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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

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精霊魔術師と古城探索 五

 赤い鱗のワニと人を足したような姿。ぎょろりと光る爬虫類の目。左右の肩甲骨からは黒い角が伸びている。その手には黒く、穂先の長さがアシンメトリーの槍。
 槍を使用した近接戦闘能力はもちろん、個体によっては魔術も駆使し、赤い鱗は半端な刃物での攻撃を軽く弾いてしまう。体高は恐らく三メートル弱。ミューラの倍近い。
 まごうことなきアークデーモン。その強さは文句なしのAランク。
 何故これほどの魔物が……と考えてみるものの、答えの出ない疑問に思考のリソースを割くのは不毛と気付き、ミューラは考えるのを止めた。
 彼女からすれば久々に出会う強敵に、剣を握る手に力が入る。

「よお」
「何よ?」
「やれんだよな?」

 その問い掛けに、笑って答える。

「愚問ね。あんたこそどうなの?」

 ケイオスは口の端を歪めた。

「あの程度に手こずってたら、精霊魔術師なんざ名乗れねえよ」

 曲がりなりにもユニークマジシャンである長身の男。
 特定の誰かに師事していたのは幼少期までという状況を、この古城に来るまでの道中で聞いた。
 つまり殆どは我流でここまで実力を昇華したのだ。
 仮にこの男がレミーアに師事していたらどうなっただろう。少なくとも、奏と自分に劣るという結果にはならないだろうとミューラは思う。
 努力では埋めがたい素質の差に嫉妬を覚えないでもないが、この局面ではプラスである。ケイオスが強ければ強いほどいいのだ。

「そう。なら一匹任せたわ」
「任されたぜ」

 言うが早いか、ケイオスは剣を構え、真正面から突進していった。アークデーモンの一匹が槍で迎撃。力と力のぶつかり合いに、空気が震動した。
 もう一匹が、間合いに入ったケイオスに一瞬だけ目を向けたのを、ミューラは逃さなかった。

『火炎破』

 何の前触れも無く床が弾け飛び、爆煙が上がる。紅の炎に炙られたアークデーモンの視線を強制的に集めた。

「あんたの相手はあたしよ」

 かつて練習していた座標指定の魔術。ミューラ基準で精度が甘かったそれも、今ではものにしつつあった。
 今は身体強化魔術は解除したままだが、もう強化魔術を使いながらでも問題なく制御する自信がある。
 剣を引き、ミューラは現状の把握のために頭を回転させた。
 アークデーモンは弱くはない。文句なし、オーガや黒曜馬と並ぶランクAの魔物である。
 しかし、ミューラにとっては格下の相手。負ければ「怠慢」と厳しい評価を貰ってしまうだろう。
 普通に戦えば、時間は掛かるが勝てる。
 戦力評価に現在の状況を加味する。
 古城探索の真っ最中だ。そして、今は無限回廊に嵌まっていて、脱出の手掛かりは掴めていない。この戦いが長引くと、体力と魔力を浪費する。
 答えは出た。
 下手に力を抑えて体力の削り合いをするくらいなら。

(最初から、全力全開!)

 ミューラは笑みを浮かべ、魔力を活性化。続いて全身の神経を瞬く間に掌握する。この間一秒と経っていない。殆ど隙の無い強化魔術の行使。

「はあっ!」

 景気付けに一気に、最大限の強化魔術を施した。
 ミューラほどの実力者が全力で身体強化魔術を施せばどうなるか。

『ボアアアアア!!』

 ミューラから放たれる強烈な気迫に引きずられるように、アークデーモンが昂った声を上げた。
 そう。大抵の相手から、手加減の文字を消去出来るのだ。
 強化魔術を施した上で、一太刀目でアークデーモンのどこを斬るかを決める。
 決めたなら、間合いを詰めるだけだ。
 一瞬でアークデーモンまで迫り、スピードを巧みに威力へと変換して、横薙ぎに剣を繰り出す。
 ケイオス以上の破壊力を持った一撃が、防御に回ったアークデーモンの槍を押し込み、その巨体を数歩後退させた。
 自分より矮小なエルフに押され、アークデーモンは怒りと驚愕がない交ぜになった顔をしている。
 パワーがない。
 スピードがない。
 スペックが足りない。
 だからどうした。
 そんなものは、テクニックで埋めれば良い。
 大切なのは勝つこと。否、負けないこと。
 生き残ること。
 無いものを嘆くより、先にやる事はいくらでもあるのだ。
 更に踏み込み、振り抜いた剣を切り返す。

『ブオア!』

 やらせるか、とばかりに槍を叩き付けてくるアークデーモン。ミスリルの剣の一撃でびくともしない槍は驚嘆に値するが。

(剣だけだなんて思わない事ね!)

