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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

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嵐の前はなんとやら

 奏はとある喫茶店でお茶を飲んでいた。だが、一目見て彼女が奏だと見抜ける者はごく一部だと断言できる。
 ミューラから教わった、特殊な髪染め薬で髪を深い緑に変えている。さらに普段ポニーテールに結っている髪をおろし、眼鏡を掛けている。パッと見て、彼女が奏だとは気付かないだろう。
 こんな格好をしているのには勿論理由がある。
 現在待ち合わせ中だ。奏と通じているのが露見するとまずい相手。
 太一が隠密を封じているだろうが、変装は念のためだ。
 待つことしばらく。暇なので頭の中でコセイとイーダサの不正資料を思い返していると、手元に影が落ちる。奏は俯いていた顔を上げた。
 そこに立っていたのは、明るい亜麻色の髪をセミロングに伸ばしている女性。質素な服装に似合わない整った顔立ち。少しそばかすがあるがそれもチャームポイントだ。彼女は奏の待ち人である。

「こんにちは。アティさん」

 この場にこちらの様子を窺う者がいないことを確認した奏が挨拶をして席を勧める。

「遅れてごめんなさい」
「大して待っていませんよ」

 少し申し訳なさそうな顔をして席につくアティに、奏は答える。
 携帯電話のような便利な利器もないこの世界において、三〇分程度の遅れは遅刻に入らない。日本にいたときの、例えば五分前行動というのは相当シビアな基準だ。文化が違うし、この世界にもかなり順応してきた奏は、勿論相手にそんなことを要求したりしない。
 この後奏は太一、ミューラと待ち合わせをしているが、その時間も日没から前後一時間という非常にざっくりとしたものだ。

「それで、首尾はいかがですか?」
「こちらに……」

 注文をするいとまも惜しんで奏が本題に入る。会話に一切の緩衝材を挟まない奏に対して、アティも心得たもので薄手のコートの懐から数枚の書類を取り出し、奏に手渡した。
 受け取った奏はそれをパラパラと眺める。緊張に身を強ばらせるアティの視線を感じながら、やがて数十秒としないうちに書類を見終え、人差し指の爪で紙を軽く叩いた。

「これだけあれば十分です。ありがとうございます」

 それはアティが最も聞きたかった言葉。ほう、と吐かれた大きなため息と共にアティが身体を弛緩させる。吐息には大量の緊張が含まれていた。

「さあ、行きましょうか」
「はい」

 アティが入店してから三分も経っていない。注文を取りに来たウェイトレスと鉢合わせる。奏は自分が頼んだドリンクの代金に幾ばくかを上乗せして手渡し、「御馳走様でした」と告げる。喫茶店に来て注文をしなかったことに対する詫びの意味も込められたものだ。申し訳ないが何も言わせる気は無いため、奏とアティは早足で外に出た。

「さ、このまま冒険者ギルドに行きます」
「了解です」

 アティが頷く。彼女はミジックの四人目の妻。そして、内通者だ。彼女のコンタクトは太一たちに宛てられた一通の手紙だった。差出人がアティだとバレないように、冒険者を三人雇ってバケツリレー形式で配達を依頼したもの。一通の手紙を手渡すだけでそこそこの金額を手に入れられるため、冒険者は喜んで引き受けてくれたという。流石にミジックも妻全員の監視はしていなかったといい、冒険者への依頼もスムーズに進められたとのことだ。
 因みにこの宿に手紙を届けた冒険者のことはミジックにも報告が入っているが、手紙や届け物まで見張ってはいないようで、その後も特に変化は無かった。
 手紙の内容は、指定した日にちに先程まで奏が滞在していた喫茶店にて待っている。という趣旨の文と、ミジックの妻だというアティという名前。
 罠の可能性もあったが、そんじょそこらのトラップでにっちもさっちも行かなくなるような可愛いげが三人にあるはずもなく。トラップは踏み潰せばいい、と三人が一致したため、呼び出しに応じることが決まった。
 太一を見張りにつけて奏がコンタクトに応じた。今奏と共に歩いているアティが、フードつきのマントを羽織り、そのフードを目深にかぶって待っていた。
 話を聞けば、奏に協力したいと言い出した。
 最近周りを飛び回っている小蝿がいるとミジックが話していたらしい。身体も心も無防備になったタイミングでそれとなく詳細を聞いてみれば、奏たちの話が出てきて知ったとのことだ。少ない情報源と限られた伝の中状況を探って、奏がミジックを本気で陥れようとしていることを知った。
 アティには婚約者がいたが、ミジックによってその話が無かったことにされ、気付いたらミジックの妻にさせられていたとのことだった。ミジックには妻が六人。中にはミジックを愛する妻もいるようだが、殆どが彼によって人生の道を無理やり変えられた。金には不自由しないそうだが、ミジックから解放されたいという妻が多いとアティは語った。
 それ故、色々と動き回っているらしい奏たちを少しでも手助けしたいと、接触を図ったのだった。
 同じ女として、惚れた男と結ばれたいという気持ちは痛い程よく分かる。
 アティは今でも婚約者だった男を愛しているという。しかし、今の自分では彼に会わせる顔がないと肩を落として目尻をぬぐう姿に、奏は改めて怒りを覚えた。
 アティは、ミジックが重ねていた不正の証拠をこっそり持ち出す、と奏に提案した。
 渡りに船の申し出に即座に頷きたかった奏だが、それには危険が伴う。大丈夫なのかと問い掛ければ、どうしても協力したいと泣き付かれ、渋々、「無茶だけはしないでください」という言葉と共に送り出したのだった。
 そして今日、無事に奏の元に戻ってきたアティ。彼女が入手してきた証拠と、情報屋から入手した証拠。これらがあれば、十分にコセイとイーダサを追い詰められるだろう。そしてその余波がミジックにたどり着く前に、太一たちで止めを刺す。
 それまでは、アティは保護対象だ。その手配も勿論済んでいる。程なくして辿り着いた冒険者ギルド。そこにいた冒険者二〇人を目の当たりにし、アティは少し尻込みしている。

