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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

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精霊魔術師と古城探索 六

お久し振りでございます。。
 白銀の煙が波紋のように広がり、燭台でゆらめく薄暗い火に照らされてきらきらと瞬いた。
 晴れた夜空を彷彿とさせるそれを吹き飛ばす勢いで、ミューラはアークデーモンに向かう。
 多量に水分を含んだ煙の中を突っ切ったため、ミューラには幾分か細かい水滴が付着している。
 なびく髪はその水分によって一際美しく見えた。
 ミューラが右手に持つミスリルの剣は、纏った炎によって刀身が赤熱に染まっている。霧を一瞬で散らす程の高熱だ。

「はっ!」

 煙を抜けたら、やつはもう目の前。ミューラは素早く剣を振り下ろし、アークデーモンの右肩から左腰までを深く深く切り裂いた。

『ブギャアアア!』

 これまでとは違う、大きな悲鳴が漏れる。断末魔だ。
 黒い槍が手から離れて床に落ちた。

「……ふう」

 ひとつ息を吐いて、ミューラは剣を構え直す。かちりと得物が音を立てた。
 これで仕留められないかもしれない。破れかぶれの反撃が来るかもしれない。慢心して、油断したところに反撃を喰らって負けました、なんて事になったら恥ずかしくて死んでも死にきれない。
 奏に、そして太一に顔向け出来ない。

『アアアア……アア……』

 アークデーモンはその姿を保てなくなったようだ。雨風にさらされた岩が風化して崩れていくように、巨大な身体が細かい粒子に変わっていく。
 やがてアークデーモンが居たところには、細かい砂の山があるだけだった。
 それをじっと見詰めて更に少しの時間が経過。
 復活する可能性が無いのを確認して、剣を逆手に持ち替えてカシンと鞘に納めた。左手の補助が必要な程不器用ではない。
 アークデーモンはあのような死に方をする。普通は復活しないが、ここは常識が顔を出さない異空間。「そんな馬鹿な」と思うような事が起きても不思議ではない。
 もっとも危惧したのは、アンデッドとしての蘇生だ。それが起きなかったから、一先ずは大丈夫だろう。

「終わったのかよ?」

 背後から声か聞こえてそちらに目を向けると、大剣を右手に、黒い槍を左手に持ったケイオスの姿。あちらの方が先に勝ったらしい。

「ちょうどね」
「随分こっぴどくやられたな、おい。休んだ方がいいんじゃねえか?」

 彼は大きな怪我を負っていないようだ。だが。

「それはお互い様よ。あんたは体力も魔力も枯渇寸前まで消耗してるわね」

 そう指摘を受けて、ケイオスは肩を竦めて降参のポーズを取った。
 軽くない怪我を負いながらもこのまま戦闘そのものは可能なミューラ。
 怪我は負わなかったが戦闘不可能な状態まで体力と魔力を消耗したケイオス。
 どちらがマシかは微妙なところだ。

「ま、とりあえずは休憩だな。オレは休みたいし、お前もそれ処置してぇだろ?」
「……そうね」

 満場一致ーー二人しかいないという突っ込みは野暮だーーで方針が決まり、二人は休めそうな部屋を探して歩く。
 どうやら無限回廊は無事抜けられたようで、二人は生活感溢れるエリアに辿り着いた。無論、初めてのエリアだ。
 色々と物色していると、食物庫らしき小部屋を発見した。ミューラはここで手当てをしようと決めた。
 平気な顔をしているが、大分辛い。表に出さない我慢強さは相当なものである。

「お願いがあるんだけど」

 何かを探している様子のケイオスに、ミューラは声をかけた。

「あん?」

 ミューラの方を見ずに応じるオレンジの髪の男。

「水を出してくれないかしら」
「ああ。ちっと待ってろよ……お、これでいいか」

 ゴソゴソと戸棚を漁るケイオスが、やがて何かを引っ張り出してきた。
 大きめの金だらいだ。ケイオスは何度か水を生み出して濯いだ後、一際澄んだ水を張ってミューラに手渡した。

