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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第三章:ウェネーフィクスの乱

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エレメンタル・シルフィード

 戦場のあちらこちらで、同時にその現象は観測された。
 誰何を問う必要すら感じない、桁違いの魔力。それが召喚術師の少年のものであると、敵も味方も関係無く、知るところだった。
 戦場の端から端まで届くその莫大な力。
 それが、一瞬にして収まったのだ。
 ある者は「何事か」と声をあげ。
 またある者は突如途切れた魔力に驚き、主の無事に心を配る。
 この戦場において唯一、命を失う危険を持たないその少年。
 そんな彼を脅かす何者かが現れたのかと、王国側も貴族側も、思わず息を呑んだ。
 もしそんなことになれば、貴族兵が狂乱したどころの騒ぎではないのだ。
 だが、幸か不幸か。
 少年に向けた心配は杞憂に終わった。
 その少年が発生源と思われる、更に強い力が、戦場を包み込んだ───





◇◇◇◇◇





 フル回転させていた足を、思わず止める。
 急に速度を緩めて立ち止まった奏に追随して、スソラも止まった。
 エレメンタル・シルフィード───
 奏の耳が正常に機能しているなら、太一は確かにそう言った。
 エアリィはどうしたのだろうか。たまに嫉妬するほど太一と仲の良い風の上級精霊。
 太一から放出される魔力が弱まったことから、召喚していたエアリィを一端引っ込めたのだというのは分かる。その理由までは分かりかねるが、奏は召喚術師ではないし、現場にいなかったのでなんともいえない。何らかの事情があったのだろう。
 再度召喚するのだとして、何故エアリィと喚ばないのか。奏が知る限り、太一が召喚出来る精霊はエアリィただ一人だったはず。
 新たに契約した精霊がいたのだとして、太一がそれを黙っているだろうか。奏はもちろん、ミューラとレミーアにも明かすはずである。
 それとも、戦争中に別の精霊と契約したのだろうか。
 思考の迷路の中、奏は限りなく正解に近付いたのだが、当人はそれに気付いていない。
 太一は強烈な魔力を込めた左手を天に掲げたまま静止している。彼にはひっきりなしに貴族兵が襲いかかっていたが、ある一定の範囲に侵入した途端、まるでバットで打ち返されるボールのように弾かれている。
 どうやら凄まじい力場が太一を覆っているようだ。

「どうしたんだ、あれハ……」

 奏と同じく皆目見当がつかないのだろう、横でスソラが呻いた。

「私にも分からない……」

 あのような光景は初めて見る。エアリィを喚んでいればあのようなことも出来るのだろうが、今、太一の周りに精霊はいない。
 つまり召喚術の課程で、既にそれだけの力が発揮されているのだ。
 ぞくりと、奏は背筋が震えた。
 何か、とんでもないことが、起きそうな気がする。
 凄まじいものを、目撃するような気がする。

