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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第三章:ウェネーフィクスの乱

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マーウォルトの会戦 九

「今度はさっきの比じゃないヨ!」

 大上段に振りかぶった戦斧を、スソラは思い切り振り下ろさんとしている。
 魔術剣ならぬ魔術斧と、奏は暫定的に命名した。先程と同じように、大地を走る何らかの魔術が奏目掛けて迫るだろう。
 この魔術の凄まじさは、初動が恐ろしく速いこと。彼女が繰り出す通常の魔術に比べて明らかに速い。
 戦斧を介しなければ撃てない、連射はできないという制限はあるものの、それを補って余りある利点だ。連射については奏の推測ではあるが、それが可能なら既に連射しているだろう。有効な手を打てるのに打たない道理はない。
 奏としては速さを全力で求めて、ようやく追い付けるか否か。信じられないほどに手強い相手。
 逆を言えば、これだけの手応えを奏にもたらせる相手はそういないのだ。戦えば戦うほどに分かるが、彼女との勝敗は引き分けに終わる可能性が非常に高いと奏は踏んでいる。力があまりにも拮抗しており、決定打がどちらも通らない。このまま時間が過ぎ、お互いに戦闘継続不可能。そんな形で終わるのではないか。
 そんなことを考えながら、奏も既に魔術を完成させていた。
 地面を這う魔術なら、地面ごと破壊してしまえばいい。
 火属性及び土属性融合魔術、焦熱の飛弾。言ってしまえば劣化溶岩弾だ。
 口にするのは容易いが、相手の魔術の威力と最低でも互角でなければ不可能な対抗手段。奏の才覚と能力があればこそである。
 高速詠唱に失敗しなかった。後はスソラに合わせて魔術を撃つだけである。
 二人の間に横たわる一瞬の静寂。

「っ!」

 二人が息を呑む音が発せられたのは同時だった。
 スソラは撃つ方向を。
 奏は撃つ方向と魔術を。
 咄嗟に変えて放つのもまた同時だった。
 スソラの魔術が近付いてきた貴族兵を吹き飛ばし、焦熱の飛弾をサスペンドさせた奏が水鉄砲で押し流した。
 そして周囲を窺い……予想以上の光景に思わず息を呑んだ。更にそれぞれの背後から迫る貴族兵に、振り返りつつバックステップをとった結果、奏とスソラは背中を預け合う体勢になった。

「なんなのこれは!?」
「あたしだって聞いてないヨ!?」

 二人の視界に映るのは、目が血走り、口の端から泡を吹いて唸る貴族兵たち。
 尋常でない光景に、二人は警戒心を強める。奏は経験不足だからこそ。スソラは経験豊富だからこそ。二人の背景は違うものの、状況を把握しようという結論は同じだった。

「聞いてない? 貴族側の差し金じゃないの?」
「こんなのが手段にあるなんて一言も言われなかったヨ」

 スソラは知らない、ときっぱり言った。
 八方を完全に囲まれている。蟻の通る隙間すら存在しない。今にも飛びかからんとする貴族兵。ここまで囲まれてから気付くとは。思った以上に戦いに夢中になっていたことに、奏は思わず舌打ちをしそうになった。同じことを考えていたのだろう、スソラが己の不注意を毒づいたので、それでよしとすることにした。

「どう考えても、これは貴族側が発端だよね」
「それが妥当な線だナ」

 貴族兵が皆狂っている。ドルトエスハイムの人となりは会ったことがないので分からないが、スミェーラの性格を考えれば、このような手段を取るとは考えられなかった。

「ここは、一時休戦といこうよ」
「お断り……と言いたいとこだけど、確かにこれは続きどころじゃないネ」

 奏は現有戦力を確認。魔力はもう半分ほど使っている。体力もそれに合わせて減っている。足の怪我も枷だ。
 結論、状況は芳しくない。
 唯一の救いは、スソラがいることか。今まで戦っていた相手に背中を預けるのは気が進まないが、彼女とて消耗は少なくないはずだ。一人でこの局面を乗りきるのは苦しいだろう。ここは共闘するのが利口なはずだ。

