挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

91/125

いざガルゲン帝国へ

 ガルゲン帝国の王族がシーヤック入りして一夜が明けた。王族歓迎にかこつけて街はお祭り騒ぎ。いや、お祭りそのものである。太一と奏、ミューラは祭りに足を伸ばしていた。目の前でどんちゃん騒ぎが起きているのに、それに混ざらないなどもったいないにも程がある。
 出店でくじをやったり、小石を的に当てて点数で景品がもらえる遊びなど。日本の縁日とは違うが、こちらの娯楽もバラエティーに富んでいる。

「……」
「……」

 とりあえずぐるっと回ってみようと歩いていた三人。祭り会場は広く、全てに手を出していたら時間が足りないのだ。
 時折お菓子などを買って食べ歩きながら半分ほど進んで。
 太一と奏は、とある屋台の前で立ち止まり、作られている料理に釘付けになっていた。
 半円状の窪みが作られた鉄板にクリーム色の生地が流し込まれ、程よく火が通った段階で青い吸盤がついた何かの足を放り込む。それをアイスピックのようなもので素早くくるくるとひっくり返していく。焼き上がったそれは丸いかたちをしており、色の濃いソースを塗り、何かの粉を振り掛ければ完成である。香ばしい香りが二人の鼻を掴んで離さない。

「イコ焼きね」

 立ち止まった二人に、果物にとろりとした砂糖シロップをかけた串物を買ってきたミューラが教えてくれた。
 目の前の鉄板で鼻をくすぐる匂いを漂わせるこれはイコ焼きというらしい。しかし、しかしだ。

(これはたこ焼! 異論は認めない!)

 太一と奏の心はひとつであった。ミューラが首をかしげた。
 とはいえ、イコ、とはなんなのだろうか。異世界に来てから初めて聞いた名前だ。

「ああ。イコっていうのはね……」

 ミューラは腰の剣を鞘ごと外し、その先で土の地面にカリカリと絵を描いた。

「こんな感じね。見た目はアレだけど、食べると美味しいのよ」

 それはタコとイカを足して二で割ったようなシルエットをしていた。青く塗ればイコの完成だ。エリステインではここシーヤックでのみ水揚げされる。ガルゲン帝国では海沿いの村などで割りとポピュラーな海鮮物らしいが。

「へー。ミューラ絵上手いんだな」

 ミューラが描いたイコを見る。
 シルエットがはっきりしていて、線に迷いがない。手直しなしの一発描きで、一目見てタコとイカを混ぜたものだと分かるように描くのは中々に難しい。デフォルメでなくリアルに描くのなら尚更だ。

「そうかしら、意識したこと無かったわね」

 謙遜でもなく、首を捻るミューラ。本当に気にしたこと無かったらしい。

「ミューラの新たな一面発見を祝って、イコ焼き祭りといくか。おっちゃん、イコ焼き三つ!」
「あいよ!」
「じゃ、私何かお酒買ってくる!」
「おう!」
「朝っぱらからお酒?」

 あきれるミューラ。

「かたいこと言うなって。祭りなんだから一杯くらいありだろ?」
「ん……ま、それもそうね」

 イコ焼きを受け取って少し待っていると、果実酒が入った木のカップを三つ抱えた奏が戻ってきた。

「お待たせ!」

 なんと、運良くメリラの果実酒が買えたという。コップになみなみと注がれたメリラ酒が芳醇な匂いを放っている。

「よし。せっかくの祭りだ、昼までだけど遊び倒すぞ!」
「うん!」
「そうね!」
「かんぱーい!」

 打ち合わされたコップの縁から果実酒の滴が舞う。祭りは始まったばかりだ。





◇◇◇◇◇





 テイラーとミントは、誰もいなくなった客室に入った。
 太一、奏、ミューラの三人が、今日チェックアウトしたのだ。
 ベッドにも三人の特徴が現れている。整えられているミューラのベッド。布団が畳んである奏のベッド。整えようとして微妙に失敗している太一のベッド。太一は恐らくそのままで出ようとしていたところを奏かミューラに直すように言われたのだろう。予測でしかないが、何となくそんな気がするのだ。

