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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

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情報屋

 ミューラは、ここに何を買いに来たのかを目の前の老婆に伝えた。
 情報屋から情報を得る。情報の鮮度、濃度、精度によって値段が変わるが、最底辺の情報でも決して安価ではない。
 大抵の情報は冒険者ギルド、或いは事情通の宿屋や酒場でも入手することができる。
 それでも手に入らない情報は、普通の冒険者では用がないものだ。
 例を挙げてみるとしよう。
 一攫千金が狙える魔物は、並みの冒険者では犬死にするのがオチだ。
 幅広い冒険者にチャンスがある大きな儲け話は、情報を集めようとするまでもなく耳に入る。
 一般的な手段では入手できないが、人によっては需要のある情報を供給する側。それが情報屋。
 そのような情報は得てして手に入れるにもある程度の苦労を要する場合が多く、情報屋としても情報の価値以外に経費を回収しなければならない。だから、情報屋から購入する情報は必然的に高価になる。
 冒険者として一人で活動し、またレミーアから座学のような形で様々な情報を得ていたミューラ。与えられた知識の中には情報屋に関するものもあった。
 一般人からすれば法外と言える代金を請求される。しかし彼女にとってはそれが基本だったので、高額な代金を支払うことに躊躇いはない。

「ほうほう。道楽息子のミジックについてか。あの夫妻を助けようとでもいうのかい」
「……何故それを?」

 驚きを飲み込んで問い掛ける奏。

「のう、黒髪のお嬢ちゃん。ここがどこだか忘れたのかい?」
「……」

 何もかも知っている。ここはそれが常識の場所だと思い出し、奏はこれ以上気にするのを止めた。考えるだけ徒労に終わりそうなのは目に見えていたからだ。

「流石は情報屋ね。そこまで知ってるなんて。この街にはどれだけ貴女の手の者がいるのかしら」
「ふぁふぁふぁ。悪いんじゃが教えられんのう」
「ごもっともです」

 そんな簡単に飯の種を明かしては商売あがったりだ。
 老婆は今度は愉快げな表情を隠さなかった。ミューラの問いかけと、老婆の回答に対する奏の切り返しが彼女のお気に召したのだった。

「面白い娘っ子どもじゃな」

 老婆はそういって、表情はそのままに眼の力を強めた。仕事モードに切り替え完了のようだ。

「じゃあ、ミジックのスキャンダルについて教えてもらえるかしら?」
「あやつはスキャンダルの塊じゃな。横領、脱税、贈収賄、脅迫、恐喝、暴行。パッと思い付くだけでもこれだけある」

 どこぞの国のダメ政治家を糾弾するニュースが脳裏に浮かぶ奏。

「あれで用心深くてな、なかなか尻尾を掴ませないんじゃよ」

 参考資料じゃ、と無造作にテーブルに放り投げられたのは、羊皮紙を何枚も重ねて丸めたもの。
 断りを入れて広げてみる。
 一体何処から入手したのか、ミジックが脱税や横領、贈収賄を、名前だけの団体を介して行ったことが記された文書だった。これ単体では証拠とはならないだろうが、この数値を書き起こすには原本が要る。つまり、本物の数字を書き写したもの。
 予め必要だと分かっていなければ、会話の流れと共に出すことなど不可能だ。
 二人は本気で「この老婆何者?」と思ったが、沈黙を貫いた。下手に探って藪から蛇を誘い出すことはない。

「……不正のオンパレードね」
「真っ黒」
「はたきゃホコリしか出てこんわい」

 ミジックについて調べさせている老婆も、調査結果が出るたびに呆れ果てている。これは訴えられたら情状酌量すら不可能なレベルだ。
 何故ミジックが告発されないのか不思議なくらいだが、それは老婆に尋ねた二つ目の質問が関係してくるだろう。
 これほどの不正が慢性的に起きているなら、地域を管轄している貴族が放ってはおかないはずだ。ましてやそれがミジックのように、シーヤックという大都市にて大きな力を持つレベルの商人ならば尚更だ。権力を、金を……影響力を持つ者ならば、当然それ相応の責任も背負う。
 つまり、その責任を免れることを許容する、ミジックの後ろ楯がいるということだ。
 老婆もそれは心得たものだ。

