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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

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精霊魔術師と古城探索 一

 ガルゲン帝国へ入って四週間。

 太一一行の旅は順調そのもの。途中で適度に魔物を狩って、街についたら冒険者ギルドに買い取ってもらう。そうして路銀の足しにしながらここまでやってきた。もちろん、立ち寄った街の冒険者ギルドで依頼を受けたりもしたため、それぞれ街では数日を過ごしている。


「これでいくつ目の街だっけ?」

「四つ目ね」


 ミューラは指折り数えてそう答える。

 人口八万人の街、ファムテーム。

 エリステイン魔法王国から帝都ガルゲニアまで、順調に進めば馬車でおよそ一ヶ月強の旅路。道中そろそろ休憩を、と思う位置に存在するファムテームは、旅人の実に八割が立ち寄るオアシスだ。

 街の入り口に立っている衛兵にギルドカードを見せ、二、三言葉を交わして街に入った。

 ガルゲン帝国の建造物はどれも石を切り出して組み上げたものが多く、全体のカラーリングは灰色である。ファムテームも例に漏れず、そのような建物が多かった。街の大きさはアズパイアよりも三回りほど大きい。こちらの方が人口が多いのだから当然だろう。

 街一番の大通りは石畳が敷かれている。 中央付近は馬車が行き来していた。道行く馬車は皆のんびりと進んでいる。火急の事態を除き、馬車での高速移動は禁じられているのだ。人通りが多い故の安全措置だ。

 街に入る際にそれは聞いていたため、太一の馬車も周りの流れに合わせて進ませている。しばらく進んだところに馬車ごと預けられる宿屋があるという。この街に滞在する間はそこに泊まるつもりだ。

 目的の宿はファムテームで一、二を争う大きさのホテル。どうやら追求したのは広さのみで、施設やお値段はそれなりらしい。そこにこだわりは無いので、寝床があってきちんとシャワーなりがあるのなら問題はない。

 先にチェックインを済ませて、当面の宿泊費を支払う。厩舎サービスが追加されているので料金は五割増し。馬の維持は結構な金が必要だ。クロは肉食なので、食事を自前で用意する交渉をして値引きをしてもらうことも忘れない。

 まだ日が落ちる前。荷物をそれぞれの部屋に置いて、必要なものを買い出しに向かう。太一はクロ用の肉。凛は減ってきた保存食の買い足し。ミューラは冒険用に必要な道具……主にスコップや万能ダガーに薬等々。何故薬が必要なのかといえば、この世界では回復魔術は攻撃魔術ほど普及していないことが挙げられる。あの魔術大全が服を着て歩いているようなレミーアをして「難しい」と言わしめるのだからさもありなん。

 準備なしで旅をして、三人のうち誰かが怪我をしてしまったと仮定しよう。もし破傷風などになってしまえば、助けることはできない。凛も練習をしているが、まだ治癒魔術を使えないのだ。命の危険は太一であっても例外ではない。では、怪我をしたら諦めるしかないのかといえば、そういうわけではない。かつてミューラがオーガ相手に重傷を負ったが、その後快復している。その理由こそ、今ミューラの前に並んでいる小瓶に詰められた薬の数々だ。

 飲めば一口にも満たない量の小瓶と侮ることなかれ。これらこそが、この世界における救済措置の手段、魔法薬。

 この世界には、魔力を宿した植物が数多く生えている。それらを適切な手法で精製すると、魔法薬を作ることが出来るのだ。それらは森に生えている薬草や毒消し草などとは一線を画す効果を発揮する。

 魔法薬にはその原料の効果や精製方法によってランクがある。例えば、前述のミューラの大ケガも、大回復薬『宝樹の雫』ならたちどころに治ってしまう。因みにお値段一億七〇〇〇万ゴールド。どんな大ケガも例外ではない正に魔法薬。その効果を考えれば、一億七〇〇〇万は安いとさえ言われている。

 この世界最高の薬は神薬『エリクシール』である。四肢が切断されていようとその場にあればくっつけて治してしまうし、死ぬ間際の病だろうとエリクシールの敵ではない。命さえあれば、どんな重篤な状態からでも快復方向に向かわせてしまう。使用後即全快ではなく徐々に治っていくというものではあるが、死の際から治っていくことが出来るのならば、時間が掛かるくらいは些細だろう。何せエリクシールを使用した=被使用者の快復は絶対なのだ。入手方法、精製方法は不明。値段はつけられず、時価である。