「僕は水回りを掃除してくる。ミントは客室を頼むよ」
「ええ」

 しばらく部屋を眺めていたテイラーとミントだったが、仕事を分担してそれぞれの作業を開始する。
 本来はどちらかが客室を担当し、もう一人が一階で客を待つ。だが今はその必要はない。すぐに客が来るようになると、そんな楽観視はしていないからだ。そして何より、ここには一年ぶりに宿泊客が泊まったのだ。久方ぶりの客室での仕事とあって、嬉しさもひとしおだった。

「凄い子達……」

 ミントはそう呟いた。たった一晩で、シーヤックの悪性腫瘍と言うべきコセイとイーダサ、そしてミジックを捕らえてしまった。
 ミントには冒険者のことは良くわからないが、あの晩、自分達を護衛してくれた冒険者たちから話を聞いた。
 概要を聞いた限りでは、あれだけの根回しが出来る実力を保有した冒険者はほんの一握りだと。
 自分達は本当に運が良かったのだ。
 貴族と大商人に立ち向かえるほどの力を得るには、どれだけの場数を踏めばいいのか想像もつかないと語られた。
 こんな幸運は二度と無いと思える。
 お膳立ては十分すぎるほどしてもらった。後は自分達が頑張る番だ。
 ミントは両手をぎゅっと握り、腕捲りをしてベッドメイクに精を出すのだった。





◇◇◇◇◇





「クロ、お待たせ」

 久しぶりに厩舎を訪れた太一一行は、預けていたクロと再会した。
 クロは特に感情を見せることなく「忙しかったのか」と問うような目をしていた。相変わらず人間のような馬である。
 イーダサとコセイ、そしてミジックは現在刑の確定待ちだ。どの程度の罰を科すか、当局で話し合いが行われているらしい。現時点で分かっているのは、どのような決が下されようと、しばらくは表舞台に出てくることは出来ないだろうということ。
 まあ、情状酌量の余地はない。彼らはそれだけのことをしたのだから。
 ブラシで鬣を梳かしている間、奏が料金の清算をしている。超過分に餌代となかなかの金額になっているようだ。

「これでしばらくはシーヤックとはお別れだな」
「そうね。結構長くいたわね」

 本当はもっと短い時間で発つ予定だった。結果的には、当初の想定を大幅に上回る時間ここにいたのだ。

「ま、これも旅の醍醐味、ってことで」
「予想外なことも楽しみの一つね」

 テイラー夫妻を救うことに繋がり、犯罪に手を染めていた者たちに相応の報いも与えられる。悪いことではないはずだ。
 ガルレア家は、奏とミューラが救出した当主が再び指揮を執ることとなった。当主は堅実で知られており、速度はさほど速くはないものの、堅実な手を一つ一つ指していっており、その手が効果を発揮するであろう期待値が市場や人々の活気となって表れていた。
 またミジックが逮捕されたため、一度は現役を退いたガルハドがミジックの代わりに商売を続けることとなった。横柄なことばかりをしていたミジックと違い、ガルハドは至極まともな商売をしていて、評判は上々とのことだ。
 アフターサービスとして情報屋の遣いから聞いた話に、太一たちは一先ず安堵のため息をつくことができたのだった。
 もちろんそれらはまだ人々の暮らしを好転させるように、実感ができるレベルではない。あの夜からまだ幾日も経っていないのだ。効果が目に見える形で現れるのは、もうしばらく時間が必要だろう。
 ミジックが逮捕されたという情報が行き渡るにつれて、テイラー夫妻への風当たりは徐々に弱まっていった。それについては最大限の感謝をされた。当事者がどう思っているかは別にして、はたから見れば他人の問題に首を突っ込んだ形であるためどうにも居心地は悪かった。自分達の正義感に従っただけであり、作り出した結果については満足はしているものの、それとこれとはまた別だった。
 テイラーとミントからの度重なる感謝の意に対し、太一は「帰路でもまた宿泊する」という旨を告げた。折角救ったのだから、宿の経営が元通りになっているのが一番の恩返しである、と付け加えて。
 テイラーもミントもかなり張り切っていたため、問題はないと思う。