「おう、来たか」
「お待たせしました」

 丁度入り口近くにいた冒険者五人組が奏に話し掛けてきた。かつてアズパイアで太一たちに突っ掛かってきた五人の冒険者たちだ。今は心を入れ換えて、立派なCランク冒険者だという。ランクは実力と共に冒険者の人となりも表す。取り組みが不真面目では、冒険者ランクを上げていくのは至難の業なのだ。

「後ろの女が護衛対象か? 残りの二人はどうした?」
「後で合流する予定です」

 奏がアティの背中を押して前に出す。男女混ざっているが、冒険者たちは性別関係なく押し並べて屈強であり、そんじょそこらのゴロツキとは比較にならないほどの存在感を放っている。一般人のアティが気圧されるのは当然の反応だ。

「……護衛? どういうことですか?」

 不安と疑問を表情に浮かべて奏を見るアティ。
 奏は何でもないかのように、

「これからガルレア家とミジックに突っ掛けますから。追い詰められたガルレア家やミジック一派が暴挙に出ないとも限りません。渦中に立つあなたの身の安全を確保するためです」

 と言ってのけた。
 それは分かっていたが、過剰と言えなくもない護衛の数に言葉を失うアティ。
 奏の言葉を聞いた冒険者たちは楽しそうだ。

「しかし、一人一〇〇万とは大サービスだな。そんなに貰っていいのかよ?」

 五人組の一人がそう話し掛けてくる。

「その分働いてもらいます。二〇人も雇ったんですから、守れなかった、なんて言い訳は一切なしですよ?」
「まあそっちがいいんなら俺たちに言うことはねえな。俺たちも気を引き締めるぞ」

 おお! と上がる歓声。前払いで一〇万。無事守りきったら九〇万が手に入る依頼。護衛対象は三人。Dランク以上の確かな腕を持つ冒険者仲間が二〇人。美味しい依頼である。
 この依頼を出した太一たちを訝しんだ者もいた。内容に対してこの報酬額だ、当然だろう。だがその疑念を、前述の五人の冒険者が一言で払拭した。アズパイアでAランク昇格を打診された冒険者、という一言で。なぜそれを知っているのかといえば、彼らはシーヤックとアズパイアを頻繁に行き来しているそうで、ある日アズパイアを訪れたときに太一たちの噂を耳にしたのだという。冒険者のランクにギルドが沽券をかけているのは語るまでもない話。ランクに関するデマは即座に潰されるのであって、太一たちに関する噂が潰されていないところを見るに、本当であると判断したのだ。

「さ、アティさん。この人たちは私たちが雇った護衛です。安心して彼らに任せてください」
「……」
「アティさん?」
「え、あ、はい。……わ、分かりました」

 この上ない周到な用意。しかも報酬は全員で二〇〇〇万。これだけの額をなんとも思わないかのように支払える奏に、アティは薄ら寒さを覚えた。夫は、とんでもない冒険者を敵に回したのではないか、と。

「奥さんよ。俺たちの言うこときちんと聞いてくれや。何かあってもしっかり守ってやっからよ」

 余程でなければ暴力沙汰は起こらないだろうが、万が一は十分あり得る。
 ミジック、そしてガルレア家に牙を剥く者たちに雇われているというのに、彼らはまるで臆していない。
 冒険者の胆力に驚嘆するアティ。
 冒険者とは自由な存在なのだ。

「後二時間もしたら、私たちは行動を開始しますね」

 奏はそう呟いて杖を取り出し、様子を確かめる。
 自分より五つは年下であろう少女の底の深さに、アティはふわふわとした感覚を覚えながら、奏の仕草をぼんやりと眺めていた。