「……いいか?」

 ふと、太一が虚空に向かって声を投げ掛けた。その先には、奏たちには見えない精霊がいて、太一の声だけは届いているのだろう。

「分かった」

 数秒後、頷きながら再び発言した太一。
 天に向けられたままの左手を握り締め、太一はその手を、ゆっくりと振り下ろした。

「我が前に姿を現せ。シルフィード、具現化」

 奏の予感が的中する。
 世界が、淡い緑色の光に包まれた。

「!!……っ!」

 声にならない声をあげて、スソラが硬直した。
 それも、当然だろう。奏には彼女の気持ちが嫌という程よく分かる。
 奏も、全く同じだったから。
 放たれている圧力は、本当に尋常ではなかった。
 不可視の暴風。これを的確に言葉であらわせと言われたら、そう答える。
 実際に風が吹いている訳ではない。奏の長い髪が、ぴくりとも揺らがない。
 太一からは欠片も敵意を感じない。それどころかこちらを慈しむような気持ちさえ感じる。この見えない暴風に乗って、伝わってくる。
 では何故、膝をついてしまいそうになるのか。
 上手く説明はできない。天敵の毒蛇を目の前にした憐れなカエルは、半ば本能的にその場で硬直するという。
 そんなことを頭の隅で考えて、奏は合点がいった。
 そうだ。これは本能だ。
 無意識にでも頭を下げたくなるような、本能のようなものが働いているのだ。
 そして、そう感じた根拠が正しかったと、奏は思う。
 天からふわりと舞い降りる、一人の女性。
 少女と言っても良いその姿。年の頃は奏や太一、ミューラと同じくらいか。
 奏は、今日ほど日本語が不便な言語だと思ったことはなかった。天を舞う少女を表現する適当な言葉が出てこないのだ。
 人では、どれ程手を加えようと再現できないであろうその美しさ。引き合いに出すのは申し訳ないが、エルフをも上回っているだろう。
 淡い銀色の髪は薄いエメラルドを含んでおり、膝裏まで伸びている。
 すらりとした均整のとれたボディ。その身体には、シルクのような白地の布を柔らかく纏っている。
 そして、その顔立ちには、見覚えがあった。
 そう。あれは。

「この姿で会うのは初めてね。たいち」

 まるで生き別れの兄妹のような表情で見つめ合う二人。
 ちくりと、奏の胸に小さな針が刺さる。

「やあ、さっきぶりだな。エアリィ……いや、シルフィード」
「うん」

 そうだ。あれは、エアリィだ。
 全てがカチリとはまる。心に生じた小さな、しかし鋭い針は見ない振りをして、奏はスソラを促し、二人に近付く。いつの間にか圧力が消え、動けるようになっていた。慌てる必要を感じない。貴族兵たちは脅え震えて、動けずにいた。どうやら奏とスソラだけが解放されたようだ。

「太一」

 奏はもう一度、彼に呼び掛ける。

「奏……」

 太一は顔をこちらに向け、心底ホッとした様子で答える。
 そして、奏は人生で一番狼狽するという経験を味わった。

「え? ええっ?」
「ごめん。俺がバカなばっかりに、怪我させちまった」

 何が起きているのだろう。
 自分ではない温もりを、服越しに感じる。
 太一に抱き締められていると頭が理解するまで、少なくない時間を要した。
 背後から「おーおー熱いネー。若いネー。見せ付けるネー」とからかう声や、「むー……」と膨れた声が耳に届くが、奏は無意識にそれらを丸めて脳内のゴミ箱フォルダに投げ込んでいた。
 そしてそれを自覚し、インフルエンザに罹患した時以上に顔が熱くなった。

「た、太一、人が見てるから」
「もうちょい」
「ぅ……っ!」

 もうちょいってなんだ、もうちょいって。
 そろそろ顔が自然発火するので離して欲しい。しかし、いざ離れる時は名残惜しく感じるのだろうな、と、なんだかんだで現金な自分がいると更に羞恥を加速させた。
 暗殺騒動があった夜が思い出される。あの時は自分からかなり積極的に迫った。なのに、いざ太一から来られると抗体が全く存在しない。

「無事でよかった、本当に」
「う、うん……」

 ようやく満足したのか、太一が身体を離す。太一の両手は、奏の両腕を掴んだまま。予想に違わず名残惜しく感じてしまい、現状と、抱き締められたという事実が頭の中でぐちゃぐちゃに渦を巻き、結果、太一の顔を直視できない原因となった。