 まあ、そんなレア物が普通の街であるファムテームにあるはずもなく。

 ミューラの前にはBランク冒険者であれば当然のごとく持っているべき魔法薬が並んでいる。

 キズ用の魔法薬としてポピュラーな『ポーション』や、解毒薬として使われる『クレセント』を始め、他にも麻痺用のものと病気用のもの四種類。効能が初級と中級の二クラス。計八種だ。暫し黙考。あれこれ考えたが、結局初級四種と中級四種が一人一個ずつになるように選んで店員に包んでもらった。

 勘定を終えて待ち合わせ場所に向かう。どうやらミューラの買い物が最後だったようだ。

 三人は合流して宿に戻る。街についてから早々にバタバタして、やっと腰を落ち着けられる。

 そう、思っていたのだが。


「どうしてこうなった」


 三人はファムテーム外縁の草原に立っている。空は蒼から橙に代わる時の独特な白み方をしていた。

 太一は、一人の青年と相対していた。


「おら! 何気ィ抜けたツラしてやがんだァ!」


 明らかに素行が悪そうなチンピラの口調で両手用のロングソードを片手で太一に突き付ける青年。背はかなり高く一九〇はあるだろう。金色の髪は逆立っている。どこぞの戦闘民族を思わせる。

 事の始まりは、待ち合わせ場所から宿へ戻る道中でだ。

 歩いておおよそ一〇分。広場から宿までの距離だ。

 必要なものは買い込んであり、適当に露店を物色しながらのんびり歩いていくことにした。その出来事は、歩き始めて五分ほどしたときに起きた。

 けたたましい馬の鳴き声と、女性のものと思われる甲高い悲鳴が響き渡った。

 何事かとそちらを見れば、馬の手綱を思いっきり引いている冒険者と、その馬の足元で倒れている老婆の姿があった。

 その馬に老婆がぶつかりそうになったのだろう。あるいはその逆か。

 まあ、そのような交通事故はエリステインでも稀に発生していることだったし、今回は大きな事故にならなかったので運が良かったと三人が考えたところで、しかし事態はそれでは終わらなかった。


「おいババア! てめえざけてんじゃねェぞ!」


 あろうことか地面に伏している老婆に、近くで顛末を見ていた青年はそんな暴言を叩き付けたのだ。事故を起こしかけた冒険者も置き去りにされて口をあんぐり開けている。

 何故第三者が怒鳴るのかと考える間もなく、青年の尋常ではない剣幕に思わず目がいく。これは穏やかではない。周囲の人は何故止めないのか。むしろ「ああ、また始まったよ」と呟きが何処かから聞こえてくる始末。

 つまりあの青年はいつもあれということだ。

 老婆は足でも悪いのか、すぐに立ち上がることが出来ない。


「すみません、すみません」


 と、老婆の謝る声が聞こえてくる。

 青年が何かやらかす前に止めなければ。そう思った太一たちは気付かなかった。周囲の人々が、何も心配していないことに。


「ババア! もっと注意しやがれコラ! ババアになんかあったら孫が悲しむだろうがよ! ああ!?」

「は……?」

「……?」

「え……っと?」


 太一たちは呆気に取られてそんな声を漏らす。しかしそれは青年の大声に簡単に塗りつぶされた。

 なおも謝り続ける老婆に対し。


「どっか怪我とかしてねえのかよ!? もうトシなんだから馬車道の近くあるってんじゃねえよ! ぶつかったらどうすんだよ!」


 と、明らかな怒鳴り声で老婆を気遣う。口調と行動が丸っきり一致していない。


「立てんのか!? 立てねえんなら立てねえって言いやがれ!」


 と、どこまでも老婆の無事を気にする青年。

 やがて、青年の手を借りて老婆は立ち上がった。頭を下げる老婆に相変わらず乱暴な口調で注意を続ける青年。相変わらず言葉は荒いものの、言っている内容は老婆を気遣うものばかりだ。


「何なの……?」


 呟いた太一の言葉は雲散霧消する。

 町民の誰かが言った「また始まったよ」という言葉は、あのような光景が過去にも何度かあったことを示していたのだ。あの青年が、その口とは裏腹に抵抗できない者に手を上げるどころかむしろ助けた。見た目と言っていることだけでは人は判断できないという一例であった。少々極端すぎる事例というのは否めない。