「普通なら幾らミジックといえどとっくに裁かれとるじゃろうな」
「やっぱり後ろ楯がいるんですね」
「うむ。シーヤックを管轄しとるのはガルレア家じゃ。伯爵位じゃな」

 伯爵家。かなりの大物である。いや、シーヤック程の街を管轄するなら、決して格負けということはない。
 ガルレアという名前を聞いてミューラが微かに眉を動かしたが、すぐに元に戻っていた。だがそんな些細な変化であっても、目の前の老婆は見逃さなかった。

「ガルレア家を知っておるのか、エルフの娘っ子」
「……三男なら、一度だけ会ったことがあるわ」

 ミューラとしては話題にあげるつもりは無かったため反応してしまったことそのものを無かったことにしようとしたのだが、この老婆はそこまで甘くはなかった。ミューラの名誉のために言うと、彼女のポーカーフェイスが未熟なのではない。老婆の観察力が群を抜いて高いのだ。隠し通すには相手が悪かったというべきだろう。

「コセイじゃな。今シーヤックを管轄しているのはコセイじゃよ」
「……当主ではなくて、三男がやってるんですか?」
「そうじゃ」

 老婆はとつとつと説明を始めた。ガルレア家では伯爵位継承権の有無に関わらず、一七になった男児はシーヤックの管轄を二年間行うのだという。
 それは貴族としての実力を養うとともに、民の生活を理解するためにも先祖代々行われてきた手段とのことだ。

「不正が行われるようになったのは次男のイーダサからじゃな」
「……」

 こんな場だが、奏は一度大きく深呼吸をした。沸き上がる笑いをポーカーフェイスで噛み殺す。
 コセイだのイーダサだの、先程から名前に悪意しか感じないのは奏の気のせいだろうか。
 もちろん気のせいである。この世界では特におかしい名前でもない。奏の思考が逸れる間も話は続く。置いていかれないよう、奏はすぐにその思考を隅に追いやった。

「イーダサもコセイも、頭は悪くない。ミジックの不正の片棒を担いではおるが、不正によって発生する数値は、シーヤック全体から見て誤差で片付けられる範囲に押さえておるんじゃよ」

 誤差で片付けられる範囲のために露見しにくい。現に今までそれが咎められていないという事実が、いかに上手く事を運んでいるかを証明していた。特にイーダサはその辺りの数値にはかなり強いらしく、コセイに色々と吹き込んでいるとのことだ。

「結構、手強いってことね」
「そうじゃな。ミジックだけを狙うと、都合が悪いコセイとイーダサに揉み消される恐れもあろうな」
「じゃあ、においは元から絶たないと」
「そうじゃな」
「ミジックを潰すのはオマケになりそうね」

 二人が辿り着いた答えに満足げに頷く老婆。二人が聡明なのは分かっていたので、ヒントさえ与えれば自分で答えに行き着くのは分かっていた。それでも、打てば響くような二人の機敏さに、老婆は会話をするのが楽しかった。
 このところBランク冒険者に不作が多いと感じていた老婆は、部下を除けばこのように話の早い者と久しく会話をしていなかった。それが、自身の孫くらいの年齢の少女二人となれば、嬉しさもひとしお。
 下の世代もやっと面白くなってきた。そう思わせるには十分だった。

「潜入捜査に向いている人を紹介してくれないかしら?」
「何故じゃ。お主らもBランクの端くれじゃろうて。その程度自分でこなせぬのか」

 最上ともいうべき言葉が聞けた老婆は、あえて厳しい口調で迫ってみる。

「残念だけど、あたしたちにはそういう潜入の経験がまだないの」
「分の悪い賭けをする余裕は、今はありません」
「そうかい」

 目の前の一五歳前後の少女二人が、実はAランクに匹敵する実力を持つことは、老婆の情報の網にかかっていた。
 それだけの実力を持ちながら、得手と不得手を自覚し、及ばない部分を恥と感じず補強しようとする。今すぐに補えないのなら、外から力を借りることも躊躇わない。それは、簡単なようで、難しい。腕っぷしだけではない、本当の強さを持つ者のみが有する資質であった。
 もう一人、彼女たちの仲間である召喚術師の少年にも会ってみたかった老婆だが、今三人が置かれている状況を考えれば、彼が残るという選択は正しい。