「クフフ。今宵は季節外れの熱帯夜になりそうだネ」
「スソラっ!!」
「おお、怖い怖イ」

 けたけたと笑うスソラ。彼女と共に戦ったからこそ、奏は無事でいられたのだろう。

「サンキューな、スソラの姉さん」
「うんにゃ、死にたくないからネ」

 スソラは右手をひらひらと振って、礼には及ばないと態度で示した。

「ところで坊や、そこでスネてる別嬪さんはほっといていいのかナ?」
「うえっ?」

 言われて振り返る。頬を膨らませて明後日の方向を向いたシルフィード。

「し、シルフィード?」
「つーん」

 口でつーんて。
 太一は、思わず笑みを浮かべる。
 彼女は、あの子でもあるのだ。
 根っこには、あの子が確かにいる。
 嬉しくなってしまった故の笑みだった。

「アタシはいらないのかな」
「そんなことないよ」
「でも放置されたし」
「そんなことないって」

 膨れたままのシルフィード。「タラシだネ……」という不名誉な言葉は意図的にスルーする。奏が「ほんとにね……」と同意したのにも気付かないフリを決め込む。

「機嫌直せよシルフィード」
「……」
「おーい?」
「……シルフィ」
「ん?」

 そっぽを向いたまま言うシルフィード。
 凄まじいデジャヴ。

「ニックネーム」
「あ、ああ。シルフィ?」
「……」
「シルフィ」
「うん」

 はにかむシルフィードもといシルフィ。これがエレメンタル。随分子供っぽいところがあるんだな、と太一は正直な感想を抱いた。

「ねえ太一。説明してくれる?」

 さっきまでの浮わついた気持ちをようやっと抑え込んだ奏が、太一にそう言った。
 問い掛けた奏も何となく予想はついてはいる。エレメンタル。そしてシルフィード。この二つの名前と、上級精霊であるエアリィを上回る存在感。
 それらの要素は、奏の予想をなぞることになるだろう。

「彼女はシルフィード。四大精霊の一人だ」
「……っ」

 スソラがごくりと喉を鳴らした。
 やはり。
 分かっていた。分かってはいた。
 この尋常ならざる空気を纏う女の子が、只者ではないことくらいは。
 四大精霊。
 この世界アルティアには、四つの要素がある。
 現代魔術の基礎となるそれは、火、水、風、土の四属性だ。現代魔術は、それぞれ該当する属性の精霊から力を借り受けることで行使が可能になる。この世界にはたくさんの精霊がおり、その中で魔術使用者に一番近い場所にいる精霊が応じる。
 これまで奏が使用してきた魔術の数々も、発動の原理はすべて同じ。種族や魔力量、魔力強度に影響されることはない。
 精霊魔術師には出会ったことは無いが、現代魔術とは全く原理が異なる。使える属性は現代魔術に比べて制限されるが、威力が跳ね上がるのだ。
 ユニークマジシャンを除けば、全ての魔術師は精霊と深く結び付いている。普段から、それを意識しているしていないに関わらず。
 そして、エレメンタル。
 属性ごとに存在する精霊を束ねる王のようなものだろう。
 火ならばサラマンダー。土ならばノーム。水ならばウンディーネ。
 日本でもゲームなどでお馴染みの精霊。
 そして、目の前にいるのは四大精霊、風のシルフィード。
 風属性の全ての精霊の頂点に立つ少女である。
 今でこそ普通に接しているが、彼女の存在感の大きさは、先程味わった。あれでも、恐らく片鱗だろう。何せ、太一は彼女を喚び出し、そして具現化させただけなのだ。何かの術を使ったりしたわけではない。

「……まさか、生きてるうちに四大精霊に会うとは思わなかったヨ」

 月並みな驚きの言葉も当然。それ以外に表現のしようがない。
 何気に、この世界の人間で四大精霊に出会ったのはスソラが初めてなのだ。

「アタシも、人間に出会うのは初めてよ。まあ、エアリィの時の記憶を呼び戻せば、そうじゃなくなるけれど」
「そこ。貴女は、エアリィとどんな関係なの?」

 パッと一目見て、エアリィだと思った。エアリィがもう少し成長し、人間と同じスケールの姿になればこうだろうな、という予想をそのまま実体化させたような姿なのだ。

「えっとね。アタシ、自分の力と人格を封印していたの。だから幼かったし、身体も小さかったのよ」

 何故封印していたのか。それを訊ねると、「まあ、色々あって……」と濁されてしまった。精霊にも悩みのひとつやふたつあるだろう。言いたくないなら掘り下げない方が良い。

「今のアタシは、エアリィなんだけどエアリィじゃない。あの子の時の人格も記憶も確かに持っているけれど、アタシはアタシよ」

 説明をしながら首を傾げはじめてしまったシルフィ。自分でも何を言っているのか、伝わるのかと疑問に思ったらしい。
 何となくだが、シルフィが何を伝えたかったのかは理解できた。

