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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

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vs隠密

 意識を向ける先、奏が大通りを歩いている。太一が気配を感知できる限界距離は、奏のソナー魔術でカバー可能なので、彼女の方も太一が着いてきているときちんと捉えていることだろう。
 奏が魔術を使っていることは、太一がその気になって探ればさほど労せず分かることであるのだが、今はそちらにはそこまで意識を割いていなかった。
 目下太一が意識を向けるべき相手は、直線距離にして太一の後方約二〇〇メートルにいた。位置関係は奏、太一、件の隠密だ。

「まだ、まだ」

 隠密の方も太一には気付いているだろう。奏に向ける警戒と同じくらい、太一にも注意を払っているのが肌で分かる。
 情報屋に調査を依頼してから丁度三日後。太一と奏、そしてミューラは別行動を取っていた。今留守を預かるのはミューラ。作戦行動を取るのは太一と奏の役目だ。
 今日、事態は大きく動く。太一が奏から離れて彼女を追っているのも、行動を起こすためだ。
 今はまだ、その時ではない。太一の役目は二つ。一つは隠密に警戒対象を増やすこと。もう一つは、時が来れば行動に移す手はずになっている。
 奏の足取りに迷いはなく、やがてスラムの方へ向かっていった。付かず離れずの距離を保って、太一はその後を追う。その更に後ろを、隠密が着いてきている。
 スラムでは、奏が見た目通りのただの少女でない事は、すでに周知の事実だった。その為か、初日はあれほどあからさまにこちらを狙う視線に晒されていたのだが、今は時おり感じるのみだ。見られている当の奏はといえば、鬱陶しい視線が無くなって精々しているといったところだ。
 一方初めてこの場に足を踏み入れた太一は、小綺麗な服装と華奢な身体つきから、見た目通りに舐められていた。
 太一から身ぐるみ剥がしてやろうと目論んだならず者たちに、今は囲まれていた。
 姿が見えている者、姿は見えないがこちらを虎視眈々と狙っている者。数えればきりがなく、倒すのは簡単だがいちいち相手にするのは時間の無駄という答えにすぐに至った太一。徹頭徹尾ガン無視することにした。

「痛い目に遭いたくなきゃ金と服全部置いていきな」

 数人がナイフや角材を持って声をかけてきたが、まずは無視する。

「おい、聞いてんのか?」

 続いて声をかけられたので、とりあえず無視する。

「舐めてんじゃねえぞこのガキ!」

 わめいている男たち。更に無視する。

「この野郎ぶっ殺してやる!」

 物騒な言葉も華麗に無視する。
 角材で殴られる。痛みはないのでもちろんのこと無視する。

「は……?」

 振り下ろされた角材が太一の頭で止まっている。
 視界が妨げられているのでとりあえずどける。

「うお!?」

 殴ってきた男がたたらを踏むが、興味がないので無視する。
 確保できた視界の先、薄暗い雰囲気漂う通りを奏が悠々と歩いている。

「おい、お前らやっちまえ!」

 前後左右から加えられる攻撃。痛痒すら感じないそれは太一にとっては攻撃ではないため、適当に無視する。

「あ、離れすぎた」

 奏との距離を保ち続けるため、太一は歩き出す。後には攻撃に疲れてへたり込んだならず者たちが、呆然として太一の背中を見送っていた。
 からくりはとても単純で、外に漏れないようにした三〇の強化を、全て防御力に割り振っただけだ。
 奏やミューラの中級魔術をも防ぐことができるこの防御を、強化魔術すら使えないならず者が破れる理由はないということだ。
 ならず者にとっては、奏とミューラの方がよっぽど脅威として分かりやすい。角材で殴り付けても、ナイフで刺そうとしても傷一つ負わない太一の方が、相当不気味に見えた。
 その後は奏だけではなく、太一の行く手を阻む者もいなくなった。順調にスラムを歩き続けること三〇分ほど。奏がとある小屋の前で立ち止まる。扉の前に立つ男と一言二言言葉を交わして小屋に入っていった。どうやらあそこが情報屋のようだ。奏の目的地到着。それが太一の作戦行動開始の合図。