 杖をつきながら立ち去る老婆の背を見送って相変わらずぶつくさ呟いていた青年は、冒険者にも「気を付けやがれ!」とがなっている。

 場がようやく落ち着いて来たとき、青年はふと太一たちの方を見た。


「ん?」


 こちらを短い時間眺めた後、何かニヤリとよろしくない笑みを浮かべた青年は、大股でこちらに歩いてくる。


「おい、お前らデキそうだな。ちょっと相手しろや!」


 吹っ掛けられたのは喧嘩だった。それも戦うことそのものを目的としたものだ。


「え、いや、俺たちは……」


 宿に帰って休みたい。そう言おうとしたのだが、青年はむんづと太一の腕を掴んでいた。


「男がぐだぐだ事言ってんな! オラ行くぞ!」

「ええー……」


 づるづると太一が引き摺られていく。有無を言わさぬ強引さである。

 凛とミューラは顔を見合わせ、肩を竦めて二人を追った。あれではどの道相手をしなければ先に進まないだろう。

 街の外に向かう四人を、町民たちは楽しそうに見送った。

 と、そんなことがあって、四人は今街の外にいるのだった。


「オレはケイオス! Bランク冒険者だ!」


 両手剣を片手で構える青年はケイオスと名乗った。Bランク、肩書き上は太一たちと同じである。

 ああ見えて冒険者稼業に邁進しているらしい。本当に見た目によらない。


「おい、テメエの名前は!」

「ああ、うん。俺は太一。同じくBランクだ」


 にべもないことを考えていた太一は気を取り直してそう応じた。ケイオスは愉快そうにニヤリと笑う。


「はっ! じゃあやっぱりテメエとサシでいいな!」


 やっぱり、と彼は言った。その言葉から、彼が太一たちを色眼鏡で見ていなかった事が分かる。


「俺でいいのか? 後ろの二人もBランクだぞ?」


 何の気なしに言った太一の言葉にケイオスは鼻息を荒くする。


「女は殴りにくいだろが」

「……へえ」


 ということらしい。


「フェミニストとはね」

「ふぇ……あんだって?」

「女を大切にする男って意味だよ」


 実際はまた少々違うのだが、今大切なのはそこではないため詳しい説明は省いた太一。

 しゃらりと腰の剣を抜き払い、刃を返して切っ先をケイオスに向けた。


「しゃーない。相手するよ」

「そう来なきゃな!」


 直後に訪れたのは、沈黙。

 時おり吹くそよ風が草の葉を擦る音以外は、誰も音を立てない。遠くから野性動物の遠吠えが微かに聞こえた。

 ケイオスは、太一が刃を返した事に対して何も言っては来なかった。その辺りはあまり気にしないらしい。


「……っと。喧嘩売ったのはオレだったな。よし、初手はこっちから行くぜ!」

「いつでもどうぞー」


 ケイオスは剣を担いだ。


「おう。遠慮なく」


 そのまま突進してくるかと太一が考えたところで、ケイオスは右足を振り上げた。


「行かせてもらうぜ!」


 どん、とケイオスが右足で強く地面を踏みつける。


「っ!?」


 同時に、太一の足元の地面が液状化した。突然泥沼に変わった地面に太一が足を取られる。これは確か、水属性と土属性を合わせた……。


「おらあ! ガンガン行くぞ!」


 担ぎ上げた剣で、目の前の空間を十字に切る。同時に現れる複数の水球と石の槍。無詠唱の魔術であることは分かっていたが、魔術に詳しくない者は剣が発動キーだと勘違いしてしまうかもしれない。相手を剣での魔術発動に警戒させたところで、普通に無詠唱で魔術を使えばいい。相手の意表を突けることは間違いないだろう。まあ、そうでなくても無詠唱魔術はそれだけで厄介なのだが。

 水球が炸裂し、舞う水しぶきが霧となって太一を包む。そこへ追撃の石の槍が次々と突っ込んでいく。あの両手剣での近接攻撃と思わせたところで、足を取っての魔術波状攻撃。単純だが、それ故に効果的な策である。


