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姉(←大魔王)、妹(←超魔王)、長男(←オカン)  作者: くまのき
第十一章 天狗、九尾、インビジブル、
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-455話 『ドスケベ魔王と真面目勇者~トキメイたのかどうか分からない編~』

「何故私は、勇者なんかと暮らすようになったのかな」


 魔王と勇者が邂逅した日、その夕刻。城内中庭にて。

 カルドゥースは、屋根下の土壁に向かって語りかけていた。

 壁には釘が打ちつけられており、小さな狐のヌイグルミが吊るされている。


「確かに、彼が持つ『魅了(チャーム)』への耐性は、少々気になる所なのだけどね」


 この狐の――正確には狐ではないのだが、非常に似ているので便宜上狐と訳す――ヌイグルミは、カルドゥースがこの城へ初めて来た時に、中庭の地面に落ちていたものだ。

 完成したばかりの建物内に落ちていたヌイグルミ。工事関係者やその子供の忘れ物だろうか。

 カルドゥースはヌイグルミを拾い、落とし主が見つけやすいよう壁に吊るした。その落とし主がこの城へ戻って来る事は、おそらく無いのだが。


「おい。ご飯……メシを作ったぞ」


 女顔の勇者、チェルトが中庭にやって来た。

 身に付けていた鎧を外し、武装は腰に下げた剣だけ。スッキリした格好になっている。

 彼はカルドゥースと違い、栄養を口径摂取する必要がある。つまりは何かを食べないといけない。

 そこでカルドゥースは、自身は一度も使った事が無い城の台所を、彼に貸してあげた。食材は勇者が近くの町から調達し、そして彼自身が料理した。


 呼ばれるがまま食卓へと足を運ぶと、テーブルクロスの上に、質素だが色とりどりでバランスの良い食事が並んでいる。

 カルドゥースは苦笑して、「すまないね。私はモノを食べないんだ」と今更ながら断った。


「ああしかし、貴様は料理が上手だね。とても良い味をしている」

「食っていないのに何故味が分かる」

「さあ、どうしてだろうね。でも分かるのさ。そういう風に出来ているんだ、私は」


 その説明でチェルトは納得したのか、はたまたどうでも良いのか、「そうか」と言って料理を食べ始めた。

 黙々と魚や野菜を口に運ぶ、少女のような男。

 カルドゥースは、「そう言えば、こうして他人の食事姿を見る機会など、今まで無かったね」と考えながら、自身もテーブルについた。


 そしてふと思う。

 彼女は物を食べる必要は無いのだが、別に食べたら困る事態が起きるわけでもない。

 この男が作った料理を、実際に食べてみたい。

 見ただけで味を理解出来るのに、どうしてそう思ったのか……自身の思考に首を傾げながら、フォークを手にし、白身魚の身を口に入れる。

 やはり、頭で思った通りの味である。


「うん。本当に美味しいよ」

「そうか。ならば明日も作ろう」


 その勇者の台詞に、カルドゥースはクスリと笑った。



「そうだ、勇者くん。提案があるのだけど」


 魚を食べ終えた後、カルドゥースは勇者の傍まで近づき言った。


「提案とは何だ」

「貴様は、私の全てを知りたくて此処に住むのだよね?」

「全てを知るつもりは無いが……概ね、そうだ」

「ふふっ、なら……」


 カルドゥースは勇者の肩を軽く叩く。


「今夜、私と寝てみないか? つまりセックスをしようという事だよ」

「何をっ……!?」


 勇者はサラダを食べる手を止め、咳き込んだ。


 カルドゥースは今まで男性に体を許した事は無い。

 今回も、ただ勇者を揶揄からかっているだけだ。

 それに魅了(チャーム)が効かない相手に対し、魔法無しの直接的なアプローチをしたらどうなるのだろうか、という興味もある。


 突然の申し出に慌てた勇者は、コップの水を飲み深呼吸し息を整えた。

 面白がっているカルドゥースの目を正面から見て、答えを返す。


「断る。それをやると、お前が言っていた通りになる……『フェアじゃない』」

「へえ、貴様は真面目だね」


 勇者の瞳から、確固たる意志が伝わってくる。


 カルドゥースは容姿に自信を持っている。