「ほれ」
「ありがとう」

 手渡されたたらいを受け取りながら素直に礼を言うと、ケイオスが目を白黒させた。その反応を見て長身の男が何を思ったかを理解したミューラは逆に眉をひそめる。

「……何よ?」
「いや、随分素直に礼を言うんだな、ってな」

 思った事をオブラートに包まずに言うものだ。だが下手に取り繕ったりするよりは好感が持てる。

「あんたがあたしをどんな目で見てたかよく分かったわ」
「そいつは何よりだ。とっとと済ませて来やがれ」
「ええ」

 金だらいとともに食料庫に入る。
 かつては様々な食べ物があったであろうこの場所も、今は空き缶や空き瓶しか存在しない。臭いも殆どなく、何かを我慢しながら治療しなくて済むのは幸運だ。
 胸当てを素早く外し、左の袖がボロボロになってしまったシャツを脱ぎ捨てる。
 名匠が陶芸家人生の集大成として作り上げた白皙の陶器と表現して差し支えない乙女の柔肌が露になった。
 ティーンという理由だけでは到底説明のつかない美しさ。これもエルフの成せる業だ。 もちろん、日頃の鍛練が彼女のプロポーションを鋭くひきしめているのは言うまでもない。
 荷物から手早く小綺麗な布と包帯を取り出し、更に治療用のアイテムを横に置く。
 沁みる患部をこらえながら傷口を洗ったら、次は消毒兼治療だ。腕全体が傷だらけなので治療時の苦痛も洒落になっていない。

「……えいっ!」

 分かりきっていたが、踏み切るにはいささか勇気が要った。一瞬の躊躇の後、ミューラは回復薬の封を開けて腕全体に満遍なく塗り込む。

「~~~~~~ッッ!!」

 予想通り沁み方が半端ではない。
 悶えそうになるのを必死になって耐え、激痛が過ぎ去るのをただただ待つ。
 やっとそれが無くなってきたのを確認して、ミューラは固く閉じていた目を開ける。

「……ふっ…………はぁ……っ」

 近くにあった壁に寄り掛かる。流石に憔悴していた。いつの間にか目尻に浮かんでいた涙を指先で拭き取る。
 気付けば、左腕は大分楽になっていた。上級の回復薬はやはり効き目が強い。先程の苦痛も、受けるだけの価値があったというものだ。
 とりあえず服を着る前に終わらせてしまおうと包帯を手に取る。
 美貌とスタイルのよさもあいまって、上半身を守るものが胸に巻かれた布だけという扇情的な姿だが、生々しい腕の傷と手にした包帯が色気を失わせていた。
 手慣れた様子で包帯を扱いながらミューラは先程の戦闘を思い返していた。
 魔術剣は身体への反動が大きい術法である。そうそう多用は出来ない。
 それでも使わなければ、片腕しか生きていないミューラの攻撃力では通らなかった。
 つまり必要なのは攻撃の必中。そのためにはお膳立てが大切だ。
 先程の攻撃もそのお膳立てが上手くいったからこそである。
 アークデーモンからアイシクルボールが撃たれた。その瞬間にミューラもファイアボールを放った。発動時の魔力から威力を推定、予想通り相討ちとなった。
 氷の塊が一瞬で消え去り、水蒸気が残滓となって撒き散らされる。体のいい目隠しが出来たと言わんばかりに、ミューラは強く地を蹴ったのだ。その結果、止めを刺すのに成功した。
 『赤灼剣』。ミューラが新たに編み出した攻撃力特化の魔術剣だ。
 これまでの経験から、ミューラは自分に足りないものを自覚していた。
 器用さには自信がある。剣だけ、魔術だけと制限されても戦闘に問題はない。
 適応力にも問題を感じた記憶はない。よっぽどでなければどのような場所でも力を発揮出来ると自負している。
 戦術の数もひとかどとお墨付きをレミーアから得ている。
 何が足りないのか。
 それは、攻撃力。
 太一のようなスペックに物を言わせたパワーはない。
 奏のように威力特化の魔術を作ることも出来ない。
 では、ミューラの、ミューラだけの武器は。
 思い当たるのはやはり一つ、魔術剣だった。武器に存在する魔力の導線を理解し、魔術を付与する。
 卓越した剣技と魔術を持つのが最低条件。更に、そこに両者の親和性、武器の意志を掴む感受性が求められる。
 武器という無機物に意志があるのか、という疑問もあるが、ミューラはそう表現する。
 これを会得するために費やした時間と重ねた苦労は誰にも否定させる気はない。
 そしてまた今日も、その努力が報われた。
 腕をぐるぐる巻きにして、包帯をナイフで切る。それを止めれば処置完了だ。
 まだ少ししか動かせないが、じき元通りになるだろう。
 しばらくは右手のみでの戦闘になる。問題はない。魔術だけ、剣だけの戦闘で凌げばいい。
 とりあえず自身の処置は終わった。続いてケイオスを休ませてやる番だ。
 金だらいを持って、ミューラは食料庫を出た。
 さて、ケイオスはどこにいるか、と首を巡らせて、少し離れたところでこちらを見ているのが見えた。
 適当な椅子に腰掛け、背もたれに腹を向けている。
 あの座り方は、よく太一がしていた。思い出したのは異世界出身の少年の事だった。