「ま、お互い死にたくないからネ。いいよ、あたしの背中をキミに預けるヨ」
「……貴族に雇われてるんでしょ? 契約は?」

 一応それも聞いておかねばならないだろう。だがスソラは鼻で笑った。

「これが意図的にしろそうでないにしろ、あたしまで狙ってくるなら契約は破棄するしかなイ。命あっての物種サ」

 それには全面的に同意する。どんなことも、五体満足で元気だからこそなし得るのだ。
 ならば、と。奏はふと思い付いたことを言ってみた。

「なら私に雇われない?」
「はイ?」

 初めて聞いたスソラの呆けた声色に、こんな状況ながら奏はくすくすと笑ってしまった。
 戦いながらもなんとなく感じていたことだったが、奏はこのバトルジャンキー女を嫌いになれそうにもなかった。

「私はこんなとこで死ぬつもりは更々ない。そしてそれは貴女も同じ。依頼内容は簡単、私と共に戦うこと。達成条件は生き残ること。どう? 悪くないと思わない?」

 瞬間目を丸くしたスソラだったが、やがて何を言われたのか理解したのだろう、今度は彼女の方が笑い始めた。

「クフフフ……ほんとに、キミはほんっっとに面白いネ。いいよ、その依頼受けよウ。報酬はあたしの命で手を打つとするヨ」
「あら。それだと値引き交渉はできないね」
「当然。その代わり、キミを五体満足で家に帰すと約束しよウ」

 戦う前から生還の約束など大言壮語もいいところだが、大口を叩きつつお互いを鼓舞するくらいで丁度いい。
 バーサーカーが相手だ。結果的な同士討ちの可能性も無視して津波のように殺到してくるのは目に見えている。なりふり構わない攻撃は流石の奏とスソラでも十分脅威となりうる。

「じゃあ、まずは太一のところに行こう」
「あの召喚術師の少年カ。その方が生き残れそうだネ。乗っタ」

 太一はエアリィを召喚しているようで、圧倒的な魔力を放出していた。探すまでもなく方角が分かる。見失おうにも見失えないだろう。
 奏が杖を両手で構え、スソラががん、と大地を戦斧で叩いた。

「あたしが前を担当するヨ」
「私がバックアップと背中を引き受ける」

 理性がないのに、小癪にも知恵は回るようで、全員で足並みを揃えて包囲網を狭めてきていた貴族兵たち。彼我の距離は三割ほど縮められていた。

「終わったらメシでも行こうカ!」
「生還記念にね!」

 景気付けに大声を出して。
 生き残る可能性を高めるため、二人はこの戦場において最強の戦力を持つ少年の元へ向かうべく作戦行動を開始した。





◇◇◇◇◇





 殴り倒しても。
 殴り倒しても。
 一向に数の減らない貴族兵たち。
 エアリィを呼び出しての強化。それは強化魔術と同じであり、しかしその効率と効果は魔力強化の比ではない。
 配分をかなり速度に割り振って、殺さないギリギリのラインで力を強化している。
 普通なら、これで通用するのだ。
 理性ある人間や、魔物でさえも通用する。
 その速度はもはや目で追えるものですらなく、ガチガチに固められた鎧の上からでも容赦なく衝撃が身体に通る。
 ここまで力の差を見せつければ、相手の方が戦意を喪失する。
 目で追えないスピードで戦場を駆け巡り、地に倒れ伏す騎士たち。
 味方がそんな状況に陥れば、嫌でも思い知るというものだ。
 だが、今に限っては、それが有効ではなかった。
 一時凌ぎにしかならないのだ。