「かなで。あなたのことはエアリィの記憶でよく知ってる。だからあなたも、アタシに対してはエアリィと同じように接してくれて良いわ」

 本人が良いと言うのならそうさせてもらうことにする。
 しかし。

「なんというカ。風の精霊の頂点のはずだけど、随分フランクだネ」

 それは奏も思っていた。存在としての格は明らかにシルフィの方が上のはずだ。が、今のやり取りを考えても、クラスメイトや友人と話している感覚しか覚えない。

「そんな崇められても困るもの。今みたいに直接会話が出来るようになってる今は特に」

 どうリアクションしたらいいのか分からない、とごちるシルフィに、三人揃って「なるほど確かに」と納得した。

「よし。シルフィ。そろそろ片を付けるか」
「そうだね、たいち」

 一通り会話が終わったところで、太一がそう呼び掛けた。
 はっとする奏とスソラ。そうだ、今は貴族兵が狂戦士となっているのだ。この一帯はシルフィの影響下にあるのだろうが、戦場は今やかなり広がりを見せている。シルフィというとんでもない存在を目の当たりにして頭から抜け落ちてしまっていたが、今は緊急事態だ。
 急に慌て出した奏とスソラに、しかし太一とシルフィが「大丈夫」と口を揃える。

「大丈夫って……どういうこと?」
「シルフィが、もう止めてる」

 事も無げにそう言う太一。
 止めている?
 貴族兵を?
 「全員止まってるの?」と確認する奏に、太一は「そうだよ」と応じた。
 信じられない。この戦場、どれだけの広さがあると思っているのか。

「指向性を持たせて、威圧してる。貴族兵だけが、止まってるよ」
「威圧……?」
「貴族兵だケ……?」
「ん。やつらは本能に近い状態にあるから、その本能に訴えかけるように威圧するんだ」

 さらりと言っているが、それがどれだけ凄まじいのか、彼は分かっているのだろうか。
 ……いや、分かっていないだろう。出来るからやった。その程度の認識のはずだ。

「後は妖気を洗い流すだけだな」
「うん」

 太一がシルフィに左手を向ける。
 シルフィが太一に右手を向ける。
 フランクなのは態度だけだった。
 魔力のやり取りが行われた途端、まるで押し潰されるかと思うほどのエネルギーがシルフィの周囲を渦巻く。
 これが四大精霊。
 風を統べる者の力。
 奏には分かる。シルフィは、半分も力を出していない。太一がシルフィに与えた魔力の強度が、およそ三〇前後。
 この時点で、エアリィを七〇の力で召喚した状態を遥かに上回っている。
 人間離れという言葉では生易しい。
 怪物?
 いや、そんな可愛い生き物ではない。
 これではまるで。

「かなり優れた妖術だけど、アタシなら簡単に止められる」

 呟いたシルフィが、右手を天に向け、半円を描きながら戦場の中心に向けて突き出した。
 シルフィが纏っていた、緑色に明滅するエネルギーが、猛烈な速さで広がっていく。思わず身構えてしまった奏とスソラをも包み込んで、その勢いは留まるところを知らなかった。
 暴力的なまでのエネルギーの奔流。その実、触れるととても柔らかく、温もりさえ孕んでいた。

「これは……」
「あったかイ……」

 貴族兵も、王国軍も、何もかもを覆っていく優しい力。
 実害のない竜巻とでも呼ぼうか。役目を終えたのか、徐々に薄くなり、散っていく。
 幻想的な光景を呆然と眺める奏とスソラ。それは彼女たちだけではなく、今この瞬間、正気だった者全員に、等しく起こったことだった。
 そして、劇的な変化は、これだけに留まらない。

「あれ?」
「俺、何してたんだ?」

 あちらこちらから届く、戸惑う声。声の主は、つい先程まで暴走していた貴族兵によるものだった。

「正気に戻った……?」

 その呟きは、誰が発したものだったか。
 いや、誰の言葉かは重要ではない。気にするべきは、あの悪夢が終わった、ただ一点だ。

「ね? 簡単でしょ?」

 シルフィは、誰かに聞かせるためにその言葉を言ったわけではない。しかし結果的に、戦場を包み込む大歓声開始の合図だった。

「終わった! 終わったぞ!」
「た、助かった!!」

 地獄絵図が終わったことを喜ぶ王国軍兵士たち。狂戦士化していたときの記憶は無いのか、そこかしこで無防備に喜ぶ王国側の兵士たちを見て、何がなんだか分からない、と戸惑う貴族軍。劣勢だったとはいえ、まだまだ戦える者も多いのだ。しかし敵軍であるところの王国軍は、まるで戦に勝ったかのように喜んでいた。
 無邪気に人が喜ぶ姿は、自然と顔に笑みを浮かばせるもの。その例に漏れずに自然と顔をほころばせていた奏とスソラ。あれだけの出来事が、本当に嘘のようだった。