「よし。やるか」

 太一はくるりと踵を返し、斜め上を見上げる。直後、その姿が文字通り消えた。



 男子三日会わねば瞠目せよ、という趣旨の諺があったと奏は記憶している。だが、三日程度では変わらない者の方が圧倒的多数だ。
 例えば情報屋の小屋は相変わらずボロ屋だ。

「こら娘っ子。人の仕事場にケチつけるんじゃないわい」

 何も言っていない奏の視線から思考を読み取りでもしたのか、老婆にたしなめられた。思わず肩を竦める奏。
 ただ者ではない雰囲気を漂わせる老婆は相変わらず大きなクッションに身体を乗せて寛いでいる。そして、その横には鋭い気配を纏う全身を黒で覆った人物が立っていた。

「三日ぶりじゃな。待っておったぞ」
「お待たせしたようですみません」

 よほどでない限りは、目上にはとりあえず敬意を払う奏である。

「ふぁふぁふぁ。良い良い。早速じゃが本題に入ろうぞ」

 老婆は視線を横に立つ長身の黒の人物に向ける。

「今回、ガルレア家に侵入してきた隠密の陽炎じゃ」

 黒い布の隙間から覗く鋭い双瞼以外は真っ黒。若いのか年を取っているのか、男なのか女なのか、姿を見るだけでは何も分からない。
 まあ、そんなことははっきり言えばどうでもいい。望んだ情報が手に入るのか。要はそこだ。

「心配要らんぞ。あたしが抱える手駒の中じゃ一番優秀じゃからな。陽炎が失敗したところをあたしは見たことないわ」

 その言葉が本当かどうかは分からないが、老婆の自信は本物に思えた。まあ嘘だったとして、この老女はそのくらいは簡単に演じてしまうだろうが。

「どんな感じですか?」
「うむ。イーダサとコセイを吊し上げるにはピッタリじゃ。陽炎、渡してやれ」

 老婆に促され、陽炎が一歩前に出る。
 妙な感覚を覚えた奏が無意識に魔術を発動させたのと、陽炎から突如何らかの力が発せられたのはほぼ同時だった。六畳の狭い部屋で、巨大風船が割れたような衝撃が炸裂した。

「……っ!」
「ほう……」

 ほぼ脊髄反射で放った空気弾が、陽炎から放たれた不可視の弾丸に当たって相殺。それが、瞬間の顛末だ。

「い、いきなり何するんですか!」

 前置きもなしに攻撃を受けて憤慨する奏。彼女の怒りはもっともではあるのだが、相手の攻撃の気配を何となく感じ取り、後追いにも関わらず同時に迎撃し、尚且つ同じ威力の攻撃を放って相殺した奏も、大概と言えば大概だ。むしろ攻撃するまで時間があった陽炎に対し、それらの行程を瞬時に、考えることなくやってのけた奏の凄まじさが浮き彫りになったのだが、当の本人はまだそこに思い至っていない。

「わたしの魔力弾を防ぐとは、中々やるな」
「……魔力弾」

 聞き覚えのある単語に目を白黒させる奏。黒ずくめの長身の声が若い女のものだったという意外な事実すら気にならないほどに驚いていた。

「知っているのか」

 かつて修行中、レミーアに片手間に教わった。魔力を固めて弾丸として飛ばす。言ってしまえばそれだけのことなのだが、口で言うほど単純ではない。
 魔力は、それ単体では主を離れた瞬間から猛烈な勢いで減衰していく。魔力弾にEfficacyが認められているのならば攻撃魔術は必要ない。魔力弾が使い物にならないからこそ、魔術が発達したのだ。
 太一がかつてチャレンジして、使い物にならなかったことからも、どれだけの勢いで減衰するかが分かる。
 それを、目の前の陽炎は使って見せた。それが奏には信じられなかった。

「陽炎。おふざけが過ぎるぞ。早く渡さんか」
「申し訳ありません」

 まるで申し訳なく思っていない口調で形だけの謝罪をして、陽炎は懐から数枚の羊皮紙を丸めたものを取り出して奏に手渡した。
 羊皮紙を受け取ったことで奏は我に返った。手の中のそれを繁々と見詰める。