「太一。ミューラ。精算終わったよ」

 奏が戻ってきた。もう出発することが可能だ。太一は早速クロを杭に繋いでいたロープを外し、手綱を握って厩舎の外に出た。
 表に出ると既に馬車が用意されていた。クロを馬車に繋ぎ、太一が御者台に座る。奏とミューラが馬車に乗り込んだのを確認し、視線をクロに向ける。クロは顔を半分こちらに向けながら、片目で太一を見ていた。

「よし。行くか」

 人語を理解する賢馬クロに対して、鞭は必要ない。ただ一言そう告げるだけでいい。
 軽快な蹄の音を響かせて、クロが歩き始める。シーヤックの街を抜け、一路ガルゲン帝国へ。当初の目的は国外へ行くこと。むしろここからが本番である。
 馬車は急がず進んでいく。ずっと退屈させていたシルフィを具現化して自由にさせ、太一は地平線の向こうを眺めていた。
 ガルゲン帝国へは、街道を道なりに進んで馬車で三日。途中街道沿いにある宿場町で一泊し、クロ用の干し肉を大量に買い込んだ。馬の癖に肉食であるクロは、こう見えてグルメである。基本的に狩りをする種のため生肉でもいいのだが、一度なんとなく与えた香辛料が効いた干し肉を大層気に入ったようだ。それでなければいやだ、というような我が儘を言うことはないが、だからこそ干し肉くらい食わせてやろうと太一が買い込んだのだ。ペットを甘やかす飼い主はこうして生まれるのだろうか。どうでもいいが、クロには食べさせてはいけないものはない。というよりは、与えられれば肉でなくとも何でも食べる。これは肉食ではなく雑食と改めるべきではなかろうか。まあ、肉でないものを与えたときのクロは若干不服そうではあるのだが。
 のんびりとした移動も旅の醍醐味とばかりにゆっくり進む。
 馬車を牽くクロに対しては、並の馬に対する気遣いは不要のため、速度は同じでも普通の馬車と比べて進行速度は桁違いに速い。三日かかる道のりを二日で走破し、国境の関所に到着した。
 大きな砦があり、砦の左右からずっと伸びているのは、王都を彷彿とさせる高い壁。地球でいうなら万里の長城か。砦には向こう側へ繋がる通路がある。幅だけでも凡そ一〇メートルはあるだろう。そこの右半分には短くない列ができている。エリステインからガルゲン帝国へ向かう人たちが出国手続きをしている。片側通行のようで、左側からは通路を通ってきた人とすれ違う。
 砦の前では、エリステインの騎士と、見慣れぬ鎧に身を包んだ騎士が何やら話をしている光景が見てとれる。

「あの甲冑はガルゲン帝国軍騎士のものね。関所は隣接している国同士が共同で管理することになってるのよ」

 ミューラがそう解説してくれた。
 国境を渡る者に対しては、双方の国が責任を持つということ。仮に入国した他国の者が何か事件を起こしても、それは出国、入国を許した両国の責任。そのため関所には騎士の中でもかなり位が高い者が常駐しており、さらに政治部門からも地域管理官なる役職の者が両国から派遣されているとのことだ。これは対ガルゲンだけではなく、シカトリス皇国とも同じ管理手法をとっているという。後腐れがなくていい制度だと太一と奏は思った。

「さて、並ぶか」

 列の進みはゆったりとしている。国境を越えるには少し時間がかかるだろう。そう予測した通り、太一たちに順番が回ってくるまで一時間弱を要した。太一たちが待っている間もずいぶんと後続が並んでいる。このことからも、国交が盛んであることが理解できる。