「もういいのか?」
「ええ。待たせたわね」
「いいって事よ」

 ケイオスはその場で手をヒラヒラさせる。
 周囲の警戒は欠かしていないがそれでも大分リラックスしている。
 そのお陰かは分からないが顔色も良くなっているし魔力もそこそこ回復していた。
 とはいってもAランク冒険者に匹敵するケイオスの最大値から考えればまだ半分も回復していないのだが。
 周囲に意識を巡らせる。先程までは鬱陶しい程に感じたアンデッドの気配がはたと止んでいる。
 気を抜くのは良くないが、ここは比較的安全地帯なのだろう。
 太一、奏とはぐれてからは連戦連戦でごくわずかな休憩しか取れなかった。ここいらで身体と精神を休めるのは悪くない選択に思えた。
 見付けた手近な丸椅子にミューラも腰掛ける。
 椅子に座る、という休憩も何気に久し振りだ。常時薄暗いこのダンジョン内に籠っていたので時間の感覚が怪しいが、体調を考えると二四時間は確実に起き続けている。
 一日徹夜をしたから戦えない、なんて軟弱な事を言う気はない。最高で二日間連続で起きながら戦い続けた経験もある。

(……まあ、睡眠はいらない、なんて言うつもりもないけど)

 起き抜けの毛布の感触は最高だ! と力説する太一には全面的に同意する。
 ふと顔を上げると、ケイオスがこくりこくりと船を漕いでいた。
 気持ちは分かる。一日二日寝なくても平気だが、それは眠気を感じないという事ではない。

「ったく……気楽なものね」

 何かが接近してきても気付かない、という事は無いだろうが、ミューラから見れば無防備に映った。
 まあ、寝れるときに五分でも、三分でも寝ておくというのには賛成だ。

『探知結界』

 並みの魔術師では感知すら出来ない程隠匿された魔力で、ミューラは周囲に結界を張る。これで、何者かが接近してくればすぐに起きられる。
 結界の効果範囲がこの調理場を越える範囲まで覆ったのを確認し、ミューラもそっとまぶたをおろした。





◇◇◇◇◇





 目が覚めると、奏は太一の膝を枕にしていた。
 太一はその体勢のままうつらうつらしている。自分が膝を占領していたため寝転がれなかったらしい。
 どうしてこうなった。何やらかなりショックなものを目にした記憶がある。だが、その時の事はよく覚えていない。
 太一の顔がすぐ近くにある。奏は顔を紅くして彼のお腹に顔を埋めた。太一が寝るまで頭を撫でられていたと知ったらどんな反応をするだろう。
 日本にいた頃の太一は運動をしていなかったので特段鍛えられていた訳ではない。しかし今は、服越しの感触は少し固い。
 触覚に訴えるその感覚は、太一が男らしくなったという印象を奏に与えるのみ。まあ、年頃の少女が年頃の少年に対して濃密なスキンシップをしている時点で、彼女の想いは言わずもがなだ。
 少しやり過ぎたかなあ、と、奏は心の中で悶え転げていた。
 この部屋に来るまでの間、太一にずっとしがみついていた。
 あまつさえ自分の胸を押し付けるような真似さえして。
 恥ずかしさに顔が燃えるものの、そこに後悔はない。
 もちろん、この城の探索は彼女にとって恐ろしいものだった。作り物のお化け屋敷など比べ物にならないリアル。かつてミューラが「お化けの類いは居る」と言っていたのが現実となったのだ。
 一方で役得と感じていたのもまた事実だ。太一と二人きりになるのは久し振りだ。ましてシーヤックではミューラが太一とデートをした。あれが必要な任務だったのは分かっている。頭では理解していても、感情が納得しきれていなかった。
 そんな折、降って湧いた二人きりというシチュエーション。罠に引っ掛かった結果というのは冒険者として情けなさを覚えないでもないが、自分の肩書きを無視してしまえば幸運と言って差し支えない。
 この機を逃す手はない、とばかりに甘えさせてもらったのだ。