「太一。これで、終わったの?」
「ん? ああ、終わったよ」

 勝ちも負けもない戦になった。そこかしこで、もはや王国軍も貴族軍も関係なしに喜ぶ姿が見てとれる。
 その輪には加わっていない貴族兵も、既に戦意は持っていないようだ。
 太一は、本当にすごいことをやってのけた。

「さて。第二段階だな」
「え?」

 これ以上、することがあるというのか。
 太一が何をしようとしているのか分からない。だが彼はお構いなしに、再びシルフィに魔力を与えた。

「シルフィ、声どこまで届く?」
「んー? ご所望とあらば一〇マイル先まで」
「いやそんなにいらね」
「冗談よ」
「だよな」
「本気でやれば一〇〇マイルはいくもの」
「……」

 直線距離で凡そ一六一キロメートル。この世界では並外れた通信手段だろう。
 未だに主流は伝令なのだ。
 無線通信に比較的近いことをしているのは、奏のソナー魔術だろうか。

「この戦場で届けばいいから!」
「それだけでいいの? なら寝てても出来ちゃうな」

 精霊が寝るのかよ……という太一の愚痴を見事に黙殺し、シルフィは人差し指に光を点し、指で小さく弾いた。緑色に瞬く光の球が浮遊する。

「はい。この光に向かって話しかけてみて。戦場全体に太一の声、届くよ」

 マイクのようなものだろうか。それなら分かりやすい。太一はその光を口元に取り寄せた。

「聞こえてるか! ドルトエスハイム公爵!」

 ビリビリと世界が震える、天から大地に放たれる、とんでもない大きさに拡声された太一の声。

「あんたに与える選択肢は二つ! 今すぐに降伏するか、さもなくば俺と決闘するかだ!」

 太一と決闘など、正気の沙汰ではないだろう。シルフィを従える太一相手に決闘を挑む者がいたなら、その者は間違いなく勇者だ。まあ、無謀者とも言うのだが。

「あんたが勝ったら、この戦争貴族軍の勝ちでいい。どっちも選ばないってんならもう知らん」

 一見好条件に思えるが、実は酷いものだ。選択肢を選ばなくても負け。選択肢のどちらを選んでも負け。
 要は、貴族に勝たせるつもりなど毛の先すらないのだ。

「三分経ったら答えを聞きに行く。よぉく考えろ!」

 最後にそれを言い放ち、太一はマイク代わりの魔力球を消滅させた。
 ふう、とため息をつく太一を、誰もが呆然と見つめている。

「太一……あれは、条件にすらなってないよね?」

 考える時間が三分しか与えられない上にあの条件。あれでは選ぶという言葉は不適切だ。
 どんなつもりで今の条件をドルトエスハイムに突き付けたのか、奏はそれを聞いてみたかった。

「あーうん。チャンスなんかやるつもりねぇし」

 やはり確信犯だった。

「いやな。最初っからこうしときゃ、良かったんだよ」

 太一が、ぽつりと言った。

「俺とエアリィなら、単独でドルトエスハイムんとこ乗り込んで、拉致って城まで連れていくことも出来たんだよな」

 とんでもなく強引な手段だが、太一ならではの方法だ。奏でもレミーアでもミューラでもそうは行かない。太一の専売特許である。

「結局そうしなかったばかりに、戦死した人も結構いると思う。俺がワガママなばかりにな」

 防げた犠牲だと、太一はそう言いたいのだ。

「だから、俺は。もう遠慮するのは止めたんだ」
「……」
「もちろん何でもかんでも首を突っ込む気はないけどさ。少なくてもこういう時に役に立つ力を持ってるんだから、使わないとな、って思うんだよ」