◇◇◇◇◇





 ところかわって『海風の屋根』では、出掛ける準備を終えたテイラーとミントが、椅子に座って所在なさげに視線を右往左往させていた。その対面の椅子では、ミューラが緊張など微塵も感じていない様子で紅茶を飲んでいる。ミューラが平静を保っているから、テイラーとミントもなんとか取り乱さずに済んでいる。
 現在、『海風の屋根』はcloseの札が扉のノブに掛けられている。これが掛けられたのは今朝の話で、営業再開できるのは無事ここに戻ってこれたらの話だ。
 休業を示す札をかけるとき、テイラーが「来るお客様はいないだろうけどね」と寂しげに呟いた。
 だが、それもこれまでだ。今夜、必ず、コセイとイーダサに鉄槌を下す。そして、ミジックにダメージを与える。その後この宿が盛り返すかは二人次第だが、テイラーとミントなら大丈夫だろう。二人は誠実なのだから。
 ミューラはふと立ち上がり、腰の剣をベルトから外して抜剣した。なんのことはない、作戦行動の前に必ず行う得物の確認だ。常に剣に気を配っているミューラにとって、確認することそのものにそこまで意味があるわけではない。ある種の儀式のようなものだ。
 いつものように問題ないことを確認したミューラは、剣を鞘に戻す。キン、と硬質な音が静かな室内に響いた。
 それが合図になったのか、偶然にも同じタイミングで入り口が開かれる。今この宿を訪れるのは一人しかいない。はっとして入り口に顔を向けたテイラーとミントの目に飛び込んできたのは、のんびりとした口調で「ただいまー」と入ってきた太一だった。

「お帰りタイチ。首尾はどう?」
「おう。嗅ぎ回ってた奴は両手両足をへし折って屋根の上に放置してきた。たぶん動けないと思うよ。奏はアティさんと冒険者ギルドに入ったよ」
「そ。見張りは?」
「眠らせておいた。しばらくは起きないはず」
「分かったわ。頃合いね」

 雑談でもするかのような軽い口調の二人。だが内容がすごい。太一はきっちりと仕事をしてきていた。隠密と、宿を監視する複数のミジックの手下を無力化したという。当然のように二人は言うが、にわかには信じられない会話の内容だ。
 少なからず荒事があったのだと分かる。そして、太一にとっては今の内容なら何も問題としないことも。

「それじゃあ冒険者ギルドに。予定通り二人にはそこで待機しててもらうわ」
「あ、ああ」

 テイラーの返事には戸惑いがたっぷりブレンドされていたが、太一もミューラも気付かないふりを決め込んだ。

 太一とミューラは二人を連れて冒険者ギルドへ向かう。この時間に出発したのなら、日が暮れる前後一〇分程度の誤差で到着できるだろう。
 追っ手がいないことをこまめに確認しつつ、街の様子を眺める。街は相変わらず王族歓待の準備で騒がしさに満ちている。大体毎日日没から一時間後くらいまで行われている。何故これほどまでに時間がかかるのかといえば理由は簡単。現代日本のように電動工具などありはしないし、荷物や資材の運搬も勿論人力。作業行程などはある程度固まっているだろうが、それでも日本の専門業者に匹敵する作業効率とは思えない。更には祭りの準備をしながらも本業を疎かに出来るわけでもない。必然的に事前に、しかもかなりの時間をかけて準備をしていく。
 太一のこの意見に奏もミューラも同意したが、祭りは準備している時が最も楽しい。やがて本番になれば、非現実的なその時間はそれこそ矢のごとく過ぎ去り、あれよあれよという間に片付けとなってしまうだろう。
 歩く速度に合わせて緩やかに景色は流れていき、やがて暗くなる頃、冒険者ギルドへ到着した。
 扉を開ければ、多少の時間差はあれどこちらに向けられる四〇を超える視線。
 太一とミューラは気にしなかったが、アティの例によってテイラー夫妻が少したじろいだのが背後から感じられた。

「予定通りだね」
「奏」

 冒険者の壁の奥から、奏がこちらにやってきた。

「カナデの首尾は……聞くまでもないわね」
「えっ? 俺には聞いたのに?」
「カナデがつまんないミスするところが想像できないわ」
「俺はつまんないミスすると?」
「しないの?」
「する前提?」
「えっ?」
「えっ?」

 不毛なやり取りをする太一とミューラ。意味はない。単なるじゃれあいである。太一はいいとして、奏はともかく、ミューラが軽口に付き合っている。寝食を共にし生死を切り抜け、そのくらいには仲良くなってきたということだ。

「あ、今夜はここで寝泊まりしてくれるかしら。彼らがテイラーさんとミントさんの二人を保護するから」

 ミューラに唐突に話を振られて頷くのが精一杯の夫妻。事前に聞いていなければ反応すら出来なかっただろう。

「じゃあ、頼みます」
「行くのか?」
「ああ。ガルレア家のどら息子共とミジックをボコってくる」
「怖いもの知らずねえ。いいわ。彼女たちはわたしらに任せなさい」
「ええ。任せたわ」

 連れだって冒険者ギルドを出て行く三人。テイラー夫妻とアティは、次々と沸き立つ疑問の答えを出せずにいた。
 ガルレア家にミジック。ここシーヤックでは最も強い権力者たち。まるでハイキングにでも行くかのように気負いがない。
 今宵、シーヤックは変貌を遂げようとしていた。

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