 右手で隠すように待機させていた左手を向ける。

『瀑砂閃!』

 石畳の床が砂と化し、アークデーモンに殺到する。射程は五メートルも無いが、砂の一粒一粒は地球に存在する拳銃の弾丸に匹敵する威力。
 火属性の近接用魔術、焦熱閃の土属性バージョンだ。
 とはいえ、硬い鱗を突き通せるとはミューラも思っていない。そもそも、ダメージを狙ってすらいない。
 砂の幕に包まれたアークデーモン。幕から微かに覗く黒色の槍に、剣を更に叩き付ける。
 耳障りな金属音。
 槍がミューラから見て右に流れる。
 その結果を確認する前に、ミューラは天高く舞い上がる。その跳躍、高さ八メートル。空中でくるりと身体を回転させ、天井に足をついた。
 真下では、砂を振り払うアークデーモンの姿。
 ミスリルの剣を逆手に持ち替え、炎を纏わせる。
 すべては布石。この一撃を、当てるために。

「はあああっ!」

 烈帛の気合いを声と共に吐き出し、天井を蹴った。
 自由落下に合わせて加速度的にアークデーモンが近付いてくる。
 これで仕留める。
 そう考えていたが、Aランクの魔物はやはり一筋縄ではいかない。
 後少しでコンタクトというタイミングで、アークデーモンががばっと上に顔を向ける。
 迫るミューラに対して、迷うこと無く口を開ける。

「……!?」

 背筋をはい回る感覚を覚え、ミューラは空中で身体を捻る。

『ブハア!』

 吐き出されたのは氷のつぶてが無数に含まれた冷気のブレス。

「ちっ!」

 本気で舌打ちをする。
 ブレスの射線と変更した自身の落下軌道、そして互いの速度を瞬時に計算。結果、最低でも左腕への軽くないダメージが避けられない事が分かったのだ。
 怖じ気づくも、このまま行くと決意する。
 零下の風と氷のつぶてが左腕を激しく叩く。
 激痛に顔を歪めるも、一瞬のこと。
 アークデーモンの背中をかなり深く斬りつけた。背中の角さえ、包丁で野菜を斬るより容易く撥ね飛ばした。

『ブオアアア!』

 それは悲鳴なのだろう。紫色の血を撒き散らし、アークデーモンが叫んだ。

「……くっ!」

 一方のミューラもそれどころではない。着地の衝撃すら腕に響く。
 すぐさまアークデーモンから距離を取り、左腕を観察。冷気で感覚が失われ、つぶてに曝された腕は血だらけで動かない。
 とはいえ、傷は軽い方だ。軌道を変更しなければ、全身で受けていた。
 アークデーモンにとって氷のブレスは奥の手。
 溜めの時間を殆ど要せず、直撃すればミューラですら一度で戦闘不能にする程の攻撃力を誇るのだ。
 見た目の地味さとは裏腹に、威力は超一流だ。

「でも、奥の手だしね」

 左腕を庇いながら、ミューラは笑う。
 容易くは撃てないから奥の手なのだ。
 ノータイムで、Aランクの冒険者を一撃で戦闘不能に出来る技が、何の代償も無く撃てるわけがない。
 撃つには残存魔力値の八割を必要とする。もちろん威力は注ぎ込んだ魔力の量に比例し、更に暫く動きが鈍くなる。
 確実に直撃させられるという大前提のもと、相手を必ず仕留められる場合に使う技なのだ。
 何せ外せばピンチに陥るのはアークデーモン自身だから。
 そこまで分かっていたからこそ、ミューラは左腕を犠牲にしてでも斬る事を選択した。