 これが太一の答え。
 確かに彼の力なら、常人には出来ないことを軽々とやってのける。
 憧れすら持つこともできない圧倒的な力。太一だからこそ出せる答え。
 奏は、太一の視線を正面から受け止める。

「支持するよ」

 表情を緩めてそう答えた。

「え?」
「答え、出たんでしょ?」
「あ、ああ」
「だったら、支持する」

 まだ、彼の中ですべてが解決した訳ではないのだと思う。それでも、何となくスッキリとした太一の表情。その裏では、奏にも分からない苦悩があったはずだ。相談されなかったのは少しばかり悔しいが、太一にとっては人に話しにくかったのだろう。
 奏にだってそういう悩みはあるのだから、相談されなかったことをとやかく言うのは筋違いだ。
 今は、悩んだ太一を労うのが先だ。

「私は、太一の味方」
「お、おう……ありがとう」

 照れ臭そうに後ろ頭をかく太一。そのお陰で、奏は恥ずかしさを抑えることができた。

「応援するから、私にできることがあるなら何でも言ってよ?」
「ん。頼りにしてるよ奏」
「うん」

 と、馬にまたがった騎士が一人太一のもとへやってきた。
 彼はやおら馬を止めると、ゆっくりと下馬して太一を見据えた。

「タイチ・ニシムラだな」

 びしりと声をかけられ、太一は頷いた。

「ドルトエスハイム公爵からの伝言をお伝えする。『この戦、貴族軍は全面降伏する』とのこと。当降伏宣言は、スミェーラが保証している」
「……」

 その言葉をどのような基準で受け入れればいいのか、太一は即座に判断しかねた。彼が貴族側、或いは第三者の間者である可能性は否めないのだ。
 この戦の勝敗を一手に引き受けると宣言したのだ。責任は重大だ。誤った判断は折角治めたこの場を台無しにしかねない。
 最悪シルフィに手伝ってもらって、両軍の動きを止めてしまえばいいのだが、出来れば穏便に締め括った方が後々楽だろうとも思うのだ。
 太一の返事を待つ伝令。
 言葉を脳内で選び続ける太一。
 責任が重いからこその沈黙。
 しばらく考え込んで、そもそも、という点に辿り着く。降伏勧告に対する答えを自ら聞きに行く、という形を取ったのは、確実な情報を得るためだ。戦略だの駆け引きだの、そういったところからは無縁だと自己評価している太一。そんな太一に出来るのは、チート能力を使って力づくで喋らせること。脅迫ではある。だが知略を持たない以上、やむを得ない。先伸ばしにしたり躊躇ったりすれば先ほどの二の舞となるのは必至だ。

「伝令を介してじゃなくて直接本人から言葉を聞きたい。ドルトエスハイム公爵んとこまで案内してくれ」
「……公爵閣下の言葉を疑うのか?」
「ちげーよ。俺が信用なんないのはあんただ。下っ端の使い走りに用はないって言ってんの」

 太一の挑発的な言葉に、怒りで顔を歪める伝令の男。
 だが、彼は耐えた。彼が降伏を勧告したのはドルトエスハイム公爵。その言葉の時点で、彼は公爵以外のいかなる者とも話す理由はないのだ。
 彼が一介の兵士ならば、相手にもされないだろう。
 しかしドルトエスハイムが直接話をする理由も価値も、この少年は持ち合わせる。それは単に降伏を勧告されたからではない。召喚術師から勧告をされたということに意味がある。
 と。太一は強い生命力を二つ感じた。
 その方向に顔を向けると。
 先頭を歩く初老の男、その背中に槍を突き付けながら、馬に乗って進む王国軍最高司令官の姿。

「スミェーラ。お前の言った通りだったな」
「私が彼の立場なら、直接会わないと納得しないでしょうから」

 スミェーラの顔はよく知っているが、もう一人の男のことは初めて見る。だが身体から滲み出る、只者ではない空気から、太一は彼こそが公爵だと当たりをつけた。
 奏とスソラに目配せする。手出しは無用、と。