「冒険者か?」
「そうですよ」

 開口一番問うてきたガルゲン帝国の中年騎士に、太一はそう返事をした。
 腰に携えた剣に防具などの装備。戦闘が不得手な一般人でも遠出の際にはする格好ではあるが、佇まいには差が出る。どうやらその辺を騎士は見抜いたようだ。彼らは幾万にも及ぶ様々な人間を見る任務についている。自然とその辺の眼力は磨かれるようだった。

「国境を越える目的は?」
「そうだ、京都行こう、的な?」
「キョウト?」
「あ、すみません。彼たまに変なことを口走る癖があるんです」
「あ、ああ……」

 横から奏がずいっと出てきて会話をインターセプトする。あまりにも自然な奏に騎士は一瞬狼狽したが、すぐに建て直していた。

「ひでえ!?」
「あんたは黙ってなさい」
「……はい」

 続いてミューラに低い声でそう言われ、太一はしゅんと小さくなった。

「国境を越える目的ですが、運良く立派な馬を入手できまして。冒険者ランクも上がってきたので、違う土地で腕試ししてみようかと」

 すらすらと答える奏。用意していたかのようだが、実は完全なアドリブ。
 とっさの判断にも関わらず淀みなく答える奏は堂に入っており、見事と言うほかない。嘘を言っているわけではないとはいえ、一度もつっかえることなく答えられた奏は、本番に強いということだろう。

「ほう。腕試しか。見知らぬ土地というのはまたよい経験になるだろう」
「ええ。そう思います」

 冒険者が強くなることは、民草にとっては良いことである。とがめる理由は微塵もない。が。

「しかし……大丈夫なのか? その、彼は……」

 何となく言いにくそうな騎士。自分の仲間を「変な人」扱いした奏には、彼が少しまごつく理由も分かる。

「ご心配には及びません。ああ見えて、彼は私たちの中で一番強いんです」
「い、一番なのか?」
「はい。一番です」

 騎士の目がミューラに向けられる。ミューラは一瞬もためらうことなく頷いて肯定した。仲間二人が肯定した。この世界でも多数派の効力は強い。声には出していないが太一もそれに反論する気はない。事実上の満場一致だ。

「そ、そうか。まあ仲間が言うのならそうなのだろうな」

 人のいい騎士はそれで納得したようだった。

「では身分証明をしてくれ」
「ほい」
「これを」
「はい」

 予め必要だと分かっていたので、三人はギルドカードに魔力を通して提示する。その時点で、太一たちの身分は冒険者ギルドが保証しているとの証明となった。

「……君たち、Bランクなのか」
「そうですが」

 以前も述べたが、冒険者ギルドが冒険者ランクに対して何らかの意図を混ぜることはない。それは世界共通の認識であり、つまり事実であるということ。
 後方で順番待ちしている人々の一部が微かにざわつく。それは騎士たちも同様だ。Bランク冒険者は中々出会うのが難しい。その上三人の見た目は相当若い。太一はその反応も見慣れたもののため、全く意に介していないが。

「その若さで……はは、自信をなくしそうだ」

 そう応じた騎士は息子たちを見る父親の目をしていた。故郷にいる子供に姿を重ねでもしたのだろう。

「よろしい。エリステインからの出国、ガルゲン帝国への入国を許可する。実りある旅になることを祈っているよ」
「ありがとうございます」

 太一たちは口々にそう答え、クロを進ませた。
 国境越えは事前に聞いていた通り、実にあっさりとしていた。会話で多少時間を使ったのみで、手続きそのものはギルドカードを見せただけだ。このカードを所持するのにも資格が必要で、維持にも条件が課せられている理由が良く分かった。
 こんなに容易く国を跨げるのならば、悪用の仕方はいくらでもあるだろう。

「はー、やっぱこのギルドカードってすげえんだな」

 まるで日本のパスポートのような信用度だ。無論ギルドカードの場合は維持にノルマが課せられるのだが。

「そりゃそうよ。もちろん、ランクも上がれば上がるほど信用されるわよ」
「はー。Aランク断ったのはもったいなかったか」

 Bランクであれなのだ。Aランクになったときの影響度は計り知れない。断るというのは三人で決めたことのため言うことはないが、もったいなかったと思うのは本心である。とはいえ。