 この惑星の美的感覚にも適合している、絶世の美女だ。

 確かに急に「性交しよう」なんて言い出す女には、引く部分もあるだろう。

 しかしそれでも、美女にそう言われて悪い気はしないのが、男という物である。


 が、彼は少々狼狽こそしたが、キッパリと断った。

 本当に下心は無く、使命感だけでここにいるらしい。

 カルドゥースにとって、今まで出会った事が無いタイプの男だ。


「なるほど、貴様といると楽しめそうだね。最近暇だったから、ちょうど良い」


 そのカルドゥースの台詞を聞き、勇者チェルトは食事を再開しながら、


「……淫奔(いんぽん)帝王は、よほど暇らしいな」


 と呆れるように息をついた。


「勇者くん。そのあだ名は、私の趣味に合わないと言っただろう? もっと他に、凛々しい異名があれば良いのだけどね」

「そうか。すまない」


 勇者は律儀に謝罪した後、豪華な作りの椅子に座っているカルドゥースの姿を眺めた。

 多くの男達を誘惑して来た、女魔王。女帝。


「……魅惑女帝、とかな」

「魅惑女帝?」

「あ、いや……なんでもない、忘れてくれ」


 つい口に出てしまった言葉を、勇者は頭を振りつつ取り消した。

 だがカルドゥースは、その異名をもう一度呟く。


「魅惑女帝……か。うん、淫乱やスケベより遥かに良い名前だね。気に入ったよ……ふふっ」




 ◇




 それから毎日、勇者チェルトは食事を作った。

 本来食べる必要は無いカルドゥースも、勇者の食事に毎回付き合う。

 今まで知らなかった、食べる喜びを理解できた……などと言う訳でもないのだが、ただ何となく食卓を共にした。

 自分でも理由は分からない。勇者を観察してみたかったのかもしれない。


 そしてカルドゥースは『魅惑女帝』と名乗るようになった。

 とは言っても、誰に自己紹介をするわけでもないので、あくまでも自分の中での話だが。


 そんな、勇者と魔王というシチュエーションに沿わない平和な日々が続いていた、ある日。


「何故、わしの知らない男がここにいる!」


 身なりと恰幅の良い初老の男が、勇者チェルトを見るなり喚き出した。

 この男は、数人のお供を引き連れ城にやって来た。魅了(チャーム)にかかっている、この星で上位の権力者。


「あんたは確か……俺の故郷の、隣国の……」


 この惑星で一番栄えている国の王である。

 王はカルドゥースに求愛と貢物を献上するため入城し、中庭を掃除するチェルトの姿を発見したのだ。


「待て。俺は勇者であり、後ろめたい事など何も無い」


 釈明するチェルト。

 出身地や勇者になった経緯、そしてこの場にいる理由まで、全て包み隠さず王へ話した。


 だが王は話を聞こうとせず、怒り露わに「おい!」と勇者を指差した。その声に呼応し、お供の兵士達が一斉に勇者へと斬りかかる。

 チェルトはそれを難無く避けた。彼自身も腰に剣を携えているが、それを抜く事はしなかった。

 兵士達は続けて斬り付けるが、それも当たらない。兵士の一人が破れかぶれに剣を投げたが、当然無意味。

 剣は土壁にぶち当たり亀裂を入れた。そこは、すぐ近くにヌイグルミが吊るされている場所である。


「落ち着け、王よ。俺は勇者だと言っているだろう」

「別国の勇者など、敵でしかないわ!」

「なるほど、それは一理あるね……ふふっ」


 いつの間にか近くで見物していたカルドゥースが、楽しそうに微笑んでいる。

 彼女の声と姿に、王は表情を軟化させ頬を上気させた。


「おお、カルドゥースよ! どうしたと言うのだ、こんな若造などを招き入れて!」


 王の恋する仕草、瞳、鼓動、情熱、嫉妬。

 その年甲斐もない姿を見て、勇者チェルトは眉間にしわを寄せた。


「隣国の王よ、あなたは自分の立場を弁えるべきです」

「黙れ、平民のくせにわしに意見すると言うのか! のうカルドゥースよ、こんな男は早く追い出すのだ!」

「……うーん、それは出来ないなあ。この勇者さんは、私の客なのさ」


 そう冷静に会話をしつつも、カルドゥースは心中穏やかでなかった。


 自分に恋心を向ける、哀れな老人。

 今までのカルドゥースは、魅了(チャーム)にかかった男達の姿を笑いながら見ていたものだが……今は何故か胸が痛い。