「先制攻撃はクリティカルヒットだな!」


 わっはっはと腰に手を当てて豪快に笑うケイオス。だが、彼はその笑いを引っ込めて目を細めた。太一を包み込んでいた霧が、上空に巻き上がる暴風と共に吹き飛んだからだ。

 巻き上がる砂塵の真ん中にいるのは、剣を天空に突き上げた太一の姿。やがて風が収まると、太一は剣を下げて不敵に笑う。


「あーびっくりした。まあ、当然だけど俺も魔術は使えるわけよ」

「おう。そりゃあそうだろうな。魔術使えねえBランクなんざ聞いたこともねえぜ」


 そう言って、ケイオスは太一をまじまじと見た。


「……テメエ、あれを凌ぎやがったのか」

「ああ、何とかな」


 正直あの攻撃は「何とか」というレベルではない。太一でなければ、見事に防いだと称賛されてもいいくらいだ。

 太一は首をコキコキと鳴らし、おもむろに剣を払った。ひゅん、と鳴る風切り音。


「さて、面白くなってきた。次は俺から行くぜ」

「来いよ!」


 太一はその場でたん、と軽く跳んだ。そんな数センチの跳躍に何の意味があるのか。のんきな思考時間は、ケイオスには与えられていなかった。

 太一の姿がかき消える。同時に背中にうすら寒いものを覚えたケイオスは、直感に全てを委ねて剣を真上に地面と水平に、剣の腹を左手で支えつつ掲げる。ケイオスの身体の軸を真上から貫くような強烈な衝撃が彼を襲った。弾かれた空気が衝撃となって辺りに撒き散らされる。

 いつの間にかケイオスの真上に現れた太一が、落下速度に膂力を加えて剣を振り下ろしたのだ。空中にいながら移動するなんてそんな真似どうすれば、と思う暇もあらばこそ。太一の姿と重みが消え、太一がケイオスの眼前に浮いた状態で右足を振り抜かんとしていた。


「うおおおっ!」

「はっ!」


 ぶつけにいく上腕と、振りだされる右足。競り合いは太一の勝ちだ。想定を遥かに上回る速さと、細身の見た目によらぬパワー。ケイオスは地面を数メートル後退させられた。


「はっ! やるじゃあねえか!」

「今のを防がれたのが驚きだ!」


 離れた間合いからお互いに近付き、剣で切り結び合う。太一の剣は片手での使用を念頭に置いて作られた。一方ケイオスの剣は両手で使うこと前提だ。それでいて、小回りの利く片手剣の使い手である太一にケイオスは見事についていっている。彼は本当にBランクなのだろうか。見る限りではよく知るBランク冒険者であるバラダーたちを明らかに上回っているように見える。


「あいつ、強いわね」


 ミューラの言葉は、本心からの称賛だった。


「ミューラ。彼に勝てる?」


 凛の問いに、ミューラは顎に手を当てて考える。


「負けるとは思わないわ。でも、そんな簡単には勝たせてはくれないとも思うわね」

「うん、同感」


 相対するのが太一で良かったと、二人は割と本気で思っていた。もしも戦うのが自分達だったら、少なくてもそうそう手を抜ける相手ではなかったからだ。油断なく戦えば勝てると思う。しかしもしも不用意に隙を見せて、そこを突かれてしまえば、負ける可能性も十分出てくる。

 スソラやミゲール程の強敵ではない。凛もミューラも、別に戦闘そのものに今更忌避を抱くわけでもない。それでも、必要でないのなら戦いたいと思うような相手でもなかった。

 ぎゃり、と剣を擦り合わせた二人。太一が鍔迫り合いに持ち込んだのだ。最近ますます剣の腕が上がってきた太一である。


「おうおう……! やるじゃあねえか……!」

「そりゃあ……俺の台詞だ……!」


 ぎちぎちと悲鳴を上げる互いの剣。太一の力にケイオスは良くついていっている。


「どらあ!!」

「うおっ!?」


 気合い一閃。ケイオスが太一を押し返した。太一が思わず距離を取る。

 二人の戦いは見る限りでは互角。太一はともかくとして、ケイオスはこれでもまだ、余力を残している感さえある。彼は本当に強い。


「やるなおい……本当につええよオマエ」

「そりゃあどうも」

「わるかったなあ」

「んん?」


 ケイオスは後頭部をかりかりと掻いている。


「ここまでとはオレも思ってなかったからよ。手ェ抜いてたんだよ」

「へえ?」


 何となくだが、太一もそんな気がしていた。もちろん、目の前のケイオスが本気であることは疑いようもない。それは数値とかそういうものではなく、戦闘において肌で感じる、いわば勘のようなものである。

 その勘が告げていた。ケイオスは、本気ではあるが、全力ではない、と。

 どうやら太一の勘は当たっていて、そしてこれから、ケイオスはその全力とやらを見せるようだ。


「オレから喧嘩吹っ掛けといてよ、全力出さねえなんて失礼にも程があったわ」

「別に気にすんな」

「オレがするっつーの。さて、じゃあ、行くぜ」


 ふと、ケイオスが纏う魔力の質が変わる。いや、魔力そのものはこの戦闘中飽きるほど感じたケイオスのものに間違いない。言葉で説明するのは難しい。だが確かに、何かが変わった。