「今更ね」
「今更だね」
「今更だなあ」

 気の抜けた三人の輪唱が、それがどういうことなのかを表現していた。
 砦の通路を潜ったところで売っているガルゲン帝国中部地方と南部地方の地図を購入し、馬車を南東に向けて続く街道を進ませる。
 ガルゲン帝国は、世界でもっとも広い国土を持つ。西端から東端までは最大で一〇〇〇キロ。北端から南端までは三〇〇〇キロ。国土の広さに比例して、人口もエリステインとは比べ物にならぬほどに多い。
 北部はエリステインとほぼ同じで四季がある。一方南下すればするほど暖かくなり、今回の目的地である帝都ガルゲニアは年中温暖である。寒さが嫌いなミューラがそこを強く推したのもさもありなん。
 しかし気候が変わるほどの距離はそう容易く踏破できるものではない。幾らクロがいるとはいえ、到着までは最短でも三週間ほどかかるだろう。
 それをフォローするように、街道付近には多数の街がある。一番規模が小さい街でもアズパイア以上であり、途中に二ヶ所、シーヤックに匹敵する都市があることからも、ガルゲン帝国の広大さが窺える。
 帝都を目指す際も、その隊の事情に合わせて適宜寄る街を選べるため、旅のしやすさでは三大大国で一番と確信する商人や冒険者も少なくない。
 今回太一たちは無理な行軍をするつもりは全くないため、帝都までは一月半ほど掛ける予定だ。進む速度を落とすわけではなく、適宜街で休息をしっかりと取る故の計画だ。
 元々急ぐ旅路ではない。慌てる必要もないのだ。
 国境を越えてから一夜が明けている。まだ最初の街には辿り着いていないため、ガルゲン帝国記念すべき最初の一夜は野宿となった。当然だが、襲ってくる魔物はいない。そもそもクロが粗方の魔物を近寄らせないのだ。
 最初はBランク冒険者の庇護を受けようと後ろをついてくる商隊が三つほどあった。しかし今はその姿はない。
 こちらに一言「護衛に参加してくれ」と依頼してくるのなら断る理由はなかったのだが、ただ付かず離れずの距離をついてくるだけの輩にそこまで便宜を図る気にはなれない。彼らとて当然ながら護衛を雇っている上、この街道はもっとも魔物が弱い地域を選んで作られたもの。既存の護衛で十分なのだ。太一はもちろん、奏もミューラも聖人ではない。図々しい相手を無条件で快く引き受ける気にはなれなかった。どうせなら一緒に行くか、とも持ち掛けたのだが、彼等は「向かう方向が同じなだけだ」と言うだけだった。共に行くのなら護衛役になるのは自然であり、そうなると商人たちから護衛費用をもらうことになる。Bランク冒険者を雇えば安くはない。その費用を払わず、かつBランク冒険者に間接的に守ってもらおうと考えていると予測できる。勘繰りすぎかもしれない、という思いもよぎらないでもなかったが、思い直した。商人という人種は得てして、柔らかい表情と口調と物腰からは想像もできないほどに強かなのだから。
 では、なぜ引き離せたのかといえば、単純に馬車を牽く馬の差だ。定期的な休憩を必要とする馬に対し、黒曜馬は太一たちの馬車を牽いた状態で、四割程度の力でなら三日三晩不眠不休で走り続けられるほどの持久力と頑強さをもっている。黒曜馬の四割の速さと言えば、制限が無い状態の馬の全力疾走に匹敵する。太一たちに追い付ける道理はなかった。
 商隊が次々と休憩を取るなか、休まず悠然と進んでいく太一たちの馬車を呆然と見送るしか無かったことだろう。

「うーん。あんまり意固地になることもなかったか……?」

 街道を進みながら、太一は呟いた。今思えば太一たちがついていることで彼らの危険を減らすことも出来たのではなかろうか。そんな思いが首をもたげたのだ。
 それに対し、馬車から顔を覗かせていたミューラが首を左右に振る。