「少年が召喚術師か。会いたかったぞ」

 ずっしりと、鉛のような声。

「あんたが公爵か」
「うむ」

 本来は敬意を払うべき相手なのだろう。しかし立場としては敵軍。今彼に対して必要なのは、降伏を迫ることだ。

「貴族軍の暴走を止めたのは君かね」
「そうだけど」
「ほう……興味がある。どうやったのだ」
「どうもなにも。ただ魔力を叩きつけて貴族兵にかけられた術を吹き飛ばしただけだ」

 魔力で術を吹き飛ばす。よほど力量に差がなければ不可能なカウンター技。単純明快な答えが、太一の非常識さを際立たせる。
 今交わしているのは無駄話。太一はそれも多少なら構わないと思っている。目の前にいる以上、取り逃がすというのは万が一にもありえない。
 第一、彼はスミェーラの槍をずっと向けられているのだ。

「術を吹き飛ばす……か。随分と強引だな」
「止めれれば方法なんて何でもいいよな」
「うむ。違いない」

 目的と手段を履き違えないのが大事だ。
 格好だけつけて効果が無いことの方がよっぽど情けない。

「ところで。井戸端会議に付き合ってもいいんだけど、答えは用意してるんだよな?」

 まあ、スミェーラに槍を向けられるということを許容している時点で、彼の答えは決まっているだろうが。

「無論だ。それにしても少年。君は目上に対して随分と不遜だな」
「そりゃあ、あんたとは敵として会ったからな。味方として会ってたら敬意くらい示してた」
「どうだかな。それだけの力があれば、ジルマール陛下に対しても敬意など必要あるまい。その気になれば実力でこの国を制圧出来るだろう」
「まあな」

 ドルトエスハイムが核心として迫った言葉に対して、躊躇いもなく肯定した。三大国家では敵にならないという宣言だ。

「何故それをしない」

 全員とは言わないが、力があればそれに匹敵する野心を持つ者が多い。太一がどの程度の野心を持つのか、ドルトエスハイムは気になっていた。

「何故って。国なんか手に入れたってめんどくさいだけじゃんか」
「は……?」

 手に入れることはできる。それを前提で、国を制圧するのを面倒だと言った太一。ドルトエスハイムは目を丸くする。

「手に入れた後、責任取んなきゃなんないじゃん。忙しくって昼寝も出来なくなるだろうし」
「好きなように独裁すれば良かろう」
「やだよ。何で好き好んで人に嫌われることせにゃなんないんだ」

 それが、国を奪ったものに与えられる特権だというのに。
 いや、それよりも。
 国を獲るという誘惑が、昼寝という誘惑に負けた。
 その事実がゆっくりとドルトエスハイムの頭に溶け込み、彼は大声で笑った。

「くっくっく……。君は面白い。やはり特別な者、凡人には分かりかねるということか」
「それは違います。ドルトエスハイム公爵閣下」

 すっと流麗な足取りで太一の横に並んだ奏が、はっきりとした口調で一言そう告げた。

「ほう。随分としっかりした娘だ」
「ありがとうございます」

 太一と違い、何となく敬語で話す気になった奏である。

「して、違うとはどういうことかな」
「私たちは、元の世界では一般人でした。私も、フォースマジシャンの力を持っていますが、努力もせずに得た力で他人から何かを奪うのは躊躇われます。私たちはどちらかといえば小市民です」
「……なるほどな。そういうことにしておこう」

 納得したかどうかは別にして、ひとまずは奏の言葉を受け入れるようだ。
 自分らが小市民だというのを譲るつもりはない。単なる小市民が、強い力を得ただけなのだ。

「じゃあそろそろ答えを聞かせてくれよ、ドルトエスハイム公爵」

 井戸端会議は十分だと、自分の言葉に込めて言う。そう問われた彼は微笑み、頷いた。

「私の名において、貴族軍の無条件降伏を宣言する」

 マーウォルトの会戦は、ドルトエスハイム公爵による敗北宣言によって、その幕を下ろした。




「よーし。戦争は終わりっと。じゃ、もう一人に落とし前をつけるとするか」

 これで終わったと思っていた太一以外の者たちは、その言葉に首をかしげる。戦が終わったのに、何をしよういうのか。

「タイチ、カナデ」
「あっ! レミーアさん、ミューラ!!」

 やるべきことが終わったのか、ちょうどレミーアとミューラがこちらに姿を現した。二人ともところどころ怪我をしているが、見た限りでは軽傷のようだ。
 目に涙を浮かべて二人に近寄る奏。
 戦場を縦に三分割し、その右翼側と左翼側に分かれていたためにずっと安否が分からなかったのだ。