「そういうことなら、おあつらえ向きのやつがおるわ。安くはないがな。そやつを雇うか?」

 間髪入れずに頷く二人。

「よかろう。手配しておくことにしよう。一両日中には結果が出るじゃろうから、三日後にまた来ると良かろう」
「……三日ですか」
「随分と早いわね」
「これで食っとるからのう。仕事は速く正確に。客を増やすコツじゃな」

 この程度は何でもないとばかりの老婆の態度。そのコツとやらも言いたいことは分かるが、実現するためにはどれだけ労力が要るか分かったものではない。

「話はこれで全部じゃな?」

 調査してもらえるなら、もうここに用はない。日を改めてまた来ればいい。

「ではしめて三〇〇〇万じゃ。前金として一五〇〇万貰おう。残りの一五〇〇万は調査結果と引き換えじゃ」

 手持ちの資金ぴったりの金額提示。口座から引き出すところを隣で見ていたかのようだ。
 呆れはしたが驚くことはもうない。例え問いただしたところで、「情報屋だから」と返ってくるのが関の山だ。利用するには頼もしいが、敵に回したくはない相手である。ミューラは皮袋をまるごと老婆に放った。前置きなしに、しかも足と目が不自由な老人にすることではない。だが二人とも動じない。この老獪な女に通用しないことは分かりきっている。その予想通り老婆は口を結っている紐の輪っかに人差し指を通して受け取る。

「前金だの後金だの、面倒は省かせてもらうわ。信用するから、期待を裏切らないで欲しいわね」

 せめてもの意趣返しにそう言ってやるが、老婆は皮の袋をお手玉しながら不敵に笑うだけだった。
 奏とミューラは立ち上がる。
 ずっと扉の脇に気配を薄めて立っていた案内役の男が、玄関を開く。
 礼を言って背を向けた奏とミューラに、老婆は声をかけた。

「さっきから彷徨いてる影の者、お主ら泳がせておるのじゃろう?」
「そうだけど」
「それが何か?」
「いんや、何でもない。精々頑張ってみることじゃな」

 その言葉を背に受けて、二人は去っていった。気配が遠ざかっていく。

「陽炎をガルレア家に行かせろ。丸裸にするまで帰ってくるなと言っておけ」

 先程までの老獪な雰囲気は完全になりを潜めている。今老婆を覆っているのは、触れれば斬れてしまうような良く研がれた剣のような空気だった。

「……随分と気に入ったようですね。……陽炎を出すなら倍は貰わないと割にあいませんよ」

 陽炎は老婆が抱える駒のなかで最大の実力者。伯爵家への侵入という任務を陽炎に依頼するなら、男の言う通り六〇〇〇万から七〇〇〇万が相場だ。
 それを踏まえて案内役を務めた男が言うと。

「たわけ。金ではないわ」

 ぴしゃりと言われて男は首を竦めた。もっとも彼もかなり図太いようで、顔色を全く変えなかったが。

「あやつらの潜在能力を感じなかったか。実力の半分も発揮できておらんぞ」
「…………それはまた」

 本当に予想外だったようで、男が目を丸くする。

「あやつらに恩を売っておいて損はなにもない。むしろこれこそが我々の存在理由だ。違うか?」
「仰せの通り」

 男はそう言って頭を下げた。
 口を閉ざした男にはそれ以上目を向けずに、老婆はにやりと笑う。

「そうとも。冒険者はこうでなければな。なあ、ジルバよ」

 老婆はとある名前を口にした。その名を聞いた途端、男が恭しく頭を下げる。
 ジルバ。冒険者の歴史を紐解いたことがある者ならば、一度は目に、或いは耳にしたことがある名前。無論レミーアもミューラも知る名前だ。
 冒険者の祖師、ジルバ=クレメンス。その者がいなければ、冒険者という職業は生まれなかったであろう。
 老婆は、ジルバ=クレメンスの血を引いていた。
 それこそが老婆の正体。現代の冒険者に嘆いたのは心からの言葉だった。
 彼女は、自身がこれは、と興味を持った者の前にしか姿を現すことはない。最後に老婆の姿を見たのは誰だったか。
 知る者こそ少ないが、彼女は現代の生ける伝説の一人である。最盛期の老婆には、現代最高の戦士の一人であるスミェーラと、現代最高の魔術師であるレミーアが同時にかかっても敵わないと予想する者さえいる。