「……これが」
「うむ。確認してみい」

 言われるがまま、羊皮紙がばらけないようにとめてある紐をほどいて広げる。
 イーダサ、コセイの名の元に発行された領収書や命令書。それを中央……つまり王国中枢部に報告する際に書かれた報告書。他にも不正な雇用や本来必要ない借金の借用書。桁を一つ誤魔化した小切手発行の証拠。不正のオンパレードだ。

「これ……もしも王家に提出したら」
「最低でも爵位降格。最悪除名、コセイとイーダサは追放処分。片棒を担いだミジックにもかなりの制裁が科せられるじゃろうな」

 これはとんでもない。ミジックはこれだけの賄賂をコセイとイーダサに渡し、その対価に好き放題していたのだ。証拠とするならこれくらいでないと話にならないのも確かだが、実際目の当たりにしてその強烈さを改めて実感する。

「仕事、速い上に優秀なんですね」
「速度と正確さと言うたろう」

 ふぁふぁふぁ、と特徴的な老婆の声が部屋に響き渡る。
 これがあれば。だが、念には念を入れるべきだろう。
 奏はぐっと拳を握る。そして、老婆に目を向けた。

「筆写複製も受け付けておるぞ」

 奏が何を考えているのか、表情で分かったらしい。
 話が早くてとても助かる。

「お願いします」
「承ろう。上客じゃからな、格安で受けてやるわい」
「複製は三部欲しいんですけど」
「……は、良かろう。今宵までには仕上げてやる」
「助かります」

 奏は頭を下げる。地面を見つめ、決意を新たにする。今宵、決行だ。





◇◇◇◇◇





 太一はひょい、と建物の屋根に跳び移った。その姿を認めた隠密が、慌てて踵を返すのが視界の端に写る。逃がすまいと、太一はそれ以上の速さで隠密に向かって駆け出す。
 太一が追い付くまで二秒もかからなかった。建物同士の細い隙間に飛び降りようとした隠密の首根っこを掴み上げ、その背中に膝蹴りを叩き込む。骨は折れないように加減したが、ミシミシと軋むのが膝に伝わってきた。
 悲鳴を上げる間もなく、肺から空気が漏れたようでひゅ、という呼気が聞こえる。太一は隠密の身体をくるりと回転させ、みぞおちの下辺りを狙って突き上げるように殴り付けた。

「ぐっ! ぐああっ!」

 むせるように咳き込みながら、隠密は胃液を吐いてうずくまる。殺すつもりは毛頭無いが、逃がす余裕を与えるほどに手加減をする気もない。
 腰の剣を抜き、男の顎先に突き付ける。

「吐く気はあるか?」

 恐らくはミジックかガルレア家の次男、三男辺りに雇われているのだろう。彼自身に恨みはないが、テイラーとミントが苦しむ遠因になっている以上、太一とて見逃すわけにはいかない。

「無いよねえ」

 太一はそう嘯いた。
 ようやく吐き気が収まってきたのか、隠密が顔を上げて太一を睨む。だが、力の差は痛いほど分かっているだろう。背中と腹へ一発ずつ。直接殴るくらいなら、手に安物のナイフ一本でも持っていれば、即座に隠密を仕留められたのだ。殺せるのに殺さない。それは油断とも傲慢とも受け取れるが、一方で残酷なまでの力量さによる強者の余裕というものを、対峙した相手に刻み込むこともできるのだ。
 甘いと取られるだろうか、だが隠密の力量を測った時、どんなに不意を打とうとされてもその後から先手を取ることができると判断した。この男が、わざとこうして攻撃を受けて、太一の隙を誘っている可能性は拭い去れない。いつでも八〇の強化をして動きを封じる心構えのまま、太一は無表情に男を見下ろしていた。