「知識っていうのはやっぱり武器ね」

 時にスパルタで叩き込まれた様々な知識は、ミューラに無形の恩恵を与える。
 当時を思い返せば辛かった、としか言えないが、今はそれを実施してくれたレミーアには感謝しかない。

「さて。左腕を封じられたあたしと、背中の傷で済んだあんたと、形勢はどちらかしらね?」

 アークデーモンが人間の言葉を理解できたなら、白々しい、と思ったことだろう。
 彼女の口ぶりは明らかにブレスの代償を知っているものだったのだから。





◇◇◇◇◇




「うーん……」
「あらら……」

 奏は真っ青な顔をして目を回してしまった。
 本物の幽霊直視は、流石に刺激が強かったようだ。

『お初にお目に掛か……おや?』

 整った、高級そうな身なりを除けば、どこにでもいそうな中年のおじさんは、困ったように顎を撫でていた。

『どうされたのですかな?』
「いや、こいつはお化けとかそういうのがめっちゃ苦手なんだ」
『なるほどですな』

 気を失うほどだからよっぽどなのだと理解したおじさん幽霊は頷いた。
 太一は、自分の膝を枕にして目を回す奏の頭を撫でながら、心の中でごめんと呟く。
 奏が気を失う可能性もあると分かっていた。
 分かってはいたが、それでも話を聞かなければと感じたのだ。
 それはやはり、シルフィが張った結界に対して勇敢にも接触してきた、その事実が大きかった。
 とりあえず、奏を無理に起こす必要はない。起きたところで、幽霊が目の前にいるという事実は彼女に再びショックを与えるだろう。

「いらっしゃい」

 シルフィは中年の幽霊に声をかける。
 彼が思わず仰け反るような姿勢になったのは、シルフィードという存在から声を掛けられたという事実故だ。

『これはこれは。四大精霊様のお声を耳にする事があろうとは。長生きはするものですな』
「いや。おっさん死んでっからな」

 思わず突っ込んでしまう太一に、ニヤリと笑う中年霊。誘いだったと気付く。
 そんな長閑なやり取りを見ていたシルフィは肩を竦めて長めに息を吐いた。

「さて」

 シルフィは手を合わせる。実体がないため手を打っても音はしないが、そこは風を司る王。小さく空気を破裂させてぱん、と音を立てた。

「アタシの結界にようこそ、霊体さん。本日はどのような御用件かしら?」

 多少おどけながら早速本題に入ろうとするシルフィ。中年の霊は堂に入った所作で胸に手を当て、腰を深く折った。
 大袈裟ではない。シルフィがどのような存在か分かっている太一は、シルフィに対する淀み無い対応にむしろ感心していた。

「おっさん、慣れてんな」
『この身体になってからは精霊様にお目に掛かる機会も幾度かありましてな』

 精霊はその格に関わらず、命あるもの全てよりも上位の存在。彼の態度も分かる。
 折った腰を戻しつつ、その目は太一とシルフィを収める。

『改めまして、エレメンタル・シルフィード様、召喚術師・タイチ様。私はスライマン・レングストラッドと申します』

 様付けされてむずむずしている太一。

『お二人とお仲間がおられるこの城……レングストラッド城の元主です』
「レングストラッド城……」

 この城に名前があるとは知らなかった太一は傾げる。

「ふーん。ここ、レングストラッド城ってのか。知らなかったなあ」

 城の外観を思い浮かべて太一がそう呟く。

『ご存じ無いのも無理ありませんな』

 スライマンは笑った。

『今から二〇〇年前の戦。それによって、この城は歴史から退場したのです』
「二〇〇年前……?」

 その数字には聞き覚えがあった。
 かつて、ガルゲン帝国とシカトリス皇国の間で起こった戦。

「ああ……分かっちゃった……」

 記憶の海から該当する単語を引っ張り出した太一は、苦い記憶に顔をしかめる。

「血みどろの狂想曲、ね」
『左様でございます』

 シルフィが目を閉じ、スライマンが頭を下げる。降りる一瞬の沈黙。
 それを破ったのは太一だった。

「あれ? でもおかしくね?」

 そう言って、太一はスライマンを見た。

「あれって確か、国境付近で起きたんじゃなかったっけ? この辺は国境からは遠いだろ?」

 当時は状況が状況だっただけにそこまで詳しく説明はなされなかったが、その後時間が出来た時にシルフィからもう少し詳しく経緯を聞いたのだ。
 その話を思い出して生じた疑問を口にする。