「気になるのはもっともだけど……対価を貰わずに引き受けるのは余りお薦めしないわ」

 その一言で、太一は奏と一緒にウェンチア島で受けた忠告を思い出した。

『今回はあたしも二人と同じ思いだから賛成するわ。でもね、冒険者としては、本当はきちんと正規の報酬を受け取るべきなのよ。Bランク冒険者を雇うときに、きちんと見合った対価を支払っている他の依頼人のためにも』

 ミューラの言葉は二人にとって耳が痛かった。忠告した彼女自身も『まだまだ感情制御が甘いわね……』と己を戒めていたのだが。
 やりたいようにやる。自分に素直になる。それそのものは決して間違ってはいない。しかしそれは、ルールを無視してもいい、というわけでは当然無い。
 冒険者という権利を享受している以上は、基本的にそのルールに則るべきである。対価を受け取るのも、冒険者に課せられた権利であると同時に義務である。Bランクにいる太一たちがタダ働きをしてしまえば、他の冒険者にも示しがつかないのだ。

「あたしたちはBランクだけれど、見た目が、ううん、中身も子供なのは事実よね?」

 ミューラの言葉に太一は頷いた。

「簡単に言えば舐められたのよ。言いくるめてしまえばいいと、そう思われたのかもしれないわね」

 腹は立たなかった。そういうことか、と納得出来たのだ。この世界は弱肉強食である。相手が弱いからといって虐げてもいいわけではないが、強い方がより旨味のある部分を食べれるのは事実だ。弱い者は上から順繰りに食べられていくのを指をくわえて眺めた後、残った食べ滓を奪い合いながらしゃぶるしかないのだ。
 戦闘力の弱さ。金銭的な弱さ。地位的な弱さ。頭の弱さ。一口に弱さといっても様々である。
 それが嫌ならば、強くなるしかない。一歩でも上に上がるしかない。或いは、庇護を与えてもらえるような自分になるしかない。
 それはアズパイアでも知られたことであり、森に出て狩りができる猟師は、必然的に獲物のいい部分を得ることが出来るのだ。
 勘違いしてはいけないのだが、弱者は何もかも我慢しなければいけないわけではないし、何も食べれない訳ではない。余裕がある強者が弱者に分け与えることもあるし、弱者が一歩上に上がろうと自らを高める場合もあるのだ。
 一方で弱者を虐げる強者もいるし、弱者ということを改善する気もなく、そこからさらに転げ落ちる者も確かにいるのだが。
 そう考えれば、太一たちがどれ程の強者かは口にするのも馬鹿馬鹿しいくらいだ。

「……そうだな。払える金があるのに出し渋るような奴まで、助けてやる理由はないよな」
「そういうことね」

 テイラー夫妻の場合、彼らは苦しみながらもなんとか耐えていた。太一たちを正規報酬で雇えば、彼らには殆ど残らなかった可能性すらある。あれは特別だ。強者が弱者を虐げていたので、それを救ったのだ。強者だから何でもしていいわけではなく、むしろ不当な行為には相応の報いが発生する。シーヤックの事件はその典型だったのだ。

「話の邪魔して悪いんだけど」

 と言いながら、奏がひょこっと顔を出す。場所は太一の横、ミューラの反対側だ。

「ん? どったの?」

 その意味に気付かない太一に、奏とミューラが揃ってため息をついた。

「……少し離れたところに魔物がいる。どうせ暇だし、狩れるものは狩っていこうと思うんだけど」

 どうやら奏が魔物を見つけたらしい。奏が駆使するソナー魔術は、最近その有効範囲が広がってきている。当人曰く「コツを掴んできた」とのことだ。
 頼もしくなった奏の索敵範囲から逃れるにはかなり離れなければならない。捕捉された魔物は運が悪かったのだ。

「よし、それじゃあガルゲン帝国での初戦闘といくか」

 太一はぐるりと右肩を回す。
 その後、自分達の動きを確かめるようにじっくりと戦闘をした三人は、息をするように勝利をおさめ、最初の街へ向けて進んでいくのだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