 一方、隠密としてずっと太一たちの監視を続けていた男は、目の前の少年から一切の隙を見いだせずに戦いていた。信じられないほどの速さと、一撃の攻撃力。これだけの相手を前に、わざと攻撃を受けて……なんて真似をする余裕は男にはなかった。目で追えない速さで接近され、気付いた時には背骨が折れるかという程の攻撃を受けて、更に無慈悲なボディーブローを受けた。裏の世界で、人の苦しみを飯の種にする男が、地面に這いつくばって吐瀉物をぶちまけるような醜態を敵を目の前にして晒すなど、プライドが許さない。プライドは許さないが、身体が立つことすら拒んだ。これはもう条件反射のレベルで、吐いたことも自分の意識ではどうにもならなかった。
 監視対象の少年。冒険者ということはその立ち居振舞いや、さりげない周囲への意識の向け方などで何となく察していたが、彼が本気でこちらを警戒し始めた今日、確信した。
 そしてその矢先、どうしようもないほど一方的に反撃を受けた。
 彼が冒険者となったなら、Bランク位ならすぐに駆け上がることが出来るだろう。それは主観的な判断ではなく、実際Bランク冒険者と対峙せざるをえない状況に陥り、互角に戦って相手の攻撃を凌ぎ、逃げ仰せた経験があったからだ。
 隠密ではあるが、戦闘能力もひとかどのものだと自負していた矢先に、ミッションと一緒に自信も粉微塵に砕け散った。
 このままというわけにはいかない。だが、あの攻撃を見る限り、男にはどうにもできない。今こうして見下ろす彼の目は、男が彼にとっての有象無象を見下ろす時と同じ目をしていた。

「た、頼む……も、もう付きまとわないから見逃してくれ……」

 己の声の弱々しさ、そしてそもそも声を出すことが精一杯という事実に気付かされ、男は愕然とした。
 男は全力で懇願したが、当然ながら打算も含まれている。少年に見逃してもらい、何処かに身を隠して体調を整えるのだ。見た目若く見える彼ならば、甘さもあるだろうと考えてのこと。だが、結果的に失敗した。男は視界がぶれるのを理解するのが精一杯だった。ついで彼を襲ったのは、喉元の息苦しさ。そして、足が地面に着いていないことに気付く。視線が急激に高くなっていた。

「う……ぐっ」

 その視線を少し下に向ければ、剣を持っていない方の手で、男の胸ぐらを掴んで吊し上げている少年の姿。

「悪いけど無理だね」
「……!」

 少年は顔色をまるで変えずにそう言った。
 己に与えられた僅かな希望がなくなり愕然とする隠密の男。
 なぜだ。必死に願ったではないか。彼は、かつて狙った相手に命を乞われて、見逃さなかったことに気付いていない。彼に狙われた者も、まさしく今の彼と同じ思いを抱いていたことに。

「見逃したところで、どうせまた隠密作業に戻るんだろ?」
「……そ、そんなことはな……げふっ!」

 思わず声を荒げようとして、上手く息を外に出せずにむせた。そんな男を、太一は黙って見ている。

「いいや。信用なんない。と、いうわけでさ」

 太一が手を離す。重力に従い男の身体が自由落下を始める。それを、横から襲う強烈な衝撃。ごきりと左肘から嫌な音がした。

「またうろつかれると鬱陶しいから、両手両足をへし折るだけで勘弁しとくよ」

 痛みをこらえ、男は脂汗が浮かぶ顔を上げる。そこに太一はいなかった。
 今度は右腕を襲う鈍い衝撃。右肘を蹴り上げられ、曲がってはいけない方向に曲がっていた。
 その痛みに苦しむひますらなく、別の箇所が折られた。踏み砕かれているのは右の足首。最後に刃を返した剣が左足に叩き付けられ、膝が破壊された。
 殺されずに済んだ。そんなものが慰めにならないほどの激痛が男の四肢を襲う。この道のプロである男は、それでも鋼の精神で耐えていたが、痛いものは痛いのだ。
 幾ら彼がその道のプロであっても、両手両足を折られて即座に回復する手段はない。男はこの場に縫い付けられたのと同じになった。

「一通り済ませたら、通報しておく。あんたがここに倒れてる、ってな」

 それまでそこで待ってろよな。そう言い残して、太一は踵を返す。
 圧倒的強者にプライドもろとも完膚なきまでに叩きのめされる。それはこの世界ではままあること。強さが正義。幾ら建前や綺麗事を並べ立てようと、子供ですらも知っているこの真理を覆すことは出来ない。
 まるで赤子の手を捻るようにあっさりと、あしらわれてしまった。少年にしか見えない太一に完敗した男は、思わず笑った。悔しいと思うことがおこがましいほどの実力差を体感し、笑うしかなかったのだった。
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