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いつも愛読いただきありがとうございます。今回も西の町の話です。のんびりと楽しんで読んでください。
「ゼイ、ゼイ。年だな~」
ヒメジは走って西の町の西門の下で仰向けになっていた。汗が全身から流れ落ち、肩で何度も呼吸をしているが息苦しい。手足が重たくて動かすことが出来ない。代わりに心臓だけが激しく動いている。
「まだ、冒険を始めたばかりなのに、もう死んじゃうのか。そんなのいやだ」
ヒメジは気弱になって、空を見上げていた。作者とすれば、このまま退場させてもよかったのだが、ヒメジを楽しみにしている方がいるので、もうしばらく生きながらえさせようと思う。
「いやだ、まだ死にたくない。この異世界で充実した人生を送りたい。女神様、私を助けてください」
ヒメジが女神様に祈ったおかげで? 次第に心臓の鼓動が少しゆっくりになり、呼吸も整ってきた。ヒメジは僅かに体を動かせられるようになった。そこで、服の裾をタオル代わりにして何度か顔からしたたり落ちる汗を拭いた。右手の袖が汗でびちょびちょになると、今度は左手の袖を使って顔を拭いた。それでも滝のように汗が流れてなかなか止まらない。
「このままでは、水分が汗で抜けてしまって干し物になってしまう。年寄りの干物なんておいしくないよ~」
ヒメジはぼやいた。十分ほど仰向けになっていると、次第に心臓も呼吸も落着いきた。体も動かせるようになり、ヒメジはゆっくりと立ち上がった。そして、カバンから水の入った革袋を取り出すとゴクンゴクンと飲み始めた。若い人なら勢いよく飲むので口から水をこぼすのであろうが、ヒメジは五十代である。水の一滴も大切にしたい年代なので、水をこぼさないように慎重に飲んだ。
「ぶは~。おいしい」
喉を潤したら、水袋をカバンに入れた。それと同時に、再び汗が滝のように流れてきた。袖が濡れているので、今度は服の裾で拭くとお腹の辺りがびちょびちょに濡れた。ヒメジは西の町にある樹木の下まで歩き、そこで水を飲んでは服の裾で拭くことを繰り返して、喉を潤し、汗を引かせた。やっと落着いたときには昼になっていた。ヒメジは、そこから路地裏に行くと、周りに誰もいないことを確認してから、自分の服に両手を当てて、
(汗臭い香水)
祈りながら、
「オール クリエーション」
唱えると、服が一瞬光り、新品になっていた。代わりにヒメジの足元には汗臭い香水が出来ていた。
ヒメジは落着くと、
「ぐ~」
お腹が空いてきたので市場へ行くことにした。この町では、王都とは違い、一本の筋だけが市場となって賑わっていた。海に近いこともあって魚を扱う店が多く、次につり関係の道具を扱う店や塩を扱う店が多かった。ヒメジが市場の中を歩いていると魚の香ばしい匂いがしてきた。焼き魚と書かれた看板が出ている露店から煙がもくもく上がっている。どこかの食堂で昼食にするつもりであったが、おいしそうな匂いに負けて、その店の亭主に声をかけた。
「いい匂いがしますね」
「その匂いは、魚の串焼きの匂いだ。どうだ、食欲をそそるだろう」
「ええ、食べたくなってきました」
「兄さん、一本どうだい。塩加減が抜群で上手いぞ」
「おいしそうな匂いだ。一本おいくらですか?」
「買ってくれるのかい。嬉しいね。一本鉄貨六枚だ」
(どれも大きくてちょっと全部食べ切れそうもないな。あの小さな魚の串焼きをだったら食べ切れそうだから少し負けてもらおう)
ヒメジは値切る交渉をした。
「亭主、これを鉄貨四枚にして売ってくれませんか?」
「そりゃ無理だよ、今朝取れたての新鮮な魚を、じっくりと炭火で焼いているから、魚の表面はかりかり、中はジューシーな焼き加減で味は保証するぜ」
「おいしいのは匂いで分かるけれど、他の魚より小さなサイズの魚だからすこし負けて欲しいな」
「仕方ないな、確かに少しサイズが小さいから鉄貨五枚でいいぜ」
