-455話 『ドスケベ魔王と真面目勇者~トキメイたのかどうか分からない編~』
「何故私は、勇者なんかと暮らすようになったのかな」
魔王と勇者が邂逅した日、その夕刻。城内中庭にて。
カルドゥースは、屋根下の土壁に向かって語りかけていた。
壁には釘が打ちつけられており、小さな狐のヌイグルミが吊るされている。
「確かに、彼が持つ『魅了』への耐性は、少々気になる所なのだけどね」
この狐の――正確には狐ではないのだが、非常に似ているので便宜上狐と訳す――ヌイグルミは、カルドゥースがこの城へ初めて来た時に、中庭の地面に落ちていたものだ。
完成したばかりの建物内に落ちていたヌイグルミ。工事関係者やその子供の忘れ物だろうか。
カルドゥースはヌイグルミを拾い、落とし主が見つけやすいよう壁に吊るした。その落とし主がこの城へ戻って来る事は、おそらく無いのだが。
「おい。ご飯……メシを作ったぞ」
女顔の勇者、チェルトが中庭にやって来た。
身に付けていた鎧を外し、武装は腰に下げた剣だけ。スッキリした格好になっている。
彼はカルドゥースと違い、栄養を口径摂取する必要がある。つまりは何かを食べないといけない。
そこでカルドゥースは、自身は一度も使った事が無い城の台所を、彼に貸してあげた。食材は勇者が近くの町から調達し、そして彼自身が料理した。
呼ばれるがまま食卓へと足を運ぶと、テーブルクロスの上に、質素だが色とりどりでバランスの良い食事が並んでいる。
カルドゥースは苦笑して、「すまないね。私はモノを食べないんだ」と今更ながら断った。
「ああしかし、貴様は料理が上手だね。とても良い味をしている」
「食っていないのに何故味が分かる」
「さあ、どうしてだろうね。でも分かるのさ。そういう風に出来ているんだ、私は」
その説明でチェルトは納得したのか、はたまたどうでも良いのか、「そうか」と言って料理を食べ始めた。
黙々と魚や野菜を口に運ぶ、少女のような男。
カルドゥースは、「そう言えば、こうして他人の食事姿を見る機会など、今まで無かったね」と考えながら、自身もテーブルについた。
そしてふと思う。
彼女は物を食べる必要は無いのだが、別に食べたら困る事態が起きるわけでもない。
この男が作った料理を、実際に食べてみたい。
見ただけで味を理解出来るのに、どうしてそう思ったのか……自身の思考に首を傾げながら、フォークを手にし、白身魚の身を口に入れる。
やはり、頭で思った通りの味である。
「うん。本当に美味しいよ」
「そうか。ならば明日も作ろう」
その勇者の台詞に、カルドゥースはクスリと笑った。
「そうだ、勇者くん。提案があるのだけど」
魚を食べ終えた後、カルドゥースは勇者の傍まで近づき言った。
「提案とは何だ」
「貴様は、私の全てを知りたくて此処に住むのだよね?」
「全てを知るつもりは無いが……概ね、そうだ」
「ふふっ、なら……」
カルドゥースは勇者の肩を軽く叩く。
「今夜、私と寝てみないか? つまりセックスをしようという事だよ」
「何をっ……!?」
勇者はサラダを食べる手を止め、咳き込んだ。
カルドゥースは今まで男性に体を許した事は無い。
今回も、ただ勇者を揶揄っているだけだ。
それに魅了が効かない相手に対し、魔法無しの直接的なアプローチをしたらどうなるのだろうか、という興味もある。
突然の申し出に慌てた勇者は、コップの水を飲み深呼吸し息を整えた。
面白がっているカルドゥースの目を正面から見て、答えを返す。
「断る。それをやると、お前が言っていた通りになる……『フェアじゃない』」
「へえ、貴様は真面目だね」
勇者の瞳から、確固たる意志が伝わってくる。
カルドゥースは容姿に自信を持っている。
この惑星の美的感覚にも適合している、絶世の美女だ。
確かに急に「性交しよう」なんて言い出す女には、引く部分もあるだろう。