「オマエの強さを信じてコイツを使う。死なねえようにな?」

「っちょ! おいっ!」


 ぶわ、と。

 言葉では説明もつかぬほど急激にケイオスの魔力が膨れ上がる。

 信じられない強大さ。圧倒的な魔力。それは常日頃、太一が魔力強化によって周囲に与えている威圧と似たようなものだが、自分がするのと他人にされるのとでは当然ながら違うのだ。

 太一は本当に驚いていた。

 今しがたまでは二〇の強化でほぼ互角だったにも関わらず、現在のケイオスは下手をすれば三〇に届くのではなかろうか。


「ぬ、ぐ、おおおお!」


 まるで余裕のなさそうなケイオスを見るに、恐らくは奥の手なのだろう。

 己の全てを出し切るものだ。撃った後のことなどまるで考えていない、己の持てる力全てと引き換えに放つ、ケイオス最強の一撃。


「行くぜ! 精霊魔術!」

「……なんだって?」


 ケイオスは確かに言った。精霊魔術、と。レミーアから一度説明を聞いたきりのそれに、まさかこんなところで出会うとは思ってもいなかった。


「土精! 水精! オレの力を全部くれてやる! オレの最高の一撃をアイツにくれてやれ!」

「……っ!」


 まさか場末の単なる殴りあいで、ここまで緊迫することになろうとは。彼は一体何者なのか。自分のことを棚にあげて、太一はそれがとても気になった。

 鼓膜を震わす音と猛烈なプレッシャーを纏った、土石流の鉄砲水。いや、泥水の竜巻とでも言えばいいのだろうか。上手く表現は出来ないが、目前に迫るこの茶色く濁った渦巻きは、とてつもない脅威だろう。太一以外の誰かであったなら。


「シルフィ」


 静かに呼んだ名前は、泥の渦が撒き散らす轟音にかき消される。それでも全く構わなかった。要は、そう呼ぶことそのものが大事なのだ。そうすれば。


「うん」


 ほら。

 打てば響くように、即座に返事が返ってくる。


「これ、叩き潰してくれ」

「はーい」


 太一にだけ見えるように具現化したシルフィは、その白く華奢な右手を真っ直ぐ前方に向ける。そして太一の意図した通りの威力と規模の風魔法が、瞬きをする間に完成する。

 シルフィを具現化させていないとはいえ、第三者に疑われる余地はなるべく与えたくはない。太一が風属性の魔術師であると、凛とミューラを除く周囲には見せ続けていった方がいい。だから、シルフィが突き出した右手と平行に、太一も左手をその渦の中心に向ける。

 本来ならば、別にシルフィの力を借りるまでもない状況だ。強化を強め、恐らくは今も隙だらけのはずのケイオスの背後を取って剣を突きつければ勝負は終わる。

 だが、何となくそんな気分にはなれなかった。ケイオスは真っ直ぐな男だ。太一はそれに応えたくなったのだ。


「行けっ!」


 それが、発射の合図。

 ズシンと腹の底に響く重低音をもたらし、ケイオスの精霊魔術と太一の風魔法が激突する。

 そして。

 一番耐久力の低い渦の中心をシルフィの風が食い破り、中から爆散させる。泥の渦巻きは一瞬にしてその姿を保てなくなり、やがて中空に霧散した。

 強い魔力同士の衝突がもやのようなものを作り出す。その先に見えたのは、己の最大の一撃をあっさりと打ち砕いた太一を、目を丸くして見ているケイオスの姿。ケイオスには、左手をこちらに向けて悠然と立つ太一の姿が映っていることだろう。


「テメエ……本当に何者なんだよ……」


 息も絶え絶えにケイオスが呟く。それに対して太一は「言っだろ、Bランク冒険者だって」と嘯いた。


「へっ……冗談……じゃねえぜ……」


 全てを使い果たしたケイオスは、その場で崩れ落ちて気絶した。

 太一はシルフィの頭を撫でて、剣を鞘に納める。良く考えれば何の意味があるのか分からないハイレベルな喧嘩は、太一の勝利で幕を下ろしたのだった。

リアルがすごく忙しくなって来たので、感想の返信は時間があるとき、たまに、にさせてください。

今も、たくさんコメント書いてくれた人に一言しか返せずに歯痒いのですが……(苦笑

例によって頂いたコメントにはきちんと目を通していますので、どうぞご了承ください。


後、更新頻度も若干さがります。

恐らく週一くらいかと。


宜しくお願いします。



2019/07/17追記

書籍に合わせて、奏⇒凛に名前を変更します。


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