「無事か!?」

 太一は近くで剣を振るっているマルケーゼに対して、大声で問いかけた。

「なんとかな!」

 即座に反応が返ってきて、まだまだ健在なのだとホッとする。
 しかしそれは、気休めにしかならなかった。
 斬り殺せる相手は容赦なく切り捨てているマルケーゼに対して、太一は相手が気を失ったり、怪我をする程度の攻撃しか加えていない。
 端的に言えば、敵の数を減らしているのはマルケーゼのみなのだ。
 太一の攻撃は、結果を見れば通用していなかった。
 我を忘れて襲い掛かってくる貴族兵は、痛覚が麻痺しているのか、いくら殴ってもじきに起き上がる。
 隙をついて倒れた貴族兵にマルケーゼが止めを刺してはいるものの、彼にも貴族兵が殺到しているので微々たる戦果だ。
 そうなっているのは、太一が相手が致死性の攻撃をしていないから。
 容赦なく相手を殺せればいいのは、太一自身が一番良く分かっている。この期に及んで殺害に対して腰が引けている自分に辟易しながらも、最後のラインを踏み越えられない。
 強化した状態で敵の攻撃を受けてみて、この戦場で自分が死なないと確信している。
 そう、例え全員が死んだとしても、太一だけは生き残っているだろう。
 結局、何も分かっていなかった。
 反省、反省と言い続け、己の甘さにあれだけ懊悩を重ねたにも関わらず、出た答えがこれである。
 あの時。マルケーゼとイニミークスを相手に遊んでいたあの時が、ラストチャンスだったのだ。
 とっとと終わらせるべきだった。
 奏の意志を尊重などと、尤もらしい言葉で先送りしている場合ではなかった。
 もっと言えば、この決戦が始まる前に、自分がドルトエスハイムの本拠に乗り込んで、さっさと捕まえてしまえば良かった。
 自分の力を正確に分析すれば、どれもこれも可能なのだ。レミーアが、奏が、ミューラが、スミェーラが、ベラが、パソスが、全力を出しても不可能なそれが、太一にだけは出来たのだ。この戦になる前に、片を付けることが出来た。
 全ては後の祭りだ。
 守る力は持っている。
 今できることは、覚悟を決めるだけ。
 同じ言葉でも、含まれる意味はまるで違う。
 口先だけの、言葉としての覚悟ではなく、求められるのは行動を伴った覚悟である。
 マルケーゼは、太一が敵を殺さないことに対して何も言わない。
 もちろん彼としては太一が貴族兵を殺してくれた方が助かる。しかし太一が圧倒的なスピードで敵を次々と殴り倒しているからこそ、自分が生き長らえていると分かるからだ。見捨てられる可能性があったことを考えれば、太一がマルケーゼを守る対象としているのは彼にとっては幸運だ。
 その上でまだ何かを求めるのは間違っていると頭では分かっている。
 だがせめて。
 欲を言えば、その速さでもって、敵を切ってくれれば。
 言わないし、顔にすら出さないが、マルケーゼは本心からそう思っていた。
 相変わらず、貴族兵の攻撃は留まるところを知らない。
 マルケーゼから向けられる、何かすがるような目。
 彼のことを助けたい。敵ではあったが、目の前でみすみす死なせたくはない。
 奏との距離は離れている。すぐに行かなければ。
 レミーアとミューラとの距離は更に離れている。マルケーゼと奏を連れて、すぐに行かなければ。
 だが、そうすることで、この付近にいる王国軍兵士はどうなる?
 太一が一人で引き受ける貴族兵の数は半端ではない。太一がこの場を離れれば、それらがすべて、次の獲物を探して動き回ることは必至だ。
 最悪なのは、狙うべき獲物とそうでない者を、きちんと分別していることだ。
 あちらを守ればこちらが守れない。太一にとって大切な人を守れば、その枠に入らなかった者は間接的に見捨てることになる。
 ぐるぐる、ぐるぐると回る。
 あれもできる。これもできる。
 あれをすれば、それが出来ない。
 これをすれば、あれが出来ない。
 恐らく、太一が何を選んだとしても。
 誰も彼を責めようとはしないだろう。
 太一がまだまだ子供だと、周囲の大人はそれを前提で彼に接している。
 太一一人が背負わなくていいと、言ってくれるだろう。
 それが辛い。
 いっそ、罵ってくれればよいのだ。
 目に映る敵という敵を全てを切り捨てて行くのはどうだ。
 確かにそれなら、早く決着はつくだろう。
 だが、太一が救える者と、救えない者が出るのは必然。
 やらないよりはもちろんマシ。
 しかしだ。
 こうなる前に防げる術がいくつもあったと気付いた今では、何をやろうとも罪滅ぼしになりはしないだろう。
 結局、当事者にも関わらず、他人事だったのだ。
 巻き込まれただけだと、被害者意識でいたのだ。
 視界が、滲んだ。

「なにが、召喚術師だ……」

 何のことはない。結局子供だったと言うだけだ。
 ぐじぐじと。
 うだうだと。
 第三者の目で見れば鬱陶しいことこの上ない。
 自分で自分を省みてそう思うのだから、他人が見たらなお強くそう感じるだろう。
 自分は強いからと、特別意識があったのだろう。
 思い違いも甚だしい。
 現に今、手も足も出ない状況になっているではないか。
 自己分析でも客観的評価でも確かに強いが、それを万能と思い上がった罰が、今下されているのだ。