「ううー……」

 小さな声で奏が呻く。言い訳を幾ら重ねたところで、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
 トラウマという理論武装があったとはいえ、自分がここまで甘えん坊だった事実は、奏の顔にしっかりと火をつけていた。
 こんなにも大胆になれた理由は分かっている。それは、強力なライバルの出現だ。
 仲間であるミューラの存在。彼女がいたからだ。
 日本では、彼の浮いた噂は聞いた事がなかった。太一はそこそこに人気者であったために「もしかしたら」と思ったのも一度や二度ではない。結局はいずれも杞憂に終わったのだが。
 まあ、それについては奏が知らないだけである。貴志との戦力差は圧倒的だが、太一に心が向いた女の子は全くのゼロではない。ただライバルの存在があまりにも強力過ぎたのだ。
 それはさておき。
 奏にとっては初めての恋のライバルである。しかも相手は果てしなく強大だ。今でこそ見慣れたものの、初対面でその美貌に呑まれたのは今でも鮮明な記憶だ。
 美しさで勝てる気がしない。料理でも負けている。料理以外の家事は……僅差でミューラだろう。
 女子力では連敗。太一への気持ちの強さが、奏のモチベーションだ。
 今では親友と呼べるほどに仲良くなったミューラだが、これだけは、太一だけは譲れない。
 いやむしろ、ミューラだからこそ譲れないのだ。
 彼と仲良くしているのを見て、嫉妬はする。今は表に出さないようにしていられるが、今後はどうだろうか。それは奏自身にも分からない。
 この世界に来て、より気持ちが強くなったように思う。とても切なくて辛い。これだけの気持ちが味わえるのだから、むしろ幸運だろう。本気で好きになった男がいないまま恋人が次から次へと変わっていき、その度に身体を重ねているという友達もいる。
 それもまたいいだろう。だが、奏はまた別の恋愛がしたいと思った。

「んがっ」
「!?」

 太一の声が聞こえ、奏の肩がびくりと跳ねる。
 ついで、ぼふ、という音とベッドが弾む感覚。顔を上げると、太一が仰向けになっていた。どうやら起きるまではいかなかったようで、まだぐっすりだ。
 奏はむくりと身体を起こした。ふと太一の時計を見ると、時刻は丑三つ時手前。それなりの間眠っていたらしい。

「……」

 太一は良く寝ている。その寝顔を見つめながら思う。いつになったら、仲を進展させられるのだろう、と。
 お互いに好きだと告白まで済ませている。だが、付き合う付き合わないまで明言した覚えはない。
 自分と太一は実に微妙な関係なのだ。
 客観的に見れば事実上付き合っているのと同じだろう。だが奏としては初めての彼氏だし、相手が太一なので尚更そういう段階も大切にしたい。そして出来れば、太一から言って欲しいと願うのは奏なりの乙女心だ。

「……!」

 ふと気付けば、太一の顔との距離がかなり縮まっていた。
 しかし、目が離せない。
 まるでそこに視線が縫い付けられてしまったように。
 まるで新しい魔法に掛けられてしまったかのように。
 奏の目は、太一に。正確には太一の顔に一部に。引き寄せられて逸らせない。
 奏は、すっと目を閉じる。
 思う。
 想う。
 思い出す。
 想い出す。
 後悔は、しない。

「ねえ、太一」

 目を開ける。
 男を蕩かすような穏やかな声が出ていると、奏は気付いていない。

「次は、起きてる時にね」

 背の割りには小さな手が。
 細い指が。
 太一の頬に触れる。

「太一から、来て欲しいかな」

 奏の瞳に映る太一の顔が、徐々に大きくなっていく。

「来てくれたら、嬉しいかな……」

 部屋を照らす薄い灯りが柔らかく揺らめく。
 その光に照らされた二つの影が、一つに重なった。
+注意+
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