「カナデ!」

 抱き合う美少女二人に、少し離れたところでそれを見ていた太一は「眼福眼福」とおっさんのようなことを言っていた。

「タイチがいるから大丈夫だろうと思っていたが、まあ、無事でよかった」
「私も、安心しました。ずっと、様子が分からなかったから……」

 お互いに無事を確認し、ほう、と安堵のため息をつく三人。

「カナデ。タイチは……何をしてるんだ?」

 まあ太一が無事なのはある意味では当然。それでも心配していたのだろう、少し離れている太一に視線を向けたレミーアが、不思議なことをしていた。
 指先で虚空をなぞっている。まるで何かを測るように。

「分かりません、何か、もう一人に落とし前をつけるとか……」
「もう一人、か。……なるほどな」

 少し黙考し、合点がいったようで頷くレミーア。一方の奏は分からないままだ。太一は誰を指しているのだろうか。
 奏が分からぬのも無理はない。この場でそれを理解しているのは、レミーアを除けばスミェーラとドルトエスハイムのみなのだ。

「レミーアさん……タイチの横にいる子……気にならないんですか?」
「ああ、気になるとも。だが躊躇われるな。……どんな答えが返ってくるのか恐ろしい」
「ああ……」

 気になって仕方ない、という様子のミューラと、触れるのが恐い、というレミーア。太一の横にいるのがエレメンタル、風のシルフィードと聞いたら、どんな顔をするのだろうか。

「カナデは、知っているか?」
「はい」
「どう、なの?」

 話す分には普通だが、正体はとんでもない。微妙な顔をする奏に、「やっぱりいい」と口を揃えるレミーアとミューラ。

「よし、シルフィ。このくらいの距離だな?」
「うん。ねえ、ホントにやるの?」

 そんなやり取りが聞こえてくる。いつの間にか太一を中心に出来る輪。この光景に、奏は郷愁を覚えた。
 思い出されるのは、とある日の教室の光景。

(そっか……あの時も、そうだった……)

 奏とて、何の理由もなしに男の子を好きになることは殆ど無い。一目惚れというのもあるそうだが、それを経験する前に、太一に対し、生まれて初めて本気で恋をした。
 その理由が、ふと脳裏によみがえったのだ。

「あれだけの人を傷つけたんだ。報復される覚悟くらいは出来てるだろ」
「でも、たいちがやらなくても……」
「俺じゃないと出来ないし、今逃がすとまた同じことやるぜ」
「……背負うんだね?」
「……ああ」
「そう……アタシは、たいちが望むようにするだけだよ」
「サンキュー、シルフィ」

 そう返事をした太一は身体を明後日の方向に向けた。ウェネーフィクスの正門から向かって左。方角は地球の単位で北西。

「イニミークス。逃がしゃしねーよ」

 右手の剣を振り上げ、振り下ろす。
 遥か数キロ離れた大地に、極大の光が天から叩き付けられる。
 青白い光が網膜を侵し、皆反射的に目をつむった。
 二〇秒。太一が地面に落としたのが落雷だと、空気が加熱されて放たれる轟音が教えてくれた。
 四大精霊と契約した希代の召喚術師がメインとして使用したと後世まで語り継がれる雷魔法『トールハンマー(雷神の鎚)』が、最初に登場した歴史的瞬間だった。
 その威力は筆舌に尽くしがたく、一撃で龍さえも撃墜すると言われる。

「……標的、沈黙」
「……そっか。これで、本当に終わりだな」

 数多の歴史書が記すこの瞬間だが、使用者の太一が苦い顔をしていたと正確に記しているものは、一冊として存在することはなかった。
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