「やってやる……」

 もう遅いだろうか。
 いいや。その反省は後だ。
 今だって十分悩んだではないか。
 遅かったなら遅かったでいい。
 こうなったのは自分の責任だ。
 ならば、自分ができる最大限で、その責任を取らなければならない。
 太一は剣を抜いた。
 この剣で、文字通り切り開く。
 貴族兵の数を、片っ端から減少させる。
 敵と味方が入り乱れている以上、エアリィの魔法は使えない。敵と味方を識別するような、細かい魔法は使えないのだ。今は、この剣だけが頼りだ。
 正面から、迫る貴族軍の騎士。狂ったような目で、太一を見据えている。
 彼を切り捨てる。
 それが、太一にとっての本当の戦争の始まりだ。
 柄を握りしめれば、返ってくる頼もしい手応え。
 太一は、剣を振り上げた。

「───っ!?」

 振り上げた剣を、しかし、振り下ろせなかった。
 両手を広げたエアリィが、太一の目の前で妨害している。
 相棒の行動の意図が分からずに、思わず固まる太一。
 悲鳴と喧騒が支配する戦場において、太一とエアリィの周囲だけ、時間を切り取ったかのように灰色になっているような錯覚を覚えた。

「……エアリィ。どいてくれ」

 このままでは取り返しがつかなくなる。
 目に映る人を救いたい。かつての決意を今こそ実行するのだ。
 太一とエアリィの絆は強い。太一の確固たる想いは、エアリィにも届いているはずだ。
 だが、彼女は太一の前に立ち塞がったまま。
 やっとの思いで覚悟を決めた矢先に、その覚悟を無にするというのか。
 彼女は何を考えているのか。
 そう思ったところで、太一は思わずぎょっとした。
 エアリィが目に涙を浮かべていたから。
 涙を振り撒きながら、首を左右に振るエアリィ。
 悲しみにくれるその顔に、太一はふと、妙な胸騒ぎを覚えた。
 ポロポロと溢れる涙を拭おうともせずに。エアリィは、やがてその可憐な口を開いた。

「……ごめんね、たいち……」

 エアリィは、今、なんと言った?
 耳がいかれていなければ、「ごめんね」と言わなかったか?

「何で謝ってるんだ、エアリィ」
「だって! アタシは……謝らないと、いけないの……」

 益々意味が分からない。エアリィには常日頃助けられている。彼女がいるからこそ、乗り切れた場面はひとつやふたつではない。
 彼女が謝る必要はない。
 太一は本気でそう思った。だが。

「ううん……たいちには、ごめんなさいを、しないとダメなの……」

 頑なに、エアリィは譲らなかった。
 見つめあう二人。
 止めどなく溢れるエアリィの涙を見て、太一はこれ以上、彼女が泣く姿を見たくないと思った。

「分かった……何故エアリィが謝るのか、理由を教えてくれないか?」

 エアリィには理由があるのだろうが、太一には謝られる理由がない。
 考えても分からないのだから、聞くしかないのだ。
 エアリィは「うん」と頷き、そして涙が浮かんだ目で太一の視線を正面から受け止める。

「アタシね……この姿は……本当の姿じゃないの……」
「へ?」

 何を言っているのかが分からずに、間抜けな声が思わず出てしまった。

「この姿は、仮初めなの……アタシ、たいちに嘘ついてたの」
「嘘?」

 こくりと頷くエアリィ。
 嘘と言われても、太一には皆目見当がつかないのだが。

「もっと前に……たいちに本当の姿を明かしていれば……こんなこと、もうとっくに止めれてたの」
「え……」

 止めることができていた。
 信じられない。
 エアリィは魔力での圧力も半端すぎて使えないと言っていた。だから使わなかったのだが、彼女いわく本当の姿ならば、このふざけた悪夢すら止められるというのだ。

