人も、
「こちらこそ、お世話になりました」
笑顔で返事をして別れた。ヒメジは、思ったより早く王都へ着いたので、宿屋に行かずに頼まれていた薬を届けに薬屋に向かうことにした。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
「戻ってきましたよ。ちゃんと手紙渡してきました。それからこれが頼まれた薬です」
ヒメジは店主に薬の箱を渡した。
「お疲れさん。無事に帰ってこられて良かったぜ」
「本当に疲れました。薬を持って帰ることなんて聞いていませんでしたから」
「まあ、そう言うな。これは追加の駄賃だ」
店主はヒメジに薬草の本を渡した。
「これは西の町でいただきました」
「それは薬草Ⅰだ。これは薬草Ⅱ。薬草の本は全部でⅩまである。全部集めると薬草博士になって薬屋を営業できるぞ」
「回復薬や万能薬があれば十分でしょう」
「そうかも知れないが、それらは高いからな。病気の症状にあった薬は比較的簡単に作れるし安くて効果のあるものが多い。たとえば腹痛ならこの青緑の腹痛薬を飲めば治る。代金は僅か鉄貨五枚だ。薬瓶の持ち込みなら二十ミリリットルで僅か鉄貨二枚だ」
「なるほど、本を読んで勉強してみます」
「そうしてくれ。お前さんが薬屋になることを期待しているぞ」
「薬屋になるかどうかはわかりませんが、人の役に立つことならやってみる価値はあると思っています」
「おう、せいぜい人の役に立ってくれ」
「はい」
「ところで。お前さんの上等のハイポーションが飛ぶように売れて、もうすぐなくなりそうなので、また用意してもらえるか」
「もうですか?」
「ああ、滅多に手に入らない効力の高い薬だからな。金持ちはみんな欲しがるのさ」
「なるほど。金持ちが欲しがるのですか。・・・やっぱり庶民には行き渡らないのですか?」
「ちょっと高いからな。といってもうちでは随分安く売っているがそれでも銀貨一枚は庶民がたやすく手に入れられる金額じゃないからな」
「そう言われればそうですね」
「とりあえず十八リットルの上等のハイポーション卸してくれ」
「わかりました」
ヒメジは十八リットルの上等のハイポーションをアイテムボックスに通じさせているカバンから取り出した。
「前と同じで金貨四枚と大銀貨五枚でどうだ?」
「はい、それでお願いします」
店主に商品を渡すと、ヒメジは代金を受け取った。
「それでは、今日はこれで失礼します」
「もし旅に出るなら、その前にちょっと寄ってくれよ」
「わかりました」
ヒメジは店を出ると、冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドに行くとヒメジは掲示板の依頼書をのぞき込んだ。もうすぐ午後三時半なのですぐにできそうな依頼を探したが今回はなかった。ヒメジは仕方なく宿屋へ行こうとしたときに、受付の細身の若い女性に呼ばれた。
「ヒメジさん、ヒメジさん」
「はい」
「お願いがあります。ギルド長から東の町のギルド長へこの手紙を渡して欲しいとの依頼で
す」
「いいですが、出発は明日になりますよ」
「はい、東の町には馬車の定期便があり、それに乗っていけば一日で着きます。明日がその出発日なので早朝に東門へ向かってください」
「わかりました。でも、この手紙をなぜ私に依頼したのか分かりますか?」
「さあ~、詳しいことはわかりません。しかし、ギルド長はグリーングロウ団の事件の解決に貢献したヒメジさんのことを随分褒めていましたから、おそらく信頼されているのではないでしょうか」
受付の女性はにこやかに返事をした。
「なるほど。信頼されているのなら嬉しいです。間違いなくこの手紙を持って行きますよ。それで、依頼料はいくらですか?」
「それは、銀貨一枚です」
「え! そんなにもあるのですか?」
「何でも大切な手紙らしいので、何があっても運んでもらいたいそうです」
(えええ~。何かあるような危険な話なのか? い、いやだ。やっぱりこの依頼はやめよう)
「それから、引き受けた以上は、キャンセルはできませんよ。キャンセルしようとしたら、隊長格さんたちがヒメジさんに会いに行くそうです」
(勘弁してくれよ。あのおじさんたち怖くて苦手だよ)
「キ、キャンセルなんて、す、するわけないじゃないですか」
ヒメジは作り笑いをしてごまかした。
「そうですよね。こんなおいしい話、断る人はいないですよね」
「そ、それでは、い、行ってきます」
「お気をつけて、いってらっしゃ~い」
ヒメジは冒険者ギルドを出ると、再度、薬屋に行った。
「こんばんは」
「おう、どうした?」
「急に明日出発する予定になったので、顔を出しました」
「そうかい。律儀でよろしい。ところで、どこに行くのだ?」
「東の町です」
「ちょうど良かった。実は、この薬を持って行って欲しい」
店主はヒメジに薬包に入った薬が百個ほどぎっしり詰まった箱を二つ渡した。
「こんなにもですか」
「ああ、東の町にも同じ看板が出ている薬屋があるからそこへ頼むぞ」
「わかりました」
「報酬は、薬瓶でいいか?」
「はい、それでいいです」
「じゃあ決まりだな。よろしく頼むぜ」
「それじゃ、これで失礼します」
「ああ、がんばれよ」