「期待しているぞ若人。あたしに本物の冒険者の姿を今一度見せてくれ」

 その目には、いったい何が見えているのか。
 輝かしい栄光か、はたまた暗き地獄か。或いは平凡な未来か。老婆は語ろうとはしなかった。





◇◇◇◇◇





 今しがた自分達が会っていた人物が、ある意味では国王よりも偉大な人物だとは露程も思っていない奏とミューラは、夕方に差し掛かった街をのんびりと歩いていた。
 相変わらず影の者がついてきている。それでいい。これで、情報屋に向かったということがミジックの知るところとなるだろう。
 今までの聞き込み、そして今日の情報屋。全ては餌だ。これで、ミジックは本気で自身の地位を脅かそうとする者が現れたと知るだろう。そしてそれは彼にとっては初めての経験の筈だ。これまでも、ミジックに耐えきれずに喧嘩を売った者はいたにはいただろうが、あれほどの権力を持っているのだから、決定的な打撃は与えられず、返り討ちに遭ってしまったのだろうと思う。
 それは気の毒に思うが、だからといって奏たちに何かできるわけではない。出来るのは、今後不利益を被るであろう人々を救うために努力することだけだ。ミジックを懲らしめることができたら、かつてミジックに挑み敗れ去った者たちの溜飲も下がるだろう。
 奏もミューラも、この場にはいないが太一も、シーヤックに来て普通に過ごせていたら、ミジックの横暴など知らずに街を去っていた。このような行動は起こさなかったと断言できる。ウェンチア島はリゾート。三人ともリゾートを満喫するのが最大の目的だったのだから。全ては偶然の産物。何の因果か知り合った夫婦を気に入り、その夫婦がミジックに迫害されているから、助けたいと思っただけだ。
 今回のミジックの相手は本格派だ。少女二人はAランクに匹敵する実力を持つ上に太一は桁が外れている。故に示威行為が通用しない。そして情報屋を利用したことで、本気度がいよいよ知れるだろう。更にはそれらがミジックに伝わることをあえて望んでプレッシャーを掛ける手段にする程度には頭も回る。あからさまな敵対に微塵も怯んでいないことも印象づけられる。ミジックの目をテイラー夫妻から太一たち三人に移すことが出来るのだ。そして、聞き込みと情報屋という餌にはもう一つの狙いがあったのだが、それは確実ではないためあまり期待していない。情報屋がきちんと仕事をしてくれば、それをもってミジックの土台を支える貴族を叩くことで一定の効果は得られるため、現時点でも勝算はある。餌に込められたもう一つの狙いが現実になれば勝率は上がるが、不確定事項に依存するような足元がおぼつかない作戦は立てていない。
 そして何よりも、奥の手は三人が持つジルマール始め王国重鎮とのコネだ。これを利用すれば、作戦全てが泡沫に消え去っても、テイラー夫妻を救い、引いてはシーヤックを解毒することが可能だ。端からこれに頼っていては解決能力が身に付かないために奥の手としているが、全ての目論見が違えた場合、このカードを切ることに躊躇いはない。ミントの人生が懸かっているのだ、プライドどうこうの話ではない。

「さて、イーダサとコセイは何をしでかしてるかしらね」
「そうだね。どんな不正行為が出てくるかな」
「多分呆れるほど出てくるわよ」

 二人は情報屋が仕事をしてくることに疑いをもってない。此度の情報屋はギルドから直接紹介されたのだ。
 情報屋が得る売り上げの数パーセントをギルドが受け取る仲介業のようなものをやっているのだ。下手な業者は紹介できない。最悪その業者だけでなく、ギルドも信用をなくし、冒険者が寄り付かなくなる可能性もあるのだ。そうなってしまうと、その街は冒険者に頼れずに自分達でなんとかせざるを得なくなる。そのギルドの関係者は全員で責任を取ることになるのだ。
 三日後が楽しみだ。宿に戻った奏とミューラの報告を聞いた太一はそう言った。これで、ガルレア家に、引いてはミジックに打撃を入れられるチャンスが生じる。万事を上手くやれたら、テイラーとミントを、呪縛から解放できるのだ。
 そして、運が良いのかなんなのか。どうやら風は太一たちに吹いているらしい。事態は思わぬ方向に好転することになる。期待していなかった、餌の最後の狙いが、現実となったのだった。
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