しかしそれでも、美女にそう言われて悪い気はしないのが、男という物である。
が、彼は少々狼狽こそしたが、キッパリと断った。
本当に下心は無く、使命感だけでここにいるらしい。
カルドゥースにとって、今まで出会った事が無いタイプの男だ。
「なるほど、貴様といると楽しめそうだね。最近暇だったから、ちょうど良い」
そのカルドゥースの台詞を聞き、勇者チェルトは食事を再開しながら、
「……淫奔帝王は、よほど暇らしいな」
と呆れるように息をついた。
「勇者くん。そのあだ名は、私の趣味に合わないと言っただろう? もっと他に、凛々しい異名があれば良いのだけどね」
「そうか。すまない」
勇者は律儀に謝罪した後、豪華な作りの椅子に座っているカルドゥースの姿を眺めた。
多くの男達を誘惑して来た、女魔王。女帝。
「……魅惑女帝、とかな」
「魅惑女帝?」
「あ、いや……なんでもない、忘れてくれ」
つい口に出てしまった言葉を、勇者は頭を振りつつ取り消した。
だがカルドゥースは、その異名をもう一度呟く。
「魅惑女帝……か。うん、淫乱やスケベより遥かに良い名前だね。気に入ったよ……ふふっ」
◇
それから毎日、勇者チェルトは食事を作った。
本来食べる必要は無いカルドゥースも、勇者の食事に毎回付き合う。
今まで知らなかった、食べる喜びを理解できた……などと言う訳でもないのだが、ただ何となく食卓を共にした。
自分でも理由は分からない。勇者を観察してみたかったのかもしれない。
そしてカルドゥースは『魅惑女帝』と名乗るようになった。
とは言っても、誰に自己紹介をするわけでもないので、あくまでも自分の中での話だが。
そんな、勇者と魔王というシチュエーションに沿わない平和な日々が続いていた、ある日。
「何故、わしの知らない男がここにいる!」
身なりと恰幅の良い初老の男が、勇者チェルトを見るなり喚き出した。
この男は、数人のお供を引き連れ城にやって来た。魅了にかかっている、この星で上位の権力者。
「あんたは確か……俺の故郷の、隣国の……」
この惑星で一番栄えている国の王である。
王はカルドゥースに求愛と貢物を献上するため入城し、中庭を掃除するチェルトの姿を発見したのだ。
「待て。俺は勇者であり、後ろめたい事など何も無い」
釈明するチェルト。
出身地や勇者になった経緯、そしてこの場にいる理由まで、全て包み隠さず王へ話した。
だが王は話を聞こうとせず、怒り露わに「おい!」と勇者を指差した。その声に呼応し、お供の兵士達が一斉に勇者へと斬りかかる。
チェルトはそれを難無く避けた。彼自身も腰に剣を携えているが、それを抜く事はしなかった。
兵士達は続けて斬り付けるが、それも当たらない。兵士の一人が破れかぶれに剣を投げたが、当然無意味。
剣は土壁にぶち当たり亀裂を入れた。そこは、すぐ近くにヌイグルミが吊るされている場所である。
「落ち着け、王よ。俺は勇者だと言っているだろう」
「別国の勇者など、敵でしかないわ!」
「なるほど、それは一理あるね……ふふっ」
いつの間にか近くで見物していたカルドゥースが、楽しそうに微笑んでいる。
彼女の声と姿に、王は表情を軟化させ頬を上気させた。
「おお、カルドゥースよ! どうしたと言うのだ、こんな若造などを招き入れて!」
王の恋する仕草、瞳、鼓動、情熱、嫉妬。
その年甲斐もない姿を見て、勇者チェルトは眉間にしわを寄せた。
「隣国の王よ、あなたは自分の立場を弁えるべきです」
「黙れ、平民のくせにわしに意見すると言うのか! のうカルドゥースよ、こんな男は早く追い出すのだ!」
「……うーん、それは出来ないなあ。この勇者さんは、私の客なのさ」
そう冷静に会話をしつつも、カルドゥースは心中穏やかでなかった。
自分に恋心を向ける、哀れな老人。
今までのカルドゥースは、魅了にかかった男達の姿を笑いながら見ていたものだが……今は何故か胸が痛い。
実らぬ恋で苦しんでいる王に、同情したのではない。