「だから、ごめんね……怖かったの……。たいちが凄すぎて、どうなっちゃうのか想像もできなくて……」

 しゃくりあげながらも独白を続けるエアリィ。太一は返す言葉が出てこずに、ただ聞いているだけ。

「でも……こんなにたいちが苦しむなんて……そんなこと、したくなかったの! ごめんね、たいち!」

 ついに声をあげて泣き始めてしまったエアリィ。
 つまり、彼女には何らかの躊躇いがあって、本当のことを明かせずにいたのだ。つまり隠し事をされていたということ。
 それさえなければ、この悪夢はもっと前に止めれていたということ。
 エアリィの独白をまとめればそういうことだ。
 もちろんだが、太一は隠し事をするなんて、とエアリィを責める気は無かった。
 むしろ、嬉しかった。
 この悪夢を、止められるかもしれないということ。
 涙を流しながら、心からの謝罪をしてくれたということ。
 何より、エアリィが、それだけ太一を大切だと思ってくれていたということ。

「エアリィ」

 びくりと、彼女の肩が震えた。
 本当に、本当に小さな肩だ。
 彼女も人知れず、人間には理解できない大きなものを背負っていたのだ。

「ふあ……」

 指先で、彼女の目尻を拭う。

「ありがとな、エアリィ」
「怒って、ないの?」

 太一の指を両手で掴みながら、エアリィがおずおずと訊ねてきた。
 答えは「もちろん」の一択だ。

「今のに、俺が怒っていいとこは無いだろ」
「でも……」
「でもじゃなくて」

 もう一度、エアリィの涙を拭う。

「エアリィに覚悟が無かった、って話なら、俺は間違ってもエアリィを責められない。俺がもっとしっかりしてれば、こんなことにならずに済んだ。エアリィがいなきゃ俺はただのガキなんだ」
「たいち……」

 エアリィが浮かべたのは泣き笑い、とでもいうのだろうか。
 女の子の涙は男にとって本当に凶悪な武器だと、太一は再確認した。

「俺は、どんなことをしてもこの戦争を終わらせる。俺の手で終わらせる。だから、エアリィ」
「うん」

 太一は一度、深呼吸した。そして、エアリィに向かい、頭を下げた。

「俺に、力を貸してください」

 エアリィは自分で涙を拭い、それでも溢れる涙は止めずに、笑った。

「……喜んで」

 最高の返事が聞けた。
 それが嬉しくて、太一は顔を上げる。そして、思わず硬直した。
 エアリィの姿が、薄くなっていたから。

「エアリィ……?」
「大丈夫……。姿が変わっても、アタシは、アタシだから」

 穏やかな笑みを浮かべるエアリィ。
 そこに何かを差し挟む余地はなく、太一は黙ってそれを見詰めた。

「ね、たいち」
「ん?」
「忘れないでね、アタシのこと」
「心配すんなよ。忘れたくても、忘れらんないから」
「ふふ、嬉しい……」

 どんどんと、エアリィの姿が薄らいでいく。

「アタシの呼び方と本当の名前を教えるね」
「ああ」
「アタシの、本当の、名前は───」

 パシンと、太一の脳裏で何かが弾けた。
 これは夢か。それとも幻か。
 どちらでもいい。
 眼前には、こちらに迫る貴族兵の姿。
 彼が振り下ろす剣を左手で受け止め、右足を上げて蹴り飛ばした。吹き飛んだ騎士はそのまま敵軍の団体に突っ込み、将棋倒しになった。
 さあ。全てを終わらせよう。

「太一!!」

 後方から、奏の声。振り返れば、肩で息はしているものの、目立った傷のない大好きな娘の姿。
 その横には、彼女と死闘を繰り広げていた戦斧使いの女もいる。
 どんなやり取りがあったかは分からないが、この窮地を乗り切るために、共闘をしたのだろう。
 太一は彼女に感謝した。おかけで、奏が無事にここまで来れた。
 さあ、後は太一の仕事だ。
 今まで散々うだうだしていた分を、少しでも取り戻させてもらおう。

「本当にありがとな、エアリィ」

 もう呼んでも返事をしない相棒に、改めて礼を言う。
 だが、彼女に会えない訳ではない。
 あれだけの別れの挨拶を済ませたのにすぐに会うのは少々気恥ずかしいが、太一としても彼女に会いたいので、ここは遠慮なく呼ばせてもらおう。
 駆け寄ってくる奏と戦斧使いの女にふっと笑いかけ、太一は左手を天に掲げた。

「契約に従い、我が声に答えよ───」

 太一は、そこにありったけの魔力を込める。

「───召喚。エレメンタル・シルフィード」
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