 実らぬ恋で苦しんでいる王に、同情したのではない。

 ただこの老人の乱心ぶりを――要はカルドゥースの力を、チェルトに見られるのが……何故だか酷く、嫌だった。


 そんな自分の気持ちに驚きながら、カルドゥースは王に命令する。


「すまないね。貴様ら、邪魔だから帰ってくれないか」

「なっ……何だって!?」


 王は抗議しようと身を乗り出す。しかしカルドゥースに睨みつけられ、


「わ、分かった。また日を改めよう……」


 と、しょんぼりした様子で返事をした。

 その王の様子を見て、チェルトは少々可哀想だと感じた。が、それもすぐに思い直す。


「ああ、その口、その声で、わしを冷たく突き放すような命令を下してくれるとは……あ、あああああ……快感を覚える……ああ……うっ……!」


 何やら興奮した様子で、隣国の王は兵士達と共に帰っていったのであった。


「変態だったのか……」

「変態だったようだね」


 王の趣味趣向は忘れよう。

 とにかく勇者チェルトは危機が去った事に安堵する。そして先程のカルドゥースの行動を思い出し、彼女を見た。


「お前もしかして、俺を助けてくれたのか?」

「……いいや、貴様のためじゃないよ。ただ、下賤な奴らが煩わしかったから追い出した。それだけさ」


 そう言いながらもカルドゥースは、自身の胸に何とも言えないモヤモヤを感じ、チェルトから目を逸らす。


「そうか、すまんな。ありがとう」


 チェルトは短く礼を言い、カルドゥースの方へ向かって歩き出した。

 急な勇者の接近に、カルドゥースは緊張し身構える。

 しかしチェルトは、夕食の準備のため台所へ行こうとしていただけである。彼女の隣を素通りし、城内に繋がる扉へと向かう。


 その事に気付いたカルドゥースは一寸ポカンとした表情になり、俯いた。


「どうしてしまったのだろう、私は……本当に、どうして……」


 その「どうして」という小さな台詞が聞こえ、チェルトは振り向き、再び彼女の姿を見た。

 カルドゥースはこちらに背を向け、ヌイグルミ前まで移動している。

 勇者は扉の取っ手から手を離し、大声でカルドゥースの後姿へ問いかけた。


「この前もその狐で遊んでいたが。お前は、それが好きなのか?」


 既に「チェルトは去った」と思い込んでいたカルドゥースは、その言葉に大きく肩を震わせた。

 取り繕うように、指先で狐の顔を撫でる。


「ああ……嫌いでは、無いね」

「そうか」


 興味があるのか無いのか、勇者は小さく頷き、それ以上ヌイグルミについて何も聞かなかった。

 そのままチェルトは、狐に触れるカルドゥースを見続け……ふと、「ピシリ」という音に気付く。

 彼女が立っている場所のすぐ前にある土壁。

 兵士が投げた剣が当たり。ひびが入っていた部分。

 そのひびが、音を立て広がっていき……壁が崩れ、大きな欠片がカルドゥースの頭を目がけて落ちる。



「おい、危ないぞ!」

「えっ?」



 チェルトは腰の剣を抜き、素早い動作で土壁に近づいた。

 落下する塊を一刀両断。


 その雷光のような剣筋は、カルドゥースの目でも見えなかった(・・・・・・)

 土壁の欠片達が地面に落ち、その音で彼女はやっと状況を理解する。


「お、驚いたな……さすが勇者だね。助かったよ、ありがとう」

「いや……すまんな。狐は潰れてしまった」


 崩れ落ちた土壁と地面との間に狐のヌイグルミが挟まり、上半身が押し潰されている。

 チェルトは壁の破片を持ち上げ、ヌイグルミを救助。しかし綿が飛び出て、泥だらけに汚れていた。


「仕方ないさ。形あるものはいつか壊れる……私もこの長い人生で、それを散々目にして来たよ」


 カルドゥースはヌイグルミを受け取り、手の平に乗せじっと眺めた。

 チェルトは無言で立っている。


「それよりチェルト(・・・・)……キミ(・・)の方こそ、怪我は無いかい?」

「ああ、何とも無い」


 そしてチェルトは「メシを作る」と言って、今度こそ本当に中庭から去って行った。

 一人残されたカルドゥースは、ヌイグルミの残骸に話しかける。


「……私の胸…………苦しいな」


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