ただこの老人の乱心ぶりを――要はカルドゥースの力を、チェルトに見られるのが……何故だか酷く、嫌だった。
そんな自分の気持ちに驚きながら、カルドゥースは王に命令する。
「すまないね。貴様ら、邪魔だから帰ってくれないか」
「なっ……何だって!?」
王は抗議しようと身を乗り出す。しかしカルドゥースに睨みつけられ、
「わ、分かった。また日を改めよう……」
と、しょんぼりした様子で返事をした。
その王の様子を見て、チェルトは少々可哀想だと感じた。が、それもすぐに思い直す。
「ああ、その口、その声で、わしを冷たく突き放すような命令を下してくれるとは……あ、あああああ……快感を覚える……ああ……うっ……!」
何やら興奮した様子で、隣国の王は兵士達と共に帰っていったのであった。
「変態だったのか……」
「変態だったようだね」
王の趣味趣向は忘れよう。
とにかく勇者チェルトは危機が去った事に安堵する。そして先程のカルドゥースの行動を思い出し、彼女を見た。
「お前もしかして、俺を助けてくれたのか?」
「……いいや、貴様のためじゃないよ。ただ、下賤な奴らが煩わしかったから追い出した。それだけさ」
そう言いながらもカルドゥースは、自身の胸に何とも言えないモヤモヤを感じ、チェルトから目を逸らす。
「そうか、すまんな。ありがとう」
チェルトは短く礼を言い、カルドゥースの方へ向かって歩き出した。
急な勇者の接近に、カルドゥースは緊張し身構える。
しかしチェルトは、夕食の準備のため台所へ行こうとしていただけである。彼女の隣を素通りし、城内に繋がる扉へと向かう。
その事に気付いたカルドゥースは一寸ポカンとした表情になり、俯いた。
「どうしてしまったのだろう、私は……本当に、どうして……」
その「どうして」という小さな台詞が聞こえ、チェルトは振り向き、再び彼女の姿を見た。
カルドゥースはこちらに背を向け、ヌイグルミ前まで移動している。
勇者は扉の取っ手から手を離し、大声でカルドゥースの後姿へ問いかけた。
「この前もその狐で遊んでいたが。お前は、それが好きなのか?」
既に「チェルトは去った」と思い込んでいたカルドゥースは、その言葉に大きく肩を震わせた。
取り繕うように、指先で狐の顔を撫でる。
「ああ……嫌いでは、無いね」
「そうか」
興味があるのか無いのか、勇者は小さく頷き、それ以上ヌイグルミについて何も聞かなかった。
そのままチェルトは、狐に触れるカルドゥースを見続け……ふと、「ピシリ」という音に気付く。
彼女が立っている場所のすぐ前にある土壁。
兵士が投げた剣が当たり。ひびが入っていた部分。
そのひびが、音を立て広がっていき……壁が崩れ、大きな欠片がカルドゥースの頭を目がけて落ちる。
「おい、危ないぞ!」
「えっ?」
チェルトは腰の剣を抜き、素早い動作で土壁に近づいた。
落下する塊を一刀両断。
その雷光のような剣筋は、カルドゥースの目でも見えなかった。
土壁の欠片達が地面に落ち、その音で彼女はやっと状況を理解する。
「お、驚いたな……さすが勇者だね。助かったよ、ありがとう」
「いや……すまんな。狐は潰れてしまった」
崩れ落ちた土壁と地面との間に狐のヌイグルミが挟まり、上半身が押し潰されている。
チェルトは壁の破片を持ち上げ、ヌイグルミを救助。しかし綿が飛び出て、泥だらけに汚れていた。
「仕方ないさ。形あるものはいつか壊れる……私もこの長い人生で、それを散々目にして来たよ」
カルドゥースはヌイグルミを受け取り、手の平に乗せじっと眺めた。
チェルトは無言で立っている。
「それよりチェルト……キミの方こそ、怪我は無いかい?」
「ああ、何とも無い」
そしてチェルトは「メシを作る」と言って、今度こそ本当に中庭から去って行った。
一人残されたカルドゥースは、ヌイグルミの残骸に話しかける。
「……私の胸…………苦しいな」