「そう、その通りよたいち」
『良い質問ですな』

 どうやら、太一が感じた疑問は話しの肝だったようだ。

『バーサーカーの話は、戦線から遠く離れた我が城にも届いておりました。しかし、遠い空の下の出来事と、高を括っていたバチが当たったのでしょうな』

 スライマンの顔に陰が落ちる。

『この城はガルゲニアと最前線を結ぶ中継拠点の役割を果たしておったのです』

 とつとつと語られる昔話に、太一は何だか嫌な予感が拭えない。

『ガルゲニアから物資や兵が届けられ、送り出し。或いは前線から帝都へ帰還する途につく兵を受け入れ休ませ。戦闘はありませんでしたが、立派な戦の参加者でございました』

 その役割ならば、直接的な影響はない筈だ。二〇〇年前、一体この地で何があったのか。

『戦が始まって半年……。前線から小隊が帰還してきました。それが、始まりでございます』
「心食の遅延発症……バーサーカー化したのね」

 シルフィが苦々しく言う。スライマンが肯定した。

『城の兵たちはあっという間に影響を受け、使用人など、抵抗出来ぬ人間を蹂躙せしめたのです。三日三晩、昼も夜もない悪夢でございました』
「ごほっ、ごほっ」

 太一は上手く空気が吸えず、むせた。

『私には息子がおりました。手前味噌ですが、出来た息子でしてな。その息子は、戦が始まる三ヶ月前に婚姻し、妻と仲睦まじく暮らしておったのです。半年後には孫が生まれる予定でした』

 バーサーカーに見境はない。三大欲求のうち性欲と食欲が格段に強化され、また破壊衝動に支配される。その息子の目の前で妻は蹂躙され、共々命を落としたという。口にするのも憚られるほど無惨な死に様だったらしい。

「……」
「たいち……」

 言葉が出なくなってしまった太一のほほに、シルフィが小さな手を添えた。

『まあ、過去のことです。同情して頂けるだけでも充分でございます』

 そう、過去は、変えられない。失った時間も、失った命も戻らないのだ。

『ですが、もしも我が息子を、その妻を憐れんで頂けるのであれば……お力を、お貸し下さいませ』

 スレイマンの言葉に、太一は顔を上げた。

『この城に立ち込める、怨念がこもった魔力にはお気付きでしょうか』
「ああ」

 首肯する。魔力に感情がこもる事はあるが、ここまでとなると中々ない。
 恐らくは。

『お分かりでしょうが、この念は無惨に命を散らした者たちのもの。浮かばれていないのです』

 太一は頷いた。
 予想通りだった。あの話を聞いた後では納得も行く。

『死に様に納得いかないのも分かるのです……ですが、私としては、死んでまで現世を恨んでいる彼らを不憫に思う……楽にさせてやりたい、と思うのです』

 地球においても、生き物が生きる世界が『この世』で、死後の世界が『あの世』とする考え方があった。
 生前の行いの善悪により、あの世での行き先が天国か地獄かに変わる、とする話は有名だ。
 現世に残っている霊は、要はあの世に行けていない存在。
 異世界アルティアでも天国や地獄という話が通じるかは不明だが、死者に安らかに眠って欲しいと思うのは同じのようだ。

「……俺たちに出来ることがあるのか?」

 地球と違い、この世界はファンタジーだ。
 霊感がなかった太一にとって、メディアに登場する霊能力者は信じていいのかどうかの判断がつかない存在だった。
 だが今は違う。こうして命なき存在の姿を見、声を聞き、意思を疎通している。
 魔力というものに触れてそれが可能になったのかもしれない。もしかしたら、魔術が使えれば誰でもスライマンと話ができるのかもしれない。
 しかし、ここに辿り着ける人物は一握り。
 つまり彼は二〇〇年もの間、懊悩とした日々を過ごしてきたのだ。
 その願いを切って捨てられるほど、太一は非情にはなれなかった。

『出来ます。と、いうより、貴方方にしか出来ないのです。召喚術師様』

 スライマンは、はっきりとそう言った。
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