「ありがとう。それじゃ、これを頂きます」
ヒメジは魚の串焼きを一本鉄貨五枚で買うと市場を歩きながら食べ始めた。
(海関係の店が多いな。よし、ここでは魚を中心に買い込んでおこう。カニやエビなどの甲殻類もあれば買っておこう)
ヒメジは店の品定めをしながら一通り眺めることにした。
「ここはマグロなどの大きな魚を扱っているな」
「ここは、イワシやアジなどの小魚専門店か」
「次は、ひょえ~。甲殻類が売られている、イカが動いているよ」
ヒメジは串焼きを食べながら品定めをした。
(それにしてもこの串焼きの魚の量は多かったな。小さいと思ったが食べ応えがあってやっと食べ終わることができた。時間かかったな。もう何も食べられない。お腹いっぱいになった)
こうして、魚を食べ終わる頃には全部の店を見終わった。そして、来た道を戻り始めた。
「よし、仕入れるぞ」
ヒメジは気合いを入れて魚を購入し始めた。最初の店に入るとマグロやブリなど比較的大きめの魚がたくさん置いてあった。
「店主、この魚はおいしいですか?」
「お客さん、この魚を知らないのか。赤身の魚でこの町では人気ナンバーワンの魚だぜ。今なら獲れたてで臭みもないから、うまいこと間違いなし。一本どうだい」
「いいですね。一本いくらですか?」
「そうこなくっちゃ。一本 大銅貨一枚だ」
(安い。こりゃお買い得だ)
「よし、買います。二十本ください」
「え! 二十本も買ってくれるのか。こりゃ太っ腹だね。あっしはとっても嬉しいよ。お代は銀貨二枚になるが大丈夫かい?」
「大丈夫ですよ、ほら」
ヒメジは大銀貨一枚を渡してつりを受け取った。魚は一本ずつ受け取ると順番にカバンに入れた。カバンの底はアイテムボックスにつながっている。二十本の魚を次々とカバンの中に入れる様子を見て店主は驚いていた。
「お前さんのカバン、随分入るね」
「そうでしょう。マジックバッグですからたくさん入るのですよ」
(アイテムボックスと言ったら面倒だから嘘ついてマジックバッグにしちゃった)
「そうかい。それなら、もっと買ってくれよ」
「買いたいのですが、もう少し他の店も回りたいので、今はこれぐらいにしていきます」
「そうかい。また来いよ」
最後の魚をカバンに入れ終わると、ヒメジはお辞儀をしてその場からは離れた。次に入った店では大きな木の箱にうず高く積まれたイワシやアジの小魚が売られていた。
「店主さん、箱ごといくらですか?」
「おや、お客さん箱ごと買ってくれるのかい。うれしいね。一箱銅貨一枚に負けておくよ」
(本当に一箱銅貨一枚? ダンピングしているのじゃないのかな。これはラッキー)
「そうですか、それなら二十箱ください」
ヒメジは満面の笑みで言った。
「え、これ全部だって。いいけれど、この魚は腐るのが早いから長持ちしないぜ。いいのかい」
店主は驚いた声を出した。
(アイテムボックスは時間が流れないから、入れておけば腐らないよ)
ヒメジは心の中で思いながらも、
「いいですよ。全部もらいます」
「わかった。でも、一つだけ忠告しておくが、小魚は絶対に生では食べるなよ。全部とは言わないが寄生虫が付いている魚がいるから必ず火で焼いてから食べろよ」
「忠告ありがとうございます。必ず火に焼いてから食べますよ」
ヒメジは代金を出して店主に渡した。ここでも一箱ごとカバンに入れるヒメジを見て店主は目をパチクリさて、
「お前さんのカバン、その大きさでいくら入るのだ?」
と聞いてきた。ヒメジは笑顔で、
「特別製なのでいくらでも入ります!」
答えた。その後もヒメジは数件、魚屋を回り魚や貝や甲殻類を購入した。全部で大銀貨一枚程度にはなったが、ヒメジは満足して宿屋に向かった。
いかがでしたでしょうか。運動をしていない五十代のおじさんが四百メートルを全力疾走したらどうなるのか考えました。おそらく多くの方が仰向けで倒れて息を整えるのかなと勝手に考えて書いています。次回も西の町でのお話です。楽しみにしてください。




